コロナ感染リスクと救命 日本の市民救命法指針が変更されました

2020年5月21日付で、新型コロナウイルス感染症を前提とした市民救命法指針の変更が発表されました。

厚生労働省のホームページで公示されています。

中身は、以前にお伝えした アメリカ心臓協会AHAの市民向けCPR指針 とまったく同じ内容です。

詳細は上記リンクから厚生労働省のウェブに飛び、PDFファイルをご覧ください。

 

人工呼吸省略は、成人心停止のみ。子どもにはやはり必要

要点をまとめると、下記のとおりです。

新型コロナウイルス感染症を踏まえた市民救命法のポイント

  1. 胸骨圧迫によりエアロゾル(ウイルスなどを含む微粒子が浮遊した空気)を発生させる可能性がある
  2. 新型コロナウイルス感染症が流行している状況においては、すべての心停止傷病者に感染の疑いがあるものとして対応する
  3. 胸骨圧迫を開始する前に、傷病者の口と鼻に、ハンカチかタオルをかぶせる
  4. 成人の心停止は、その意志があったとしても、呼気吹き込み人工呼吸は行わない(胸骨圧迫とAEDのみ)
  5. 小児の心停止は、人工呼吸を行う意思がある場合には、胸骨圧迫に人工呼吸を組み合わせる。
  6. 救急隊引き継ぎ後は速やかに手と顔を洗い、傷病者の顔のハンカチやタオルには手を触れない。

これは、厚生労働省が示している現時点での日本の公式な方針です。

感染対策という点では、人工呼吸はしない、ということで統一されると理解している方もいたかもしれませんが、子どもの心停止の場合は、原則的に人工呼吸は行う、とされている点にご注意ください。

指針の中では、その理由が下記のように説明されています。

 

子どもの心停止は、窒息や溺水など呼吸障害を原因とすることが多く、人工呼吸の必要性が比較的高い。

 

指針の中では、「感染の危険などを考えて人工呼吸を行うことにためらいがある場合には、胸骨圧迫だけを続ける。」との記載もあります。

感染防護具の持ち合わせがない「通りすがり」の立場であれば、この通りですが、小学校教職員、保育士、児童施設職員などは、常に子どもの安全対策を意識し、安全管理している立場ですから、感染防護手袋や一方向弁付きの人工呼吸補助具を準備し、決してためらうことがないように備えておくことがプロフェッショナリズムと言えるでしょう。

ポケットマスクのような一方向弁付きの感染防護具であってもためらいを感じるようなら、用手的に人工呼吸を行える バッグバルブマスクの準備・練習も検討すべき時代 になっていると考えます。


withコロナ時代の救命講習(市民小児編)-人工呼吸をどうするか?

afterコロナ、postコロナではなく、with コロナ(新型コロナウイルスとの共生)。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)出現以前の世の中にはもう戻らないとも言われています。

今後は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がいることを前提とした新しい生活をしていかないとするなら、業務上必要な救命講習の在り方も根本から考え直さなければいけません。

withコロナ時代の救命講習の在り方を、子どもの蘇生と大人の蘇生に分けて考えました。

今回は、その小児編をお届けします。

COVID-19リスクが拭えないこの先、心肺蘇生法のやり方も再考する必要があります。

1.心肺蘇生法(トレーニングを含む)の感染リスク

少なくとも1mの距離をあける、飛沫を浴びないように真正面で話さない、など、人との接触や距離感が問題となるコロナ時代。

これまでの救命講習の実際を思い浮かべてもらえば、救命講習は人同士の濃厚接触や、飛沫・接触感染リスクが極めて高い危険な状況であることは想像に難くありません。

特に問題となるのは人工呼吸練習でしょう。

日本で一般的な救命講習ではフェイスシールドと呼ばれるビニールと不織布でできたシートを介してマネキンに呼気を吹き込み、そのマネキンを受講者5-6人で交代しながら、練習を繰り返します。

不織布は水蒸気や唾液を透過させますので、ウイルスや細菌に対するバリア機能は期待できません。汚染されたマネキン・フェイスを介した感染拡大が想定されます。

受講者が交代するたびにマネキンのフェイスをアルコール清拭するなどの対策はできるかもしれませんが、フェイスシートを持つ手に唾液・飛沫が付着し、その手でマネキンの頭部や胸部にふれることでの接触感染の拡大も想像できます。

現在の形の心肺蘇生法が確立してから60年弱。これまで人工呼吸を通して疾病に感染したという報告は数えるくらいしかなく、リスクは低いとガイドラインに記載されていましたが、それが新型コロナウイルス時代には根底から覆された形になっています。

2.withコロナ時代の子ども救命法

子どもの心停止の原因で、まっさきに考えなくてはいけないのが、呼吸のトラブルから心停止に至るというケースです。

医学的に言えば、低酸素血症による心停止(無脈性電気活動→心静止)です。

大人の主要な心停止原因とは異なり、子どもの救命のためには一般に人工呼吸が欠かせません。胸骨圧迫とAEDだけではダメというのが蘇生ガイドラインのスタンスです。

これはwithコロナの時代でも揺らいでいないというのが悩ましいところです。

世界の蘇生シーンをリードするアメリカ心臓協会AHAは、いち早くCOVID-19が懸念される傷病者への蘇生法の変更点を市民向けと医療従事者向けに分けて公開しましたが、大人の場合とちがって子どもの救命処置では「人工呼吸はしなくてよい」と言い切ることはしていません。

この部分の詳細はブログ別記事をご参照ください。
→ 子どもの心肺蘇生法 – 新型コロナウイルス感染疑いの場合

アメリカ心臓協会が発表した COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染対策を盛り込んだ心肺蘇生法のうち、今日は市民向けの小児CPRについて解説します。 こちらは、AHA...

リスクがあれば人工呼吸はしなくてもよい。でも児童施設職員は?

救命にあたっては救助者の安全が優先されますので、リスクがあれば人工呼吸はしない、という選択肢も出てきますが、問題は救護義務がある施設職員や教職員などです。

児童施設職員にとっては、子どもの心肺蘇生は予期せぬインシデントではなく、注意義務・安全管理上、最悪の事態として普通に想定されているものですから、リスクに備えていなければいけない立場になります。

つまり、新型コロナ禍に関係なく、従前から感染リスクは想定内で準備ができていることが期待されるわけですから、準備がないから人工呼吸をできなかった、という言い訳は通用しづらいのが現実です。(実際にそういう趣旨の訴訟は起きています。)

となると、感染リスクを前提とした人工呼吸トレーニングが必要という話になります。

withコロナ時代の感染防護具の選択・再考

BLS横浜としては、救護義務がある医療者以外のチャイルドケア・プロフェッショナルには、フェイスシールド(一般雑貨扱い)ではなく、医療機器承認を受けたポケットマスクを前提としてトレーニングを展開してきました。

実務としては、with コロナ時代でもポケットマスクで構わないと考えていますが、集団でのトレーニングの状況を考えると、受講者同士の交差感染リスクでは厳しいものを感じます。

日頃の保育園集合研修などでは、ポケットマスクの消毒済みマウスピース部分を受講者ひとり1つ貸し出して、マスクとマネキンは4人程度で共有というスタイルを取っています。

他者の吐息(つまり飛沫)がかかった器具(マスクやマネキンのフェイス)に触れるリスクを考えると、ポケットマスクとはいえ、呼気吹き込み法練習は感染リスクとしては万全とは言えないのが苦しいところです。

 

  • 受講者の交差感染リスクを考えたら、呼気吹き込み式の人工呼吸練習はしたくない
  • 救命の原理を考えれば、子どもの蘇生には人工呼吸は着実に実施したい

 

となると、このふたつを両立させるためには、医療従事者が使うようなバッグバルブマスクを使うしかないのかな、という発想になります。

バッグマスク換気はフェイスシールド人工呼吸より簡単

BLS横浜では、日頃、一般市民から医療従事者まで幅広いレンジで救命法を指導しています。

人工呼吸法は立場に合わせて、ダイレクトな口対口から、フェイスシールド法、ポケットマスク法、バッグマスク、気管挿管まで指導していますが、実際のところ、イメージとは裏腹に バッグマスク人工呼吸はかなり簡単 です。

たぶん、気管挿管を除けば、いちばんむずかしいのが、フェイスシールド人工呼吸じゃないでしょうか?

技術的な難易度:
口対口 < ポケットマスク < バッグマスク < フェイスシールド

バッグマスクは医療者向けというイメージが強いかとは思いますが、技術としてはフェイスシールドより簡単ですし、感染面での安全性と実用性でいえば絶大です。

こんな話をすると、バッグマスクは医療器具だから医療者免許がないとダメだという意見も出てきます。

しかし、冷静に考えてもらえば、空気を人体に送り込むという行為で言えば、口対口でもバッグマスクでもなんら変わりません。人工呼吸によって有害事象が起きるとしたら、胃膨満 → 嘔吐とか、静脈還流低下の可能性ですが、そのリスクは口対口でもバッグマスクでも同じです。

日本国内状況:医療者以外もバッグマスクを使っている

日本社会の慣例から言えば、今は医療資格を持たないボランティアのライフセイバーでも、バッグマスクを使って救命を行っている現状があります。

平成31年から、日本ライフセービング協会は、ライフセーバーに対して、バッグマスク使用を推奨する方向に転じました。

一般財団法人とはいえ、社会的立場のある巨大組織の公式通達を考えれば、バッグマスクは「非医療者だからダメ」という単純否定されるものではない点はご理解いただけるのではないでしょうか。

参考:バッグバルブマスクの使用について(PDF 90kb)
(一般財団法人日本ライフセービング協会 会員通達)

救助者 → 傷病者への感染リスク

救助者の安全だけで考えたら、感染防護具を着用した上で、一方向弁になっているポケットマスクを使えば自分を守る対策はできていると言えますが、仮に救助者が不顕性の感染者だった場合、自分の持っているウイルスを傷病者に移してしまうというリスクも否定できません。

そう考えると、救助者と傷病者 双方 の安全を守った人工呼吸法としては、バッグマスク人工呼吸しかありえない、というのが論理的な答えになります。(だから平時であっても病院内の救命処置では呼気吹き込みではなくBVMしかありえないわけです)

3.小学校・保育園・幼稚園 withコロナ時代の救護体制

withコロナの時代では、これまでは軽んじられ気味だった「感染リスク」ほプライオリティが上位にあがりますので、2019年までに見られたような「学校教職員が人工呼吸をしなかった」ことを過失とするような裁判は減るかもしれません。

しかし、医学的に考えたら、救うためには人工呼吸をするべき、というサイエンスは変わりませんので、現場の保育士や学校教職員はどうしたらいいか? と言ったら、安全に人工呼吸をするためにバッグマスク人工呼吸を標準にしましょう、というシステム改革が見えてきます。

保育園やバッグマスクを学校に配備して、職員(全員でなくてもいいかもしれません)にバッグマスク人工呼吸をトレーニングして、安全にフルサイズの救命処置ができるように備えるのです。

そこまでしなくても、救急隊が来てから人工呼吸を始めるのでもいいのでは? という意見もあるかと思います。

しかし、救急車が着くまでの全国平均が8分程度。あなたは8分間呼吸を停められますか? と言ったら、これは絶望的というのは感覚的にもわかるでしょう。

助けたいと思ったら、人工呼吸は欠かせない。となれば、今までは医療者以外がバッグマスクを使うなんて、という先入観をはずして、その妥当性をきちんと議論すべきだと思います。

研修再開までの対策と準備、情勢の見極め

バッグマスクのトレーニングであれば、飛沫を介した交差感染リスクは低いので、手袋を装着する、前後の手指衛生などの配慮をすれば、保育園スタッフ全員に練習してもらうことも現実的にできます。

そのためには保育園にバッグマスクを常備しておくという形になりますが、今はディスポーザブルのバッグマスクがポケットマスクと変わらないような値段で手に入りますので、あながち非現実的な話ではありません。

過密を避けるために、マネキンと受講者比率、一回あたりの受講者人数、会場の広さ、練習交代間のマネキンの消毒作業など、研修を開催すること自体への課題は残りますが、ここは現実的にやり方は見えています。

講習1回あたりの「効率」を落とす。参加人数を減らす、中間消毒などで時間が伸びるなどの、効率さえ妥協すれば、研修の実施自体はそう遠い話ではありません。

その時までに、施設内の救急対応体制を抜本から見直しておくべきでしょう。もとに戻るとは考えずに、新しいやり方を考えていくことが必要な時期になっています。


ACLS事前学習:よくある質問 1

今度 ACLSプロバイダーコース を受講予定の方からご質問を頂きました。無脈性電気活動(PEA)についてです。

PEA はなかなか飲み込みが難しいところなので、質問とその回答を皆様にもシェアします。

ACLSプロバイダーコース事前勉強の解説

 

Q1.無脈性電気活動(PEA)は心肺蘇生に加えて、根本的な原因治療を同時並行しないと救命は難しいのか?

テキスト38ページからの、ACLS一次サーベイと二次サーベイのあたりをよく考えていただくとわかるかもしれません。

結論から言うと、PEAの原因によります。例えば心停止の原因が低酸素なら、一次サーベイ(もしくはその手前のBLS)の時点で、 CPR によって酸素化されれば自己心拍再開 ROSC する可能性が考えられますよね?

また原因が循環血液量減少なら、BLSでは無理でも、ACLS一次サーベイで、アドレナリン投与により血圧が上がって ROSC が見られるかもしれません。

しかし、例えば、原因が気胸なら、脱気しないとたぶん無理です。

このように、「生理学的安定を図る一次サーベイをきっちりやる。それでも ROSC の兆しがなければ
二次サーベイで CPR を続けならが原因を探る。原因が特定できて対処を打てれば助かるかも」と理解してはどうでしょうか?

Q2.原因検索は、胸骨圧迫しながらエコーやX-Pを撮るということでしょうか? 救命の現場で実際行えるのでしょうか?

ここが、G2015の改定でACLSを一次と二次に明確に切り分けたポイントかなと思います。

一次介入をせずに、二次介入で原因検索に注力するのは本末転倒です。質の高い CPR を中断してまで原因検索の検査を実施する価値があるかどうか吟味する必要があります。

例えば、胸部不快感から心停止になった人に、胸骨圧迫を停めてまで12誘導心電図をとって梗塞部位がわかったとして、メリットがあるかどうか? 梗塞部位がわかったとしても ROSC しなければ、その後の治療には繋がりません。

胸骨圧迫を停めずにできる検査ということになります。

この原因検索の実際については、ACLSプロバイダーマニュアルにはほとんど記載がありませんが、実は学習範囲外であるという点もご承知おきください。原因検索の詳細と実際は、ACLS-EPコースという上級コースで学ぶことになっています。

ACLSプロバイダーコースの合否に関して言えば、原因を特定する必要はなく、いつまでも CPR とアドレナリン投与を続けるのではなく、原因を探る方向に意識が向いて、その言及があれば OK となっています。

Q3.PEA のアルゴリズムを行っているだけで自己心拍の再開はないのでしょうか?

できる場合もあります。先ほど循環血液量減少を例に上げましたが、たいていの場合の PEA は、循環不全 → ショック → 血圧低下 → PEA → 心静止という流れになります。

発見時、血圧がゼロではなく、低すぎて触知できないだけのこともありますので、そこにアドレナリンを投与すれば血圧が上がって脈が感じられる可能性があります。


子どもの心肺蘇生法 ー新型コロナウイルス感染疑いの場合

アメリカ心臓協会が発表した COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染対策を盛り込んだ心肺蘇生法のうち、今日は市民向けの小児CPRについて解説します。

こちらは、AHAが公開している “COVID-19 and Child and Infant CPR” というフライヤーを独自に日本語化したものです。(AHAの公式日本語版がでるまでの暫定公開です)

新型コロナウイルス感染症が疑われる子どもへの救命処置

もともと米国の市民向け小児蘇生を知っている人からしたら、どこにコロナウイルス対策が入っているんだ? と不思議に感じるかもしれません。これまであったら小児CPRとなんら変わるところがないからです。

成人の Hands only CPR のフライヤーでは、胸骨圧迫をする前に傷病者の口と鼻をマスクや布で覆うという「変更点」がありましたが、こちらにはなにも目新しいところがないのです。

子どもの救命にはやっぱり人工呼吸は外せない

結論からすると、COVID-19への危惧があったとしても、呼吸原性心停止を前提に考える子どもの救命の上では人工呼吸は欠かせない、成人CPRとは違って「人工呼吸は省略する」ことをデフォルトとはできない、との意思を見ることができます。

このフライヤーの中で、唯一、新型コロナウイルス感染への対策が感じられるのが、「あなたにその意志があり、可能であれば」という部分です。

原語では、if you’re willing and able となっています。

 

コロナウイルスに感染しているかもしれない子どもに対して、胸骨圧迫と人工呼吸をやろうとする意思があり、可能であれば、やってください。

(その意思がない、もしくは技術的に物理的に装備的に出来ないのであれば、やらなくてもいいですよ)

 

このかっこの中が本当のメッセージなのですが、それをあえて積極的には明言したくなかった、という姿勢が見て取れると思うのです。

CPRを開始しない場合の対応はどうなるのかというと、フライヤーの STEP 2 の前半部分まで、つまり心停止の可能性を探り、心停止が疑われれば 119番通報 するだけでもやってくださいね、ということになります。

フライヤーのタイトル下にある言葉を見てください。

 

それでも、あなたにできることがあります。
you can still help.

 

結局のメッセージはここなんだろうと思います。

こんなご時世、コロナウイルス感染が怖いから倒れている人には近づきたくない。そんな心理が広がりつつあります。

しかし、一目散に逃げるのではなく、意識状態と呼吸状態を分かる範囲で確認して、懸念があれば119番通報だけでもしてほしい。

それだけでも大きな助けとなるのだ、ということ。

立場によって違う if you’re willing and able

このフライヤーの真意を探る上で、同じく AHA が公開している Community FAQ: COVID-19 and Pediatric CPR (PDF) という資料が参考になります。

これを見ると、子どもの心停止対応の救助者は誰かと言ったら、まずは親や家族が想定されていることがわかります。

我が子であれば、感染リスクを考えるより、救いたいという意思が先に立つのは当然でしょう。

であれば、一律、人工呼吸はしなくてよい、とは書くべきではないのは理解できます。

まったく無関係な第三者であれば、119番通報だけでも、胸骨圧迫だけでも、何かのアクションを起こしてくれば、それは尊いこと。

しかし、これが注意義務を持って対応する職業人だった場合は、もう少し踏み込んだ対応が必要です。

 

if you’re willing and able

 

人工呼吸を含めたCPRをする willing (意思)はあるでしょう。しかし、それが able(可能)かどうか。それはひとえに「準備」にかかっています。

つまり、ポケットマスクやバッグマスクなどの感染防護機能が実証された人工呼吸器具を備えているか、そしてそれを使えるように訓練されているかどうか、ということです。

新興感染症罹患が懸念される今だからこそ、立場によっては【備える】ことが重要です。


ダンスで学ぶ手洗い ジュネーブ大学病院編

コロナウイルス感染拡大で、手洗いの重要性がこれほどクローズアップされた時代はないというくらいに人々の衛生意識が高まっている今日このごろ。

あらゆる感染対策の中で最も効果的と言われるのが、手洗い です。

しかし、医療現場であっても、なかなか遵守率があがらない悩みの種でもありました。

私たちは、正しい手洗い法を幼稚園とか保育園の時期に教わっているはずです。しかし医療従事者に限って見ても、世界的な正しい手洗いの遵守率の平均は40%程度と言われています。

感染の経路と原因がわかっていて、対策もわかっているけど、守れない世界の医療者たち。

そんな中、数年前にジュネーブ大学病院が発表した「手洗いダンス」の動画が話題となりました。

医療者であれば、誰もが手洗いの必要性はわかっているのです。

でも、習慣化できない。

そこで、別の切り口で正しい手洗いを定着させようという取り組みです。

一処置一手洗い

医療現場では、過度な手洗いによって肌荒れを起こしてしまうのが問題となっており、目に見える汚れがないかぎりは、保湿成分が入ったアルコール製剤での手指衛生を勧めています。

その頻度は「一処置一手洗い」とも言われますが、患者に触れる前と触れた後。

遅滞なく手指衛生できるようにアルコール製剤のマイボトルを持ち歩くことが推奨されています。

基本に忠実であればいいだけ。

それだけなのですが、小さな頃から習慣化されたものを変えていくのは難しいようです。

 

この手洗いダンスを、医療現場でどのように広げていくか、という実践編の続編動画がこちら。

今回のコロナウイルス騒動で、医療者の間でも市民の間でも「正しい手洗い」がだいぶ定着してきたように思います。

コロナウイルスが収束した後でも、これが習慣として残っていくことを期待しています。


気管挿管を優先-COVID-19患者のACLS【AHA新アルゴリズム解説】

ここのところ連日、新型コロナウイルス感染症患者への蘇生法を解説していますが、最後は二次救命処置 ACLS です。

情報ソースは2020年4月9日付で、アメリカ心臓協会のジャーナル Circulation に掲載された Interim Guidance for Basic and Advanced Life Support in Adults, Children, and Neonates With Suspected or Confirmed COVID-19 になります。

新型コロナウイルス感染症患者へのACLSの変更点

COVID-19患者ならびに疑い者向けに改定されたACLS心停止アルゴリズムは下記のとおりです。

新型コロナウイルス感染症患者用に改定されたAHA-ACLSアルゴリズム

黄色いボックスが追加された他、太字で下線がついた箇所が変更された部分です。

日本語はBLS横浜の独自翻訳です。AHA公式のものではありませんが、AHA公式日本語版がでるまでは、高解像度で印刷可能なPDFファイルもダウンロードできるようにしておきます。

気管挿管の優先度が上がった

Prioritize oxygenation and ventilation strategies with lower aerosolization risk.

新型コロナウイルス感染症対策として、ACLS変更の最大のポイントは、気管挿管を優先するようになった、という点でしょう。

もともとACLSにおいては、バッグマスク換気が有効に行えていれば、気管挿管は急がないというスタンスでしたが、準備でき次第、カフ付きの気管チューブで気道を密封することを推奨しています。

なるべく早く閉鎖回路内での呼吸にすることで飛沫リスクを減らそうということです。

これまでは、蘇生中に挿管するとしてできるだけ胸骨圧迫を中断しないようにという点が強調されていましたが、今回は逆に「挿管のために胸骨圧迫を止める」ことが明示されています。

胸骨圧迫を続けたら、圧迫によって口から呼気が吐き出されて飛沫感染のリスクが高いというのは想像に難くありません。

気道のシール性でいったら、カフ付きの気管チューブが望ましいわけですが、挿管困難が予想される場合などは、声門上器具(ラリンジアルマスク等)も含めて、1発で決まるような器材を選ぶようにと書かれている点も興味深いです。

その他、HEPAフィルターをつける等、回路の閉鎖性とフィルタリングについても注意喚起されています。

蘇生に関わる人数を制限する

COVID-19患者の蘇生に携わる人は感染リスクにさらされているわけですから、その人数は少ないに越したことはありません。

そこで Lucas や AutoPulse のような機械的胸郭圧迫装置(MCCD:mechanical chest compression device)の積極的な使用を考慮するように書かれています。

機械的胸骨圧迫装置LUCASルーカス

本当に蘇生を開始するのか? 続けるのか?

Consider the appropriateness of starting and continuing

ということで、蘇生の開始と継続の適切性を検討するようにと言われています。

ステートメントの中で言われているのは、

  • 蘇生活動によって他の患者へのケアが手薄となる
  • COVID-19患者の心停止の転帰はまだ不明であるが、重症のCOVID-19患者の死亡率は高く、年齢や基礎疾患、特に心血管疾患の増加に伴って死亡率は増加する

そこで、COVID-19患者の蘇生の適切性を判断する際には、患者の状態だけではなく、他の患者へのリソース配分も考えるようにと記されています。

その他

上記の新しいアルゴリズムを見ると、抗不整脈薬としてアミオダロン以外にリドカインが載っている点も、皆さんのお手元にあるACLSプロバイダーマニュアルG2015とは違っている部分です。

ただ、これは COVID-19 患者だから、というわけではなく、2018年のACLSガイドラインアップデートで変更された部分です。

G2015以降は、AHA と ILCOR は5年毎の改定をやめて、その都度の小改定を繰り返す方針に転換しました。(日本のJRCガイドラインは従来どおり5年毎の改定としています)

2018年のACLSガイドライン変更については、下記のブログ記事をご参照ください。

→ AHA ACLS/PALSガイドライン2018アップデート

その他、COVID-19対策としてのBLSアルゴリズムと市民向け Hands only CPR に関する変更点の解説は下記記事をご参照ください。

→ コロナ感染疑い成人患者へのBLS 変更点の解説

→ 傷病者の口と鼻を覆ってから胸骨圧迫する【コロナ対策のCPR】


コロナ感染疑い成人患者へのBLS 変更点の解説

2020年4月9日付で、アメリカ心臓協会の機関誌 Circulation に、Interim Guidance for Basic and Advanced Life Support in Adults, Children, and Neonates With Suspected or Confirmed COVID-19 というステートメントが掲載されました。

コロナウイルス感染症(COVID-19)患者や、その疑いがある人への心肺蘇生法をどうしたらいいのか、という点で、新しい心停止対応アルゴリズムが公開されています。

 
今回は医療従事者向けの成人BLSアルゴリズムの変更点を解説します。(ACLSについては後日取り上げます

一般市民のバイスタンダー対応については、昨晩アップした 「傷病者の口と鼻を覆ってから胸骨圧迫する【コロナ対策のCPR】 」 をご覧ください。

コロナウイルス感染疑い患者への【成人BLS】の変更点

ご存知のAHA-BLSアルゴリズムに、下記のように変更が加えられています。

新型コロナウイルス感染症疑い患者へのBLSの変更

太字で下線がついた部分が変更された箇所です。

日本語はBLS横浜の独自翻訳です。AHA公式のものではありませんが、AHA公式日本語版がでるまでは、高解像度で印刷可能なPDFファイルもダウンロードできるようにしておきます。

1.PPE装着と人員制限

傷病者に取り付く前の安全確認。ここに感染防護具PPE装着も含まれています。今までアルゴリズムとしては記載がなかったところがはっきり明記されるようになりました。(ファーストエイドを学ばれた方にとっては常識だったかもしれません)

業務中のプロであれば備えがありますよね?

少なくとも手袋は必須。昨今であれば業務中はマスクはしているでしょうからいいとして、もうひとつほしいのはアイシールド。目の粘膜からもウイルスは体内に侵入します。

特に人工呼吸担当者は吐息を浴びる可能性が否定できず、目からの飛沫感染リスクが高くなります。

目を保護できないうちは、この点に留意。

BLSアルゴリズムでは明記はされていませんが、市民向けの Hands only CPR のフライヤーによると、胸骨圧迫開始前に傷病者の口と鼻を覆うようにマスクを装着させるか、布でカバーしておくように書かれています。

 

また人員制限というのは、蘇生に関わる人数を減らして、病院組織としてのリスクヘッジをしようという話です。

BLSアルゴリズムには記載されていませんが、ACLS領域の変更点では、機械式の胸骨圧迫装置(LUCAS や AutoPulse 等)の使用が推奨されているのも、蘇生に関わる人を減らして交差感染リスクを少なくするための配慮です。

新型コロナウイルス感染症患者との接触者人数を減らすために機械式胸郭圧迫装置の使用が推奨

2.人工呼吸はバッグバルブマスクで

今まではBLSプロバイダーはその職域に応じて、ポケットマスクやフェイスシールドなどの呼気吹き込み式の人工呼吸も許容されていましたが、新型コロナウィルス感染対策としては、バッグマスク使用に1本化されました。

一方向弁がついたポケットマスクも推奨されない、ということです。

新型コロナウイルス感染症患者にはポケットマスク人工呼吸は推奨されない

3.バッグマスクが使えない場合は受動換気による酸素化

バッグマスクがない、もしくはバッグマスク換気ができない場合は、成人傷病者には人工呼吸はしない、というのが基本方針。

しかし組織細胞の酸素化という救命の基本からしたら、ヘルスケアプロバイダーとしては人工呼吸をしないという選択肢はありえないわけで、苦肉の策としては受動換気による酸素化が浮上してきました。

これは気管挿管を前提で米国アリゾナ州の救急隊員向けプロトコルとしては昔から知られていたやり方ですが、胸骨圧迫による肺の圧縮・拡張効果で受動的に空気の出入りするのに期待しようというもの。

具体的にいうと、非再呼吸式の酸素マスク(リザーバーマスク等)で酸素を流しながら、胸骨圧迫のみを続けるということになります。

アルゴリズムの上では記載はありませんが、舌根沈下等で気道閉塞が起きていたら意味がありませんので、経鼻/経口エアウェイを挿入した上で実施すべきかもしれません。

なお、このやり方は成人BLSのみの適応です。今日は解説しませんが、小児・乳児のBLSでは、受動酸素化は推奨されておらず、バッグマスクによる陽圧換気が必要とされています。

これらは暫定ガイダンス

詳しくは冒頭にリンクした Curcuration 誌の本文をご覧ください。英文ですが、それほど長くはありませんし、無料PDFで全文読めます。

タイトルのとおり、この内容は Interim Guidance であり、この先、さらに変更・改善されていくかもしれません。

情報が刻々と刷新されていく新型コロナ関連ニュース、ぜひ最新情報を追いかけるようにしてください。


傷病者の口と鼻を覆ってから胸骨圧迫する【コロナ対策のCPR】

世界の救命シーンをリードしてきたアメリカ心臓協会 AHA が、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)対策として数々の情報を提供してくれていますが、まずは、一般市民向けの Hands only CPR に関して紹介します。

感染経路を知って正しく畏れる

新型コロナウイルス感染拡大が深刻化している昨今、駅で人が倒れても手出しをしないほうがいい、という意見も散見するようになりました。

もともと救護活動は心的外傷の問題も含めてリスクがある行為ですから、備えのない一般人が無理する必要はなく、119番通報するだけでも立派なことです。

ただ、それが突発的な心停止であれば、その場で胸骨圧迫を開始するかどうかで生存確率が雲泥の差となるため、漠然とした不安ゆえの不着手判断ではなく、リスクヘッジをした上での行動ができる人が増えることが社会的な理想です。

AHAはシンプルに下記のような、COVID-19感染対策を含めたバイスタンダーCPRのフライヤー(PDF:英語)を発表しました。

新型コロナウイルス感染症COVID-19疑いの人への心肺蘇生法

(もともとは英語文書で、日本語はBLS横浜独自のものです。AHA公式日本語版ではない点、ご注意ください)

Hands only CPRですから、もともと人工呼吸はしないものではありましたが、ポイントは傷病者の口と鼻をマスクや布なのでカバーした上で胸骨圧迫を始める点。

これは不用意に触れないようにという接触感染を意識したものではなく、胸骨圧迫時に肺から押し出された呼気によってエアロゾルが発生することに備えるためのものです。

胸骨圧迫だけで飛沫が拡散する可能性がある

このあと、別項でとりあげますが、医療従事者等のヘルスケアプロバイダー向けのBLSアルゴリズムのコロナ対策改変では、バッグマスク人工呼吸が行えなければ、傷病者に酸素マスクをつけた上で胸骨圧迫を続けるように勧告されています。

これは胸骨圧迫によって肺が圧迫されるごとに受動的に空気が出入りすることが多少なりとも期待されているからです。(これが陽圧式の人工呼吸に変わるものとして有効であるとの確定はしていません)

つまり、胸骨圧迫するだけでも口・鼻から呼気が漏れ出て、飛沫となったウイルスが拡散する可能性があるということ。

ゆえに胸を押し始める前に、傷病者の口と鼻をカバーしてください、ということなのです。

救助者自身がマスクをすることは、今の時期、あたりまえとして、倒れている傷病者側にもマスクをさせるというのは、なかなか気づかない点かもしれませんね。

感染対策を意識した救助活動の例

この時期、救助者自身はマスクをつけていることが多いでしょうから、やるべきことはハンカチを折りたたんで倒れている傷病者の口と鼻の上に乗せること。(顔全体は覆わないようにしてくださいね。)

胸骨圧迫を始める前に傷病者の口と鼻をハンカチでカバーする:新型コロナウイルス感染対策の心肺蘇生法BLS/CPR

AHAは特に言及はしていませんが、胸骨圧迫は服の上からがいいと思います。手の位置の正確性はあまり細かいことは気にせず、だいたい胸の真ん中あたりに手の付け根を当てます。

AEDが到着したら胸部の素肌を露出させる必要がありますが、そのときもなるべく素肌に触れないように、まずはAEDケースの中に感染防護手袋が入っていないかを確認して、手袋装着を優先します。

傷病者の命よりも自分の身の安全の方が優先です。急ぎたい気持ちがあっても安全第一。

無理のない範囲で、できる限りのことをしていきましょう。(無理と感じる場合はせめて119番通報だけでも…)

 
 
なお、医療従事者が施設内で対応する場合のBLSアルゴリズムの変更点については、「コロナ感染疑い成人患者へのBLS 変更点の解説」をご覧ください。


救命講習を受けても「できる」ようにはならない その理由

学校教職員に救命処置トレーニングの話をすると、「毎年救命講習を受けているので大丈夫です」と自信満々に言われることがあります。

救命講習を受ければ、心肺蘇生ができるようになるのか?

残念ながら、答えは否です。

これは教材設計の観点で説明ができます。

BLS・救命講習の場面:AED装着のためにマネキンの服を切る

救命講習のゴール設定は?

研修プログラムを企画するときには、まずゴールを設定します。

そのゴールに到達するように中身を組み立てていくわけです。

そしてそのゴールに到達したかを評価・判定する試験を実施し、必要ならゴールに達するまで練習を追加したり矯正を行います。

さて、世の中の一般的な心肺蘇生法研修のゴールはどこに設定されているでしょうか?

実際の講習風景を思い出してもらえばわかると思いますが、
 
「床に仰向けに置かれたマネキン相手に、決められた手順で所作をこなせること」
 
です。

最近は実技試験は実施しない研修が増えています。仮に試験を行ったとしても、そこで指導員が確認できたことは、

 

反応なし・呼吸なしであることがわかっている人形に対して、肩をたたき呼びかけて、5−10秒間胸を見たあと、胸骨を押して、呼気を吹き込んだ。

その結果、マネキンの胸部が5cm沈んで、呼気吹き込みにより胸が上がった。

 

ということに過ぎません。

このことをもって、「心肺蘇生法ができる」ようになった、と言っていいのでしょうか?

同じことを、生きているか死んでいるかわからない人間相手に現場でできるかのでしょうか?

講習会場と現場のギャップを埋める

研修でできることと、現場で実際にできることは違う。

そんなことを言ったら身も蓋もないと言われるかもしれません。

指導に当たる人はそんなことはわかった上で教えているのかも知れませんが、当の受講者はどう感じているでしょうか?

 

「救命講習を受けているから大丈夫です!」

冒頭のような学校の先生とのやり取りを考えると、決して看過はできません。

研修目標の段階・階層

教育工学の世界では、研修プログラムの目標設定とその評価方法は4段階にわけられると言われています。

カークパトリックの4段階評価モデル

研修の良し悪しの判断を受講者の満足度(つまり主観)で判断するのがレベル1。この場合、その研修が効果があったのかどうかはわかりません。

受講者がゴールに達成したかどうかを筆記試験や実技試験できちんと図りましょうというのが、レベル2。

次のレベル3というのが実践として「現場で出来る」ことまで保証しましょうという段階です。

どんな救命講習も、このレベル3を目指しているはずなのですが、その教育内容を見る限りはレベル2止まりであるという点を自覚する必要があります。

このレベル2とレベル3のギャップは大きく、歴然とした溝として深く横たわっているのです。

このギャップをどう埋めるか?

ときどき報道で目にする「研修を受けていたけど出来なかった」というニュースを見ると、講習の限界とか、仕方ない、で諦めるのではなく真剣に考えなくてはいけないところではないでしょうか。

 

安全な講習会場 VS. 状況が予測できない実際の現場


必ず心停止しているマネキン VS. 状態がわからない生身の人間

 

講習と現場は違うわけですから、いくら講習でできるようになっても、それだけでは決定的に足りないものがあるのです。

通常の心肺蘇生講習に足りないもの ー事故報告書の提言

そこで何が必要かというと、例えば、2018年に「給食中倒れ生徒死亡、元校長ら書類送検 業過致死の疑い」という報道がありました。

 

給食中倒れ生徒死亡、元校長ら書類送検 業過致死の疑い:朝日新聞記事

 

床に倒れて頭から血を流していた意識不明の生徒に対して、駆けつけた養護教諭らが的確な応急措置をせずに死亡させた、という事故です。

給食中に喉にものを詰まらせて意識を失って倒れて、その際に頭部から出血したという経緯だったのですが、後から到着した養護教諭は出血に気を取られて、意識がなかったのに応急処置の基本である呼吸確認をしませんでした。そこで窒息に気づかず助けることができなかったというケースです。

大分県教育委員会:南石垣支援学校事故報告書

本ケースからは、学べる点が多々あるので、ぜひ大分県教育委員会が出している 大分県立南石垣支援学校における事故調査報告書(令和元年7月)をご覧頂きたいのですが、今回特に取り上げたいのは【7 提言 [PDFファイル/3.02MB]】の p.77 にある下記の記載です。

 

事故を教訓として、今後なすべきこと

(中略)
これまでは傷病者が仰向けの体勢であることを前提として研修を実施しているが、うつ伏せに倒れている場合、出血をしていた場合など、傷病者の様々な体勢にに対応できるような内容も必要である。

 

つまり、「理想的な条件下で規定の所作を繰り返す練習」だけでは、現場対応するには不十分である、と指摘されているのです。

また、この記述の前には、119番通報が現場からではなく事務所経由で行われたため、消防側でも状況把握ができずに、的確な口頭指導ができなかったことも問題視されています。

119番は救命の連鎖の中でももっとも効果が高いと言われている部分です。一般的な救命講習では、「あなた119番!」の一言で終わってしまうところも、現実の対応を考えたらトレーニング内容も見直さなければいけない部分です。

さらには、学校などの救急対応はたった一人で行うことはありません。いかに他の職員や消防などと連携するか、役割分担を明確にし、判断するリーダーの存在があり、意思決定と共同を前提に行動するトレーニングが必要で、これこそが現場で動けないことの大きな要因となります。

一般的な心肺蘇生法研修は基本は1人法BLSしか扱いません。強いて言えば、AEDを持ってきてくれる人、ということで二人法までは扱いますが、それ以上の連携こそがもっとも難しく、訓練が必要な部分と言えます。

心肺蘇生法トレーニングは、避難訓練と同じです。

現場を想定し、実際の動きをシミュレートしなければ、実践では使えないのはあたりまえの話というのは、すこし考えてみればわかるはずです。

パニックに対応するトレーニング

蘇生ガイドライン2010の時代に指摘されていた点ですが、救命処置に関してうまく対応できなかった要因として最大のものが「パニックになった」というものでした。

そこで当時のガイドラインでは、パニックに対応するためのトレーニングを追加することが必要であるという提言がされていました。

これはシミュレーションの中で、それまでの練習とは違うシチュエーションを少しでも盛り込めば簡単にトレーニングできます。
 

  • マネキンがたくさん服を着せておく
  • AEDが「ショックは不要です」という
  • 人工呼吸の空気が入らない(マネキンに細工をしておく)
  • AEDの解析のタイミングで第三救助者を投入して音声に集中できない状況を作る、など

 
傷病者発見から胸骨圧迫開始判断までを、マネキンではなく人間の演技でやってみるだけでも、ずいぶん違います。

うつ伏せである、意識はないけど呼吸はしている、など。

非医療者にそこまで求めるのは酷じゃないか、という意見

こういう提言をすると、「そこまで一般市民に求めるのは酷だ、非現実的だ」という指摘をよくいただきます。こういった声は医療の専門家である医師や救急救命士などからも聞かれます。

しかし、研修というものは、できないことをできるようにするためにあるものであることを忘れてはいけません。

現場で実践できるようになるために研修を行うわけです。現場ありきであり、マネキン相手に決められた動作をすることが目的ではありません。

研修はゴールから逆算して設計していきます。

おそらく現状の形骸化した心肺蘇生法講習を基準に考えるから、難易度が高すぎるという見方になると思うのですが、そもそも現在の救命講習の設計自体が適切だったのか、ということに立ち返って考えてみる必要があるでしょう。

これは、現状の講習を否定するものではありません。

テニスや剣道のトレーニングと同じで、最初は素振りも必要でしょう。しかし素振りだけで試合に出られるわけではありません。いくつかのステップを経て、対戦練習、そして試合へと大成されていくわけです。

現状の救命講習は、おそらく素振り+α程度の位置づけになっています。

その先のトレーニングが必要ということです。

基礎中の基礎だけで終わっていいのですか? その先、現場実践までのギャップはどこでどう埋めたら良いのですか?

そのサジェスチョンを持って終わらないと、冒頭のような「救命講習を毎年受けているから大丈夫です」という危険な勘違いを生んでしまいます。

ここは救命法指導員の責任でしょう。

現場でできるようになるために必要なもの、それは学校事故の検証報告書や教育工学を紐解けば、見えてきます。

ここを正しく理解し、受講者に勘違いさせないような教育スタンスを持ちたいものです。


救命講習|マネキンの洗浄・消毒法

新型コロナウィルスの関係で、日本の救命講習の多くが開催見合わせとなっているようですね。

1体のマネキンに対して、複数人が呼気吹き込み練習を行う心肺蘇生法トレーニング。ふつうに考えてリスクが高いといえると思います。

だからこそ、救命講習の指導員や指導母体は日頃から感染対策には敏感であったはずです。

コロナウィルスに限らず、冬場はインフルエンザにノロウィルスなど、感染症は毎年の問題であり、日頃から適切に対応していれば、新型コロナウィルだからと言って慌てることはないはず。

指導員の皆さんは、インストラクターコースでマネキンの肺の交換やフェイスの洗浄消毒法など教わっていると思いますが、この度、BLSマネキン製造メーカーとして有名なレールダル社が、ホームページのトップからマネキンメンテナンス法ページへのリンクを貼って、改めて衛生管理についてアナウンスをしてくれています。

ぜひ、下記をご覧いただきたいのですが、この正しい洗浄法の「なぜ?」をいくつか解説したいと思います。

レールダル社ホームページ
https://www.laerdal.com/jp/support/helpdesk-web/hygiene-and-cleaning-procedures-for-cpr-manikins/

マネキンフェイスは洗剤で洗ってから消毒する

病院内のAHAトレーニングサイトでも、たまに間違った洗い方をしているケースが散見されますが、マネキンフェイスやレンタル・ポケットマスクをいきなり次亜塩素酸ナトリウムのバケツに漬けるのはNGです。

これらは脂汚れが付着していると考えてください。手の脂や唾液、唇からの汚れ付着など。

これらの汚れを落とすのに界面活性剤、つまり洗剤による洗浄が必要です。

汚れを落とさないまま消毒液に漬けると、消毒剤は蛋白成分を固める働きがありますから、汚れがこびりついて落ちなくなります。しかもその汚れの内側には菌がいっぱい。

なので、消毒の前には温水と洗剤による洗浄が必要なのです。なぜお湯かという点は、冬場の食器洗いを考えてもらえばわかりますよね?

マネキンの顔の洗浄・消毒

マネキンのボディも洗剤で拭く

講習中はマネキンの胸部をウェットティッシュで拭くことが多いと思いますが、これも使用後のきちんとした洗浄としては洗剤を使うべきです。

ウェットティッシュの多くはアルコールが含まれています。汗や手の脂がついたマネキン胸部をアルコールで処理すると、、、、もうわかりますよね? 汚れがこびりつきます。

使い込んだマネキンの胸部は黒ずんでいることが多いですが、これはアルコール清拭だけで洗剤を使わないと起きやすいです。

この機会に講習の衛生管理の再考を

救命講習を介して病気がうつったという事態は避けたいものです。だからこそ、いわゆる救命法指導員養成の中にはマネキンメンテナンスが重要事項として扱われているわけです。

救命講習に関しては、マネキンメンテナンスだけではなく、受講者の行動まで完璧にコントロールすることは不可能で、感染リスクをゼロにすることはできませんが、闇雲に恐れる必要もないかと思います。

救命講習の開催見合わせをした場合、その再開時期の見極めはなかなか難しい気がします。

日頃、マネキンメンテナスにあまり注意していなかったところでも、これを機にマネキン整備と衛生対策を再考して再開の日に備えてはどうでしょうか?

AHA講習ではフェイスシールドの使用が禁止に

参考まで、世界の救命講習のフラグシップ団体であるアメリカ心臓協会が先日リリースした指針では、受講者毎にマネキンフェイスを交換する方法を推奨しており、フェイスシールドや直接の口対口人工呼吸は禁止となりました。

人工呼吸練習を行う場合は、ポケットマスクかバッグマスクのみが推奨されています。