心肺蘇生法を実施する上で、いちばん難しいのは、心停止の認識、つまり心肺蘇生が必要だと判断し、胸骨圧迫を始めると決断することです。
例えば、こちらの 保育園での死亡事故報告書 では、おそらく接触時から心停止しているものの、その認識ができず、119番するまでに25分、救急指令員の口頭指導でようやく胸骨圧迫が始まっています。

講習では、胸骨圧迫の仕方の練習に終止しがちですが、胸骨圧迫に辿り着く前に踏みとどまってしまうケースが少なくないと考えます。
反応なし+ふだん通りの息なし ・・・シンプルではあるけど
日本の市民向けの心肺蘇生法の手順では、心肺蘇生法開始の判断は下記のとおりです。
・肩を軽くたたき呼びかけても反応がない
・胸から腹にかけて見て、ふだんどおりの呼吸だと10秒以内に確信できない
一見簡単に見えますし、マネキン相手に練習するとサラッと流れるようにできてしまうこともあり、講習の中ではあまり時間が割かれる部分ではありません。
しかし、上記の報告書を見ての通り、実際の傷病者の状態は「固定」されているわけではありません。また心理的に正常化バイアスが働くため、心停止の覚知は簡単ではありません。
そこで、今日は、市民向け救命講習における心停止判断部分の指導の仕方 を深堀して解説します。
1.意識ではなく「反応」の確認
BLS/CPRで「大丈夫ですか?」と呼びかけるのは意識(レベル)の確認ではありません。
反応の確認です。
意識がなくても反応があれば、生きている可能性を考えます。
そもそも意識レベルはアナログ的に変化していく連続した評価尺度なので、ある/なしというデジタル的な評価をするものではないのですが、一般に呼びかけて会話ができなければ、「意識なし」と評価されることが多いかと思います。
例えば、ぐったりしている場合、会話ができなくても、呼びかけに応じようと口元を動かしたり、目を開けようとした場合、「反応あり」といえます。
この場合、心停止の可能性よりは生きている可能性が考えられます。
2.10秒以内で確信できなければ胸を押す
これは、日本の蘇生ガイドラインが世界に先行している部分ですが、呼吸があるとかないとかを判断するのは難しいため、「よく分からない」場合も「ない」と決断することを強調しています。
特に死戦期呼吸を心停止の兆候だと判断するのが難しいため、「ふだん通りの呼吸である」と10秒以内に確信できない場合は、次のステップ、つまり胸骨圧迫を開始するように推奨しています。
BLS横浜では、これに加えて胸骨圧迫を開始したら傷病者の顔を見るように、練習の中で促しています。
「胸を押しても痛がらない」
その確認をし、心肺蘇生が必要な状況だと自分を鼓舞し、力を込めて強く速く胸骨圧迫を続けるようにと指導しています。
ないものを無いと確信するのは難しいことです。
だから10秒で分からなければ先のステップへ。恐る恐るでいいから胸を押してみて、痛がる素振りがない、ということを最終判断材料にするというのが現実的かもしれません。
昔にあった循環のサイン(息、咳、体動)を思い出した方もいるかもしれません。
蘇生ガイドライン2000の時代の話ですが、市民救命から脈拍触知が廃止された際には、まずは人工呼吸をして、咳き込んだり、嫌がったりして動く様子がなければ、「循環のサインなし」と判断して胸骨圧迫を始めるというものがありました。
それに近い考え方です。
3.顔色を補助評価基準に加える
これはPEARSなどのアセスメント系の講習ではわりとあたりまえのものなのですが、心停止を含めた傷病者の状態把握に、循環の指標として顔色(皮膚色)が使われています。
・血の気がない
・真っ白
・真っ青
・唇の赤みがない
・どす黒い顔色
なぜかBLSではまったく言及されないのですが、心停止した人は一瞥して皮膚色が異常なことが多く、反応確認で顔を覗き込んだときに真っ先に目に入る部分です。
この皮膚色による判断を心肺蘇生法開始基準の補助材料として加えることで、例えば死戦期呼吸のような体動がある場合の心停止認識の一助になるものと考えています。
そこで、救命講習中の指導では、「顔を見てギョッとするような顔色、顔貌で、呼吸がよくわからなければ、とりあえず胸を押しちゃってください」と伝えています。
そのため、救命講習のシミュレーションでの状況提示では、必ず顔色に関する情報を提示するようにしています。(ちなみに非心停止症例では、唇が紫色です、などと心停止とは区別する情報を提示しています)
4.ひとりで抱え込まない 声に出す、複数の眼で見て相談する
これは、幼稚園や保育園、小学校などでの研修の場合に強調している部分です。
心肺蘇生が必要だと判断し、胸を押すという決断は非常に重いものです。
「見方が悪いだけで本当は生きているに違いない」
そんな正常化バイアスが働き、頭のなかは堂々巡り、膠着。ただ時間だけが過ぎていくということになりがちです。
そこで、迷ったら声を出すことを指導しています。
「こういうとき、どうするんだっけ?」「息してる?? わからない」
学校事故であれば、すぐに他の教員も集まってきて、教員であれば基本的には救命法を習得しているはず。あとから来て、比較的冷静であるはずの他の職員であれば、これらの言葉から状況を察して、一緒に見て決断できるかもしれません。
また、第一発見者としても、ひとりで決断しなくてはいけないという重圧から開放されるためにも、「息、してないよね? 顔色悪いし、心臓マッサージしちゃっていいんだよね??」などと、他の職員に同意を求めることで、行動に踏み切る時間が短縮できるかもしれません。
バイスタンダー想定の救命講習では、こうはいかないかもしれませんが、職員全員が同じ救命講習を受けているという状況では、複数の眼で見る、相談して決断する、という指導を織り交ぜることで、CPRの実行性が増すことを期待しています。
まとめ:シミュレーションで再確認、強調し、実行性につなげる
以上、心肺蘇生開始判断の実行性を上げるためのヒントについて説明しました。
これらを救命講習の中に織り交ぜるわけですが、ただ言葉で教えても右から左に抜けていくだけで、なかなか定着しません。
そこで最後に行うのが3−5名程度でのシミュレーション学習です。
市民向けCPR講習のシミュレーションはいつも救急隊員への引き継ぎで終わるのですが、その際に下記のようなことを訪ねます。
- 「胸骨圧迫を開始する前の傷病者の状態はどんな感じでしたか? 反応は? 呼吸は? 顔色は?」
- 「その判断は誰がしましたか? 他の方たちと相談しましたか?」
- 「胸を押してる最中、傷病者の表情はどうでしたか? 痛がる素振りはなかったですか?」
しっかり答えてくれる場合もありますが、多くの場合は、「あ、言われたけど、すっかり忘れてた!」という表情になります。
で、次にもう一回やってみると、しっかりこの点を意識したチーム連携ができる場合が多いです。
実際の本番ではまた違うとは思いますし、100%は難しいですが、すこしでも「できる」を目指して、日々、工夫をしながら指導を行っています。