2017年6月16日(金)に開催された 第1回ウィルダネス・リスクマネジメント・カンファレンス に参加してきました。
初回開催の今年のテーマは「日本における野外救急法の現状と課題」。
主に北米で発展してきた Wilderness First Aid 講習プロバイダー(提供事業者)が日本にもいくつか入ってきていますが、野外救急法が一般の救急法と違うのは、救急車が来てくれる環境ではないという点。
そのため、通常だったらプロの救急隊員や医師に委ねるべき判断や医療処置(脱臼整復、アドレナリン注射、ジフェンヒドラミン投与、創洗浄、頚椎保護解除診断など)までも含むのがウィルダネス・ファーストエイドの特徴です。
そのため、北米の講習プログラムをそのまま日本国内で展開したときの危険性や法律に抵触する可能性がしばしば問題となってきました。
今回は、複数のウィルダネス・ファーストエイド講習展開事業者が集い、実現したカンファレンス。
野外教育の専門家、弁護士、医師による野外救急法をテーマにしたシンポジウムで、ウィルダネス・ファーストエイドの日本での法的な位置づけがはっきりすることを期待しての参加でした。
●新しいことはなかった
さて、参加させてもらっての感想ですが、「なにも新たな知見はなかった」、というのが結論です。- ファーストエイドは医師法に抵触しない
- しかし、ウィルダネス・ファーストエイドに含まれる医療行為の実施は傷害罪を問われる可能性がある
- アウトドアガイドなど業務で処置する人は、一般人に比べて結果責任を問われる可能性が高い
従前から知られていたとおりのことが再確認されただけでした。
当初、弁護士の話として、ファーストエイドの実施は医師法違反にならない、という点が強調されており、ウィルダネス・ファーストエイドの実施にはなんら法的問題はないという論調が形成されました。
しかし、その後の質疑応答の中で、「ウィルダネス・ファーストエイドに含まれる、本来は医師しか行えない医療行為を無免許者が行えば傷害罪になるのではないか?」というフロアからの意見に対しては、個別のケースは事後に検証しなければわからないが、傷害罪をとなる可能性はあるというのが弁護士からの回答でした。
つまり、医師法違反にはならないが、刑法(傷害罪)に抵触することは否定できないという結論です。
●医師法違反にならないが傷害罪にはなりうる
この部分のシンポジウムの進め方には、少し危険な部分を感じました。医師法違反にはならないが傷害罪になる。
それを持って、大丈夫、法的に問題ないという論旨展開していたことになります。
質疑応答で刑法のことが質問されなければ、これで終わっていたと考えると恐ろしさを感じます。
そもそも、弁護士が真っ先に言及した「ファーストエイドは医師違反にならない」という言葉の中の「ファーストエイド」の中身が定義されていなかったのも問題でしょう。
これを日本赤十字社や総務省消防庁がいうところの救急法とするのであれば、なんの違和感も感じない文脈です。
しかし、今回は、町中であれば、医師以外がやってはいけないと認識されている行為を含めた「普通ではない」ファーストエイドを論じているのです。
この前提を整えずに、法的に問題ないと結論付けるのは、大きなミスリードを生む危険をはらんでいると感じました。
医師法が規制しているのは「反復継続の意思」を持って医行為を行うことであって、簡単にいうと偶発的な単回の医療行為は医師法違反となりません。これは事実です。
だからと言って、例えば素人がナイフを使って気管切開をしていい、という話にはなりません。
他人の体に刃物を突き立てれれば傷害です。
いくら緊急事態で刑法37条の緊急避難が適応されるとしても、一般的には無謀な行為とみなされるでしょう。そのような判例がないから、ダメとは言えないという意見もありますが、だからといって素人が人の首にナイフを突き立てることをよしとする通念は日本にはありません。
緊急避難にあたるかどうかは社会的相当性で判断されると弁護士は言っていました。
日本社会におけるファーストエイドには医行為は含みません。これが日本の社会通念。
そんな中で、米国の民間団体が行う数日間の講習を受けて取得した民間資格で、素人が医療行為を行う妥当性があると判断されるものなのか?
今回のシンポジウムでも、明らかになりませんでした。
今回のシンポジウムには、アウトドア事業者、医療者、野外教育者など、90名近い方が参加していたと聞いています。
この話を聞いた人たちがどのような理解を持って帰ったのか?
それが気になるところです。
今回のカンファレンスの内容はアウトドア雑誌で2ページに渡って紹介されることが決まっているそうです。
「ウィルダネス・ファーストエイドは日本の法律的にまったく問題ないことが確認された」というようなミスリードされた理解に基づいた記事が発信されないことを願っています。