幼稚園や保育園、介護施設などで絶えないのが窒息事故。それも死亡や重度な後遺症が残ったケースの報道は珍しくありません。
特に去年は窒息解除法が大きなテーマとなった1年でした。
なにもしなかったわけではないのに敗訴
2023年3月に窒息事故に関する報道がありました。
幼稚園での気道異物による窒息事故対応に関して、幼稚園側に注意義務違反で550万円の賠償命令判決、というもの。
Yahooニュースのコメント欄や、SNS では、「保育士は背中を叩くなどの対応をしているのに厳しすぎる」「医者じゃないのだからムリ」というような論調が多く寄せられていました。
しかるべき対応をしたにも関わらず、注意義務違反となったこの判例。この報道を受けて、保育園や幼稚園からの依頼講習では、窒息対応を強化した内容を、という声が増えました。
喉にものが詰まったら背中を叩く、腹部を突き上げる、という点は、保育園職員であれば誰もが知っている常識。その訓練も昔からやっているはず。
にも関わらず、死亡事故や大きな後遺症を残す事故が絶えないのかと考えたときに、「異物が取れなかったら、次にどうするか?」の部分の足りていないのではないと思うに至りました。
今年1年の救命講習を振り返って、またお餅での死亡事故が絶えない年末年始のこの時期、窒息の救急対応について、いまいちど振り返ってみようと思います。
【復習】気道異物による窒息の解除法
市民向け救命講習でも教えられている窒息解除法は下記の通りで、ここ20年以上、おおきな変更点はなく、すでに古典的とも言える内容です。
冒頭の幼稚園での窒息事故でも「園の職員が背中をたたいたり」したということですから、初期対応はしていたものと思います。
問題はその次です。背中を叩いても回復しなかった後の行動が問題視されています。
判決は「男児の背中をたたいても異物が出てこなかった時点で、心臓マッサージなどの心肺蘇生法を実施する注意義務があった」と園側の過失を認めた。
つまり、窒息対応として、意識・反応がなくなった後の行動ができていなかったことが過失となっているのです。
背中を叩くとか腹部を突き上げる、とかの行動は「意識・反応がある」場合のやり方です。
問題はその次だったのです。気を失った後、どうするか?
ここはエピペン講習の問題点と同じかもしれません。やることをやったら助かる、そんな前提で楽観していなかったか、ということです。背中を叩けば取れる、というなんとなくの想定で終わってなかったですか?
実際のところ、窒息による死亡事故は珍しくなく、職員が対応したにもかかわらず残念な結果になっているものが多いです。
窒息解除で意識を失ったら心肺蘇生法をしてください。
反応がない場合の窒息解除法はこのように教わった方が多いと思います。
しかし、これは心肺蘇生法ではありません。窒息解除のための「胸部突き上げ法」です。
市民向けプロトコルで言えば、反応なし+呼吸なし、で心停止とみなして心肺蘇生を始めるという「お約束」からすれば、心肺蘇生法と言って齟齬はないのですが、この胸骨圧迫を心肺蘇生法の胸骨圧迫と捉えてしまうと、いくつかの弊害の可能性が出てきます。
1.胸骨圧迫を始めると痛がる、等の反応が見られる → 圧迫をやめてしまう
2.どうしていいかわからず、パニック → 思考・行動停止
窒息して意識を失った直後は、低酸素で脳が機能不全に陥っただけで、心臓はまだ動いています。つまり、医療従事者向けプロトコルで言えば、心停止ではなく、呼吸停止状態に該当します。
つまり生きている状態ですが、窒息解除のために胸骨圧迫(胸部突き上げ法)をするのだという理解がないと、救助行動が止まってしまう危険があります。
心停止に変わったから胸骨圧迫開始、と教えていませんか?
市民向けの心肺蘇生法開始のプロトコル(手順)では、「反応なし+呼吸なし」ですから、窒息で気を失った直後は、胸骨圧迫開始となるわけですが、これを心停止だから蘇生開始、という教え方をしてしまうと問題が生じる、という点はご理解いただけるでしょうか?
やることはほとんど同じであっても、意味がわかってないと危険! ということです。
窒息したら、背中を叩く、腹部突き上げを行うということは、学校関係者や保育園関係者などは昔から教わっていて知っていてあたりまえのことかもしれません。
しかしそれでも死亡事故が絶えないのは、窒息でモノが取れず、気を失ったあとの対応をきちんと教えていない、もしくは、それを心停止と誤解させてしまっているから、という可能性はないでしょうか?
今回の裁判で、反応がなくなったあとの動作を切り替えなかったことが過失ありと判断されたことからも、救命法の指導員はこのあたりの理屈をきちんと指導に含めていく必要があるでしょう。
気を失ったあとの方が、筋肉が弛緩して異物が取れやすくなるとも言われています。また、床に寝かせて胸骨圧迫をした方が、より強い力で胸腔内圧を上げることができます。
・痛がっても胸骨圧迫を続ける
・30回押したら口の中を覗く → 異物が見えた場合だけつまみ出す
・異物が取れなくても、隙間のチェックで息を吹き込む
ぜひやり方だけではなく、その行為の意味を伝えていってください。