現実を考えたら、人工呼吸はやっぱりポケットマスク

子どもの心肺蘇生や、水辺の事故を考えたら、人工呼吸は必須で欠かすことのできないものです。

そのため保育園での救命講習では人工呼吸練習に重点を置いた講習展開をするのですが、そこで使うのは、ポケットマスクです。

(ポケットマスクはレールダル社の商品名で、正確には「一方向弁付きフェイスマスク」というのかも知れませんが、ここでは類似商品を含めて広義でポケットマスクと表記します。)

一般市民向けの講習では、人工呼吸はしなくても良いと教えることもあるようですが、業務対応としてはそれはNGです。

また、フェイスシールドを使った mouth to mouth 人工呼吸であっても、救助者の心的ハードルの高さや、傷病者の口周りがあまり綺麗ではない状況を考えると、業務対応としては厳しいものがあります。

業務対応の救護はあらかじめ備えておくものですから、「愛と勇気」に依存するところは極力低くして、リスクを減らして無理なくできる体制と準備をすることが重要です。

そこで、結論としては人工呼吸は、ポケットマスク+ニトリル手袋、しかないと考えます。

ポケットマスクに初めて触れた保育士さんは

最近では厚生労働省が推進する保育士等キャリアップ研修でも救命処置の指導をさせてもらっていますが、ポケットマスクを初めて使った保育士さんは、口々に「これならできる!」とおっしゃいます。

それまでは、フェイスシールドしか知らなかったから嫌でもやらなくちゃいけないと思っていたところが気持ちが軽くなったという感想を聞くこともあります。

実はフェイスシールド人工呼吸がいちばん難易度が高い

講習指導としては、例えば ハートセイバーCPR AEDコース では、一人一体のマネキンを用意していますので、ダイレクトな口対口人工呼吸から始めて、フェイスシールド人工呼吸、ポケットマスク人工呼吸まで練習してもらっています。

3つのやり方を比べて、皆さんが苦戦するのは、ダントツでフェイスシールド人工呼吸です。

シートのせいで口との密着が甘くなってしまうからで、市民向けのもっとも標準的なやり方が、実はいちばん難しかったということが露呈する場面です。

人工呼吸を着実に実施してもらうには簡単・安心のポケットマスク

ポケットマスクのいいところは、mouth to mouth に比べて簡単なだけではなく、感染防護具としてしっかりしているという点が大きいです。実際に人工呼吸をした人の体験談として、吹き込んだ後に傷病者の吐息を吸い込んでしまい、自分が気持ち悪くなってしまったという話をよく聞きます。

そうです。吹き込んだら、当然、相手の肺の中の空気が吐く息として戻ってくるわけで、これがマネキン相手の練習とは違う部分です。

蘇生練習のマネキンは感染対策として、吐息は口に戻らず、マネキン内部に排出されるような仕組みになっています(レールダルのリトルアンの場合)。

ですから、mouth to mouth の人工呼吸では、吹き込んだら、一度口を離さないと匂いの混じった吐息を吸い込んで、むせこむことになります。

この点、ポケットマスクは吹き込み口の部分が一方向弁になっていて、傷病者の吐息が自分の口元には来ないしくみになっています。

これは感染防護として重要な部分です。

蘇生中に傷病者が嘔吐するケースは珍しくありません。この場合も一方向弁が有効と言えるでしょう。さらに、より確実に感染防護を考えると、ポケットマスクに標準でついているニトリル手袋も必ず併用することが重要です。

その他、傷病者の顔と自分の顔の間に距離をおけるというのも心理的な安心度が大きいと言えます。

なぜ日本の救命講習ではポケットマスク人工呼吸を教えないのか?

このような現実問題を考えた時に、業務対応の救護では、フェイスシールドのような雑貨ではなく、きちんとした感染防護具を備えておくのが望ましいわけですが、日本国内でポケットマスク人工呼吸を学べる場所・機会はほとんどありません。

ここが大きな問題です。

なぜポケットマスクを教える救命講習がほとんどないのか?

そもそも人工呼吸の重要性があまり認識されていないということもあるかもしれませんし、単純にポケットマスクという感染防具の存在を知らない人が多いということもあるでしょう。

しかし、救命法の指導員ともなれば、ポケットマスクの存在を知らないことはないでしょう。そしてその有用性も知っているに違いありません。

そうであっても指導に盛り込めないとすると、それはおそらくコストの問題があるのでしょう。

ポケットマスクは1つあたり4,000円程。

それを受講者人数分そろえると、例えば30人なら12万円。

練習用なら洗浄・消毒をして再利用は可能ですが、初期投資としてはバカにならない金額です。

しかし業務スキルを教える講習であれば市民向け講習とは違うわけで決してケチってはいけない部分です。

この問題は業務プロバイダー向け研修が法的にも規定されている米国でも切実。そこでアメリカでは交換用のポケットマスクをのバルブが安く手に入るようになっています。

例えばこんな感じです。

これはポケットマスクの交換用の一方向弁100個。

定価は1つあたり1.25ドル。

フェイスシールドと同じくらいの価格です。

これを人数分だけ用意しておけば、マスクの数はマネキンと同数だけで済むというのが現実的な運用法です。

残念ながら、ポケットマスク人工呼吸法がまったくもって浸透していないので、日本国内ではなかなか流通していません。

そこで、BLS横浜では米国から輸入しています。

輸入なので送料等でかなり割高になるため、実際の運用のうえでは洗浄・消毒の上で繰り返し使用していますが、そのおかげで医療系大学でのBLS演習や保育士キャリアアップ研修など、参加者数が100名を超える研修でも現実的なトレーニングが実施できています。

BLS横浜では、善意の救護のためのトレーニングと、業務対応としての救護トレーニングを明確に区別していますが、その違いの一つがポケットマスク人工呼吸を教えるかどうかです。

家族を救護するのに、感染防護という意味ではポケットマスクは不要でしょう。しかし、業務救護では少しでも不安要素を軽減させた実践トレーニングが必要なのです。

一言で心肺蘇生法講習といっても、それがプロユースに対応しているかどうかの違い。それを指導者側も吟味すべき部分です。


市民が行う応急的に行う医行為ーそのリスクの比較

もともと市民向けの救急法の中には、医療行為は含まれない、というのが原則でした。

しかし、気づけば今はがっつりと医行為が入り込んできています。

  • 除細動(AED)
  • アドレナリン筋肉注射(エピペン®
  • 緊縛止血(ターニケット)

止血帯(ターニケット)とAED、エピペン注射。どれも市民が行う医行為ですが、リスクと危険性は違います

 
いずれも救急車を待つのでは間に合わない緊急を要する処置であるため、特例的に「医師法違反」を問わないという行政見解が出されることで市民向けにも教育がされるようになったものです。

もともと医療行為を医師以外が行うことについては、極めて慎重な姿勢があったのがこの国の特徴でした。

例えば、救急救命士精度が導入されるときの喧々諤々を医療関係者なら覚えているかもしれません。

最近で言えば、看護師に特定行為として医療処置に関する業務拡大についても紆余曲折がありました。

救急救命士や看護師と言った医学教育を受けた専門職が前提であっても、自身の判断で医療行為を行うことはまかりならない、というのが本来の医行為の「重さ」だったわけです。

この本来のスタンスを医療従事者や救命法の指導員は忘れてはいけません。

AEDによる不要な除細動実施のリスク

一般市民がAEDを使えるようになったのは、「反復継続の意図がない」という行政による合議により、医師法違反は問わないという解釈が成り立ったからですが、その背景には、AEDは自動解析機能により、不要な除細動を排除できるという「安全機構の存在」がありました。

必要のない人に除細動を実施してしまうリスクは低いという点が、機械的に保証されていたことが大きいです。(ただし脈ありVTに対して不要な除細動をしてしまうリスクが無いわけではないため、救助者は心停止確認をしてからAEDを装着する必要があります)

エピペン®誤注射のリスク

時系列でみたときに次に市民による医行為として上ってきたのがエピペン®によるアドレナリン自動注射です。

こちらは自動解析機能のようなものはありませんので、注射をする、しないの判断は注射する当事者である一市民が行うことになります。

判断をAEDのコンピューターに丸投げできる市民による除細動と比べたときには、格段にリスクが大きいと言えます。

ただし、現時点、行政文書で言及されているエピペン®注射を行える一般人は学校教職員と保育所職員だけというのがミソです。どちらも施設で預かっている児童・幼児を想定しており、見ず知らずの誰かに対して注射するわけではありません。

注射判断は、当該児の保護者だったらいつ打つか、ということを綿密に確認した上で行われるはずです。

また当該児は、アナフィラキシー発症リスクが診断されているからエピペン®を持っているのであって、その子がこういう症状が出たら打つようにという保護者が医師から受けた指示に従うだけです。症状の理解等の医学的な判断が求められているわけではありません。

ある意味、条件反射的に使えるのが、学校教職員と保育所職員のエピペン®注射です。

つまり、「エピペン®を預かる」というプロセスが、安全機構のシステムにもなっており、誤注射の可能性低く担保されていると言えます。

ターニケット誤使用のリスク

市民が行う医行為として3番目に上ってきたのが、止血帯(ターニケット)による緊縛止血法です。

こちらは、2019年4月から市民普及が始まるところなので、実際のところどのように運用されるのかは、今は未知数のところがありますが、使用するかどうかの判断は機械任せではなく、現場にいる人間が行うという点ではAEDと違ってリスクがあります。

またエピペンと違うのは、使う相手が不特定多数であり、エピペン®のような使用すべき個別判断というものはありません。

救助者が、現場とケガの状況を見て、持っている知識や経験の中から判断し、決断しなければなりません。
 
 
止血帯(ターニケット)とAEDの危険性の違い

参考まで、こちらはBLS横浜のターニケット講習の際に示している表です。AEDと同じように止血帯の普及を! という意見を見聞きすることもありますが、AEDとターニケットを同列で語るには無理があるという点がおわかりいただけるかと思います。

拍動性の動脈出血=止血帯適応ではない

一般の人にとっては衝撃的な動脈からの拍動性の出血。見たことがない出血の様子に、止血帯適応と早合点するかもしれませんが、圧迫可能な創面であれば単純な圧迫止血で対応できる場合が多く、止血帯までは必要ない症例が多いでしょう。

例えば、大腿部の切断や、爆創や大型機械への巻込みなどで創面が複雑な場合など、客観的に止血帯が必要な状況というのをリストアップして、機械的な判断ができるようなガイドラインが作成されれば、また別かもしれません。

しかし、現時点では、ターニケットを使うためには、下記の項目を理解して、医学的な根拠をもって、現場でアセスメントして止血帯使用の有無を判断するようにということになっています。

  • 出血に関連する解剖、生理及び病態生理について
  • 止血法の種類と止血の理論について
  • ターニケットの使用方法及び起こりうる合併症について

医学的な理解を持って判断して、医療行為を行うように。

つまり「診断」が求められているという点が、これまでのAEDやエピペンとは決定的に異なる部分です。

市民に診断を求めるというターニングポイント【ターニケット】

「診断」という言葉の重み、医療従事者や福祉専門職にとっては身に染みて感じるところでしょう。

市民が行う医行為について、時系列で考えてきましたが、ターニケット緊縛止血が今までと決定的に違うのは、診断をした上で使うという、これまで市民救急法ではありえなかったことを市民に求めるようになってことにあります。

AEDもエピペンも診断は必要なかったので、そのトレーニング(AED講習やエピペン講習)は、テクニカルな手技をトレーニングするだけでも成り立ちましたが、止血帯は、その適応判断という診断をも教えなければいけないのです。

 
医学の素養のない市民に診断を教える
 

ターニケット講習は、極めてハードルが高いものです。

問題としたいのは、そのカリキュラムだけではなく、指導員の知識と理解、認識です。

本稿を読んでくださっている方は、この先、ターニケットを市民に教えなければいけない立場の方が多いと思いますが、本稿を読み、どのように感じたでしょうか?

教えるだけの知識や理解を持ち合わせていますか?

もしくは指導員のための教育カリキュラムで、これらのことがきちんと伝えられていますか?

現時点、指導員のための伝達講習が進行形で、実際の市民向け教育はこれからかと思います。だからこそ、この時期にターニケット教育に関する情報を集中的に提供させていただいています。


保育に従事する看護職に求められる役割講座 -4/20(土)

BLS横浜の直接の企画ではありませんが、保育園で働く看護師さん向けセミナーのご紹介です。

保育に従事する看護職に求められる役割講座

BLS横浜でもエピペン講習を巡っては、厚生労働省の「保育士等キャリアアップ研修」の講師を努めたり、公募での「エピペン&小児BLS」講習、また保育園からの依頼講習も度々受けており、保育園で働くナースの方と接する機会は多いです。

特にファーストエイド系の講習では、保育園ならではの悩みというか、相談を受けることもよくあります。

保育職(福祉職)の中で、唯一の医療職での重圧だったり、衛生観念などの業界間のギャップ、応急処置に関して責任者となることへの不安、処置方針を巡って親御さんとの意見の相違やトラブル。

 
BLS横浜が関わるのは、主にファーストエイドと救急対応が中心ですが、実際の保育園看護師の業務としては、日々の成長や健康管理であったり、園によっては保育士と同じ保育業務が多いところもあるでしょう。

保育園看護師の多くは、どこも一人職であり、業務内容も園によって様々で、なかなか誰かに相談したり、情報を共有するのが難しく、悩みのうちに仕事をしていて、なかなか長続きしないという現状もあるようです。

 
そこで、「保育に従事する看護職に求められる役割講座」。

もと保育園で園長をしていて、今は保育の危機管理が専門の講師による話と、参加者同士の意見交換、ワークショップで構成される2時間です。

 
 
看護師の中にはいつか保育園で働いてみたいという方も少なからずいらっしゃるかと思いますが、保育園ナースにフォーカスした珍しいワークショップです。

ぜひ、参加をご検討ください。

 

保育に従事する看護職に求められる役割講座
4月20日(土)18:30-20:30 横浜みなとみらい 桜木町駅徒歩5分
主催:EMR財団 【詳細・申込み

 

詳細、申込みは、一般財団法人エマージェンシー・メディカル・レスポンダー財団 のホームページからお願いします。

 

当日は、BLS横浜もスタッフとして参加する予定です。


ターニケット(止血帯)教育の課題

この4月から日本の市民向け救急法教育に止血帯(ターニケット)が導入されることが決まったことを受けて、BLS横浜では主に指導員相当の方を対象に止血帯に関する勉強会をなんどか開催してきました。

各方面で救命法指導に当たる方や軍関係者の方など多方面の方と意見交換を行ってきて見えてきた内容について書き留めておきます。

各回での皆様の意見で共通していたのは、

 
「なぜターニケットを教えることが決まったのかが、謎」
 

という点です。

教育団体の内部にいる方からしても、突然の決定指示で、それも性急な動きであり、組織内部でも理解がまったく追いついていないという現状を明かしてくれました。

AEDに関しては、あんなに慎重な動きがあったのに、AED以上に危険が大きく、誤使用のリスクが大きな医療行為なのに、ほとんど検討もないままトップダウンで降りてきたのは不思議というより不自然という印象を持つ方が多いようです。

このあたりはオフレコの内容も多かったので、詳述は避けますが、政治的な理由と国内販売事情が関係していると考えなければ、辻褄が合わないように思います。

教育によりリスクを減らすために

それでも日本で市民向けに教えることが決まってしまった以上、指導員としてはどのように教えていったら良いのかというのが次の課題となります。

この点は、消防庁が出している消防職員向けのターニケット教育に関する指針(テロ災害等の対応力向上としての止血に関する教育テキスト)が原典となっていくことになりそうですが、この文書はあくまでも消防職員向けです。

 

 

教育も責任も立場も、市民救助者とは一線を画するものですから、そのままでは使えません。

日本赤十字社の教本が4月にリリースされますが、その中で、これがどこまで市民向けにモディファイされているかが気になるところです。

ターニケットは簡単、と思われる講習は危険

BLS横浜でのターニケット関係の講習では、その使用判断の難しさと弊害、デメリットについてきちんとお伝えしています。

ターニケットを使えるようになりたいと思って来た方であっても、終了後には止血帯は怖くて使えない、とおっしゃるケースが多いです。

ターニケットは有用かもしれませんが、その使用判断は非常に重いもので、ターニケット止血は間違いなく人を痛めつける行為です。

確実に止血を得るくらいに締め付ければ激痛が走りますし、阻血痛は兵士であっても自ら勝手に解いてしまうくらいの痛みです。それでも心を鬼にして、締め付けなければならないという現状を理解してもらう必要があります。

締め上げることで、辞めてくれと叫ばれても続けることができるか?

そのためには、出血に関するアセスメントとターニケットが必要であるという判断と強い意志が必要です。

ターニケットを使うという選択肢を持っていることは、大型機械を扱う工場や、狩猟関係者、林業関係者など、職種によっては必要かと思います。しかし、そのテクニカルな使い方を知って「簡単じゃん」と思われるような講習展開であってはならないと考えます。

ターニケットは、AEDを含めこれまでの日本の救急法からしたら、ありえないほどのリスクをはらんだ危惧であり手法です。

その怖さをしっかり伝えて、それでも必要であると判断したときにはちゃんと使えるような講習であるべきです。

 
「教える側がそこまでわかっているならいいですけど、けっこう難しくないですか? わからない人が教える危険はないんですか?」
 

BLS横浜でのワークショップでは、そんな声も聞かれました。

おそらくカリキュラム的には、弊害やリスクについても説明するように書かれていることでしょうけど、「教えた」という指導員目線での事実ではなく、受講者にどう伝わったかが問題です。

今後、ターニケットに関する講習展開が始まったとき、受講者に怖さと覚悟が伝わっていないとするなら、大きな問題でしょう。


「大丈夫ですか?」 傷病者への声かけの仕方を考える

「大丈夫ですか?」

救命法講習ではおなじみの第一声ですが、この意味について少し取り上げてみようと思います。

 

意識ではなく、反応の確認

心停止を想定したBLS系の講習では「反応の有無」を見るために、肩を叩くなどの刺激をしながら、「大丈夫ですか?」などと声を掛けるように教えています。

これは「反応の有無」の確認であり、「意識」の確認ではありません。

このケースでは、意識はなくても、反応があれば「よし」と考えるからです。つまり生きている最低限の証拠があればいい、ということです。

意識という言葉の定義にこだわるとややこしくなりますが、簡単に言えば、呼びかけに返事がなく、意識がないと判断される状況でも、刺激に対して顔をしかめるとか、口を開こうとするとか、なんかしらのリアクションが返ってくれば、死んではいない、と判断できる、と考えます。

心停止が想定される状況の中で、反応の有無を確認するのであれば、呼びかけの内容はなんでもいいと思います。

 
「大丈夫ですか?」
「わかりますか?」
「どうしましたか?」
 

反応(リアクション)を誘発するような文言と刺激であればなんでもいいわけです。(両肩を叩くとか、片方だけでかまわないとか、額に手を当ててとか、そのあたりはエビデンスはなにもないです)

ファーストエイド対応における声掛けは?

呼びかけの仕方はなんでもいい。

心肺停止状態が想起されるような状態であれば、そう言えますが、明らかに生きている状態、特に会話やリアクションが得られそうな状況における声掛けになると、もう少し考えた方がいいかもしれません。

よく言われることは、

「大丈夫ですか?」

という声かけは良くないのではないか? という点。

大丈夫です、という根拠のない拒絶を誘発しないために

皆さんが、もし繁華街で転んでしまった場合を想像してみてください。足をくじいて痛い。そこに知らない人から「大丈夫ですか?」と声をかけられたら、反射的に「大丈夫です」と答えませんか?

本当に大丈夫かどうかは別として、ある程度意識がある一般的な日本人なら、他人に迷惑をかけたくない、もしくは恥ずかしい、という思いから、大丈夫と答えるケースが圧倒的かと思います。

大丈夫、という言葉には、軽く拒絶の意味があります。それを誘発するような声掛けは、救助者側の本位からするとあまり良くないのでは、ということです。

じゃ、なんて言う?

「大丈夫ですか?」と声をかける側は、大丈夫じゃないと思って声をかけるわけですから、言い方は工夫したほうがいいかもしれません。

この点、英語での言い回しはよくできているなと思います。

 
May I help you?
 

直訳すると、お手伝いをしていいですか? といった感じでしょうか?

手助けする許可を得るという態度。これは応急救護の基本マインドとして、大事な点だと思います。

押し付けではなく、あくまでも一人の人間としての傷病者の意思を尊重するというスタンスです。

日本語でいうなら、「どうしましたか? 手を貸しましょうか?」といった感じでしょうか?

相手の状況によるでしょうけど、

「お困りのようですが、なにか出来ることはありますか?」

など、普通の会話としてケースバイケースで変わっていくはずです。

自己紹介は大事!


ただ、やっぱりいきなり知らない人に声を掛けられれば、遠慮が生じるのが日本人ですから、そのハードルを下げるために必要なのが、自己紹介かなと思います。

医療従事者であることを名乗れば、安心して頼ってくれるケースが多いですし、AHAハートセイバー・ファーストエイドコース では、ファーストエイドプロバイダーであることを名乗るように教えています。

英語では、ファーストエイド・プロバイダーと言えば通じますが、日本だと、しっくりくる言い回しがないのが残念なところです。

 

「ファーストエイドの訓練を受けています」
 
「応急手当の心得があります」

 

日本語としては、いまいちですが、なんかしらの自己紹介はしたほうがいいでしょう。

せめて、名前を名乗ることで、怪しいものではない、というPRは必須かと思います。

 
ということで、傷病者へのファーストタッチである声掛けについて、BLS前提とファーストエイド前提の違いで考えてみました。


BLSプロバイダーコースのARCS 学習の動機づけ

アメリカ心臓協会AHAのプログラムは、米国の蘇生ガイドラインを教える講習にも関わらず、日本で圧倒的に支持されている理由のひとつに、その教育手法の秀逸さがあります。

2003年頃だったでしょうか?

日本に AHA-BLS と ACLS が入ってきたとき、「褒める」指導法に日本の医療界に激震が走りました。

それゆえに、しばらくは、とにかくポジティブ・フィードバック、褒めちぎればいいんだ、という勘違いが横行したくらい。(言いすぎでしょうか、、、)

 
アメリカ心臓協会のECCプログラムは、DVDやテキスト、インストラクターマニュアルなどがインストラクショナル・デザインに基づいて教材設計されています。

そのベースとなるのが、教授システム学とか教育工学、成人学習理論と呼ばれる教育サイエンスです。

動機づけのARCSモデル

今日は成人学習理論の観点から、BLSプロバイダーコース を司会進行する上でのコツについて取り上げてみようと思います。

 
大人のための学習と、子どものための学習は違う、というのが成人学習理論の入り口です。

「大人は自ら学ぶ存在」なので、学習意欲に火を付ける形で進めていくと効果的です。

 
成人学習の基本概念:大人は自ら学ぶ存在である
 

つまり、学習者本人が、学習の必要性を自覚し、学びたい、できるようになりたい、という思いをもって主体的に学習に取り組むというのが前提です。それを外から支援するのがインストラクター、という構図になります。

学習意欲を高めるために、AHA-BLS講習では、リアリティのあるドラマ仕立ての映像を使い、興味を引き、学ぶ必然性を感じるような工夫がされています。

学習意欲を高めるためポイントは、ケラーが ARCS モデルという形で提唱しています。

成人学習動機づけのARCS(アークス)モデル

この中でも特に大切なのは R、Relevance:関連性 でしょう。

この学びは自分にとってどんな意味があるのか? なんの役に立つのか?

それを明確化することで学習効率が上がります。逆に言うと学習の意図や目的、自分にとっての意義がないままコンテンツを提供しても、それはなんの学習にもならず、時間の浪費に終わるかもしれません。

そう考えたときに、DVDを流して、練習させるだけでは、受講者にとって意味不明な部分がBLSプロバイダーコースにあるように思います。

いくつか例を挙げてみましょう。

1.成人の二人法BLS

ふたりでバッグマスクを持って歩いていたら人が倒れていた、というあのやや不自然な映像を見ながら練習する二人法BLS。

あの練習の目的はなんなのか?

胸骨圧迫とバッグマスクの練習はすでに終わっていますので、ここではバッグマスクが使えるとか胸骨圧迫ができるようになることが学習目標ではありません。

二人法ですから、「お互いの手技を観察し、質を高めるための声掛けを行う」のが練習の目的です。

このことはDVDを見るだけでは受講者にはほとんど伝わりませんので、インストラクターがきちんと練習の意図を確認する必要があるでしょう。

しかし、当のインストラクターも勘違いしているケースがよく見られます。

例えば、圧迫が浅いようであれば、インストラクターは胸骨圧迫役の人に声をかけるのではなく、換気役の人に声をかけるべきです。「圧迫が浅いことを認識し、強く押すように声をかける」ように介入する、のが本来の指導です。

もし、DVDに合わせての練習が終わった後に、振り返りの時間を設けるとしたら、「いかがでしたか? お互いの手技を確認して、声をかけることができましたか?」であるはずです。

これを単なるバッグマスクと胸骨圧迫の練習パートにしてしまわないように注意が必要です。

2.小児の二人法BLS

小児の二人法BLSも先ほどの成人と同じで、お互いの手技を確認して声をかけ合うというのがポイントではありますが、15:2という圧迫換気比を体験して、成人BLSとの違いを印象に残すという意味もあります。

また小児については、ここ以前には胸の厚みの1/3というという圧迫の強さは練習していませんし、体格によって人工呼吸の送気量も全く異なりますので、成人以上に「過剰な換気を避ける」という点を注意しなければなりません。

こうした学習目標も、DVDを見るだけでは受講者には、ほぼ伝わらないでしょう。

ですから、インストラクターは、学習の目的を伝える、もしくはPWW中の指導に関してもこれらを意識した声掛けを行っていく必要があります。

AHAの基準では、この場面は小児マネキンは使わず成人マネキンで代用してもよいことになっています。成人マネキンで練習をさせる場合、15:2という点以外は成人二人法となにも変わらないため、それこそ本当にまったく無意味な練習になってしまいます。

3.補助呼吸

成人の補助呼吸もPWWで、DVDを見ながら練習させる場面がありますが、これもただのバッグマスクの使い方の練習になりがちなので注意が必要なところです。

そもそも「補助呼吸」とはなんなのか? あの早口のDVDを見るだけではついて来れない受講者が多い印象です。

「反応がなく、呼吸をしていないけど、脈がある成人傷病者には5-6秒に1回の人工呼吸を行う」

それがわかったとしても、それが自分とどう関連があるのか? というところまでは、なかなかイメージが追いつきません。

つまり、どんなときに補助呼吸が必要なシチュエーションに遭遇しうるのか? です。

そこでBLS横浜の講習の中では、練習前に受講者に尋ねています。

 

「補助呼吸が必要な場面に遭遇したことがある人、いますか?」

「例えば、どんなときに『呼吸なし+脈アリ』という状況が起こりえますか?」

 

ここがイメージできていないと、補助呼吸という項目を学習し、練習しても、あまり意味がないのでは? というのがARCSの視点で気づくポイントです。

AHAインストラクターの責務

その他、AHA講習は米国人のために作られていますから、日本人にとっては馴染みがない点や不親切な点が多々あり、学習意欲を促進するという点では日本人インストラクターが積極的にサポートしなければいけない点が多々あります。

例えば、オピオイド過量に対するナロキソン投与とか、日本の臨床では使われることがない ポケットマスクの位置づけ とか。

特にオピオイドの映像を黙ってみせても、日本にはまったくと言っていいほど関係ないところなので、受講者のあたまにはクェスチョンマークが飛ぶだけで、教育者の学習者に対する態度としては不誠実とも言えるかもしれません。

アメリカ心臓協会講習は、成人学習理論に基づいて設計されているわけですから、文化の違い等で受講者にマッチしていないと思ったら、その間をつなげてあげるのが、成人学習理論に基づいて教育を受けたAHAインストラクターの責務です。


心停止|生存のための方程式

防ぎうる死から命を救うにはどうしたらいいか?

アメリカ心臓協会AHAは、2018年にこんな方程式を発表しました。

 

蘇生科学 × 教育効率 × 現場での実践 = 生存

 
科学と教育と実践が掛け算になって、生存につながるというのです。

これらは乗算ですから、どれか一つでも1以下になると生存という効果にマイナスに働いてしまいます。

教育の果たす役割

図のバランスを見てもらえば分かる通り、中でも大きなウェイトを占めているのが教育効率です。

いかに効果的な教育・トレーニングを実施するか? という点。

さらにはその教育トレーニングが医学的にも教育学的にも科学に基づいたものであること。

そしてその教育実践者を育てること。

この教育は教育現場で終わる話ではなく、学んだことを実際の現場に応用して実施することが目標です。

そこまでカバーするのが、教員・指導員の役割です。

この図からわかることは、指導員はクラスルーム内だけではなく、現場実践の部分までをフォローすることが見て取れます。

教えたら助けられるようになるのか?

私たちは救命スキルの指導員としていつも自問するのは、トレーニングを実施すれば人が助かるのか? という永遠の命題です。

私たちは、受講者がCPRをできるようにトレーニングします。そしてその評価は、例えば実技試験合格といった形で評価され、受講者を送り出していきます。

やもすると、実技試験に合格することがゴールと錯覚してしまうことがありますが、実技試験の先には、現場での実践があり、その先には生存があるわけです。

果たして、講習会場内で実施するCPR実技試験に合格したら、現場でCPRができるようになるのでしょうか? そしてそれで助けられるのでしょうか?

実行性重視の波はG2010から始まった

教育団体としても定評のあるアメリカ心臓協会は、長年蘇生教育に関しても研究を続けてきました。

その中で大きなターニングポイントとなったのが2010年の蘇生ガイドライン改定でした。ここで医学的妥当性よりも現場での実行性を優先するという方向で大きく舵を切りました。

それが、例えば「見て聞いて感じて」の廃止や、A-B-C から C-A-B への変更だったわけです。

そして2015年のガイドライン改定では、Life is Why.というキャッチコピーを打ち出し、マネキン相手の絵空事の練習から抜け出すべく、リアルな日常生活という現実性を想起せよ、という強いメッセージを盛り込むようになってきました。

そうした流れを学術的にまとめて発表されたのが、2018年にCirculation誌に掲載された、

Resuscitation Education Science:
Educational Strategies to Improve Outcomes From Cardiac Arrest: A Scientific Statement From the American Heart Association

でした。

約30ページの論文で、PDFで無料配信 されています。冒頭の図はこちらからの引用になります。(日本語はBLS横浜オリジナル訳です)

今まで、救命は医科学で考えられてきましたが、そこに教育工学という武器をもって切り込んでいったのがAHAです。

そこで教育を変えれば生存確率が上がるのではないか? そのための方策は? ということで、

  • フィードバックとデブリーフィングの使い分け
  • 完全習得学習と計画的な練習
  • 反復学習
  • 革新的な教育方略
  • 文脈に即した学習
  • 評価
  • 実行性までも意識した指導員養成

などの具体的な項目が方略として挙げられています。

なんと全文が日本語訳されています

膨大な量なので、ここでは細かく説明できませんが、幸いなことに論文を有志の方が日本語訳してくれたものが、AHAホームページからダウンロードできるようになっています。

AHA公式ウェブの Education Statement Highlights のページの中から【日本語 論文全訳 (Japanese)】としてPDFでダウンロードできます。

ダウンロードページを見てもらえばわかるとおり、ハイライトと称するダイジェスト版は各国語に翻訳されていますが、論文そのものを母国語で読めるのは英語以外は日本語だけです。

翻訳くださった先生には感謝してやみません。

ぜひこちらを読んでいただきたいのですが、それでも用語が難しかったり、教育工学の理解がないと難しい部分もあるかもしれません。

「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」シンポジウム in 名古屋

そこでさらに朗報。

この翻訳をされた方が発起人となって、6月15日(土)に名古屋で「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」と題したシンポジウムが無料で開催されることが決まっています。

まさにこのAHA教育ステートメントを読み解くための1日セミナーです。

演者・シンポジストの中には、AHA幹部が来日して開催されたG2005-AHAインストラクターアップデートの中で日本人としては唯一登壇した池上敬一先生や松本尚浩先生の他、教授システム学の権威、鈴木克明先生など、インストラクショナル・デザインの日本の中枢とも言うべき方たちが話が無料で聞けます。

会場は名古屋で横浜からは少し遠いですが、新幹線に乗ってでも行く価値あり、です。

 

シンポジウム
「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」

 
6月15日(土) 10:00-16:00 名古屋
 
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長大な論文の日本語翻訳に加えて、大規模な無料イベントを企画は、日本の蘇生教育をより良くして、救命率を向上を目指す熱意ゆえ。これに共感いただける方は、ぜひ資金面でのサポートもよろしくお願いいたします。

 

シンポジウム
「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」
 
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BLS横浜も、本企画に協賛として関わらせて頂いています。


救急隊員にとってのAHA-BLSプロバイダーコース

先日は熊本でAMRとして初開催のBLSプロバイダーコースでした。

PEARSではおなじみの Child Future熊本(CFK)との共催での公募開催だったのですが、もともと救急救命士から評判の高い CFK ということで、今回は受講者6名が全員、消防職員というメンバー編成でした。

横浜で10年以上、講習展開をしていますが、BLSコースに関しては救急救命士や消防職員の参加はあまり多くはありません。むしろ珍しいくらい。PEARSやファーストエイドコースへの参加はそこそこありますので、救急隊員にとってはBLSなんかは常識過ぎて今更感があるんだろうなと思っていました。

そんな思いがありつつも、今回、消防職員のためのBLS講習を展開してきて見えたものを書き留めておきたいと思います。

BLS for Prehospital Provider(PHP)コース、アメリカンなインパクト

ご存知の通り、今のG2015版のAHA-BLSコースは病院内設定と病院外(Pre-hospital)設定にシナリオ動画が別れています。

横浜では1-2ヶ月に1度程度、プレホスピタル版もレギュラー開催していますが、全国的に見ると公募開催は珍しいようです。

さて、今回、救急隊員の方たちとPHP版の映像を見ていると、食いつき方が違うというか、米国の救急隊や救命士が活動する場面に対するインパクトがまったく違う点が、正直な驚きでした。まさにPHPコースは消防職員向けにあるんだなと。

病院の中の人間としてはまったく気に留めない部分、例えばPA連携で先着した消防隊員と、後着の救急隊との連携の仕方などが、日本の現場を知っている人からするとすごい展開なんですね。

シナリオ動画の場面に引き込まれるといえば、病院内設定(IFP)でも、病棟のベッドの上で展開されるBLSの場面は、ベッドのギャッジアップを戻すとか背板を入れるとか、目を引く場面も確かにありますが、救急隊員がPHP版を見るときの比ではなさそうな印象でした。

救急隊員がAHA-BLSコースから学ぶこと

救急隊員にとってはBLSは基本中でしょうし、日頃からよく訓練されていて、応急手当指導員として地域住民に対しては教えている内容かもしれません。

それでも、受講後の感想としては、救命士にとっても必須と思います、という声も上がりました。

これは医療者全般の教育に言えることですが、BLSはできて当たり前という建前上、さらっと流されてしまう傾向があるのかなとも思いました。

ことにBLSとなると、運動スキルとしての側面が強く「技術的にできること」に終始してしまう傾向があるのではないでしょうか。

受講いただいた皆様からの声をピックアップすると下記のようなポイントが上がりました。

成人と小児の蘇生法の違いを並べて学ぶことで蘇生の全体像が見えるという点、チーム力に関するサジェスチョンとシミュレーション体験、窒息解除や補助呼吸などの蘇生科学の理解など。

基礎教育的なものは、教育課程の最初のうちに習得し、そのまま「あたりまえ」感に変わっていってしまうものかもしれません。

それを改めて学ぶ意義。

それはテクニカルな日々修練を積むトレーニングとは別に、現場での経験を積んだ後だからこそ、腑に落ちるというところもありそうです。

基本ではあるBLSですが、フルサイズで中身をじっくり学んでみることの意義。それを感じた1日でした。


人工呼吸のコツは「空気を入れすぎない」こと

昨今、市民向け救命講習では省略して教えるケースが増えているために、すっかり日陰者なイメージの人工呼吸。

しかし、家族を救う場合や、子どもの救命、水辺の事故、また医療従事者などにとっては、依然、重要な技術であることに変わりはありません。

心肺蘇生法BLSにおける人工呼吸は、空気を入れすぎると蘇生率が低下します。

質の高いCPR 人工呼吸の質とは?

質の高いCPRと言ったときに、

  • 強く
  • 速く
  • 絶え間なく
  • しっかり戻す

という胸骨圧迫の質については、皆さんよくご存知と思いますが、「質の高い人工呼吸のポイントはなんですか?」と尋ねると、はて? と考え込んでしまう人が多いようです。

そこで、今日は人工呼吸のクォリティ(質)について再確認しようと思います。

人工呼吸のコツといえば、ずばり、

 

過剰な換気を避ける

 

ことです。

空気の入れ過ぎはNG。

そこで、

  • 胸が上がる程度の送気
  • 1回1秒かける

と指導されます。

胸が上がる程度

胸が上がる程度というとすこし言葉足らずというか、少々かわかりにくいかもしれません。

これは胸が上って見えるギリギリくらいの量でいいですよ、というニュアンスが込められています。

胸ががっつり上がるまで吹き込め、というわけではない点、注意をしてください。

1回の吹き込みに1秒かける

この1秒というのも言葉だけではニュアンスがまったく伝わらない、やや罪作りな言葉です。

この1秒というのは、「勢いをつけずに吹き込む。ただし時間はかけすぎるな」ということを意味しています。

短く吹き込もうとすると、どうしても勢いよく吹き込んでしまい、気道内圧を上げてしまいます。そうすると気管ではなく食道の方に空気が入り込んでしまい、最終的には胃内容の逆流に繋がります。

それを避けるために優しく吹き込む、ただし胸骨圧迫の中断時間を短くするためには時間を掛けすぎるな、という意味での1秒です。

もともと英文では、これが “over 1 second” と書かれているため、日本語訳するときに「1秒以上かけて」吹き込むと誤訳されたこともあり、それが未だ誤解として残っている節も見られます。

この場合の over というのは、1秒間に渡って息を吹き込むという意味になります。

息を吹き込みすぎてはいけない理由

人工呼吸の質という点は、一般的な心肺蘇生法講習やBLS講習の中でもあまり強調されず、練習のときもほとんど言及されない部分なので、なぜ? という点は知らない人が多いのではないでしょうか?

人工呼吸の過剰な換気は血流低下を招き、救命率を下げる

理由1:胃膨満から嘔吐のリスク

人工呼吸の空気を入れすぎてはいけない理由のひとつめは、すでに言及しましたが、肺ではなく胃の方に空気が入り込み嘔吐してしまうリスクが増すからです。

思いっきり息を吹き込んで、肺の容量以上の空気が入ると、肺から溢れ出た空気が食道の方に入り込む、というのは想像できると思います。また、勢いよく思いっきり吹けば、普段はピタッと閉じている食道が開いて空気がいってしまうのもイメージできると思います。

蘇生中、腹部が膨らんでくるのが目で見てわかることもあります。胃がパンパンにふくらんで限界に達すれば、胃の内容物を伴って口の方に逆流。人工呼吸の継続は困難になってしまいます。

理由2:胸腔内圧の上昇から血流低下を招く

もう一つの理由は、空気を吹き込みすぎると、血流を妨げることになる、というものがあります。

これは少し機序が複雑ですが、簡単に言えば、肺がパンパンに膨らむと、心臓のあたりを圧縮する力が働いてしまい、静脈から戻ってくる血液が心臓に溜まりにくくなります。心臓に貯まる血液が少なければ、駆出する血液量も減ります。つまり血流低下を招いて、冠動脈に有効な血液がいかず、心拍再開の可能性が下がるということです。

過剰な換気は、理性で抑える

以上の理由から、人工呼吸の吹込みの量は、目で見て上がる程度に少なめでいい、ということはご理解いただけると思います。

しかし、実際の現場のバッグマスク換気を見ていると、かなり強めに、頻回に送気している様子が目に付きます。どうしても力が入ってしまったり、たくさん空気を送ったほうが助かるようなイメージが何となくあるのかもしれません。

人工呼吸の練習をちゃんと受けた人は、大抵の場合、こんな少なくていいんですか? と意外そうな顔をします。

このギャップがまた、過剰な換気につながってしまうのでしょう。

そこでBLS横浜の講習では、人工呼吸の吹き込み量がこんなに少なくていいという理由を説明しています。

胸骨圧迫で生じる血流量は普段の1/3しかない

CPRの目的は、大気中の酸素を人体の中の細胞まで届けることにあります。特に心臓の心筋細胞に酸素を届けるのが最優先です。

そのための前半ステップが人工呼吸であり、後半ステップが胸骨圧迫です。

最終的には血液中のヘモグロビンにくっついた酸素が細胞に届いてほしいわけで、その量は胸骨圧迫によって生じる血流に依存することになります。

その血流が、普段の1/3しかないわけですから、人工呼吸で普段の肺活量と同じだけの空気を送り込んでも、余りますよね、ということ。

だから、人工呼吸の量も普段の呼吸量の1/3程度で十分なわけです。

だからこそ、こうした理屈を理解して、理性で質の高い人工呼吸をコントロールすることが必要ですね。


日本で混在する2つの蘇生ガイドライン(JRC/AHA)の謎

先日、2月18日に実施された第108回看護師国家試験のBLSに関する出題を巡って話題になっているようですね。

呼びかけに反応のない人に対するBLSはとして医療従事者として優先度の高いものはどれか?、ということで、気道確保、胸骨圧迫、人工呼吸、除細動が選択肢として挙げられています。
 
これを心停止ケースと仮定するか、現段階は意識障害と捉えるかで意見が別れているようです。
 
正解は開示されていないので予想の域を超えませんが、AHAガイドラインとJRCガイドラインの違いをついた絶妙な出題だったとの見方もあるようです。

出題者の意図はわかりかねますが、この件で、2つの蘇生ガイドラインの混在、という日本国内に潜んでいた問題が浮き彫りになったのは間違いないようです。

そこで今日は蘇生ガイドラインの成り立ちについて解説します。

「国際ガイドライン」というものは存在しない

蘇生ガイドラインは国際的なものと思われている節がありますが、実はそうではありません。蘇生ガイドラインは国ごとに違います。

日本の蘇生ガイドラインはJRCガイドラインと呼ばれています。日本蘇生協議会(Japan Resuscitation Council)のホームページ から PDF で無料閲覧できるほか、JRC蘇生ガイドライン2015 として書籍 でも出版されています。

一方、BLS横浜でも開催しているAHA講習は、American Heart Association が作ったアメリカ合衆国の蘇生ガイドラインに準拠した講習プログラムです。

アメリカ心臓協会AHA救急心血管治療とCPRのためのガイドライン2015アップデート   日本蘇生協議会JRC蘇生ガイドライン2015

日本の医療者の大半はアメリカの蘇生ガイドラインで学んでいる

現実問題として、日本国内で公募講習として開催されている医療従事者向けの救急対応トレーニングのほとんどは、アメリカ心臓協会 AHA の BLS と ACLS です。

つまり、日本の医療者の多くが、自国のJRCガイドラインではなく、外国のAHAガイドラインで学んでいるというのが現状です。

日本国内では、自国と他国の2つのガイドラインが共存しているという不思議な現象がおきています。

国際コンセンサスと各国ガイドラインの成り立ち

国際ガイドラインなるものは存在しないと書きましたが、国際コンセンサス CoSTR と呼ばれるものはあります。

これは、国際蘇生連絡協議会という、各国の蘇生委員会が集まる国際会議で決められる合意事項、ガイドラインの骨子となるエビデンスに基づいた勧告です。

この国際会議で5年毎に国際コンセンサスが改定され、それに基づいて各国が自国用の蘇生ガイドラインを作るのです。

日本のJRCの場合、国際コンセンサスとガイドラインがほとんど同じ部分もあったりするのですが、基本的には国際コンセンサスとガイドラインは別ものです。

コンセンサスはエビデンスに基づいた国際合意ですので、基本的にはエビデンスがないことに関しては記載がありません。

しかし、エビデンスがないといっても対応ルールは作らないと臨床では動けない。

そこでエビデンスがない、もしくは弱い、などでコンセンサスにない部分は各国が自国の事情に合わせて穴埋めする必要があります。

そうしてできたのが国ごとの事情が加味された各国ガイドラインです。

ですから、エビデンスが強い部分については、国が違っても大きく変わることがない場合が多いのですが、エビデンスが低い部分ほど差異ができやすいともいえます。

日本においては、JRC蘇生ガイドラインとAHAガイドラインが共存しており、内容は大筋では変わらないのですが、例えば呼吸確認の方法のようなエビデンスデータがないことに関しては、ちょっとした違いが出ています。

こうした違いがあると、どっちが正しいの? という議論になりがちですが、医学的な視点で言えばどっちでもいいというのが答えでしょうし、国の基準という点で考えれば、日本国内ではJRCガイドラインを優先すべきなのは言うまでもありません。

医療従事者国家試験においてはJRCガイドライン

医学的にはどっちでもいいところなので、治療方針に関して裁量権を持った立場である医師は自由に判断します。

その他の医療スタッフに関しては、ガイドラインの更に先にある病院内の対応マニュアルや方針に従った行動を取るべきでしょう。病院としてAHAガイドラインを採用しているであればAHAでいけばいいし、JRC準拠ならJRCといった具合です。

 

さて、今回の話の発端は看護師国家試験でした。

日本国の国家試験ですが、この場合、JRCガイドライン準拠で考えるべきでしょう。いくら巷でAHAガイドラインが優勢であったとしても日本がアメリカのガイドラインに従ういわれはこれぽっちもないわけですから、頭をJRCに切り替えないといけません。

今回の国家試験問題で医療関係者がざわついているのは、AHAガイドラインで考える故に迷路にはまり込んでいたり、そもそもガイドラインが複数あって自分が知っているものと国試で求めているものが違っていたという衝撃のようです。

ここは後で論じますが、日本の蘇生教育を考える上では、大きな落とし穴であり、学校教員や救命法のインストラクターの指導姿勢にも課題があることが露呈したのではないでしょうか?

臨床的には、つまり医学的にはどちらでもいいわけですが、医療系学生の国家試験対策としては、JRCとAHAの違いを認識して、学校の授業などはJRC準拠でいかないといけない、というなのでしょう。

なぜ日本では2つの蘇生ガイドラインが混在しているのか?

さて、今回の看護師国家試験で露呈した日本における蘇生ガイドライン混在の問題ですが、なぜこんなことになってしまったのでしょうか?

歴史的な推移を見ると仕方ない部分はあるのかもしれませんが、現状として、日本の蘇生ガイドライン準拠の講習が展開されていない、というのが問題の根源です。

日本には日本独自のガイドラインがあるのに、それに基づいた医療者向け講習会となると極めて限定的なのが現状です。

日本救急医学界のICLSが、JRCガイドライン準拠の医療従事者向け救命処置研修ですが、公開講座としてはあまり開講されず、ディレクター資格を持ったドクターが院内研修としてやっていることが多く、つてのない一般医療者が救命処置を学ぼうと思ったら、地域でオープンコースを開催しているAHAトレーニングサイトに頼るしかないのが現状です。

本稿ではこれ以上は言及しませんが、ガイドラインだけがあっても、それを普及するための媒体や手段がセットで用意されていないと、現実的な運用は難しいようです。

一方、市民向けの救命法教育で言えば、消防も日本赤十字社といった組織だった普及団体があるため、ほぼ完全にJRCガイドライン準拠で固まっているわけで、組織立った教育普及の重要性は明らかです。

せっかく立派なガイドラインがあるのに、それが広まらず、国家試験にも影響している現実、大きな課題です。