BLSやACLSなど、救命法指導のための技法として、フィードバックとデブリーフィングという手法がよく知られています。
どちらも、受講者の行動を修正するという点では同じですが、中身を考えると、まったく違うロジックで成り立っています。
人が考え、行動し、結果を出すプロセス
まず、人の行動【Action:アクション】に着目した場合、なぜそのように行動するに至ったかという考え方【Frame:フレーム】があります。このフレームつまり考え方の枠組みはその人個人の頭の中にあるものですから、他の人からは見えません。
そして、アクションによって 【Results:結果】 が目に見える形で現れます。
例えば胸骨圧迫で考えてみましょう。
胸を押すという【アクション】によって「胸郭が少なくとも5cm沈み、それが1分間に100~120回のテンポで繰り返され、その都度、胸壁が完全にもとの高さまで戻る」という【結果】が得られる、ということです。
私たちは、インストラクターとして指導するときは、胸の沈み具合、戻り具合、テンポといった【結果】を見て、それで受講者の【アクション】の良し悪しを判断していると言えます。
フィードバック技法
このとき、結果として「圧迫が浅い」ことを観察した場合、インストラクターはどうするでしょうか?
受講者のアクションに対して「もっと強く」と指示をします。そして、適切な強さになったら、「OK、その力をキープして」と現状維持の指示を送ります。
こうして、【結果】を見ながら、その原因となっている【アクション】に対して直接働きかけ、調整していくわけですね。
これが、フィードバックです。なぜうまくできなかったか、など理由はどうでもよく、とにかく結果を伴うようなアクションに変われば良いという考え方。
きわめてシンプルです。言い方を変えると、ある意味、短絡的な、即物的な指導法ともいえます。
デブリーフィング技法
それに対して、デブリーフィングという指導技法では、【アクション】ではなく、【フレーム】に働きかけます。行動を決定する思考過程を問題とするのです。
具体的にはどうするかというと、例えば、胸骨圧迫が浅いという【結果】を観察したなら、受講者に問いかけます。
「圧迫の深さはどれくらいでしたっけ?」
「今、5cm押せていると思いますか? そう、浅いですね。」
「それじゃ、どうしますか?」
など。まず「胸の沈みが浅い」という問題点に気づかせるような働きかけをします。そのためには、正しい知識を持っている必要があり、それと目の前で沈むマネキンの胸郭の動きを比較して、「浅い」という認識を保つ必要があります。
ついで、浅いという問題を解決するにはどうしたらいいかを考えてもらいます。浅い、だからもっと強く押せばいいんだ、というのが解決です。
受講者の頭の中にある知識を探り、受講者は動作をしながら何を観察していたか、そしてその情報をどう処理して、今の動作につながっているのか? そんな自分の行動のプロセスを手繰っていく作業がデブリーフィングです。
その結果、受講者は自分の持っている知識と行動のつながりについて内省し、自ら考え、行動を正していくのです。
これは、【結果】に対して、頭の中の情報処理の仕方、つまり【フレーム】に働きかけていると言えるのです。
フィードバック vs デブリーフィング
さて、胸骨圧迫の深さを修正するためには、フィードバックでもデブリーフィングでも、どちらでも目的は達成できることはわかりました。
しかし、胸骨圧迫の指導には、どちらが適しているのでしょうか?
おそらくそれは、フィードバックです。
場面を想像してみてください。フィードバックなら、「もっと強く!」と一声かければ、練習している最中に手を停めさせることなく、あっという間に修正できます。
それに対して対話で進めるデブリーフィングでは、正直、上記を読んでいて、めんどくさいなと感じませんでしたか? そうなんです。受講者の動作は止まってしまいますし、もうちょっと深く押せばいいという単純なのことを、いくつもステップも経て回りくどく教えるのは、時間の無駄、かもしれません。
つまり、単純な運動スキルで構成されるテクニカル・スキルについては、フィードバック技法のほうが効率がよく実用的と言えるでしょう。
デブリーフィングが適する場面
しかし、もっと複雑な動作を伴う一連の流れや、状況判断によって対応が違ってくるような行動については、フィードバックは不適切です。
例えば、BLSの中の呼吸確認。
この場合、インストラクターから見える受講者のアクションは「5秒以上10秒以内という時間枠の中で、マネキンの胸を見ている」という動作です。そしてその結果として、胸骨圧迫を開始すれば、呼吸確認をちゃんとしていた解釈します。
しかし、受講者が本当に呼吸の有無をチェックしていたかどうかは、その動作だけではわかりません。インストラクターに言われるがままに、操り人形のように約10秒間マネキンの胸元に顔を向けて、その10秒後に胸を押すという動作に移っただけ、かもしれないからです。(これを「文脈理解による行動」ともいいます。後日、これをテーマに書きたいと思います)
この行動だけでは、「胸の動きがなかったから、呼吸なしと解釈して、胸骨圧迫が必要性だと判断してCPRを始める」という受講者の思考(フレーム)は読み取れません。
BLS講習の中で、呼吸確認が短すぎる受講者は多いですが、それを「少なくとも5秒は胸を見て!」とフィードバックで返して反復練習させても、呼吸確認というスキルの本質的なものごとはなにも伝えられていない、というのはおわかりいただけると思います。【アクション】にしか働きかけていないからです。
このような場合は、デブリーフィングの技法で、思考回路つまり【フレーム】に働きかける指導が望ましいというのはご理解いただけるでしょうか?
胸を10秒見るという行動よりも、
「生きている人間は呼吸をしているはずだ。胸の動きを見れば、それがわかる。でも呼吸は正常でも4-5秒に1回なのだから、5秒から10秒は見なくて判断できない。さて、いま9秒胸を見たけど、明らかな呼吸運動はなかった。つまり、この人は呼吸をしていない。さっき反応がないことは確認した。反応なし+呼吸なし、だから、胸骨圧迫を始めるんだ」
という頭の中のフレームを作り上げることが、この場合の学習目標なのです。
そして、そのフレームに基づいたアクションができること。
デブリーフィングとフィードバックの使い分け
胸骨圧迫と呼吸確認というのは、ひとつの例ですが、このようにBLS講習の中でも、動作に分けて、その特性に合わせて指導方法を変えていく必要があります。
単純化して言うなら、シンプルな運動スキルはフィードバック。そしてそれらを組み合わせる複合的な動作や、認知スキルや態度スキルに関しては、デブリーフィング、というのがざっくりとした使い分けです。
それとあとは講習時間内での配分でしょうか。
フィードバックに比べてデブリーフィングは時間がかかるため、講習時間内にすべてを収めるためには、本来はデブリーフィングで進めるべき指導を、やむをえずフィードバックに置き換えざるを得ない場合もあるかしれません。
救命法の指導員/インストラクターとして目指すところは、規定の講習をこなす、ことではなく、受講者ができるようになることです。ここに異論はないはず。
で、あれば、受講者の行動、さらには、実行性という現実的なアウトカムに向けて、講習自体や指導法を見直し、チューンナップしていきたいものです。