SNSで言及した【AEDの使用条件】に関していろいろとご意見を頂いております。
まず、決して事実に反することを主張しているわけではありません。
また、あえてここを強調するのは、蘇生処置開始を遅らせない、また必要なのに CPR がされない、という事態を減らすためです。
この点、改めて解説いたします。

1.前提条件|事実確認
【AEDの使用条件】と【心肺蘇生法の開始判断】は同じ。
細かい表記の違いは多少ありますが、おおむね下記のとおりです。
・反応なし
・普段どおりの息なし
・脈なし(熟練した医療者のみ)
これは、消防機関の救命法指導者教育の標準教科書「応急手当指導員標準テキスト」にも明記されてますし、心肺蘇生法インストラクターなら周知の事実のはずです。
またAEDの添付文書でも、蘇生ガイドラインでも、BLS/CPRの教科書・指導書を見ていただいても、揺らぐ部分ではありません。
AEDの使用条件-日本光電の場合:(PDFリンク)

AEDの使用条件-ZOLLの場合:(PDFリンク)

【AEDの使用条件】と【心肺蘇生法の開始判断】は同じ
このことから、AEDは心肺蘇生(少なくとも胸骨圧迫)を受けることが必要な人に装着 するものであり、それはすなわち心停止と判断された人、と言えます。

2.心停止判断
心停止の「厳密な」判断はできないという意見もありましたが、そのとおりと思います。
心停止の一種である無脈性電気活動(PEA)や無脈性心室頻拍(pVT)の多くが、頸動脈で触れるだけの血圧が維持できていないというだけで、実際は血圧がゼロではないということからも自明です。
医療現場でも「脈が触れない≒超低血圧」状態の人に胸骨圧迫が行われていることは珍しくありません。
また、いうまでもありませんが、心停止判断と死亡診断は違います。
臨床判断、すなわち蘇生処置を前提とした心停止判断は、
・反応なし
・普段どおりの呼吸をしていない
・頸動脈の拍動を触知しない(熟練救助者のみ)
であり、特に呼吸確認や脈確認は時間制限が10秒以内とされています。
10秒で確信が持てなければ、つまり「判断に迷う」場合や「わからない」場合は「心停止とみなし、直ちに胸骨圧迫を開始」するよう勧告されています。(救急蘇生法の指針2020【市民用】PDF p.22-23)
医療者であれ、市民であれ、蘇生処置開始に「厳密な」判断は求められていません。
しかし、それでも現行のプロトコルでは、市民救助者に対しても呼吸の評価をすることを規定しているのは事実です。「わからない」場合があるとしても、呼吸確認プロセス自体の省略を示唆するような記述はありません。
死戦期呼吸についての指摘もありましたが、心停止を見逃すリスクが検討されつつも、現行のJRCガイドラインでは「反応なし」のみで胸骨圧迫を開始するような推奨はなされていません。
呼吸の判断は難しい。それも承知しています。しかし必要なもの。
難しいからこそ、精度を上げるべく、G2010で講習や指導の創意工夫が勧告され、死戦期呼吸の映像教材を使ったり、生体で様々な体位での呼吸確認練習をするなど課題に取り組んでいるわけです。
3.不要な除細動実施のリスク
AEDの適応外装着による誤ショックのリスクは「極めて稀」と理解しています。
AEDを装着しないことの有害性と、不要な装着により起こるかも知れない有害性は、前者の方が大きいものと考えます。
それは事実と言っていいくらいのものと考えますが、それはあくまでも個人的な私見です。
医学的な精度と、現実的なリスクとベネフィット、法的要件などを総合的に勘案した結果が、蘇生ガイドラインやAED製造メーカーが示すAED使用条件に反映されているものと理解しています。
AEDの使用条件(日本光電AEDの場合)
・反応がない
・普段どおりの呼吸をしていない
・脈がない(熟練救助者のみ)

救命法の指導員の立場として、当然ですが、これを尊重します。
講習や指導の上で、AEDはどんな人に装着するか? と聞かれれば、指針や使用基準通りに答えます。
シミュレーション場面で、AEDを取りに行って現場に戻ってきた人の目線で答えれば「胸骨圧迫されている人」と説明することもあります。
少なくとも「倒れている人がいたら(呼吸確認をせずに)すぐAEDを!」という指導はオフィシャルにはしていないはずです。それは指導員の私見であり、実務的に正しいと信じていたとしても公式に教える内容ではありません。
4.AED使用条件の言及は救命率を下げる有害情報であるという意見について
胸骨圧迫開始を促進する
AEDの使用条件を明確化する、つまり【AEDの使用条件】と【心肺蘇生法の開始判断】が同一であることを周知することは、胸骨圧迫開始を促進するものとなると考えています。
AEDが届くまでなにもしないのか、胸骨圧迫を始めるのか?
AED偏重の世の中になった今、救助者が「AEDが心停止判断をしてくれる」と誤った理解をしている場合、胸骨圧迫が始まるのは「ショック不要」アナウンスの後か、ショックボタンを押した後になります。
心室細動(ショック適応リズム)であったとしても、除細動前に胸骨圧迫がされていないと、細動の振幅が小さくなり除細動後の心拍再開の可能性が下がることは周知の事実。除細動の前に胸骨圧迫することの価値に疑問を呈する人はいないでしょう。
AED装着基準をきちんと周知することで、胸骨圧迫開始が早まることを期待しています。
特に現場的には非ショック適応リズムが多いことを考えると、総合的に有益であろうと考えています。
違法性阻却事由
またなにより、市民の中でも「業務の内容や活動領域の性格から一定の頻度で心停止者に対し応急の対応をすることが期待、想定されている者」(いわゆる市民一定頻度者)が、AEDを使う場合の医師法違反阻却事由のひとつに、
使用者が、対象者の意識、呼吸がないことを確認していること
が規定されています。
除細動という医行為を市民に許すかどうかの最初の政府判断として慎重に検討された根幹部分のひとつとも言えます。
特に市民向けであっても「一定頻度者」を含む救命講習/指導では丁寧に教える必要がある部分だと考えています。
まとめ
AEDの使用条件について、指導、言及することにご批判の意見を頂いていますが、これは事実に基づいた内容であり、救命法指導においては常識的な内容です。
通常の市民向け救命講習では、時間の関係上、明示的に示されることは少ないかもしれませんが、救命講習の構成に【AED使用条件】はしっかり内包されています。
考えてみてください。
救命講習やBLS講習の想定練習の中で、AEDを装着するタイミングは、胸骨圧迫開始後、すでに胸骨圧迫されている人、です。
つまり、反応なし、普段どおりの息なし、の判断がされている人。
さらにいうと胸骨圧迫という痛み刺激に対しても無反応であり、仮に呼吸確認が不十分/不正確であったとしても、客観的に見て、心停止であろうという点が確認できている状態でのみAEDを装着しているわけです。
弊会がAEDの使用条件について意識的に言及している理由はここにあります。
救命講習において、AED装着より先に胸骨圧迫が行われているのが「普通」です。
AEDが先行しがちな認識になっている現在、そんな普通を実践してもらうには、AEDの装着基準が胸骨圧迫の開始基準と同じであるということを知らないといけない。一般的に、AEDはどこかに取りに行って後から現場に届くものだからです。
また、日頃から市民向けに心肺蘇生法を指導している方ならご存知の通り、
・人が倒れたら、まずAEDをつければ心停止かどうかすべて教えてくれる
・ショック不要と言われたら心停止ではない
と誤って理解している人は少なくありません。
この理解のままでは、心室細動/無脈性心室頻拍【以外】の心停止は、生きていると誤認し、胸骨圧迫すら行われない事態に陥る可能性があります。(音声メッセージを聞き漏らす事象は珍しくありません)
これを避けるためにも【AEDの装着基準=蘇生開始基準】を明示的に教えることが重要と考えています。
AEDの除細動が適応なのは心室細動/無脈性心室頻拍だけですが、胸骨圧迫はすべての心停止に対して適応です。
なにも特別なことをしようとしているわけではありません。
救命講習で教わる通りの「標準」を実行できるように、それだけです。






