見ず知らずの人を助けるモチベーション

今募集中の「効果的な心肺蘇生法指導の方略~成人学習理論を活用する」ワークショップとも関わる話ですが、救命講習をはじめ、大人に対して教育を行う場合、動機付けやモチベーションが大切です。

というより、学ぶ動機付けがされていない研修は効果がなく、失敗に終わります。職場内での強制参加の研修でそんなことを感じたことありませんか?
 
救命講習も、それが受講者が求めていることに合致しているかが問題です。
 
「博愛の心で勇気を持って!」というスタンスの教育が、例えば警備員や学教教職員、保育士の救命教育に適しているとは思えません。
 
また、病気がちな家族がいて、そのいざというときに対応したいのか、それとも本当に博愛心から人のためになりたいと思っているのか、それによっても学ぶモチベーションはだいぶ違います。
 
こう考えると、「家族や身近な人を助けたい」「業務上の対応義務」といった動機は明快で、教える上でのスタンスも明確です。

家族を助けるという前提なら、感染防護に割く時間があれば口対口人工呼吸を教えますし、業務上の対応義務があるなら、隣人愛云々ではなく、義務と責任を強調し、それに見合った練習量と感染対策が必要となります。
 
そしていちばん難しいのが博愛精神や隣人愛から、通りすがりの他人を助けることにフォーカスしている人たち。この場合、教える側がどのようなスタンスで教えるのかは非常に悩むところです。
 
というのは、救命や事故対応の現場は、テレビドラマのようなキレイ事だけではないからです。たいへん危険なリスクが伴います。

そんなとき、家族であれば多少のリスクには目をつぶってでも助けるでしょうけど、赤の他人に対してどこまでのリスクを負う覚悟があるのか?

そんな現実と考えると、恐らく受講者さんが頭に思い浮かべているのも現実との乖離を伝え、後悔しないような判断ができるような支援を行うのが、通りすがりのバイスタンダーとしての救命法の指導法ではないかと思うのです。
 
そんな考えから、救護義務でもない、家族相手でもない、第三者に対する義務のない蘇生や救護を行う人にフォーカスをしたCPR&ファーストエイド講習が、「傷病者対応コースforバイスタンダーズ」です。ここには日頃考えることがない救命とは何なのか? そんな哲学も含んでいます。
 
助けにいくのか、行かないのか? その選択から始まるのです。
 
助けるべき、というのは、対応義務のある人、もしくは家族や親しい人を助けるときだけの論理であって、それ以外では助けにいかないという選択肢もあるのです。薄情に思えるかもしれませんが、それが現実です。
 
気になった方は是非、「傷病者対応コースforバイスタンダーズ」、参加してみて下さい。
 
 

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