ピンボケ? 子どものプール溺水事故検証報告書の不自然さ

2024年1月10日付で、放課後児童クラブ管理下で起きた子どもの溺水事故の検証報告書が公開されました。

長浜市民間放課後児童クラブの屋外活動におけるプール事故検証報告書

長浜市民間放課後児童クラブの屋外活動におけるプール事故検証報告書
https://www.city.nagahama.lg.jp/0000013413.html

事故から学べるポイントはいくつもありますが、BLS横浜として気になるのが、救命処置の実際とそれに関する提言。

そこで気づいたのが、水難事故にも関わらず、焦点化されているのはAEDの設置場所についてだけで、溺水救助には欠かせない 人工呼吸 に関する調査結果や、言及、提言がほとんどない、という点でした。

そのため、検証結果としての提言もピンボケ感が否めません。

この点を解説します。

提言内容

まずは結論とも言える提言の抜粋から。

(2)事故発生直後の初動体制

【問題点・課題】
A支援員が心肺蘇生を行い、B支援員に救急車とAEDの手配を指示しているが、B支援員はAEDの場所を把握しておらず、AEDの到着までに時間がかかっている。

本児を引き上げた後、まず水を吐かせるなど適切な対応を行っていたのか、また、AEDの使用や心肺蘇生が適切に行われていたのか、疑念が残る。(p.43)

【提言】
・ 心停止を伴う事故発生時の初動対応は時間との戦いであることから、早急に対応するためにも、AEDの設置場所は屋外活動に同行するすべての支援員などが把握しておくべきであり、活動場所の下見の時などに必ず確認すべきである。

・ 事故対応の研修として、AEDの使用や心肺蘇生の訓練については、毎年実施し、かつ、訓練には消防署などの専門機関にも協力を仰ぎ、関係者全員が受講すべきである。(p.43)

全体としては救命処置の質が問われているとは言えると思いますが、その中身を書き出してみると、

・水を吐かせたか?
・AEDの使用
・心肺蘇生

の3つです。

この中でも言及が多いのがAEDの使用に関するもので、特にAED到着の遅さを問題にしているのは見て取れます。

しかし、プールでの死亡事故ということであれば、一般論として呼吸原性心停止(低酸素)を想定します。

溺水の事後検証となれば、人工呼吸の実施有無とその有効性が問題になるところですが、報告書内で人工呼吸に関する記述はまったくありません。

心肺蘇生法と書かれている中に人工呼吸が含まれていたかどうかすら読み取れないのです。

また「AEDの使用や心肺蘇生が適切に行われていたのか、疑念が残る」というのであれば、その適切性とはなんなのか、という点で、人工呼吸の必要性とどのような訓練が必要かという点も知りたいところですが、その記載はありません。

時間経緯と救命処置の実際

報告書の中から、救命処置の実際を描いている部分を抜粋します。

13時00分頃~
・本児がプールで動かない状態で浮いているのを他の児童が発見し、周囲に伝えた。
・A支援員が本児をプールサイドに引き上げ状態を確認したところ、意識不明であったため、心肺蘇生をした。
・B支援員は、A支援員の指示により電話で救急要請をした(13 時 18 分)後、AEDを事務所に取りに行った。
・B支援員はAEDの設置場所を把握しておらず、A支援員のみが把握していた。
・C支援員はプールから上がり、プールサイドにてA支援員の心肺蘇生の補助をした。(p.10)

13時23分
・B支援員が、Aプールの職員と一緒にAEDを持ってプー ルに戻り、AEDの電源を入れた。
・心電図解析を行ったところ、「電気ショックは不要です」 と音声案内があった。無脈性電気活動の状態であった。
・引き続き、A支援員とAプールの職員が心肺蘇生を行った。

13時28分
・救急隊と消防隊(ドクターヘリ支援隊)がAプールに到着 し、本児の状態を観察した結果、心肺停止状態であった。
・本児は、到着した救急隊に引き継がれ、救急資器材による人工呼吸及び胸骨圧迫心臓マッサージが行われた。

水から引き上げた13:00の時点で心肺蘇生法を開始したと書かれていますが、人工呼吸も含めたフルサイズの蘇生法が開始されたのか、が重要です。

おそらく胸骨圧迫を始めた、ということなのでしょう。人工呼吸はしていないのだろうと考えます。

それは、13:28に救急隊が到着してから「救急資器材による人工呼吸」を始めたと書かれており、ここで初めて人工呼吸という言葉がでてくるからです。

溺水からの救命では欠かせない人工呼吸の実施に関する記載がない

今回の検証委員の委員長は、大学医学部教授で法医病理学者です。

またNPO法人日本プール安全管理振興協会理事長という水難事故の専門家と思われる人物が入っている中で、溺水なら外せない人工呼吸という基本救命処置に関する言及が一切ないのが不自然に思えてなりません。

報告書の中でも、人工呼吸の実施と有効性が焦点化されるべきところが、事実関係の中でも「心肺蘇生法」という言葉でまとめられてしまって、人工呼吸の実施有無が読み取れない書き方。検討委員会の基本姿勢に疑問を感じざるを得ません。

AED適正配置ガイドラインを引き合いに出すのは妥当か?

行政やプール事業者における対応の問題点・課題として下記のように指摘していますが、今回の心停止は、心室細動ではなく、無脈性電気活動(PEA)であったことがわかっています。(言及はありませんが、事後のAED波形解析からでしょうか、、、)

4.行政やプール事業者における対応
【問題点・課題】
(3)プール事業者
AEDの設置場所は、心停止から5分以内に電気ショックが可能な配置が望まし いと「AEDの適正配置に関するガイドライン(平成 30 年 12 月 25 日(一社)日 本救急医療財団)」に記載されているが、Aプールでは片道徒歩2分程度の場所に 設置されていた。また、利用者に緊急時の連絡先を伝えていなかった。(p.45)

AEDが本領を発揮する心原性ではなく、溺水関連の呼吸原性心停止であることがわかっている中で、心原性心停止を前提としたガイドラインを持ってくることは、まとはずれに思えます。

水泳が心負荷が大きいスポーツであり、心室細動の可能性が否定できないものである点は承知しています。

プールサイドにAEDを持ってきているべきだったという指摘はまったく同意します。

しかし、それでそこで止まってしまっては一般論止まりで、今回の事故の検証にはなっていません。

仮に心臓突然死の原因である心室細動が起きていて、AED装着が遅れたのが問題であれば、心電図的には「ショック不要」となり、事後のデータ解析からは心静止であったはずです。

溺水でショック不要、PEAであったのなら、人工呼吸

しかし、今回は「無脈性電気活動」であったことが判明しています。

溺水後に胸骨圧迫開始し、その後にAEDを装着したときに「無脈性電気活動(PEA)」というタイプの心停止であったのであれば、溺水でもっとも想定される低酸素による徐脈性PEAが想起されます。

そうであれば、AEDではなく、人工呼吸が救命の分水嶺になるわけで、ここが検証の最大のポイントになるはずです。

であれば、提言として上がってくるのは、AEDの使用が遅れたことではなく、人工呼吸のトレーニングを受けていたか、人工呼吸の感染防護具の準備があったか、その使用が送れなかったか、有効な人工呼吸ができていたか、となるはずです。

まとめ

暴言を覚悟で言えば、「AEDを早く使えば助かる」、この提言はそういっているように見えます。

一般論としては否定しませんが、今回は溺水で、かつ心室細動ではなく、無脈性電気活動であることがわかっている事故の検証なのです。

呼吸原性心停止という、検討するべき点が事実関係の確認からして不十分で、必要な検討を飛ばして、AEDを急げ、というごくごくありきたりな結論に帰着し、救命処置に関しては、まったく価値がない内容で終わっている、そう感じました。

付記

提言では、「AEDの使用や心肺蘇生の訓練については、毎年実施し、かつ、訓練には消防署などの専門機関にも協力を仰ぎ、関係者全員が受講すべきである」としています。

これは、当事者が救命に関する研修を受けたのが2年前であり、当事者のひとりでもある応急手当普及員が講師を務めて開催されたものである、というところからのもののようです。(p.30)

応急手当普及員の教育カリキュラムを考えると、心原性心停止を想定したものですから、普及員自体が溺水の心停止を区別して理解していたかは疑問ですし、コロナの影響もあり、人工呼吸の練習もしていなかったであろうと想像できます。

それゆえに救命講習の質にも問題があったことが検討されたものと思われます。

ただ、その打開策を消防署に頼ることも、実的には大差がないようにも懸念します。

消防署が行う救命講習も、心臓突然死を想定したものであり、溺水などの呼吸原性心停止を想定した内容のものは展開していないのが現状だからです。

米国の蘇生ガイドラインでは、2020年から、溺水を一般的な心停止とは切り分け、人工呼吸を先に実施する手順に変更されました。

ヨーロッパの蘇生ガイドラインでは、以前から、溺水は別枠で指導しています。

AEDというトレードマークを旗印に、一般的な(心臓突然死を想定した)心肺蘇生法は、だいぶ認知されてきています。

そろそろ次のフェーズとして、溺水や小児心停止のような特異性が高い場合のやり方を適材適所で伝えていく必要を痛感します。

タイトルとURLをコピーしました