人工呼吸なしのCPR普及で子どもの「死亡率」が上がった|日本の最新論文から

昨日、虎ノ門ヒルズで開催された日本蘇生科学シンポジウム(J-ReSS)で紹介されていた衝撃の論文、その中身をご紹介します。

人工呼吸をしない胸骨圧迫のみの蘇生法では子どもの死亡率が高まったとする日本からの報告

岡山大学の小原隆史先生が、ヨーロッパ蘇生協議会 ERC の学術誌 Resuscitaion に発表したもので、アクセプト日が2025年6月27日、7月5日にパブリッシュされた最新の学術論文です。

タイトルは、”Compression Only CPR and Mortality in Pediatric Out-of-Hospital Cardiac Arrest During COVID-19 Pandemic”、日本語にすると、

COVID-19パンデミック中の小児院外心停止における胸骨圧迫のみのCPRと死亡率

コロナ前から、Hands only CPRなどと称して、人工呼吸はせずに胸骨圧迫だけの蘇生法が台頭してきていましたが、いわゆるコロナ禍によってバイスタンダーCPRが減少し、特に人工呼吸に関しては「しない」という空気感が決定的なものとなりました。

この人工呼吸を省略した蘇生法が子どもの救命にどう影響したのかを調べたのがこの研究です。

日本では2005年から、全国の病院外で起きた心停止に関しては消防本部によってウツタイン様式という国際規格に基づいてデータが取られています。

この統計データを使って、コロナ前とコロナ中、そしてコロナ後の、子どもへのバイスタンダーCPRの実施率と死亡率について比較検討したの最新の日本の救命事情が世界に向けて発表されました。

この研究からわかったこと

細か数字は原著をご覧いただくとして、主な結果と結論をピックアップしますと、、、

結果

  • 7,162件の小児心停止症例のうち、現場にいた人によってCPRが実施されたのは 3,352件(46.8%)
  • 人工呼吸を含めたフルサイズの蘇生法が実施された割合はコロナ前は33.0%だったが、コロナ中には21.1%に減少した
  • 胸骨圧迫のみの蘇生法は、30日死亡率と不良な神経学的転機と相関していた。この傾向は年齢や心停止の原因を問わず一貫して見られ、特に非心原性心停止の場合に顕著だった。
  • 人工呼吸を併用した蘇生処置実施の減少により、コロナ中は年間10.7件の過剰死亡が起きていたと推定される

結論

これらの結果は、小児の病院外心肺停止における救命呼吸の重要性を強調している。胸骨圧迫のみのCPRは成人には適していても、小児では予後を悪化させる可能性がある。小児の蘇生訓練においては人工呼吸を重視し、感染対策により実施していくことは、今後の感染拡大事態においても不可欠と言える。

一言でいうと、胸骨圧迫のみの蘇生法が一般的になった影響で子どもの救命率が下がった ということです。

背景と考察

コロナ蔓延下でも子どもの救命に人工呼吸は必要とされていた

子どもの救命においては人工呼吸が必須。

子どもの心停止の前提は呼吸原性。これは昔も今も蘇生教育の中ではあたりまえの話。

コロナ禍に厚労省が市民向けの救急蘇生法の指針を出していますが、その中でも小児蘇生では人工呼吸を実施するようにと書かれていました。(成人蘇生では人工呼吸はしない、と言い切りつつも)

コロナ蔓延下における市民救急蘇生の指針

コロナ禍であっても子どもの救命には人工呼吸は欠かせないと国が言っていたにも関わらず、成人蘇生に適応される「人工呼吸はしない」という部分が切り取られて独り歩きし、大人でも子どもでも人工呼吸はしない、という誤った認識が定着してしまった現状。

これは、救命法指導員の誤った認識がそうした世論を作ってしまった部分があるのではないでしょうか? 事実、救命法の指導員の多くは、小児蘇生を知らずに蘇生科学的に大人と子どもが違うということすら知らずに教えているケースが多いです。

 

この論文のイントロダクションで先行研究の検討がされていますが、2008年にAHAが目撃のある成人心停止のバイスタンダー対応に限局して提唱した Hands only CPR が認知されるようになってから、成人小児問わず人工呼吸併用型のフルサイズのCPRの実施率が減少していることが報告されています。

そこに台頭したコロナ禍によって、人工呼吸はしない、というのが年齢を問わずすっかり定着。

そしてコロナを過ぎた今もその傾向が残っており、人工呼吸をしないことの弊害は一過性のものではなく、恒久的なものになってしまっている現実が、今回の研究で明らかになりました。

家族によるCPRの実施、人工呼吸の実施も減っている

コロナによって蘇生法の実施に影響が出たのは「感染」が問題になったからです。

人工呼吸が欠かせない小児蘇生。そのバイスタンダーになるのは家族であることが多いであろうことは想像に固くありません。

であれば、感染はほとんど問題になりませんから、コロナ禍でも自分の子どもを救うには人工呼吸も区連して実施できるようにしましょう、となるはずですが、実際のところそのような教育はされずに、十把一絡げで人工呼吸不要路線となってしまいました。

胸骨圧迫のみのCPRと死亡率の増加の関連性は、家族によるCPR実施においても同様の傾向が見られ、論文中でも重大な問題であると指摘されています。

In our study, CO-CPR was also associated with a higher risk of mortality in children one to 17 years old and those with non-cardiac arrest, particularly in the overall and pre-COVID-19 analyses. A similar trend was observed when the bystander was a family member, with RB-CPR significantly decreasing in the pandemic era, which is especially relevant for younger children who often rely on family members as bystanders.

まとめ

蘇生科学シンポジウムの壇上で小原先生は言っていました。

「胸骨圧迫のみの蘇生法の定着によって子どもに不利益が生じている」
「人工呼吸をしない傾向はコロナが終わったい今も戻ってない」

フロアから質問に立った日本蘇生協議会代表理事の坂本先生はコメントしていました。

「胸骨圧迫のみの蘇生法をガイドラインに取り込んだときは、それまでは何もできなかった層にアプローチするためで、人工呼吸を含めたフルサイズの蘇生法を減らしていけないという点は確認していた。しかし、結果的にみな易きに流れてしまった」

よかれと思って始めたことでも、それが正しく伝わらず、部分的に不利益が生じてしまっているという現実。

正しい理解を伝えるはずの医学教育者や蘇生法指導員は、この日本の実態を踏まえた「反省」と向き合い、今後の指導活動に活かしていってほしいと考えています。これは命に関わる指導を行う人の責務です。

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