日本では市民のAED使用率が低い、というのは本当?

心肺蘇生法の普及活動している人はよく言います。

日本ではAEDの周知徹底が足りない。特にAEDの市民の使用率が低いのは問題だと。

つい最近もそんな論調の意見・記事がありました。

もしもの時のために知っておきたい「AED」|静岡新聞アットエス
AED(自動体外式除細動器)を見たり、触ったりしたことはありますか。学校や店舗、公共施設などに設置されており、設置数が増加する一方、実際には使用されていないこと…

記事の中では「AEDの使用率が低い印象」だとし、下記のデータを挙げています。

(AEDの設置台数はおよそ65万台なのに) 病院の外で心停止になった26,500人のうち、市民がAEDを使用したケースは4.1%と、1100人に満たない数だった。

この記事を見た一般読者はどう捉えるでしょうか?

街なかで起きた心停止のうち、AEDがあるにも関わらずAEDを装着されなかった人が96%もいた、という理解しないでしょうか?

記事によると、この4.1%という数字は総務省消防庁の2021年のデータということだったので出典を調べてみました。

そして見つかったのがこちらです。

報道資料 「令和4年版 救急・救助の現況」の公表
総務省消防庁 令和5年1月 18 日
https://www.soumu.go.jp/main_content/000856261.pdf

上記のPDFファイルの7ページにこんな記載があります。

こちらが「26,500人のうち1,100人に満たない4.1%」の論拠となる数字のようです。

AED使用率という言葉が意味することは? 装着率? 除細動実施率?

この1,096人というのは、AEDを装着された人の数なのでしょうか?

いいえ、違います。

「一般市民がAEDを使って除細動を実施した」人数と書かれています。つまり実際に電気ショックがされた人の数。

ここで重大な事実をお伝えしますが、心停止した人はかならず電気ショックが適応になるわけはありません。心停止の中でも「心室細動」と「無脈性心室頻拍」というタイプの心停止しか電気ショックはされません。

その他の心停止である「心静止」と「無脈性電気活動(PEA)」の場合、ショックは不要です、とアナウンスされて、電気ショックは実施されません。

つまり、この4.1%というのは、AEDを装着された人の割合を示すものではなく、ショックボタンが押された人だけの割合。AEDを装着された人の数、割合というのはもっと多いはずです。

ですから、この数字を使って、市民がAEDのことをよくわからないから使われないんだ、という話を展開するのは無理筋と言えます。

ショックが適応となる心停止の割合は高くない

医療関係者で二次救命処置(ACLS)を学んでいる方はご存知と思いますが、心停止のうち、除細動が適応となる割合については、病院の中では20%ほどではないかと言われています。

日本の救急隊員による処置データでは、心肺蘇生法が実施された件数が 121,160 件で、除細動が実施されたケースは 12,164 件とありました。単純計算で10%となります。

救急隊は心停止であれば全例で心電図モニターを付けるでしょうから、救急隊が遭遇する心停止の中で除細動が適応となる心停止の割合は10%ほどと見込めます。(令和2年消防白書 p.195より)

仮に心室細動などの電気ショックが適応の心停止であっても、発生から10分もすればショック不適応の心静止に移行しますから、市民と救急隊では時間軸が違うという点もあり、単純な比較はできませんが、AEDを装着したら、必ず電気ショックがされるわけではない、ということはご理解頂けると思います。

優良誤認を誘う誇大広告と言われないために

AEDという命を救う道具を世に広めたい! 周知徹底して使用率を上げたい!

その思いはBLS横浜も同じですが、「嘘も方便」はよくありません。

4.1%という数字は、日本国民のAED周知や意欲の低さを示す指標ではありません。救助者が接触時にAEDを装着し、心室細動もしくは無脈性心室頻拍と判定されて除細動が実施された割合、という客観的事実だけです。

それがAED装着の母数が少ないからなのか、心停止の中でも心静止or無脈性電気活動の割合が多いからなのか、などの中身に関しては「わからない」というのが真実です。

命に関わる情報発信の責任と自覚

心肺蘇生法やAEDに関しては、伝聞や聞きかじりで判断したり、根拠もなく強気な情報発信をする人が少なくない印象があります。

例えば、人工呼吸をしてもしなくても救命率は変わらないというデータがある、だから人工呼吸は不要、と強弁する救命法指導員は少なくありません。

確かにそのような学術論文があり、世界の蘇生ガイドラインに影響を与えたのは事実ですが、その根拠となったデータは「心停止現場を目撃された心原性院外心停止症例」であるということを理解しているのかというと、きわめてあやしいです。

すべての心停止に対して言える話ではなく、いわゆる心臓突然死で血液中に酸素が残っているであろうという条件下に限局されたデータです。

後日、同じ研究者から、小児蘇生においては人工呼吸をした方が予後が良いという趣旨の論文 が出されているのですが、そのことは知らないのでしょう。

情報ソースの確認と論文を読むリテラシー

医療系に限らず、理系の大学を出た方であれば、学術論文の読み方を教わる文献講読という単元があったと思いますが、そこでいうクリティーク Critique の視点が重要です。その研究の前提条件はなんなのか? 限界はどこにあるのか? を読み解く力。

救命法を広めたい、という思いから情報発信している人ですから、決して悪気があるわけではないと思うのですが、ひとえに不勉強なのは否めません。

AEDに関しては、学術的な問題とは別に、販売台数を上げたいという営利企業の営業戦略や資本投入が働くという側面も否定はできません。そうしたバイアスに影響されている可能性はないでしょうか?

これは資本主義社会の基本構造ですから、それ自体は悪いことではありませんが、救命の基本である胸骨圧迫を無視してAEDばかりがフォーカスされることに違和感を感じますし、AEDでショックが不要だった場合には欠かせない人工呼吸に関して誰も顧みない現状に教育としてのバランスの欠如を懸念します。

救命法普及に携わる方は、必然的に医学という学問に足を踏み入れることになるので、表層的な情報だけではなく、そのソースを確認してほしいと思いますし、そのためには論文の読み方、という点もリテラシーとして勉強してほしいところです。

救命法やAEDに関するデマの一定数は、医学論文を素人解釈している結果で生まれている部分がありそうです。

救命法指導員は、命に関わる情報を扱っているという点を自覚して、先輩の受け売りではなく、せめてガイドラインや指針はご自身の目で見て確認し、判断してほしいところです。

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