救急の基本は、昔も今もA-B-Cです。なにも変わっていません。
2010年以降、C-A-B と言われることが多くなりましたが、これはあくまでも心肺蘇生法(BLS/CPR)の開始手順の話であって、救急の概念は A-B-C でなにも変わっていません。
BLS教育の良くないところは、表面的というか、末端の技術だけが語られて、その背後にある根拠や理屈が取り上げられないところにあります。それゆえに勘違いしている人が増えているのは問題です。
人が生きるしくみこそが A-B-C-D
A-B-C-D というのは、下図のとおりですが、順番に意味があることはおわかりでしょうか?
気道が開通しているからこそ入ってこれて、呼吸で体内に取り込まれて、血液に溶け込んだあとは血液循環によって、脳細胞に届くと意識が保たれるもの、、、そう、酸素の流れです。
人が生きるためには、組織細胞で「内呼吸」が行われ、エネルギーを作り出すことが基本となります。
栄養素は脂肪等で体内に保存ができますが、酸素は保存が効かない。だから常に呼吸を続けて、エネルギーを作り出すための燃焼に供しているわけです。
ですから、生命維持が急激に破綻するとしたら、それは組織細胞への酸素供給不足が主たる原因となります。
急変というと、すぐに「血圧は!」と言いたくなりますが、血圧とは酸素を組織細胞に届けるための機能ということを理解しておけば、呼吸が破綻(気道閉塞や呼吸停止)した状態なら血圧が保てていても安心できないという点はご理解いただけると思います。
呼吸で酸素を取り込んで、血液循環で酸素を細胞に届ける、という根源を考えれば、A-B-C-D という流れは普遍的なものであり、変わりようがないという点は納得いただけるでしょう。
これを C-A-B としてしまうと、脈が触れる、血圧が保ててるという点で、安心してしまい、その先のアプローチが見落とされてしまう可能性が高まります。
これは病院勤務の方では思い当たるフシがあるのではないでしょうか?
市民救助レベルでも、平成28年9月に起きた大分県での学校事故で、出血とパルスオキシメーターの数字に気を取られて、呼吸停止(実は窒息)を見落として「的確な応急措置をしなった疑い」ということで業務上過失致死で書類送検された事案がありました。
C-A-B が始まったのは2010年から BLS 手順の話
2010年以前は、BLS の世界でも、普通に A-B-C でした。
最近の方はご存知ないかも知れませんが、もともと心肺蘇生法といえば、人工呼吸をしてから、その後で人工呼吸でした。
この流れが変わったのが2010年の蘇生ガイドライン改定です。
社会的に問題になる心臓突然死。それを中心に考えれば、ためらいを誘発する人工呼吸ではなく、胸骨圧迫を先にしたほうが着手率が上がるのではないかということで、アメリカ心臓協会 AHA が中心となって、C-A-B という手順の改定を大々的に宣伝しました。
それから13年、いまではすっかり C-A-B が定着したという次第です。
10年経って C-A-B を見直した米国
今ではすっかり定着した C-A-B 手順ですが、これはあくまでも心原性心停止が前提となっています。
心臓突然死、すなわち突発性の心室細動による心停止であれば、突然ですから、血液中には酸素が残っています。だからこそ胸骨圧迫だけで救急車が来るまではどうにかなるかもしれない、という建てつけになっています。
2010年当初の考え方では、胸骨圧迫が先になっても、人工呼吸の開始が数十秒遅れるだけで、大きな影響はないと説明していましたが、その後、いろいろな勘違いや新型コロナ感染症の影響もあり、人工呼吸は「不要」とまで言われるようになってしまいました。
胸骨圧迫だけで人工呼吸はしなくてよい。
そうなってしまうと、発見時にすでに血中酸素が欠乏していると思われる溺水や呼吸障害に由来する呼吸原性心停止や、発見まで時間がかかった場合、子どもの場合などの救命率には悪い方向に大きく影響してしまいます。
特に顕著なのが溺水。
そこで米国ではヘルスケアプロバイダー向けの講習プログラムでは、溺水の救護は C-A-B ではなく、A-B-C に戻したという経緯があります。
A-B-C と C-A-B の使い分け
そもそも BLS は医療者のためというよりは、地球の住民であれば誰でもできて然るべき、という概念で作られているものですから、割合、確率的にいちばん大きな成人の心臓突然死にフォーカスされています。
救命の基本原理を大きくデフォルメして作ったのが C-A-B 手順です。
ですから、BLS のレベルを超えた ACLS の世界観では、昔も今も A-B-C で何ら変わっていません。
現在の ACLS で、A-B-C と C-A-B の使い分けは下記の図のように説明されています。
見た目で判断する迅速評価で心停止の可能性があれば、BLS手順に従ってC-A-Bで対応し、見た目の判断で明らかに生きていると分かれば、生命維持の酸素化がどこで傷害されているかを知るためにA-B-Cの順番で評価・対応をしていく、という流れです。
また BLS が確立しあとも、その質を上げるためには、A-B-C の順番に立ち返って評価・介入を繰り返していきます。
結語
最悪の事態とも言える心停止対応だけができればいい立場の方であれば、BLS の C-A-B だけで十分かもしれません。
しかし、緊急対応の多くが非心停止である医療従事者にとっては、C-A-B以前の生命維持の大原則であるA-B-Cの視点がないと危険です。
特に血圧や出血など、循環の問題に気を取られて、呼吸停止や呼吸障害を見落としてしまうリスクが大きいからです。
難しいことは抜きにして、血圧より呼吸の方が大事、ということは心に刻んでおいてほしいものです。