総務省消防庁の救命講習カリキュラムが変わりました

心肺蘇生法の国際コンセンサス2010ならびに新しいガイドラインが発表されてから、11ヶ月。日本国内での普及はまだかまだかと待ちわびる方が多い中、朗報です。

2011年8月31日、総務省消防庁より、新蘇生ガイドライン切り替えに伴う新しい教育カリキュラムが発表になりました。

応急手当の普及啓発活動の推進に関する実施要綱の一部改正
(総務省消防庁ウェブサイトよりPDF資料)

 
今回の改訂のポイントを整理しますと、主に次の3点です。


1.「普通救命講習 III」の新設・・・小児・乳児・新生児の蘇生法180分
2.「救命入門コース」の新設・・・胸骨圧迫及びAEDの取扱いのみの90分
3. e-ラーニングを活用した講習や普及時間を分割した講習が可能に

1.「普通救命講習 III」の新設

これまでは消防庁のプログラムとして、子どもの蘇生をきちんと教える講習プログラムはありませんでした。

一定頻度者を対象とした普通救命講習 IIや、上級救命講習では、必要に応じて乳児・小児の蘇生も教えることになっていますが、東京消防庁や横浜市安全管理局(横浜消防)などでは、私どもの知る限り、インストラクターがデモンストレーションを見せる程度で、乳児マネキンに触れてきちんと練習する機会はほとんどありません。

しかし、小さな子どもを持つ親御さんや、保育士さんなど、子どもの蘇生法の需要が高いことは、当会の小児コースの人気の高さからもうかがい知れます。

子どもの心停止は、大人の場合と原因が違うケースが多いことから、ちまたのAED講習で知られているような「胸骨圧迫だけしていればいい」というのとは話が少し違います。

小児特有の問題を含めてきちんと教えてくれる場がなかったというのは、これまでの大きな問題でしたが、ここに来て普通救命講習 IIIが新設されたのはとても意義のあることです。

2.「救命入門コース」の新設

これは以前からいわれていた人工呼吸を省略した胸骨圧迫のみの蘇生法(Compression only CPR)と、AEDの使い方に特化した短時間の講習プログラム。標準である普通救命講習 Iが180分のところを、90分に縮めたバイスタンダーCPR増加を狙った講習プログラムです。

3時間の講習でも長いといわれ、企業からの依頼講習では渋られることが多かったことは私どもも経験しています。企業からの依頼では、1時間から1時間半と指定されることが多く、受講のしやすさという点では、この救急入門コースは非常に現実的な講習になると思います。

いちおう消防庁としては、従来からの普通救命講習 Iを標準とする考えは捨てていないようで、

「これまでの、住民に対する標準的な普及講習に変わるものではなく、時間的な制約や年齢などのため、従来型の講習への参加が難しい市民を対象とする。あわせて普通救命講習受講へつなげるための講習とする」

としています。小学生高学年(おおむね10歳)以上から受講できるそうです。(逆に普通救命講習は中学生以上という規定があったそうで、すこし驚きました)

 

3.e-ラーニング/分割講習

アメリカでは、インストラクター主導型の心肺蘇生法講習は少なくなってきています。

インターネットやCD-ROMを使ったコンピュータでの自己学習と、数千円で買える家庭用簡易マネキンとビデオ教材での使った自己トレーニングがメジャーです。(資格認定が必要な場合は実技試験を受けるためだけにインストラクターの元へ出向きます)

そうした先進国のやり方に倣ったと思われる今回の施策。

具体的には、60分の e-learnig を自宅パソコン等で修了し、1ヶ月以内に実技のみの救命講習(120分)を受講すれば、普通救命講習I(規定時間180分)の修了証を発行するというシステムのようです。

[ 所感 ]

いずれの新方針も、これまでの問題点を真っ向から見直す優れた内容だと思いました。ガイドライン2010では、「教育・実施・普及の方策」という章が新設され、手技的なことより、いかに広めるかという方策の重要性に関心事がシフトしています。

それをくみ上げた抜本的な改革、すばらしいです。

ただ、問題はこれらを実施するだけの現場の力があるのか、ということです。

現在、消防では、

・普通救命講習 I
・普通救命講習 II
・上級救命講習

という3つの普及カリキュラムを抱えていますが、これらすべてを定期開催できている自治体は非常に限られています。

特に普通救命講習 IIや上級救命講習は公募開催していない自治体も少なくないのではないでしょうか?

そんな中、さらにカリキュラムが3つ増えるわけです。

おそらく、これまで普通救命講習 Iにかろうじて費やされていた時間が「救命入門コース」に取って代わられる、というのが、さしあたっての現実ではないかと思います。
 
消防庁とすれば、普通救命講習 Iにつなげるにすぎないものかもしれませんが、現実的には、これが今後のメイン講習となっていくのではないかなと予想しています。

 
小児・乳児・新生児の蘇生を教える普通救命講習 IIIは、大きく期待したいところですが、子どもの特性を踏まえた蘇生を教えることができる指導者がどれだけいるのか、また指導者を育成できる人材がどれだけあるのかは、これからの課題でしょう。

消防の応急手当指導員/普及員に限らず全国には、各団体あわせておそらく数万人以上の心肺蘇生法インストラクターがいると思いますが、その中で日常的に子どもの蘇生法を教えている人がどれだけいるか、、、、

また普通救命講習 IIIでは、小児・乳児だけではなく、新生児の蘇生も教えると規定されています。

ここが疑問です。

乳児と新生児、似ているようですが、蘇生法はまったく違います。

新生児の蘇生法では、心臓が停まっていても、まずは人工呼吸のみを行います。30秒後の評価の後で、必要なら胸骨圧迫も開始しますが、その比率は胸骨圧迫3回、人工呼吸1回、そんな特殊な蘇生法になります。

特殊すぎて、医療従事者もほとんどは知りません。

知っているのは、産科医と小児科医、助産師くらいです。

そんな特殊な新生児の蘇生を市民向けである普通救命講習に入れるのか?

おそらく言葉の定義のあやというか、なにかの間違いかと思いますが、今回の通達を見ての最大限の疑問でした。

 
最後にe-learningについてです。忙しい現代人のために、多様性が増えるのはいいことですが、実際にそんなシステムが稼動するのかなという疑問はぬぐえません。

総務省消防庁の救命講習は、教育カリキュラムやテキスト作成、実施まですべて地方自治体に任されています。

東京のように大手で、外郭団体を作っているようなところなら、不可能ではないかもしれませんが、小さな地方自治体の消防本部では到底無理です。

総務省消防庁自体が率先してシステムを作り上げてくれるというなら、非常に画期的だとは思うのですが。

これらの大綱が、全国の消防組織の総元締めである総務省消防庁から出されたのが2011年8月31日。

これを元に各自治体単位の消防本部が実際の運営カリキュラムを作っていきます。

その切り替わり時期は、各自治体に任せるので一本化はしないと書かれています。

私どもは、東京消防庁と横浜消防の普通救命講習開催ライセンスを持っていますが、横浜市からはまだなんのアナウンスも出ていません。

東京消防庁に関しては、今週末、新ガイドライン2010アップデート講習があり、私どもも参加してきます。追加情報がありましたら、またご報告します。

 

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