BLS(心肺蘇生法)一覧

パルスオキシメーターでは、呼吸の有無はわからない

パルスオキシメーター、最近は値段が下がって1万円以下でも買えるので、学校やスポーツ現場でも使われることが増えてきているようです。

学校の保健室にもパルスオキシメーターが置いてあるところもあるんじゃないでしょうか?

パルスオキシメーターは、れっきとした医療器具なので、使い方を誤ると危険な場合があります。特に、人間は道具があると使いたくなる、また頼ってしまう傾向があり、道具がない場合に比べてミスジャッジすることが増えがちです。

急変対応にパルスオキシメーターを使うと


意識不明の人が倒れていると呼ばれて行って、その時たまたまパルスオキシメーターを持っていたら、、、

呼びかけても返事がなかったので、すぐにパルスオキシメーターを着けました。結果、脈拍数110回/分と出たらどうでしょう?

なにを考え、どう行動しますか?

パルスオキシメーターでわかること、わからないこと

パルスオキシメーターは呼吸状態を確認する道具、というイメージが強いかもしれませんが、指先の血流の有無と脈拍数、そして経皮的酸素飽和度だけです。

なんらかの数字が出れば、指先の血流はある、との判断はできますが、今現在、呼吸をしているかどうかはわからない、という点、注意が必要です。

SpO2の数値が出たとしても、呼吸をしていないケースはありえます。あくまでも血中の酸素とヘモグロビンの結合割合を近似的に算出しているだけで、呼吸停止しても数値が下がるには時間がかかるからです。

パルスオキシメーターの値が信用できない場合

寒冷やショックなどで抹消循環が悪い場合、パルスオキシメーターは正しい数字を示しません。エラーになればまだいいのですが、高めに数値が出てしまう場合非常に危険。

つまり、傷病者の状態が安定している条件下でないと信用できません。

こうした特性を知らない人がパルスオキシメーターを過信してしまうリスクが日常的になっています。あくまでも医療機器、中途半端な知識・理解の人が使うと危険という話。

このあたりの話は、詳しくはブログ過去記事もご参照ください。

実例:パルスオキシメーターの不適切使用

平成28年9月に大分の学校で起きた死亡事故では、意識不明の傷病者に対して目視による呼吸確認をせず、パルスオキシメーターの数字が出たことで「呼吸あり」と判断した結果、気道異物による呼吸停止(窒息)に気づかず死に至った可能性が指摘されています。

大分県立南石垣支援学校における事故調査報告書(令和元年7月)

大分県教育委員会(令和元年7月)


 

本件から学べる点は多々ありますが、今回特に着目いただきたいのは「5.前提となる事実 [PDFファイル/5.36MB]」の p.28 に書かれているパルスオキシメーターを装着したときの事実の描写と、同 p.39 にある学校側が保護者向けに説明した文書の中の下記の記述です。

「呼吸はあったか」という質問への答え
「呼吸、脈等はパルスオキシメーターで確認していましたが、血中酸素飽和度は正確な測定ができなかったということです。」
 
呼吸については、確認していませんでした。

後日指摘により訂正されたようですが、救護対応していた養護教諭らはパルスオキシメーターで脈拍数110回/分と表示されたことで、呼吸できていると誤認していた可能性が伺えます。

冷静に考えれば、酸素飽和度が表示されないことから、呼吸状態(この場合は特に気道開通)を疑うこともできたかもしれませんが、意識不明の傷病者を目の前にして、脈拍がある=心臓が動いている=生きている、という安心感が、呼吸もしているという早合点につながったのかもしれません。

頭部から出血していたなどの複雑な要因はありますが、パルスオキシメーターを持ってきたことが、判断を誤らせた要因として否めない案件ではないかと考えています。

本来の救急対応手順に従えば…

今回の検証の中でも指摘されているとおり、意識不明の人がいたとき心肺蘇生法の手順に従って。反応なし+呼吸なしを確認し胸骨圧迫を行っていれば、心停止ではなかったとしても、結果的には窒息解除の手順(胸部突き上げ法)となり、気道異物が解除できた可能性はありえます。

傷病者の状態が悪いときは、パルスオキシメーターは使い物にならない点は医療従事者は知っています。しかし、市民からしたら「頼れる医療機器」として勘違いしてしまうリスクが露呈された事故ではないでしょうか。

血圧計やパルスオキシメーターを応急救護の備品として用意することのメリットとデメリット。

不慣れな人にとっては致命的なデメリットもあります。逆にメリットはなにかあるでしょうか?

使い方自体は簡単ですが、その解釈や精度の点では不利益も大きい。

あると使いたくなる人間の性を考えると、医療従事者以外は基本的にこうした医療機器は持たないほうがいい、と思います。

 

医療者にとっても、こういう事例を見ると、PEARSやPALSの体系的アプローチで、酸素飽和度の評価が呼吸の一番最後の項目になっている点が、納得いただけるのではないでしょうか?


質の高い人工呼吸とは

昨今、なにかと軽視されがちな人工呼吸ですが、子どもの救命や、水辺での救急対応には欠かせないという点は、皆様、ご理解いただけていると思います。

そこで、今日は、一歩踏み込んで 人工呼吸の質 という話をしたいと思います。

質の高い人工呼吸は、過剰な換気を避けること

吹き込んで胸が上がればいい!?

人工呼吸は、胸骨圧迫に比べると動作がやや複雑で、うまくできた / 失敗した、がはっきりわかる手技です。

そのため、吹き込んでマネキンの胸が上がればとりあえず「よし」としがちですが、それは一般市民向け講習での話。

医療従事者や、救護責務がある市民救助者向けの研修では、人工呼吸にも「質」が求められます。

High Quality CPR

High Quality CPR(質の高い心肺蘇生法)のポイントといえば、

・強く
・速く
・胸壁を元の高さに戻す
・中断を最小限に

ですが、これらは胸骨圧迫の話。人工呼吸に関しては、
 
・過剰な換気を避ける
 
ということが謳われています。

人工呼吸の空気は入れすぎないほうがいい

過剰な換気を避けるためのポイントは2つ。

・目で見て胸が上がる程度の量
・1回の吹込みは1秒かけて

目で見て胸が上がる程度の量

息を吹き込むと胸部が挙上して見えます。それが見える程度のギリギリの少ない量でいいですよ、という意味です。

イメージからすると、空気をたくさん吹き込んだほうが助かるような気がしますが、実は逆です。

空気を吹き込みすぎるとかえって蘇生率は下がります。

理由は2つ。
 

  • 胃膨満 → 嘔吐 → 人工呼吸継続困難
  • 胸腔内圧上昇 → 静脈還流低下 → 心拍出量低下

 

胃膨満の弊害

空気をたくさん吹き込みすぎて、肺から溢れ出た空気はどこにいくかを考えれば簡単です。

気管ではなく、食道の方に空気が流れ込んで「胃」に溜まっていくわけですね。

胃が最大限まで膨らんだらどうなりますか? 吐き出す、嘔吐をしそうな気がしませんか?

胃の内容物を吐かれてしまったら、人工呼吸はもちろん蘇生処置そのものが中断してしまいます。結果、助かる可能性が格段に下がるのは想像できるでしょう。

胸腔内圧上昇の弊害

こちらは直感的にはすこしわかりにくいかもしれません。

ざっくりとしたイメージですが、空気を入れすぎて肺がパンパンに膨らんだ状態を想像してください。肺が目一杯膨らむと、肺の間に挟まれた心臓がギュッと圧縮される気がしませんか?

心臓が押しつぶされた状態になっていると、静脈から戻ってくる血液が心臓に溜まる量が減ります。そうなると、胸骨圧迫によって駆出できる血液量も減るのは想像できるでしょうか?

心肺蘇生法の目的は、酸素化された血液を全身に巡らせることによって、脳や心臓などの重要臓器の細胞に酸素供給をすることにあります。

肺まで空気がたくさん入っても、その先の酸素の運搬媒体である血液の流れが滞ったら、終着点である細胞が受け取る酸素量は少なくなってしまいます。

つまり、空気を入れすぎると血液循環が悪くなって蘇生効率が下がる、というわけです。

(実際のところは、心臓が潰されるというよりは、静脈系の血管の影響なのですが、今回は大まかなイメージということで詳細は割愛します。)

1秒かけて吹き込む

これは、意味がわかりにくいと思いますが、ざっくりいうと、勢いをつけて吹き込むなという意味です。

勢いよく素早く送気してしまうと、口腔内の内圧があがって、ふだんは閉じている食道に隙間ができて空気が胃の方に流れ込んでしまうリスクが増えます。

だから、優しく1秒くらいかけて、ややじんわりと送気してくださいね、という意味です。

参考まで、ガイドライン2005までは、1回の送気に2秒かけるように指導していた時期があります。これは内圧を上げないための配慮だったのですが、その結果、胸骨圧迫の中段時間が伸びることが問題となり、2秒から1秒に改められた経緯があります。

また「1秒かけて」と翻訳された原語は over 1 second です。ときどきこれを1秒以上かけて吹き込むと誤訳しているケースもありますので注意してください。この場合の over は、1秒間に渡って送気を続ける、という意味です。

ですから、1秒かけて吹き込むと訳すのが正しいです。

胸骨圧迫で得られる循環血液量はふだんの1/3

人工呼吸の吹き込み量は思いのほか少ない量で十分なのですが、直感的にはなかなか納得しづらいかもしれません。

そこで、心停止中に胸骨圧迫で得られる循環血液量は、正常時の1/3〜1/4しかないということを知っておいてください。

血流が普段の1/3しかないところに普段の肺活量の空気を送り込んだところで、細胞に届く酸素量は限られます。

だから、あんなに少ない量であっても十分なのです。

人工呼吸で空気を入れすぎると蘇生率/救命率が下がる

まとめ

私達の直感とは裏腹に、人工呼吸で勢いよく多くの空気を入れてしまうと、嘔吐するリスクが上がり、血液循環が低下することで蘇生率は低下します。

人工呼吸で肺に空気が入ることは重要ですが、業務対応として人工呼吸を行う人は、入れ過ぎは良くないということを理解して、傷病者の体格に合わせて吹き込み量を調整できるような練習をしておきましょう。

以上、BLS横浜の ハートセイバーCPR AEDコース や、BLSプロバイダーコース に参加したことがある方はすでにご存知の内容かと思いますが、質の高い人工呼吸について解説しました。


服をはだけずにAEDパッドを貼れるか?

女性へのAED使用率が低いとの京都大学の研究結果が報道されたせいか、今年はAED装着時のプライバシー保護に関する話題が多かったように思います。

この点は、救命法の指導員の間では昔から変わらず出てくる鉄板ネタのような話題で、服は完全に脱がさずに、襟元や裾からパッドを差し入れて貼ればいいという意見は昔からありました。

救命法の指導員の中には、実際にやってみてちゃんとできたとおっしゃる方もいますが、BLS横浜としては、このやり方は懐疑的に捉えています。

なぜかといえば、下の写真をご覧ください。

服の隙間からAEDのパッドを装着できるか?

練習パッドと本物のパッドの違い

本物のAEDパッドは粘着成分層が厚く重量感がありますから、手に取るとこのようにたわみます。

この質感は、パリッとした水平性を保つ練習用パッドとは違うと思いませんか?

そして、練習パットと違って、粘着度はかなり強力です。以前は胸毛を粘着でむしり取ると言われていたくらいです。(実際はそんなきれいには抜けませんのであまり実用的な方法ではありませんが)

質感のイメージは、湿布薬に近いかもしれません。

服を来たまま襟元から湿布を自分の肩に貼ろうとして、失敗したことありませんか?

湿布のシートが折れ曲がって粘着面同士がくっついてしまったり、服に貼り付いてうまく伸ばせなかったりしますよね。

あそこまでペラペラではありませんが、それに近いような難しさがあります。

ダブダブのゆったりとした服ならうまくできるかもしれませんが、うまく行ったらラッキーくらいに思ったほうがいい不確実な方法です。

貼り損じたらどうなるか?

もし、失敗して服に貼り付いてしまったらどうなるか?

剥がして貼り直せばいいかもしれません。しかし粘着面には衣類の毛羽立った繊維がたくさん貼り付きます。これらは電気抵抗になりますし、繊維や毛玉などで微細な隙間ができてしまうと、その間に火花が飛んだり、発熱の要因となります。

もしパッドの粘着面同士が貼り付いてしまったら?

強力な粘着面、剥がすのは困難ですし、粘着成分にムラができることで、効率低下の懸念があります。

なにより、パッドが使えなくなってしまったら、予備パッドが入っているとは限りませんし、最近は最初からコネクタが接続されている機種が増えていますから、付け替えというイレギュラーなアクションがスムーズにできるかという問題があります。

生きるか死ぬかの瀬戸際であることを忘れてはいけない

AEDパッド装着時に女性の胸元をはだけてしまっていいのか? という羞恥心やプライバシーといった人権への配慮は大切なこと、前向きな議論に見えますが、はたしてそうでしょうか?

そもそもAEDを装着するのは「心停止」が前提です。

つまりAEDを装着する場面は、命の瀬戸際で生きるか死ぬかの問題に直面しているわけです。

そんなときに、死にかけている意識がない人の羞恥心への配慮と、着実・確実に救命処置を行うことを、天秤にかけるような問題でしょうか? 

意識がない死にかけている当事者は何を望んでいるのでしょうか?

そう考えると、AED装着時に羞恥心に配慮するというべきか? という命題自体が、あまりに他人目線で空想的なバカバカしいものに思えてきます。

不慣れだからこそ、確実性を

襟や裾の隙間からAEDパッドを貼るように教えるのであれば、実際に練習してもらう必要があると考えます。それも練習用パッドではなくホンモノを使って。

ただのAED講習でさえ、慌ててうまくできない人がいる中、襟元から貼るようにと難易度が高いやり方を指導するのであれば、説明だけではなく練習をさせなければ指導員としては無責任でしょう。

実際のところ、受講者からはよく質問されます。女性でも服を切って完全に胸を露出させてしまっていいんですか? と。

そんなとき、指導員は、「いいんです。そうしてください。」と自信を持って答えるべきです。

しかし指導員自身が、そこを不安に思っているから、服の隙間から貼ればいい、などと無責任なことを言ってお茶を濁している部分はないでしょうか?

医療従事者向けの教育ならいざしらず、不慣れな一般の方に教えるのであれば、確実堅実なやり方、つまり服ははだけるか、引きちぎるか、ハサミで切るなどして、確実に貼付部を露出させて貼るという原則通りのことを自信を持って指導するべきでしょう。

 
 

先日、「AED 対女性使用率向上を 体覆う特製シート考案」というニュースが流れました。(大阪日日新聞2019年10月17日)

AEDをためらわずに使ってほしい、という前向きな取り組みに見えますが、逆を言えば、救命処置よりもプライバシー保護が優先であるという世論の形成をさせることにもなり、救命法の普及という点でいえば全体的にはマイナスに働く懸念もあります。

傷病者の人権への配慮もあってしかるべきですが、業務対応する医療従事者ならいざしらず、それらを一般市民に求める風潮は好ましいとは考えません。

むしろ、緊急事態なんだから羞恥心なんて言ってる場合じゃない! というコンセンサスを形成するほうが健全なのではないでしょうか?


意識・呼吸がある人には、AEDを使わない

ファーストエイド講習や、エピペン講習のシミュレーションでしばしば見受けられる場面ですが、「あなた119番! あなたAED!」というお決まりの台詞のあと、AEDが到着すると、苦しがっている模擬傷病者に対して、「念のためAEDを貼っておきましょう」という方向になりがちです。

心肺蘇生法講習の弊害というと言いすぎでしょうか? 

AEDを持ってきたら、相手がどんな状態であろうと、パッドを貼らずにはいられない条件反射に陥っているように思います。

AEDは心肺停止を確認した人にだけ装着する

2004年7月以降始まった日本でのAED講習、そこではAEDを装着する条件というのが教えられていたはずですが、いつしか心肺蘇生法講習といえばAED講習というくらいにあたりまえになった反面、AEDという機械の使用目的や、その特殊性への意識が薄れているように感じます。

AEDは、心肺停止の人に対して装着するように設計されている機械です。

救命講習を思い出してみてください。

AEDが現場に到着したときは、すでに胸骨圧迫が行われていたはずです。これが本来のあり方。

逆に言えば、胸骨圧迫を行う必要がない人には、AEDを貼る必要もないということです。

AEDは心停止の判断はできない

こう言うと驚かれるかもしれませんが、AEDは傷病者が心肺停止かどうかを判断することはできません。

AEDが解析しているのは、心電図で、傷病者が心停止であるという前提の下で、電気ショック(除細動)が必要な心停止か、それとも電気ショックが無効な心停止かを判断しているに過ぎないのです。

例えば心室細動というタイプの心電図波形(不整脈)であれば=心停止といえますが、心室頻拍という不整脈の場合は、心停止の場合もあれば、血圧が保てていて意識がはっきりしている場合もありますが、この違いをAEDは判断できません。

そのため、AEDは、その装着条件として、下記のように決められているのです。

AEDの添付文書

本装置を使用する前に、患者が以下の状態であることを確認してください。
1) 意識がない
2) 普段どおりの呼吸をしていない
3) 脈がない(熟練救助者のみ)

(中略)

非常にまれですが、除細動が不要と思われる心電図を除細動適応と判断することがあります。

AED誤動作のリスク

除細動が不要と思われる心電図をショック適応と判断してしまうというのは、機械の設計上、仕方ない部分です。

簡単にいうと、AEDは一例として心拍数180回以上で、Wide QRS(幅の広いQRS) という判定をもって心室頻拍(VT)を検出しますので、脈アリVT以外でも、例えば「脚ブロックがある発作性上室性頻拍」でも、ショック適応と誤判断する可能性があります。

このリスクを低減させる条件として、「反応なし+呼吸なし」など、心停止を確認した人だけに装着してください、という仕様となっているわけです。

これは極めてまれなケースとされていますが、胸がドキドキする、などの心臓の不調を訴える人がいて、その場にAEDがあったら装着されてしまう可能性は、今の日本社会通年の中では、現実としてありえる話です。

現実、そのようなケースが発生したことが日本でも2018年に報告されています。

症例報告:意識がある人にAEDで除細動をしたケース

意識があるのにAED?!

女子高校生が体育の授業中、動悸を訴えて保健室へ。

養護教諭は119番とAED手配をし、救急車を待つ間、会話が可能な状態だった本人の同意を得てAEDパッドを装着。

心電図解析をすると「ショックの適応です。患者から離れてください。ショックボタンを押してください」との音声アナウンスが流れた。

女子高生は不安そうに「先生、ショックされると私は痛いのかな?」と。

養護教諭は迷った末、「救命講習の時とは状況が違うけれども、AEDがショック適応です、とメッセージを発している以上、躊躇してはいけない、勇気をもってショックボタンを押そう」と考え、除細動を実行した。

 

 

電気ショック後の詳細は記されていませんが、心電図記録にショック直後から胸骨圧迫が開始されたということが記されていますから、除細動によって意識を消失したのかもしれません。

救急隊員が『ショックボタンを押されたらドカンと衝撃がきた』という言葉を聞いたことが記されていますので、その後、程なくして意識は戻ったのでしょう。

心電図記録上では、除細動のショック後も発作性上室性頻拍は続いていましたが、病院到着時にはそれが自然消失しており、循環動態には問題はなかったということです。

不要な除細動、逆に心停止にさせてしまうリスク

このケースでは、たまたま何ごともなく「ドカンと衝撃を受けた」だけで済みましたが、二次救命処置 ACLS を勉強している人はご存知のとおり、発作性上室頻拍に対して非同期の除細動を掛けると、R on T によって心室細動を引き起こすリスクがあります。つまり生きている人間を心停止にさせてしまう危険がありました。

前述の報告書の中では、

「一般人に指導する際には、「AEDはあくまでも意識を消失した人に対して装着すべきもの」であることを強調しておくことが重要である。」

と結論づけています。

立場に合わせて教育精度を再考する時期に入っているのではないか?

これまでの救命講習は、救助行動の着手に重きを置き、細かいことはともかくAEDを使ってほしい、というスタンスが強く進められてきました。

そのため、ここでAEDの危険を書いたり、

明らかに意識がある人にはAEDは使わない。

というと、AED普及を阻害するといって反対される方もいるかもしれません。

しかし、これだけAEDが広まり、人が倒れたらAEDということが常識的になったこの時代、敷居を下げるために簡略化する方向性もそろそろ見直していいのではないかと考えます。

特に養護教諭のように、心停止ありきではなく、日頃から応急手当に関わる立場の人には一般市民向けの便宜優先よりは、やや原理原則寄りの教育スタンスでいてもいいのではないでしょうか?

この養護教諭の心の葛藤もわかりますが、心停止ありきのAED講習ではなく、非心停止対応も包括したファーストエイド教育の中できちんとAEDの位置づけを学んでいれば、また違った判断ができたかもしれません。

救急対応といえば心停止ばかりと思ってしまうのが、心肺蘇生法しか知らない人。しかし、養護教諭はそうではないはず。

リスクを低く見積もるよりは、オーバートリアージのほうがいいとは思いますが、それは現場判断の話。教育としては、養護教諭向けにはもうちょっと踏み込んだものがあってもよかったように思います。

日頃、応急処置を業務としている養護教諭であれば。

 
 

とりあえず、本来のプロトコル(お約束)を一般市民向けに、強いて簡略化するなら、下記のようにするとまだ誤差は少ないはずです。

迷ったらAED、ではなく、まずは胸骨圧迫!

それでも痛がる素振りが見られなければ、AED。


服を切るトレーニング【AEDパッド装着】

今日は病院からの依頼でBLSプロバイダーコースを開催しています。

10分間のチーム蘇生では、いつもマネキンの服を3重くらいに着せて、いちばん内側は前開きにできないTシャツにしています。

いつもだと、皆さんは、なんとかシャツの裾をたくし上げてAEDパッドを貼ることが多いのですが、今日は、とまどっているのAED担当を見た胸骨圧迫役の方が「ハサミを探して!」と建設的な介入。AEDのケースの中にあったハサミを見つけて、サクッと服をカット。

襟元から少し切れ目を入れた後は、手で引き裂くという時短ワザ、すばらしかったです。

AEDトレーニングに必要な服を切るという練習

実際の現場を想定した練習、大切ですね。

胸骨圧迫中断の時間を短くし、CCF(胸骨圧迫比)を上げようと思ったら、着衣の人に対して服をはだけるか、ハサミで切るかの判断をさせて、実際にやってもらうトレーニングをしておかないと、実際の現場でハサミで服を切るという発想、ふつうの人にはありませんし、無理です。

今日のケースでは、ハサミを使うという判断はたいへんすばらしかったのですが、服の正中を切ったため圧迫の中断が生じてしまいました。

胸骨圧迫を続けながら、服を着るならどこにハサミをいれたらいいか?

この部分は、シミュレーション後のデブリーフィングで皆さんで考えていただきました。

こういう体験をすると、忘れませんし、次回は実際に「できる」可能性も高まります。


心肺蘇生CPR/BLS 傷病者の服をはだけるタイミング

ここ数日、女性に対してAEDの使用率が低いという話題が飛び交っています。

女性に対してはAED装着をためらう傾向がデータ的にはっきりしたわけですが、心停止に対する救命処置では、どうしても服をはだける、脱がす、はさみで切るなどの処置が必要となります。

さて、その服をはだけるタイミングですが、日米では少し違っています。

米国 胸骨圧迫を始めるとき
日本 AEDパッド装着のとき

もともと心肺蘇生法は米国から入ってきましたので、日本でも以前は胸骨圧迫の手の位置を乳頭間線としており、服をはだけて手の位置を確認すると教えていた時代もありましたが、いつしか「想像上の乳頭間線」ということで服の上から胸骨圧迫を行う方向にシフトしていきました。

日本国内でもメジャーなプログラムであるアメリカ心臓協会のBLSプロバイダーコースやハートセイバーCPR AEDコースでは、最新ガイドライン準拠の講習でも引き続き、服をはだけてから胸骨圧迫を行うようになっています。

蘇生ガイドラインは5年毎に改定されてきましたが、その歴史的推移をみると、AHA2010ガイドラインからは医学的な正しさより現実社会で実行できること(implementation)に重きを置く方向にシフトし、さらに最新のAHA-G2015では、実行性を高めるためには、講習の進め方にもreal life situationを重視する現実主義の方向性がより強化されるようになっています。

この流れの中で、呼吸確認のための気道確保を求めないことや、人工呼吸よりは胸骨圧迫を先に開始するC-A-B手順が導入されたりしました。

この機運からすれば、CPR開始のハードルを下げるという意味でAHA-G2010で胸骨圧迫のために服をはだけるという手順が是正されるかと考えていましたが、その他の大胆な改定とは裏腹に、いまも変わらず、胸骨圧迫のまえに胸をはだけるような手順が残ったままとなっています。

BLS横浜では、主に米国のAHAガイドライン準拠の講習を多く開催していますが、その指導の中では、胸骨圧迫のために服をはだけるようにという指導は行っていません。

DVD教材では、そのように言及していますので、ときどき受講者さんからは質問されます。

そんなときは、こんなふうに答えています。

「マネキンと違って、実際の人は服を1枚しか着ていないことはないし、前開きとも限りません。現実問題、できそうですか? 重要な概念として、心停止を認識したら10秒以内に胸骨圧迫を開始することが強調されていますが、10秒以内にできますか?」

地面に倒れた人の服をまくりあげて胸骨圧迫の部位を露出させるのを10秒以内に行うことは、どう考えても現実的ではありません。

それに、もともと「胸骨圧迫前に服をはだける」というのは指導マニュアル上の話であり、ガイドラインによって明確に規定されているようなものでもありません。もちろん、医学的根拠(エビデンス)もありません。

ですから、BLS横浜での講習指導の上では重視はしていません。

強いて言えば、傷害を防ぐために正しい手の位置を確認するという意味合いがあるものと思われますが、服の上から胸骨圧迫した場合と服をはだけた場合での誤差の違いや、胸骨圧迫開始までの時間の違い、そしてそれが患者アウトカムにどう影響するか、という点が研究されているわけでもありませんし、それほどこだわる理由もないというのが現実ではないでしょうか?

ということで、チームシミュレーション・トレーニングの中では、あえて何重にも服を着せて、簡単には脱がすことができないようにして、服をはだけるタイミングについては、受講の皆さんで考えてもらうようにしています。

現実的には、AEDが届いてパッドを貼るタイミングで、はさみで切るというのが確実な気がします。

答えがないことは、経験学習とデブリーフィングで学んでもらうのがいちばんです。


日本の医療従事者はBLSの半分しか知らない

最近では、看護大学など医療従事者の養成校でBLS教育がきちんと行われるようになり、病院に就職時の新人研修でもBLS練習があたりまえになって、「BLS、知ってます。できます」という人が増えてきました。

お蔭で BLSプロバイダーコース の指導も、皆さんの技術を補強する程度で済み、1からしっかり教えるということは少なくなってきました。

しかし、それでもやはり感じるのは、「日本の医療従事者はBLSの半分しか知らない」という点です。

医療者が基礎教育で教わっているBLSは、BLSではない

医療従事者が、その教育課程で教わっているBLSは、Basic Life Support(一次救命処置)というよりは、実は「AED講習」ではないでしょうか?

  • 胸骨圧迫
  • AED
  • (人工呼吸)

AEDの心リズム解析結果は常に「ショックが必要です」であり、除細動をすれば助かるという前提の研修ではありませんでしたか?

また人工呼吸の練習はきちんと行われていたでしょうか?

医療現場での業務対応ですから、口対口人工呼吸やフェイスシールド人工呼吸は論外です。ポケットマスクも医療従事者の通常業務では考えにくいので、バッグバルブマスク換気のトレーニングが必要です。

こう考えたときに、医療従事者が基礎教育や新人研修で習得する「BLS」なるものは、心臓突然死(心室細動)に焦点化した「AED講習」であって、心停止全般を見据えた Basic Life Support とはいい難いのが現状です。

看護師はBLSの半分しか知らない。教わっていない。

心停止には4種類ある

ご存知のとおり、心停止には4種類あって、AED(除細動)が有効な心停止と、除細動が無効な心停止の2種類に大別されます。

この両方の概念を内包して「心停止対応」といえるわけですが、AEDありきの対応しか知らないとなると、BLSの半分しか知らないのでは? というのが記事タイトルの意味です。

心臓突然死(突発性の心室細動)は、発生頻度が高く、適切な処置により救い得る可能性が高い病態なので、優先的に習得するべきものであるのは事実です。

ですから、市民向けの救命講習が、実質的にAED講習であることに異論を唱えるつもりはありません。

しかし医療従事者が習得すべき BLS としては、アンダースペックであると考えます。

電気ショック(除細動)不適応の心停止が多い

というのは、医療に従事している方はご存知の通り、病院内でも病院外でも、AEDが「ショックが必要です」というケースはあまり多くはありません。「ショックは不要です」と言われるケースが大半です。

つまり、4種類の心停止のうち、心静止/無脈性電気活動(PEA)が現実的に多いわけですから、AEDでは救命できない場合の理解と対応を含めた【フルサイズの一次救命処置】を学ぶ必要があります。

PEA/心静止の対応というと、二次救命処置ACLSの範疇になってしまいますが、BLSであっても小児のBLSをきちんと学んでいれば、それが除細動が無効なタイプの心停止として、心停止の総合理解に繋がります。

 

AHAの小児の救命の連鎖には、AEDが含まれません。

また、成人の救命の連鎖とは違って、通報よりもCPRが優先されます。

 

実は、これは小児に限った話ではありません。小児に多いAEDでは救えない心停止、すなわちPEA/心静止の理解そのものなのです。大人であっても病院内で多いとされる呼吸のトラブルやショックからの心停止の場合は、これに当てはまります。

BLSプロバイダーコースの内容は、あくまでも Basic なので、心静止や無脈性電気活動(PEA)というキーワードは出てきませんが、AEDではなく「人工呼吸を含めたCPRを優先する」べき場合があることを明示しているのは非常に大きいと言えます。

BLS総合理解のセルフチェック

BLSについて、正しく理解しているかどうかのセルフチェックとして、下記のクイズを考えてみてください。
 

  1. 人工呼吸を省略できるのはどのような場合ですか? 生理学的観点から説明してください。
  2. 呼吸不全から心停止に陥った人にAEDを装着したら、どんな判定になるでしょうか? それはなぜ?
  3. 除細動の後の2分後のパルスチェックで、AEDがショック不要と言ったとき、傷病者の生命状態としてどんな可能性が考えられますか? 2つないしは3つ挙げてください。

 

日本の医療者の大半は小児BLSを知らない ≒ BLSの半分しか知らない

医療従事者教育の中で、小児のBLSを学ぶ機会は十分とは言えません。医師や救急救命士教育の中では小児領域の学習も含まれますが、その他の医療専門職教育では、ほぼ皆無でしょう。

医療従事者の中で最大人口を誇る看護師の教育カリキュラムにも小児BLSは入っていません。ましてや二次救命処置レベルで、PEAや心静止について学ぶ機会もありません。

そう考えると、医療者の大半はBLSの半分しか知らないと言わざるを得ないのが、いまの日本の教育現状です。

BLSは知っている。

そう自認している医療者であっても、心停止の概念を正しく理解している人は極めて少ないのが現状ですし、医療者であっても人工呼吸はしなくても良いと誤って理解している人も少なくありません。

そう考えると、心停止初期対応の全体像を学べる機会は、残念ながら AHA-BLSプロバイダーコース しかないというのが、今の日本の現実と言わざるを得ないのが残念です。

医療従事者レベルのBLSとしては、下記の項目もぜひ知っておきたいところです。
 

  • 呼吸停止時の対応(補助呼吸+2分毎の再評価)
  • バッグバルブマスク換気
  • ポケットマスク(町中のAEDに付属している場合があるため)
  • 小児・乳児へのCPR
  • 呼吸原生心停止の機序と人工呼吸の意義の理解
  • 気道異物による窒息解除のメカニズム(特に反応がなくなった場合)
  • 2人法BLSの意義とチーム蘇生

まとめ

小児のBLSをきちんと学びましょう。成人にも使えるフルサイズの一次救命処置BLSの理解につながります。


九州にBLS横浜の新サテライトが誕生「EMS熊本」

九州・熊本に新しいAHA-BLSトレーニングサイトができました。

九州熊本でAHA-BLSプロバイダーコース、ハートセイバー・ファーストエイドCPR AEDコース受講ならEMS熊本

EMS熊本
https://ems-kumamoto.com/
 

EMSという言葉は病院関係者には少し馴染みが薄いかもしれませんが、Emargency Medical Service(救急医療サービス)の略。

米国においては救急車運行業務を意味することが多いですが、広義で言えば、業務対応として健康面における緊急事態に対応するファーストレスポンダーから救急隊、そして病院での初療までを意味します。

プレホスピタルであるバイスタンダー救護から、救急隊員、さらには病院における救命処置や治療まで、救急全般に関した教育・トレーニング展開を行っていく組織として設立されました。

いまのところ5月31日(金)に プレホスピタル版のAHA-BLSプロバイダーコース が予定されていますが、今後は学校教職員や業務対応プロバイダーとしての市民救助者向けのAHAハートセイバー・ファーストエイドや、ハートセイバーCPR AEDコース の展開も予定しています。

九州地区はPEARSプロバイダーコースの盛り上がりなど、救急に対する熱量が多い地域な印象がありますが、市民向けの教育に関しては意外と未開発な気がします。

特にファーストエイドに関しては、九州での展開はほとんど見かけません。(わざわざ横浜まで受講にいらっしゃる方がときどきいます)

実際に使う頻度で言ったら、心肺蘇生法よりもファーストエイドなわけですし、医療従事者教育だけではなく、地域から病院までの救命の連鎖を幅広く扱う教育組織というのは、あるようで、実はほとんど見かけません。

救命法の指導・普及団体は公的機関・民間団体を含めて多くありますが、市民向け教育から医療従事者教育までを一貫して実施している組織は多くはありませんが、でも、その連携が、実際には重要な部分です。

その点でも、EMS熊本の九州地区での存在意義は大きいと思います。

BLS横浜では、地域の要請や、時代や世相からニーズを読み取り、ファーストエイドの日本国内定着やPEARSの普及、エピペン講習の在り方、最近では止血教育や血液感染教育、さらには implementation を意識した救命法指導員養成や、教育工学の応用など、独自の取り組みをしてきました。

それらを評価いただき、毎回驚くような遠方からも受講に来てくださっていますが、今後は九州地区でも同種の講習が受けられる場となりそうです。

既存の概念にとらわれない、地域に合わせた実のある教育の新たな風を起こしてくれる組織として【EMS熊本】に大いに期待しています。


「大丈夫ですか?」 傷病者への声かけの仕方を考える

「大丈夫ですか?」

救命法講習ではおなじみの第一声ですが、この意味について少し取り上げてみようと思います。

 

意識ではなく、反応の確認

心停止を想定したBLS系の講習では「反応の有無」を見るために、肩を叩くなどの刺激をしながら、「大丈夫ですか?」などと声を掛けるように教えています。

これは「反応の有無」の確認であり、「意識」の確認ではありません。

このケースでは、意識はなくても、反応があれば「よし」と考えるからです。つまり生きている最低限の証拠があればいい、ということです。

意識という言葉の定義にこだわるとややこしくなりますが、簡単に言えば、呼びかけに返事がなく、意識がないと判断される状況でも、刺激に対して顔をしかめるとか、口を開こうとするとか、なんかしらのリアクションが返ってくれば、死んではいない、と判断できる、と考えます。

心停止が想定される状況の中で、反応の有無を確認するのであれば、呼びかけの内容はなんでもいいと思います。

 
「大丈夫ですか?」
「わかりますか?」
「どうしましたか?」
 

反応(リアクション)を誘発するような文言と刺激であればなんでもいいわけです。(両肩を叩くとか、片方だけでかまわないとか、額に手を当ててとか、そのあたりはエビデンスはなにもないです)

ファーストエイド対応における声掛けは?

呼びかけの仕方はなんでもいい。

心肺停止状態が想起されるような状態であれば、そう言えますが、明らかに生きている状態、特に会話やリアクションが得られそうな状況における声掛けになると、もう少し考えた方がいいかもしれません。

よく言われることは、

「大丈夫ですか?」

という声かけは良くないのではないか? という点。

大丈夫です、という根拠のない拒絶を誘発しないために

皆さんが、もし繁華街で転んでしまった場合を想像してみてください。足をくじいて痛い。そこに知らない人から「大丈夫ですか?」と声をかけられたら、反射的に「大丈夫です」と答えませんか?

本当に大丈夫かどうかは別として、ある程度意識がある一般的な日本人なら、他人に迷惑をかけたくない、もしくは恥ずかしい、という思いから、大丈夫と答えるケースが圧倒的かと思います。

大丈夫、という言葉には、軽く拒絶の意味があります。それを誘発するような声掛けは、救助者側の本位からするとあまり良くないのでは、ということです。

じゃ、なんて言う?

「大丈夫ですか?」と声をかける側は、大丈夫じゃないと思って声をかけるわけですから、言い方は工夫したほうがいいかもしれません。

この点、英語での言い回しはよくできているなと思います。

 
May I help you?
 

直訳すると、お手伝いをしていいですか? といった感じでしょうか?

手助けする許可を得るという態度。これは応急救護の基本マインドとして、大事な点だと思います。

押し付けではなく、あくまでも一人の人間としての傷病者の意思を尊重するというスタンスです。

日本語でいうなら、「どうしましたか? 手を貸しましょうか?」といった感じでしょうか?

相手の状況によるでしょうけど、

「お困りのようですが、なにか出来ることはありますか?」

など、普通の会話としてケースバイケースで変わっていくはずです。

自己紹介は大事!


ただ、やっぱりいきなり知らない人に声を掛けられれば、遠慮が生じるのが日本人ですから、そのハードルを下げるために必要なのが、自己紹介かなと思います。

医療従事者であることを名乗れば、安心して頼ってくれるケースが多いですし、AHAハートセイバー・ファーストエイドコース では、ファーストエイドプロバイダーであることを名乗るように教えています。

英語では、ファーストエイド・プロバイダーと言えば通じますが、日本だと、しっくりくる言い回しがないのが残念なところです。

 

「ファーストエイドの訓練を受けています」
 
「応急手当の心得があります」

 

日本語としては、いまいちですが、なんかしらの自己紹介はしたほうがいいでしょう。

せめて、名前を名乗ることで、怪しいものではない、というPRは必須かと思います。

 
ということで、傷病者へのファーストタッチである声掛けについて、BLS前提とファーストエイド前提の違いで考えてみました。


救急隊員にとってのAHA-BLSプロバイダーコース

先日は熊本でAMRとして初開催のBLSプロバイダーコースでした。

PEARSではおなじみの Child Future熊本(CFK)との共催での公募開催だったのですが、もともと救急救命士から評判の高い CFK ということで、今回は受講者6名が全員、消防職員というメンバー編成でした。

横浜で10年以上、講習展開をしていますが、BLSコースに関しては救急救命士や消防職員の参加はあまり多くはありません。むしろ珍しいくらい。PEARSやファーストエイドコースへの参加はそこそこありますので、救急隊員にとってはBLSなんかは常識過ぎて今更感があるんだろうなと思っていました。

そんな思いがありつつも、今回、消防職員のためのBLS講習を展開してきて見えたものを書き留めておきたいと思います。

BLS for Prehospital Provider(PHP)コース、アメリカンなインパクト

ご存知の通り、今のG2015版のAHA-BLSコースは病院内設定と病院外(Pre-hospital)設定にシナリオ動画が別れています。

横浜では1-2ヶ月に1度程度、プレホスピタル版もレギュラー開催していますが、全国的に見ると公募開催は珍しいようです。

さて、今回、救急隊員の方たちとPHP版の映像を見ていると、食いつき方が違うというか、米国の救急隊や救命士が活動する場面に対するインパクトがまったく違う点が、正直な驚きでした。まさにPHPコースは消防職員向けにあるんだなと。

病院の中の人間としてはまったく気に留めない部分、例えばPA連携で先着した消防隊員と、後着の救急隊との連携の仕方などが、日本の現場を知っている人からするとすごい展開なんですね。

シナリオ動画の場面に引き込まれるといえば、病院内設定(IFP)でも、病棟のベッドの上で展開されるBLSの場面は、ベッドのギャッジアップを戻すとか背板を入れるとか、目を引く場面も確かにありますが、救急隊員がPHP版を見るときの比ではなさそうな印象でした。

救急隊員がAHA-BLSコースから学ぶこと

救急隊員にとってはBLSは基本中でしょうし、日頃からよく訓練されていて、応急手当指導員として地域住民に対しては教えている内容かもしれません。

それでも、受講後の感想としては、救命士にとっても必須と思います、という声も上がりました。

これは医療者全般の教育に言えることですが、BLSはできて当たり前という建前上、さらっと流されてしまう傾向があるのかなとも思いました。

ことにBLSとなると、運動スキルとしての側面が強く「技術的にできること」に終始してしまう傾向があるのではないでしょうか。

受講いただいた皆様からの声をピックアップすると下記のようなポイントが上がりました。

成人と小児の蘇生法の違いを並べて学ぶことで蘇生の全体像が見えるという点、チーム力に関するサジェスチョンとシミュレーション体験、窒息解除や補助呼吸などの蘇生科学の理解など。

基礎教育的なものは、教育課程の最初のうちに習得し、そのまま「あたりまえ」感に変わっていってしまうものかもしれません。

それを改めて学ぶ意義。

それはテクニカルな日々修練を積むトレーニングとは別に、現場での経験を積んだ後だからこそ、腑に落ちるというところもありそうです。

基本ではあるBLSですが、フルサイズで中身をじっくり学んでみることの意義。それを感じた1日でした。