業務としての市民救急一覧

保育園ではAEDは不要?

子どもの救命には、人工呼吸は欠かせないというのは、これまで何度も書いているとおりです。

withコロナ時代の救命講習(市民小児編)-人工呼吸をどうするか?

子どもの心肺蘇生法で、人工呼吸が大事だと強調して教えてくれる指導員さんは、ちゃんとわかっている方なんだろうなと一安心なのですが、その1歩先としてAEDの位置づけをどう伝えるのかも重要なポイントです。

AEDと小児用キー

 

「子どもの救命はAEDより人工呼吸!」

そう言ったときに、間違いではないのですが、じゃAEDは使わなくていいのか? という疑問が生じます。

実際のところ、保育園の場合、全国的に見たら、自施設内にAEDを配備していない園の方が多いんじゃないでしょうか?

「AEDを置いたほうがいいですか?」との保育施設からの質問が多いのも事実です。

このあたりを今日は解説していきます。

1.子どもの心停止のしくみとAED

例外はあるにしても、子どもの心停止の原因は呼吸のトラブルに起因する低酸素がメインに考えられています。

息ができなくなり、低酸素で心臓が停まるとしたら、それは心臓のけいれん(不整脈の一種である心室細動)ではなく、心臓が弱っていって心拍数が低下し始め、最後は停まってしまうという流れが想定されます。

呼吸停止 → 低酸素 → 徐脈 → 心停止(無脈性電気活動PEA → 心静止)

AEDは「除細動器」ですから、心室細動などの心臓のけいれん状態のとき以外は電気ショックはしません。

ゆえに酸素不足で弱って停まってしまった心臓は、けいれん状態ではありませんから、AEDの心電図解析結果「ショックは不要です」と言われるのは想定できます。

そのため、子どもの心停止はAEDでは救えない、と言われることがあるのも理解はできます。

2.子どもに心室細動はないのか?

小児蘇生科学の一般論からすると、AEDより人工呼吸が大事とは言えますが、子どもであっても突然の心停止(≒心室細動)がないわけではありません。

ありがちなケースとすると、胸にボールがあたったあと卒倒したなど、いわゆる心臓震盪と呼ばれる事故は心室細動が原因と言われています。

また運動中に急に倒れた場合、心臓への負担がかかることで心臓がけいれんを起こしてしまう、という可能性はなくはありませんし、WPW症候群やブルガダ症候群のように、突発的に心室細動を起こしてしまうような体質(持病)を抱えている場合もあります。

3.子どもの心停止にAEDを装着するべきか?

心停止の原因はなんなのか? 発見したときの状況である程度推察することはできたとしても、決定的な判断はできません。

仮に電気ショックが必要な心室細動だった場合、AEDが非常に効果的で、早期に電気ショックを行えば呼吸がトラブルからの心停止より助かる可能性は高いとも言われています。

電気ショックが必要な心停止かどうかを判断してくれるのがAEDですから、AEDがその場にあれば、もしくは届き次第、子どもであってもすぐに装着するべきである、と言えます。

保育園でも胸骨圧迫+人工呼吸+AEDの基本は変わらない

以上のことから、保育園で行う救命講習であっても、胸骨圧迫+人工呼吸+AEDという基本形は他と変わるところはないはずです。

まずは、発見した人は助けを求めつつ胸骨圧迫開始。人工呼吸の感染防護具(フェイスシールドやポケットマスク等)が届き次第、人工呼吸も開始し、30:2の比率で継続。AEDが到着したら、可能な限り胸骨圧迫を続けながら急いでAEDを装着。

こんな流れでトレーニングを行うべきでしょう。

保育園にAEDがない場合

ただし、現実保育園ではAEDを置いていない場合があります。

その場合でも、基本としてAED使用を前提としたトレーニングも含めるべきですが、現実の運用としてどうするか?

AEDを置いていない保育園で尋ねると、近くの ○○ から借りてきます、という答えが多いです。

その場合、さらに次の点を質問します。

1.取りに行って帰ってくるまで何分かかりますか?
2.職員人数が少ない時間帯で現実的に取りに行けますか?
3.いざというよりには借りるという事前承諾は得てますか?

特に 2 が重要です。

人手が十分にあるなら、多少時間がかかっても救急車が到着するより速いと判断したのであれば、AEDを取りに行って装着するべきです。

しかし、夕方や早朝で動けるスタッフが3人しかいないという状況の中で、一人が遠方まで取りに行って離れてしまうというのは現実的ではないかもしれません。

倒れたのが成人(教職員等)であれば、人工呼吸よりもAEDを取りに行くという判断もありかなと思いますが、呼吸原性心停止がデフォルトの子どもの蘇生では、人工呼吸の開始を遅らせてまで AED を取りに行くプライオリティがあるかどうか?

ということで、施設にAEDがない場合は、人手に余裕があれば取りに行く、という体制が適当と思いますが、判断に迷う場合は、119番した際に消防の司令員に状況を伝えて指示を仰ぐというのがいいかと思います。

AEDを使わないことのリスク

子どもの救命ではショック不要と言われるはずだから、AEDはあったけど装着しませんでした、というのは、少々まずいと思います。

もしかしたら結果としてはそうなるかもしれませんが、その判断をするのがAEDなわけですから。

学校や施設管理下での救命処置を巡っては、裁判がよく起きていますが、遺族側の訴えとして目立つのが「AEDを使わなかった」「AEDの使用が遅れた」というものです。

世間一般としては、心停止の種類などは認識していませんから、AEDを使えば助かったに違いないという「希望的幻想」があります。

AEDを装着したらショック不要だったと言われば納得してもらえるとしても、装着していないと、その時の心臓がどんな状態だったのかのデータも残りませんから、心室細動であった可能性を主張された場合、証明のしようがありません。

そうした法的なトラブルを考えたときは、とにかくAED があればすぐつける、という救急法の大原則を貫いたほうがいいでしょう。

AEDを外部施設から借りるつもりなら協定と明文化を

子どもではAEDで救えるタイプの心停止が少ないということから、1台30万円以上するAED、保育園に設置するまでもないという組織判断も否定はしません。

しかし、法的トラブルを考えたときに、保育園や運営企業・法人としてのリスクマネージメントをどうするかはきちんと検討しておく必要はあります。

救護をめぐる裁判で指摘されることが多いのは、「予見できることなのに備えていなかった」という点です。実稼働頻度は低いとしても、保険としてAEDを備えてすぐに使える体制とトレーニングをしておく、というのが最善です。

もし近隣施設から借りるという体制で「備える」のであれば、それをきちんと制度化・明文化しておくことです。

事故を巡ってしばしば問題になるのが、事故対応手順が決まっていたか? マニュアルがあったか、です。

事故対応マニュアルの中に、緊急時には近隣施設である ○○ からAEDを借用するという点が書かれていることが重要です。そしてそのためには当該施設との事前承諾があってしかるべきです。それは単なる口約束ではなく協定のようなものを書面で取り交わすのが理想です。

それらがなく、一方的に「いざというときに借りに行くつもりだった」と主張しても、それは「備えていた」ことにはなりません。

まとめ

以上、蘇生科学の視点と、法的なリスクマネージメントの2つの側面から保育園でのAEDについて考えてみました。

結論です。

  • 小児に対してもAEDを装着する価値はある(心室細動の可能性、最善を尽くす努力)
  • 施設にAEDがあり、人手もあるなら、胸骨圧迫をしながら人工呼吸準備とAED準備を同時進行する
  • 施設にAEDがあり、二人しかいなければ胸骨圧迫に加え、AED準備を優先し、可能な限り人工呼吸準備を急ぐ
  • 施設にAEDがなく、人手に余裕があれば多少遠くてもAEDを取りに行く
  • 施設にAEDがなく、取りに行く余裕がない場合は、119番オペーレータに状況を伝え指示を仰ぐ
  • 外部施設からAEDを借りる予定なら、承諾を得た上で、救急対応マニュアルに明文化しておく

保育・学校での死亡事故対応の実際 〜調査報告書から学ぶ

BLS横浜では、スローガンとして、

 
「実用業務に耐えうるハイエンドな救急救命スキルを」
 

を掲げています。

学校の先生や保育士さんと話をしていると、「毎年救命講習を受けているので大丈夫です」とおっしゃる方が少なからずいらっしゃいます。

しかし、救命講習で実技試験に合格するのと、現場で心停止の疑いを持った子どもに対峙するのは、残念ながらまったくと言っていいくらいに別ものです。

そのギャップをなんとかお伝えしたい、そんな思いでBLS横浜では救命講習を組み立てて展開しています。

事故報告書の記録から現場をイメージする

仰向けに置かれた人形に対して、決められた所作をこなす一般的な心肺蘇生法のイメージと、実際の現場感覚の違い。

それを理解してもらうために活用したいのが、実際に起きた保育園事故に関する事故報告書です。

現場で何が起きて、職員は何を見てどう判断したのか? そしてどんなアクションを起こし、傷病者(子ども)の状態はどう変化していったのかが生々しく描かれています。

 

今日はその中のひとつ、平成29年7月に出された「大阪市たんぽぽの国保育事故調査報告書」を紹介します。

昼食後の午睡中に、1歳児が窒息(嘔吐による誤嚥と推察される)を起こし、死亡した事故です。

大阪市のホームページから、事故調査報告書(PDF)をダウンロードできます。

「大阪市たんぽぽの国保育事故調査報告書」
 https://www.city.osaka.lg.jp/kodomo/page/0000364024.html

 

直リンクも掲載しておきます。

 

今回、特に注目してほしいのが、第二章の「事実経過」の部分、職員が子どもの異変に気づいてからの動きです。

 

「大阪市たんぽぽの国保育事故調査報告書」報告書(本文) p.13〜15
2 主な事実経過 (2)事故日

 カ.異変認知(うつぶせ寝・チアノーゼ)
 キ.緊急対応 I
 ク.緊急対応 II
 ケ.救急隊到着後の経緯

ここは必ず読んでください。

ここだけでいいので、読んでください。

異変を覚知してから、心停止を判断し蘇生を開始するという意思決定が難しい

現場の様子、子どもの様子、慌てふためく職員たちの様子が生々しく描写されています。保育士さんであれば、実際の状況がまざまざと目に浮かぶことと思います。

この対応の良し悪しという点は、ここでは論じません。

見てほしいのは子どもの様子がおかしいと気づいてからも、状態が変化していくこと。

 
「人工呼吸をしたら「ウーッ」という声がした、途中で嘔吐した」
 

また救護処置を始めるタイミングの判断の難しさも感じると思います。

 
「心臓の音を聞こうとしたが自分の音で聞こえず、」
 

 
 
職員が何に見てどう判断して行動したのか、対応の流れを少し書き出してみます。

 

午睡中の児の唇にチアノーゼが出ていることに気づいた
 ↓
ぐったり、ふにゃっとしており、抱っこの刺激に反応がない
口元は紫色、顔は白く、呼吸は不明
 ↓
酸欠だと思い、顔や背中を叩いたらチアノーゼが引いたように思えた
 ↓
人工呼吸を開始
3,4回人工呼吸をしたら「ウゥー」という声
 ↓
耳を当てて心音を聞こうと思ったが自分の音でわからなかった
脈を取ろうとしたができなかった
 ↓
保育室から事務室に移動させた
 ↓
嘔吐
 ↓
119番通報(覚知から約25分)
その4分後、同一建物内にある運営会社に応援要請の電話
 ↓
119番の指令員指示で胸骨圧迫を開始

 

ぜひ、この状況を頭に思い描いてみてください。

異変に気づいて、応援要請や胸骨圧迫や人工呼吸などの救助行動を開始する判断の難しさ。

救命講習で繰り返し練習したはずの下記の手順も、現場判断からすると、実際はかなり難しいというのが実感できると思います。

反応なし → 応援要請 → 呼吸確認 → 10秒で正常な呼吸と判断できなければ胸骨圧迫開始 → 感染防護具が届いたら人工呼吸を併用+AEDが到着したらすぐに装着

逆にいうと100%心停止していることが前提でなんの変化も示さない心肺蘇生練習用マネキンで練習している限りは、まったく気づくはずもない生体の変化。

それを報告書から学べるのではないでしょうか?

このように事故報告書を読み込むことで、救命講習とはまったく違う世界観とも言える現場の実際をイメージできること、これはいざというときに実際に動けるようになるために重要なステップです。

ぜひ、上記報告書を保育園や学校の教職員たちで共有し、職員会議や勉強会の場で皆さんで話し合う場を設けてみることをお勧めします。

それだけで職員の意識が変わり、実際に必要な準備がなんなのか見えてくるはずです。

小学校でのシミュレーションを含めた小児救命講習

 

想定外を模擬体験する シミュレーション訓練

より具体的に備えるためには、ハプニング要素を加えた想定練習を体験し、その後みんなで振り返りことが有用です。

BLS横浜が、保育園や学校からの依頼救命講習で大事にしているのはこの部分です。この点は、詳しくは、ぜひ下記のブログ記事をご参照ください。

救命講習を受けても「できる」ようにはならない その理由
学校教職員に救命処置トレーニングの話をすると、「毎年救命講習を受けているので大丈夫です」と自信満々に言われることがあります。 救命講習を受ければ、心肺蘇生ができるようになるの...

コロナ感染リスクと救命 日本の市民救命法指針が変更されました

2020年5月21日付で、新型コロナウイルス感染症を前提とした市民救命法指針の変更が発表されました。

厚生労働省のホームページで公示されています。

中身は、以前にお伝えした アメリカ心臓協会AHAの市民向けCPR指針 とまったく同じ内容です。

詳細は上記リンクから厚生労働省のウェブに飛び、PDFファイルをご覧ください。

 

人工呼吸省略は、成人心停止のみ。子どもにはやはり必要

要点をまとめると、下記のとおりです。

新型コロナウイルス感染症を踏まえた市民救命法のポイント

  1. 胸骨圧迫によりエアロゾル(ウイルスなどを含む微粒子が浮遊した空気)を発生させる可能性がある
  2. 新型コロナウイルス感染症が流行している状況においては、すべての心停止傷病者に感染の疑いがあるものとして対応する
  3. 胸骨圧迫を開始する前に、傷病者の口と鼻に、ハンカチかタオルをかぶせる
  4. 成人の心停止は、その意志があったとしても、呼気吹き込み人工呼吸は行わない(胸骨圧迫とAEDのみ)
  5. 小児の心停止は、人工呼吸を行う意思がある場合には、胸骨圧迫に人工呼吸を組み合わせる。
  6. 救急隊引き継ぎ後は速やかに手と顔を洗い、傷病者の顔のハンカチやタオルには手を触れない。

これは、厚生労働省が示している現時点での日本の公式な方針です。

感染対策という点では、人工呼吸はしない、ということで統一されると理解している方もいたかもしれませんが、子どもの心停止の場合は、原則的に人工呼吸は行う、とされている点にご注意ください。

指針の中では、その理由が下記のように説明されています。

 

子どもの心停止は、窒息や溺水など呼吸障害を原因とすることが多く、人工呼吸の必要性が比較的高い。

 

指針の中では、「感染の危険などを考えて人工呼吸を行うことにためらいがある場合には、胸骨圧迫だけを続ける。」との記載もあります。

感染防護具の持ち合わせがない「通りすがり」の立場であれば、この通りですが、小学校教職員、保育士、児童施設職員などは、常に子どもの安全対策を意識し、安全管理している立場ですから、感染防護手袋や一方向弁付きの人工呼吸補助具を準備し、決してためらうことがないように備えておくことがプロフェッショナリズムと言えるでしょう。

ポケットマスクのような一方向弁付きの感染防護具であってもためらいを感じるようなら、用手的に人工呼吸を行える バッグバルブマスクの準備・練習も検討すべき時代 になっていると考えます。


withコロナ時代の救命講習(市民小児編)-人工呼吸をどうするか?

afterコロナ、postコロナではなく、with コロナ(新型コロナウイルスとの共生)。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)出現以前の世の中にはもう戻らないとも言われています。

今後は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がいることを前提とした新しい生活をしていかないとするなら、業務上必要な救命講習の在り方も根本から考え直さなければいけません。

withコロナ時代の救命講習の在り方を、子どもの蘇生と大人の蘇生に分けて考えました。

今回は、その小児編をお届けします。

COVID-19リスクが拭えないこの先、心肺蘇生法のやり方も再考する必要があります。

1.心肺蘇生法(トレーニングを含む)の感染リスク

少なくとも1mの距離をあける、飛沫を浴びないように真正面で話さない、など、人との接触や距離感が問題となるコロナ時代。

これまでの救命講習の実際を思い浮かべてもらえば、救命講習は人同士の濃厚接触や、飛沫・接触感染リスクが極めて高い危険な状況であることは想像に難くありません。

特に問題となるのは人工呼吸練習でしょう。

日本で一般的な救命講習ではフェイスシールドと呼ばれるビニールと不織布でできたシートを介してマネキンに呼気を吹き込み、そのマネキンを受講者5-6人で交代しながら、練習を繰り返します。

不織布は水蒸気や唾液を透過させますので、ウイルスや細菌に対するバリア機能は期待できません。汚染されたマネキン・フェイスを介した感染拡大が想定されます。

受講者が交代するたびにマネキンのフェイスをアルコール清拭するなどの対策はできるかもしれませんが、フェイスシートを持つ手に唾液・飛沫が付着し、その手でマネキンの頭部や胸部にふれることでの接触感染の拡大も想像できます。

現在の形の心肺蘇生法が確立してから60年弱。これまで人工呼吸を通して疾病に感染したという報告は数えるくらいしかなく、リスクは低いとガイドラインに記載されていましたが、それが新型コロナウイルス時代には根底から覆された形になっています。

2.withコロナ時代の子ども救命法

子どもの心停止の原因で、まっさきに考えなくてはいけないのが、呼吸のトラブルから心停止に至るというケースです。

医学的に言えば、低酸素血症による心停止(無脈性電気活動→心静止)です。

大人の主要な心停止原因とは異なり、子どもの救命のためには一般に人工呼吸が欠かせません。胸骨圧迫とAEDだけではダメというのが蘇生ガイドラインのスタンスです。

これはwithコロナの時代でも揺らいでいないというのが悩ましいところです。

世界の蘇生シーンをリードするアメリカ心臓協会AHAは、いち早くCOVID-19が懸念される傷病者への蘇生法の変更点を市民向けと医療従事者向けに分けて公開しましたが、大人の場合とちがって子どもの救命処置では「人工呼吸はしなくてよい」と言い切ることはしていません。

この部分の詳細はブログ別記事をご参照ください。
→ 子どもの心肺蘇生法 – 新型コロナウイルス感染疑いの場合

アメリカ心臓協会が発表した COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染対策を盛り込んだ心肺蘇生法のうち、今日は市民向けの小児CPRについて解説します。 こちらは、AHA...

リスクがあれば人工呼吸はしなくてもよい。でも児童施設職員は?

救命にあたっては救助者の安全が優先されますので、リスクがあれば人工呼吸はしない、という選択肢も出てきますが、問題は救護義務がある施設職員や教職員などです。

児童施設職員にとっては、子どもの心肺蘇生は予期せぬインシデントではなく、注意義務・安全管理上、最悪の事態として普通に想定されているものですから、リスクに備えていなければいけない立場になります。

つまり、新型コロナ禍に関係なく、従前から感染リスクは想定内で準備ができていることが期待されるわけですから、準備がないから人工呼吸をできなかった、という言い訳は通用しづらいのが現実です。(実際にそういう趣旨の訴訟は起きています。)

となると、感染リスクを前提とした人工呼吸トレーニングが必要という話になります。

withコロナ時代の感染防護具の選択・再考

BLS横浜としては、救護義務がある医療者以外のチャイルドケア・プロフェッショナルには、フェイスシールド(一般雑貨扱い)ではなく、医療機器承認を受けたポケットマスクを前提としてトレーニングを展開してきました。

実務としては、with コロナ時代でもポケットマスクで構わないと考えていますが、集団でのトレーニングの状況を考えると、受講者同士の交差感染リスクでは厳しいものを感じます。

日頃の保育園集合研修などでは、ポケットマスクの消毒済みマウスピース部分を受講者ひとり1つ貸し出して、マスクとマネキンは4人程度で共有というスタイルを取っています。

他者の吐息(つまり飛沫)がかかった器具(マスクやマネキンのフェイス)に触れるリスクを考えると、ポケットマスクとはいえ、呼気吹き込み法練習は感染リスクとしては万全とは言えないのが苦しいところです。

 

  • 受講者の交差感染リスクを考えたら、呼気吹き込み式の人工呼吸練習はしたくない
  • 救命の原理を考えれば、子どもの蘇生には人工呼吸は着実に実施したい

 

となると、このふたつを両立させるためには、医療従事者が使うようなバッグバルブマスクを使うしかないのかな、という発想になります。

バッグマスク換気はフェイスシールド人工呼吸より簡単

BLS横浜では、日頃、一般市民から医療従事者まで幅広いレンジで救命法を指導しています。

人工呼吸法は立場に合わせて、ダイレクトな口対口から、フェイスシールド法、ポケットマスク法、バッグマスク、気管挿管まで指導していますが、実際のところ、イメージとは裏腹に バッグマスク人工呼吸はかなり簡単 です。

たぶん、気管挿管を除けば、いちばんむずかしいのが、フェイスシールド人工呼吸じゃないでしょうか?

技術的な難易度:
口対口 < ポケットマスク < バッグマスク < フェイスシールド

バッグマスクは医療者向けというイメージが強いかとは思いますが、技術としてはフェイスシールドより簡単ですし、感染面での安全性と実用性でいえば絶大です。

こんな話をすると、バッグマスクは医療器具だから医療者免許がないとダメだという意見も出てきます。

しかし、冷静に考えてもらえば、空気を人体に送り込むという行為で言えば、口対口でもバッグマスクでもなんら変わりません。人工呼吸によって有害事象が起きるとしたら、胃膨満 → 嘔吐とか、静脈還流低下の可能性ですが、そのリスクは口対口でもバッグマスクでも同じです。

日本国内状況:医療者以外もバッグマスクを使っている

日本社会の慣例から言えば、今は医療資格を持たないボランティアのライフセイバーでも、バッグマスクを使って救命を行っている現状があります。

平成31年から、日本ライフセービング協会は、ライフセーバーに対して、バッグマスク使用を推奨する方向に転じました。

一般財団法人とはいえ、社会的立場のある巨大組織の公式通達を考えれば、バッグマスクは「非医療者だからダメ」という単純否定されるものではない点はご理解いただけるのではないでしょうか。

参考:バッグバルブマスクの使用について(PDF 90kb)
(一般財団法人日本ライフセービング協会 会員通達)

救助者 → 傷病者への感染リスク

救助者の安全だけで考えたら、感染防護具を着用した上で、一方向弁になっているポケットマスクを使えば自分を守る対策はできていると言えますが、仮に救助者が不顕性の感染者だった場合、自分の持っているウイルスを傷病者に移してしまうというリスクも否定できません。

そう考えると、救助者と傷病者 双方 の安全を守った人工呼吸法としては、バッグマスク人工呼吸しかありえない、というのが論理的な答えになります。(だから平時であっても病院内の救命処置では呼気吹き込みではなくBVMしかありえないわけです)

3.小学校・保育園・幼稚園 withコロナ時代の救護体制

withコロナの時代では、これまでは軽んじられ気味だった「感染リスク」のプライオリティが上位にあがりますので、2019年までに見られたような「学校教職員が人工呼吸をしなかった」ことを過失とするような裁判は減るかもしれません。

しかし、医学的に考えたら、救うためには人工呼吸をするべき、というサイエンスは変わりませんので、現場の保育士や学校教職員はどうしたらいいか? と言ったら、安全に人工呼吸をするためにバッグマスク人工呼吸を標準にしましょう、というシステム改革が見えてきます。

保育園やバッグマスクを学校に配備して、職員(全員でなくてもいいかもしれません)にバッグマスク人工呼吸をトレーニングして、安全にフルサイズの救命処置ができるように備えるのです。

そこまでしなくても、救急隊が来てから人工呼吸を始めるのでもいいのでは? という意見もあるかと思います。

しかし、救急車が着くまでの全国平均が8分程度。あなたは8分間呼吸を停められますか? と言ったら、これは絶望的というのは感覚的にもわかるでしょう。

助けたいと思ったら、人工呼吸は欠かせない。となれば、今までは医療者以外がバッグマスクを使うなんて、という先入観をはずして、その妥当性をきちんと議論すべきだと思います。

研修再開までの対策と準備、情勢の見極め

バッグマスクのトレーニングであれば、飛沫を介した交差感染リスクは低いので、手袋を装着する、前後の手指衛生などの配慮をすれば、保育園スタッフ全員に練習してもらうことも現実的にできます。

そのためには保育園にバッグマスクを常備しておくという形になりますが、今はディスポーザブルのバッグマスクがポケットマスクと変わらないような値段で手に入りますので、あながち非現実的な話ではありません。

過密を避けるために、マネキンと受講者比率、一回あたりの受講者人数、会場の広さ、練習交代間のマネキンの消毒作業など、研修を開催すること自体への課題は残りますが、ここは現実的にやり方は見えています。

講習1回あたりの「効率」を落とす。参加人数を減らす、中間消毒などで時間が伸びるなどの、効率さえ妥協すれば、研修の実施自体はそう遠い話ではありません。

その時までに、施設内の救急対応体制を抜本から見直しておくべきでしょう。もとに戻るとは考えずに、新しいやり方を考えていくことが必要な時期になっています。


救命講習を受けても「できる」ようにはならない その理由

学校教職員に救命処置トレーニングの話をすると、「毎年救命講習を受けているので大丈夫です」と自信満々に言われることがあります。

救命講習を受ければ、心肺蘇生ができるようになるのか?

残念ながら、答えは否です。

これは教材設計の観点で説明ができます。

BLS・救命講習の場面:AED装着のためにマネキンの服を切る

救命講習のゴール設定は?

研修プログラムを企画するときには、まずゴールを設定します。

そのゴールに到達するように中身を組み立てていくわけです。

そしてそのゴールに到達したかを評価・判定する試験を実施し、必要ならゴールに達するまで練習を追加したり矯正を行います。

さて、世の中の一般的な心肺蘇生法研修のゴールはどこに設定されているでしょうか?

実際の講習風景を思い出してもらえばわかると思いますが、
 
「床に仰向けに置かれたマネキン相手に、決められた手順で所作をこなせること」
 
です。

最近は実技試験は実施しない研修が増えています。仮に試験を行ったとしても、そこで指導員が確認できたことは、

 

反応なし・呼吸なしであることがわかっている人形に対して、肩をたたき呼びかけて、5−10秒間胸を見たあと、胸骨を押して、呼気を吹き込んだ。

その結果、マネキンの胸部が5cm沈んで、呼気吹き込みにより胸が上がった。

 

ということに過ぎません。

このことをもって、「心肺蘇生法ができる」ようになった、と言っていいのでしょうか?

同じことを、生きているか死んでいるかわからない人間相手に現場でできるかのでしょうか?

講習会場と現場のギャップを埋める

研修でできることと、現場で実際にできることは違う。

そんなことを言ったら身も蓋もないと言われるかもしれません。

指導に当たる人はそんなことはわかった上で教えているのかも知れませんが、当の受講者はどう感じているでしょうか?

 

「救命講習を受けているから大丈夫です!」

冒頭のような学校の先生とのやり取りを考えると、決して看過はできません。

研修目標の段階・階層

教育工学の世界では、研修プログラムの目標設定とその評価方法は4段階にわけられると言われています。

カークパトリックの4段階評価モデル

研修の良し悪しの判断を受講者の満足度(つまり主観)で判断するのがレベル1。この場合、その研修が効果があったのかどうかはわかりません。

受講者がゴールに達成したかどうかを筆記試験や実技試験できちんと図りましょうというのが、レベル2。

次のレベル3というのが実践として「現場で出来る」ことまで保証しましょうという段階です。

どんな救命講習も、このレベル3を目指しているはずなのですが、その教育内容を見る限りはレベル2止まりであるという点を自覚する必要があります。

このレベル2とレベル3のギャップは大きく、歴然とした溝として深く横たわっているのです。

このギャップをどう埋めるか?

ときどき報道で目にする「研修を受けていたけど出来なかった」というニュースを見ると、講習の限界とか、仕方ない、で諦めるのではなく真剣に考えなくてはいけないところではないでしょうか。

 

安全な講習会場 VS. 状況が予測できない実際の現場


必ず心停止しているマネキン VS. 状態がわからない生身の人間

 

講習と現場は違うわけですから、いくら講習でできるようになっても、それだけでは決定的に足りないものがあるのです。

通常の心肺蘇生講習に足りないもの ー事故報告書の提言

そこで何が必要かというと、例えば、2018年に「給食中倒れ生徒死亡、元校長ら書類送検 業過致死の疑い」という報道がありました。

 

給食中倒れ生徒死亡、元校長ら書類送検 業過致死の疑い:朝日新聞記事

 

床に倒れて頭から血を流していた意識不明の生徒に対して、駆けつけた養護教諭らが的確な応急措置をせずに死亡させた、という事故です。

給食中に喉にものを詰まらせて意識を失って倒れて、その際に頭部から出血したという経緯だったのですが、後から到着した養護教諭は出血に気を取られて、意識がなかったのに応急処置の基本である呼吸確認をしませんでした。そこで窒息に気づかず助けることができなかったというケースです。

大分県教育委員会:南石垣支援学校事故報告書

本ケースからは、学べる点が多々あるので、ぜひ大分県教育委員会が出している 大分県立南石垣支援学校における事故調査報告書(令和元年7月)をご覧頂きたいのですが、今回特に取り上げたいのは【7 提言 [PDFファイル/3.02MB]】の p.77 にある下記の記載です。

 

事故を教訓として、今後なすべきこと

(中略)
これまでは傷病者が仰向けの体勢であることを前提として研修を実施しているが、うつ伏せに倒れている場合、出血をしていた場合など、傷病者の様々な体勢にに対応できるような内容も必要である。

 

つまり、「理想的な条件下で規定の所作を繰り返す練習」だけでは、現場対応するには不十分である、と指摘されているのです。

また、この記述の前には、119番通報が現場からではなく事務所経由で行われたため、消防側でも状況把握ができずに、的確な口頭指導ができなかったことも問題視されています。

119番は救命の連鎖の中でももっとも効果が高いと言われている部分です。一般的な救命講習では、「あなた119番!」の一言で終わってしまうところも、現実の対応を考えたらトレーニング内容も見直さなければいけない部分です。

さらには、学校などの救急対応はたった一人で行うことはありません。いかに他の職員や消防などと連携するか、役割分担を明確にし、判断するリーダーの存在があり、意思決定と共同を前提に行動するトレーニングが必要で、これこそが現場で動けないことの大きな要因となります。

一般的な心肺蘇生法研修は基本は1人法BLSしか扱いません。強いて言えば、AEDを持ってきてくれる人、ということで二人法までは扱いますが、それ以上の連携こそがもっとも難しく、訓練が必要な部分と言えます。

心肺蘇生法トレーニングは、避難訓練と同じです。

現場を想定し、実際の動きをシミュレートしなければ、実践では使えないのはあたりまえの話というのは、すこし考えてみればわかるはずです。

パニックに対応するトレーニング

蘇生ガイドライン2010の時代に指摘されていた点ですが、救命処置に関してうまく対応できなかった要因として最大のものが「パニックになった」というものでした。

そこで当時のガイドラインでは、パニックに対応するためのトレーニングを追加することが必要であるという提言がされていました。

これはシミュレーションの中で、それまでの練習とは違うシチュエーションを少しでも盛り込めば簡単にトレーニングできます。
 

  • マネキンがたくさん服を着せておく
  • AEDが「ショックは不要です」という
  • 人工呼吸の空気が入らない(マネキンに細工をしておく)
  • AEDの解析のタイミングで第三救助者を投入して音声に集中できない状況を作る、など

 
傷病者発見から胸骨圧迫開始判断までを、マネキンではなく人間の演技でやってみるだけでも、ずいぶん違います。

うつ伏せである、意識はないけど呼吸はしている、など。

非医療者にそこまで求めるのは酷じゃないか、という意見

こういう提言をすると、「そこまで一般市民に求めるのは酷だ、非現実的だ」という指摘をよくいただきます。こういった声は医療の専門家である医師や救急救命士などからも聞かれます。

しかし、研修というものは、できないことをできるようにするためにあるものであることを忘れてはいけません。

現場で実践できるようになるために研修を行うわけです。現場ありきであり、マネキン相手に決められた動作をすることが目的ではありません。

研修はゴールから逆算して設計していきます。

おそらく現状の形骸化した心肺蘇生法講習を基準に考えるから、難易度が高すぎるという見方になると思うのですが、そもそも現在の救命講習の設計自体が適切だったのか、ということに立ち返って考えてみる必要があるでしょう。

これは、現状の講習を否定するものではありません。

テニスや剣道のトレーニングと同じで、最初は素振りも必要でしょう。しかし素振りだけで試合に出られるわけではありません。いくつかのステップを経て、対戦練習、そして試合へと大成されていくわけです。

現状の救命講習は、おそらく素振り+α程度の位置づけになっています。

その先のトレーニングが必要ということです。

基礎中の基礎だけで終わっていいのですか? その先、現場実践までのギャップはどこでどう埋めたら良いのですか?

そのサジェスチョンを持って終わらないと、冒頭のような「救命講習を毎年受けているから大丈夫です」という危険な勘違いを生んでしまいます。

ここは救命法指導員の責任でしょう。

現場でできるようになるために必要なもの、それは学校事故の検証報告書や教育工学を紐解けば、見えてきます。

ここを正しく理解し、受講者に勘違いさせないような教育スタンスを持ちたいものです。


体育中に鉄棒から落ち重度まひ 男性と両親が福井県を提訴

学校での応急救護を巡る裁判のニュースがありました。

 

体育中に鉄棒から落ち重度まひ 男性と両親が福井県を提訴

福井新聞 2019年12月30日

 
鉄棒からの転落、動けない状態で頚椎損傷の可能性があったのに、「無理に体を起こした、首をもんだ、頭部を固定をせずに搬送した」ことで、現在は首から下が不自由で車椅子生活になっているとのこと。

体を起こしてしまう、頭部の固定をしない、というのは、知識がないバイスタンダー対応では現実によくあることで、直感的な対応ということで理解もできますが、「首を何度ももみ」というのはまったく謎です。

この部分を見るとうっかりミスという雰囲気には感じられません。

頭頸部外傷のファーストエイド

神経系のトラブルは、呼吸と循環についで優先度の高い重要項目です。

この場合のファーストエイドは、処置というよりは、観察の視点と判断・意思決定が重要です。(つまりテクニカルスキルではなく、ノンテクニカルスキルの部分です。)

一言で言えば、動かすか、動かさないか。

原則は、「動かさない、プロ(救急隊)に任せる」ですが、ちょっと頭をぶつけただけで119番なのかというと、現実問題困ってしまいます。

この線引は難しく、重症な場合は症状を例示できますが、軽症の判断が難しいところです。

動かさず、119番の場合

少なくとも下記のような症状があったら、極力動かさずに119番、とは言えると思います。

(転落等で頭頸部を強打した可能性がある場合で、かつ)

  • 気絶・反応なし
  • 意識障害(放心状態や錯乱)
  • 動けない
  • めまい
  • 吐き気、嘔吐
  • 頭痛
  • 痙攣
  • 物が二重に見えたり、閃光が見える
  • 手足にしびれや麻痺がある

クビより優先するべきもの

ただ、絶対に動かすな! ではない点、注意が必要です。

これは傷病者を評価するときの「体系的アプローチ(A-B-C-D-E 評価)」の話になりますが、神経系の優先順位は、気道、呼吸、循環の後であるという理解が重要です。

上記症状で嘔吐を上げていますが、天井向きで倒れていて、嘔吐してしまったら息がつまります(気道の問題)。

この場合は、頸(神経系)が懸念されても、気道確保のほうが優先されます。

症状がない場合

傷害を示す明らかな症状がない場合は、動かしていいのか? というと、これもまた難しい問題です。

手足のしびれがないということで神経症状がなかった場合、脊髄の損傷はないだろうとは考えられても、脊髄を覆うようにしてある骨(脊椎)に損傷がないとは言い切れないからです。

事故による脊椎損傷の多くは、事故そのもので発生するよりは、事故後の取り扱い(処置や搬送)によって起きるほうが多いとも言われています。

事故そのものでは脊椎損傷でとどまっていて、脊髄までは影響がなくても、無理に起こしたり動かすことで、折れた骨がずれて神経を傷つけてしまうことがあるということです。

そのため、「高エネルギー外傷」と考えられる場合は、症状がなくても背骨が傷ついていると考えて動かさないという原則があります。

なにをもって高エネルギー外傷と考えるか、ですが、ファーストエイド対応では、シチュエーションからの直感的な懸念ということになってしまうかもしれません。

明らかな転落、跳ね飛ばされた、背中から落ちた、頭をぶつけて大きな音がした、etc.

判断に自信がなければ、とりあえず動かさずにすぐ119番して指示を仰ぐ、ということに尽きるのかもしれません。(ただし自発呼吸があることと気道閉塞がないことは必ずチェック)

しかし、スポーツ指導員など、あらかじめ頭頸部外傷が強く想定される立場の人は、体系的アプローチを含めて、きちんとファーストエイドを勉強してある程度の判断ができるように備えておくことは必要と思います。


パルスオキシメーターでは、呼吸の有無はわからない

パルスオキシメーター、最近は値段が下がって1万円以下でも買えるので、学校やスポーツ現場でも使われることが増えてきているようです。

学校の保健室にもパルスオキシメーターが置いてあるところもあるんじゃないでしょうか?

パルスオキシメーターは、れっきとした医療器具なので、使い方を誤ると危険な場合があります。特に、人間は道具があると使いたくなる、また頼ってしまう傾向があり、道具がない場合に比べてミスジャッジすることが増えがちです。

急変対応にパルスオキシメーターを使うと


意識不明の人が倒れていると呼ばれて行って、その時たまたまパルスオキシメーターを持っていたら、、、

呼びかけても返事がなかったので、すぐにパルスオキシメーターを着けました。結果、脈拍数110回/分と出たらどうでしょう?

なにを考え、どう行動しますか?

パルスオキシメーターでわかること、わからないこと

パルスオキシメーターは呼吸状態を確認する道具、というイメージが強いかもしれませんが、それでわかるのは指先の血流の有無と脈拍数、そして経皮的酸素飽和度だけです。

なんらかの数字が出れば、指先の血流はある、との判断はできますが、今現在、呼吸をしているかどうかはわからない、という点、注意が必要です。

SpO2の数値が出たとしても、呼吸をしていないケースはありえます。

あくまでも血中の酸素とヘモグロビンの結合割合を近似的に算出しているだけで、呼吸停止しても数値が下がるには時間がかかるからです。

つまり、パルスオキシメーターは呼吸をしているという前提で使うものであり、自発呼吸をしているかどうかを確認する道具ではないということです。

パルスオキシメーターの値が信用できない場合

寒冷やショックなどで抹消循環が悪い場合、パルスオキシメーターは正しい数字を示しません。エラーになればまだいいのですが、高めに数値が出てしまう場合非常に危険。

つまり、傷病者の状態が安定している条件下でないと信用できません。

こうした特性を知らない人がパルスオキシメーターを過信してしまうリスクが日常的になっています。あくまでも医療機器、中途半端な知識・理解の人が使うと危険という話。

このあたりの話は、詳しくはブログ過去記事もご参照ください。

実例:パルスオキシメーターの不適切使用

平成28年9月に大分の学校で起きた死亡事故では、意識不明の傷病者に対して目視による呼吸確認をせず、パルスオキシメーターの数字が出たことで「呼吸あり」と判断した結果、気道異物による呼吸停止(窒息)に気づかず死に至った可能性が指摘されています。

大分県立南石垣支援学校における事故調査報告書(令和元年7月)

大分県教育委員会(令和元年7月)


 

本件から学べる点は多々ありますが、今回特に着目いただきたいのは「5.前提となる事実 [PDFファイル/5.36MB]」の p.28 に書かれているパルスオキシメーターを装着したときの事実の描写と、同 p.39 にある学校側が保護者向けに説明した文書の中の下記の記述です。

「呼吸はあったか」という質問への答え
「呼吸、脈等はパルスオキシメーターで確認していましたが、血中酸素飽和度は正確な測定ができなかったということです。」
 
呼吸については、確認していませんでした。

後日指摘により訂正されたようですが、救護対応していた養護教諭らはパルスオキシメーターで脈拍数110回/分と表示されたことで、呼吸できていると誤認していた可能性が伺えます。

冷静に考えれば、酸素飽和度が表示されないことから、呼吸状態(この場合は特に気道開通)を疑うこともできたかもしれませんが、意識不明の傷病者を目の前にして、脈拍がある=心臓が動いている=生きている、という安心感が、呼吸もしているという早合点につながったのかもしれません。

頭部から出血していたなどの複雑な要因はありますが、パルスオキシメーターを持ってきたことが、判断を誤らせた要因として否めない案件ではないかと考えています。

本来の救急対応手順に従えば…

今回の検証の中でも指摘されているとおり、意識不明の人がいたとき心肺蘇生法の手順に従って、「反応なし+呼吸なし」を確認し胸骨圧迫を行っていれば、心停止ではなかったとしても、結果的には窒息解除の手順(胸部突き上げ法)となり、気道異物による窒息を解除できた可能性はありえます。

傷病者の状態が悪いときは、パルスオキシメーターは使い物にならない点は医療従事者は知っています。しかし、市民からしたら「頼れる医療機器」として勘違いしてしまうリスクが露呈された事故ではないでしょうか。

血圧計やパルスオキシメーターを応急救護の備品として用意することのメリットとデメリット。

不慣れな人にとっては致命的なデメリットもあります。逆にメリットはなにかあるでしょうか?

使い方自体は簡単ですが、その解釈や精度の点では不利益も大きい。

あると使いたくなる人間の性を考えると、医療従事者以外は基本的にこうした医療機器は持たないほうがいい、と思います。

 

医療者にとっても、こういう事例を見ると、PEARSやPALSの体系的アプローチで、酸素飽和度の評価が呼吸の一番最後の項目になっている点が、納得いただけるのではないでしょうか?


質の高い人工呼吸とは

昨今、なにかと軽視されがちな人工呼吸ですが、子どもの救命や、水辺での救急対応には欠かせないという点は、皆様、ご理解いただけていると思います。

そこで、今日は、一歩踏み込んで 人工呼吸の質 という話をしたいと思います。

質の高い人工呼吸は、過剰な換気を避けること

吹き込んで胸が上がればいい!?

人工呼吸は、胸骨圧迫に比べると動作がやや複雑で、うまくできた / 失敗した、がはっきりわかる手技です。

そのため、吹き込んでマネキンの胸が上がればとりあえず「よし」としがちですが、それは一般市民向け講習での話。

医療従事者や、救護責務がある市民救助者向けの研修では、人工呼吸にも「質」が求められます。

High Quality CPR

High Quality CPR(質の高い心肺蘇生法)のポイントといえば、

・強く
・速く
・胸壁を元の高さに戻す
・中断を最小限に

ですが、これらは胸骨圧迫の話。人工呼吸に関しては、
 
・過剰な換気を避ける
 
ということが謳われています。

人工呼吸の空気は入れすぎないほうがいい

過剰な換気を避けるためのポイントは2つ。

・目で見て胸が上がる程度の量
・1回の吹込みは1秒かけて

目で見て胸が上がる程度の量

息を吹き込むと胸部が挙上して見えます。それが見える程度のギリギリの少ない量でいいですよ、という意味です。

イメージからすると、空気をたくさん吹き込んだほうが助かるような気がしますが、実は逆です。

空気を吹き込みすぎるとかえって蘇生率は下がります。

理由は2つ。
 

  • 胃膨満 → 嘔吐 → 人工呼吸継続困難
  • 胸腔内圧上昇 → 静脈還流低下 → 心拍出量低下

 

胃膨満の弊害

空気をたくさん吹き込みすぎて、肺から溢れ出た空気はどこにいくかを考えれば簡単です。

気管ではなく、食道の方に空気が流れ込んで「胃」に溜まっていくわけですね。

胃が最大限まで膨らんだらどうなりますか? 吐き出す、嘔吐をしそうな気がしませんか?

胃の内容物を吐かれてしまったら、人工呼吸はもちろん蘇生処置そのものが中断してしまいます。結果、助かる可能性が格段に下がるのは想像できるでしょう。

胸腔内圧上昇の弊害

こちらは直感的にはすこしわかりにくいかもしれません。

ざっくりとしたイメージですが、空気を入れすぎて肺がパンパンに膨らんだ状態を想像してください。肺が目一杯膨らむと、肺の間に挟まれた心臓がギュッと圧縮される気がしませんか?

心臓が押しつぶされた状態になっていると、静脈から戻ってくる血液が心臓に溜まる量が減ります。そうなると、胸骨圧迫によって駆出できる血液量も減るのは想像できるでしょうか?

心肺蘇生法の目的は、酸素化された血液を全身に巡らせることによって、脳や心臓などの重要臓器の細胞に酸素供給をすることにあります。

肺まで空気がたくさん入っても、その先の酸素の運搬媒体である血液の流れが滞ったら、終着点である細胞が受け取る酸素量は少なくなってしまいます。

つまり、空気を入れすぎると血液循環が悪くなって蘇生効率が下がる、というわけです。

(実際のところは、心臓が潰されるというよりは、静脈系の血管の影響なのですが、今回は大まかなイメージということで詳細は割愛します。)

1秒かけて吹き込む

これは、意味がわかりにくいと思いますが、ざっくりいうと、勢いをつけて吹き込むなという意味です。

勢いよく素早く送気してしまうと、口腔内の内圧があがって、ふだんは閉じている食道に隙間ができて空気が胃の方に流れ込んでしまうリスクが増えます。

だから、優しく1秒くらいかけて、ややじんわりと送気してくださいね、という意味です。

参考まで、ガイドライン2005までは、1回の送気に2秒かけるように指導していた時期があります。これは内圧を上げないための配慮だったのですが、その結果、胸骨圧迫の中段時間が伸びることが問題となり、2秒から1秒に改められた経緯があります。

また「1秒かけて」と翻訳された原語は over 1 second です。ときどきこれを1秒以上かけて吹き込むと誤訳しているケースもありますので注意してください。この場合の over は、1秒間に渡って送気を続ける、という意味です。

ですから、1秒かけて吹き込むと訳すのが正しいです。

胸骨圧迫で得られる循環血液量はふだんの1/3

人工呼吸の吹き込み量は思いのほか少ない量で十分なのですが、直感的にはなかなか納得しづらいかもしれません。

そこで、心停止中に胸骨圧迫で得られる循環血液量は、正常時の1/3〜1/4しかないということを知っておいてください。

血流が普段の1/3しかないところに普段の肺活量の空気を送り込んだところで、細胞に届く酸素量は限られます。

だから、あんなに少ない量であっても十分なのです。

人工呼吸で空気を入れすぎると蘇生率/救命率が下がる

まとめ

私達の直感とは裏腹に、人工呼吸で勢いよく多くの空気を入れてしまうと、嘔吐するリスクが上がり、血液循環が低下することで蘇生率は低下します。

人工呼吸で肺に空気が入ることは重要ですが、業務対応として人工呼吸を行う人は、入れ過ぎは良くないということを理解して、傷病者の体格に合わせて吹き込み量を調整できるような練習をしておきましょう。

以上、BLS横浜の ハートセイバーCPR AEDコース や、BLSプロバイダーコース に参加したことがある方はすでにご存知の内容かと思いますが、質の高い人工呼吸について解説しました。


救急対応における記録の重要性

一般市民向けの救命講習と、救護責任がある人向けの救命講習が一緒ではいけないポイントは多々ありますが、今日は「記録」について取り上げます。

BLS横浜の業務プロバイダー向け講習、例えばBLSプロバイダーコースや、ハートセイバーCPR AEDコース、またはエピペン&小児BLS講習などに参加したことがある方は、時間という点が強く印象に残っているのではないでしょうか?

シミュレーションで実感する記録の重要性

これらの講習ではシミュレーション訓練を入れており、最終的には現場に到着した救急隊員に情報を報告して引き継ぐまでを行ってもらっています。

そこで救急隊員役に聞かれることが、時間です。

CPRを始めた時間、エピペン注射をした時間、AEDで除細動をした時間など。

救急隊員役に聞かれて、初めて誰も時間を気にしていなかったことに気づきます。またAEDを解析した回数、実際にショックした回数なども、ほんの10分程度の間の話なのに誰も覚えていないことに皆さん愕然とします。

シミュレーションの前には、業務対応としては記録を残すことが大切、という点を聞いて頭でわかっていても、記憶に頼るのは限界があることに気づく瞬間です。

 

一般市民と違って、対応は現場で終わるわけではない

通りすがりの一般市民であれば、足を止めて救護に手を貸してくれた、胸を押してくれた、AEDを使ってくれたというだけで、たいへんありがたい話で、時間の正確な記録がないということは問題にはなりません。(できれば除細動の時間と回数の情報はほしいですが)

しかし、学校現場や福祉施設など、注意義務と説明責任が問われる場においては、記録は極めて重要です。

・いつ、何が起きたのか?
・いつ、何を行ったのか?(その判断の根拠)
・その結果、どうなったのか?

事態は刻一刻と変化していきます。その変化は自然の流れかもしれませんし、場合によっては救助者が何かを行った結果かもしれません。

それが時系列で記録されていることが重要で、時系列がはっきりしないと、因果関係が逆になってしまったり、「謎」が生まれます。

暴言を覚悟で単純化して言うと、謎が多く、はっきりしないと、真実を明らかにしたいということで裁判にもつれ込むリスクが上がります。

記憶はあてにならない

人間の記憶は怪しいもので、隠すつもりはまったくなくても、時間が経つにつれて、自信が無くなってきたり、周りの話を聞く中で別の事実が合成されてしまうことは珍しくありません。良くない例ですが、冤罪事件のように記憶が捏造されてしまう例もあります。

だからこそ、学校や福祉施設での救急対応では記録が重要なのです。

エピペン注射や除細動の時間のように、救急隊や病院での処置に直結するような情報もありますが、事後のトラブル回避や、適切に対応したことの証拠としての側面を見過ごせません。

何を、誰が、どう書くか?

何をしたのかという点はその場にいた人の記憶に比較的残りやすいので事後でも記録に起こせますが、大事なことは前後関係と時間です。

施設内の対応であれば、ある程度の救護者人数はいることでしょう。3人目、もしくは4人目がいたら何をしたらいいか、という点で記録係を設定する妥当性をシミュレーションの振り返りで検討してもらっています。

また、記録して何を書いたらいいかという点も実は問題で、結論からすれば、定形書式としての記録用紙を職員間で検討してAEDやファーストエイドキットに入れておきましょう、という結論にたどり着くようなファシリテーションを仕込んでいます。

記録をつけることは非現実的? 不要?

無我夢中でもいいから、目の前の人にCPRをしてくれたら御の字という「一般市民向け救命講習」と違って、施設職員向け、特に学校や福祉施設での救命講習は、救命処置を練習させるだけでは不十分で、その中身は危機管理・安全講習です。

やったこともない不慣れな心肺蘇生法だけで手一杯で記録まで教えるなんて非現実的という指摘も耳にしますが、現実問題、この記録の不備によって対応した職員たちは後々まで尾を引いてしまっているわけです。

ファーストエイド教育では普通に記録の仕方を教えている

市民向け救命講習では、記録をつけると概念はないかもしれませんが、それはおそらく一般市民向けのバイスタンダーCPRに話を限定しているからで、ファーストレスポンダー向けのファーストエイドでは記録を取ることを教えるのは普通ですし、その書式も医療機関と同じSOAP形式を取り入れていることも珍しくありません。

事故対応ガイドライン、事故検証報告書の提言

また、事故対応ガイドラインや危機管理に関するマニュアルに目を向ければ、正確な記録を、というのは極めて常識的な話です。

例えば、保育業界に大きなインパクトを与えた平成28年の葉山町での保育園死亡事故の事故検証委員会報告書でも、記録の必要性については随所に取り上げられています。

 

現状のマニュアルには、医療機関の受診に至る具体的な手順や目安が、明確に記載されていない。また、症状の判断として、時間経過の項目がない。(P.16)

4.事故報告と事後分析
(1)記録本事故では、記録の不備が目立った。記録の方法や引継ぎについて大きな課題があることがうかがわれた。
 1.紙面による記録の在り方
 ●課題事故については、具体的な内容や時間経過を残すことになっているが、(中略)
 ▲改善策小さい事故でも、必ず事故としての記録を残す。傷病連絡票(見守り記録)の作成を徹底する必要がある。また、時間経過を軸として、何をしたか手当や観察記録を書く。(p.18-19)

(6)記録の在り方
 1.どのような傷病でも、必ず記録を残す。
 2.記録用紙には傷病発生時の記録のみではなく、時間の経過を追った症状を記録する。
 3.記録により収集した情報を精査し、職場内で共有する。
 4.事故報告の内容には、保護者の思いや訴えも記録する。(p.26)

 

通りすがりの善意の救命では、その瞬間に目前のできることを精一杯やれば表彰されるくらいの話になりますが、施設内での事故となれば、その後の事後処理というやっかいな問題が待っています。

特に事後処理においては、時間を含めたなるべく正確な記録の有無がその後の事態の展開を運命づけるものにもなることをきちんと認識しておくことは重要です。

危機管理・事故対応という大枠の中で、救命処置の部分だけを、簡便だからと言って一般市民向け救命講習をはめ込んでしまうことの問題性を考える必要があります。

その端的な部分が、例えば「記録」の概念の有無だと思うのです。


九州にBLS横浜の新サテライトが誕生「EMS熊本」

九州・熊本に新しいAHA-BLSトレーニングサイトができました。

九州熊本でAHA-BLSプロバイダーコース、ハートセイバー・ファーストエイドCPR AEDコース受講ならEMS熊本

EMS熊本
https://ems-kumamoto.com/
 

EMSという言葉は病院関係者には少し馴染みが薄いかもしれませんが、Emargency Medical Service(救急医療サービス)の略。

米国においては救急車運行業務を意味することが多いですが、広義で言えば、業務対応として健康面における緊急事態に対応するファーストレスポンダーから救急隊、そして病院での初療までを意味します。

プレホスピタルであるバイスタンダー救護から、救急隊員、さらには病院における救命処置や治療まで、救急全般に関した教育・トレーニング展開を行っていく組織として設立されました。

いまのところ5月31日(金)に プレホスピタル版のAHA-BLSプロバイダーコース が予定されていますが、今後は学校教職員や業務対応プロバイダーとしての市民救助者向けのAHAハートセイバー・ファーストエイドや、ハートセイバーCPR AEDコース の展開も予定しています。

九州地区はPEARSプロバイダーコースの盛り上がりなど、救急に対する熱量が多い地域な印象がありますが、市民向けの教育に関しては意外と未開発な気がします。

特にファーストエイドに関しては、九州での展開はほとんど見かけません。(わざわざ横浜まで受講にいらっしゃる方がときどきいます)

実際に使う頻度で言ったら、心肺蘇生法よりもファーストエイドなわけですし、医療従事者教育だけではなく、地域から病院までの救命の連鎖を幅広く扱う教育組織というのは、あるようで、実はほとんど見かけません。

救命法の指導・普及団体は公的機関・民間団体を含めて多くありますが、市民向け教育から医療従事者教育までを一貫して実施している組織は多くはありませんが、でも、その連携が、実際には重要な部分です。

その点でも、EMS熊本の九州地区での存在意義は大きいと思います。

BLS横浜では、地域の要請や、時代や世相からニーズを読み取り、ファーストエイドの日本国内定着やPEARSの普及、エピペン講習の在り方、最近では止血教育や血液感染教育、さらには implementation を意識した救命法指導員養成や、教育工学の応用など、独自の取り組みをしてきました。

それらを評価いただき、毎回驚くような遠方からも受講に来てくださっていますが、今後は九州地区でも同種の講習が受けられる場となりそうです。

既存の概念にとらわれない、地域に合わせた実のある教育の新たな風を起こしてくれる組織として【EMS熊本】に大いに期待しています。