米国、欧州に遅れて、ようやく日本の蘇生ガイドラインも2025版にアップデートされました。
これを機に、しばしば議論になる人工呼吸の位置づけについて再確認しておこうと思います。
最新蘇生ガイドラインでも人工呼吸の扱いは《変更なし》
まずは2026年7月13日に発売開始になったJRC蘇生ガイドライン2025の人工呼吸に関する記述をピックアップしてみます。
ここでは基本的に市民向け手順を前提で話を進めます。(医療者向けでは人工呼吸が不可欠なのはあたりまえで議論の余地がないため)
救助者が人工呼吸のトレーニングを受けており、それを行う技術と意思がある場合は、胸骨圧迫と人工呼吸を30:2の比で行う。特に小児の心停止では、人工呼吸を組み合わせたCPRを行うことが望ましい。(JRC蘇生ガイドライン2020を踏襲)
JRC蘇生ガイドライン2025 p.23より
市民向けBLSアルゴリズムのフローチャートでは、このように示されています。

G2025になって医療者向けと市民向けでBLSのフローチャートが切り分けられましたが、人工呼吸の位置づけは「JRC蘇生ガイドライン2020を踏襲」ということで変更はされていません。
人工呼吸は本来必要なもの、できない場合はやむを得ないという文章構成
「市民は人工呼吸不要、しなくてよい」という言葉は、医療従事者や救命法指導員から発せられることもありますが、原典となる蘇生ガイドラインの勧告を素直に読むとどうでしょうか?
「人工呼吸はするべきだけど、できない(技術がない、意思がない)場合は仕方ないよね、せめて胸骨圧迫だけでもしてくださいね」
というのが大意です。
少なくとも人工呼吸が「不要だからしなくていい」という文脈ではないという事実を確認しておきます。
直近で言えばコロナもありましたし、市民の多くは、人工呼吸に関する訓練を受けていない人が多いでしょう。ですから実態としては「できない」人が多いのが現状と思います。
しかし、できない、という現実は負の遺産ともいうべきものであって、最善を尽くしたいという人たちにとっては決して満足していい状況ではありません。
人工呼吸トレーニングは特別なもの?
訓練を受けていないければ、人工呼吸はできない。
それは事実と思います。
胸骨圧迫は119番指令員の口頭指導で実施できますが、人工呼吸は無理。これはG2025ガイドラインでも再検討されているとおりです。
しかし、市民向け救命講習の中で人工呼吸は特別な高等技術に捉えられているかと言うと決してそんなことはありません。
総務省消防庁のカリキュラムでは、市民向けの中でも人工呼吸は「普通」の位置づけとなっています。
・救命入門コース・・・胸骨圧迫のみ
・普通救命講習 ・・・胸骨圧迫+人工呼吸
・上級救命講習 ・・・胸骨圧迫+人工呼吸
2025年の蘇生科学シンポジウムで日本蘇生協議会代表理事がこんな内容のコメントをしていました。
2010年の蘇生ガイドライン改定で蘇生手順が A-B-C から C-A-B に変更されたことに伴って、胸骨圧迫のみの人工呼吸がオフィシャル化したのは、これまで心肺蘇生法に接してこなかった階層への新たなアプローチであって、CPRの水準を下げたつもりはない。
市民であっても、人が生きるしくみを考えれば、人工呼吸も本来的には必要。
できないなら何もしないのではなく、せめて胸骨圧迫だけでも、という脈々と受け継がれる蘇生ガイドラインの基礎理解の流れが続いているという理解は重要です。
人工呼吸を行う/行わない その判断 意思どう形成される?
人が生きるためには息をすることは欠かせない。呼吸を10分も停めたら気を失う。
子どもでも知っている「あたりまえ」の話ですが、心肺蘇生法となると人工呼吸は不要という話を信じてしまう人が多いのは不思議です。
人工呼吸が必要ないと教わり、そう信じている人は「人工呼吸をする意思」は最初からないはずです。
蘇生ガイドラインがあえて「それを行う意思」を問うのは、ある意味、自己責任を問うている、悪く言えばガイドライン作成者の「逃げ」と言えるかも知れません。
本来必要なものを「やらない」と決断するのであれば、相応のリスクが発生する。
特に子どもについては日本でも実害が報告されるようになってきました。

一般市民は知識として判断材料を持ち合わせていない。
つまり、救命法指導員が人工呼吸の必要性とリスクを正しく伝えないと、受講者は選択の余地すらない、ということです。
実際のところ、救命講習や SNS での情報発信は、人工呼吸の感染のデメリットばかり伝えて、マイナスのバイアスをかけるだけで終わっていないでしょうか?
(ちなみにJRC蘇生ガイドライン 2025 では p.26 で、「口対口人工呼吸での感染の危険性は低いので、個人防護具なしに人工呼吸を実施してもよいが、可能であれば個人用感染防護具の使用を考慮する」と言っています。)
学ぶ機会を奪ってませんか?
どこかの誰かを助けられたらいいな、というバイスタンダー向けの救命講習であれば、感染防護具がないのが前提で「人工呼吸はしなくていい」というのはありだとしても、自分の子どもを救いたいと思って救命講習に参加した親御さんに人工呼吸はしなくていいと教えるのは適切ではありません。
コロナも終わった今、消防や日本赤十字社の救命講習でも人工呼吸の呼気吹き込み練習の規制が解除されてきています。
コロナ禍の特別対応はありましたが、それはあくまでも特別対応。日赤でも消防でも標準とされる心肺蘇生法「胸骨圧迫+人工呼吸」、これはコロナ前からなにも変わっていません。
少なくとも命を繫ぐ術を学びに来た救命講習の受講者には、判断と自己決定できるだけの正しい知識と、カリキュラムに規定された人工呼吸実技練習を提供し、人工呼吸を行うかどうかの意思決定ができるサポートをしてほしい、そう切に願います。
人工呼吸をするかどうか決めるのが現場の当事者。
救命講習の指導者でも、SNSで情報発信する識者(医療従事者等)ではありません。
どうか、自己決定権を奪わないでください。





