バッグバルブマスクは医療従事者でないと使えないってホント?

コロナ禍を経験した私たち。

家族以外の第三者に対して、人工呼吸を安全に行うにはバッグバルブマスクしかないということを学んだわけですが 「市民救助者がバッグマスクを使ってはいけない」 という声はいまだ珍しくありません。

例えば小学校教職員や保育士、プールの監視員、ライフセーバーなど、呼吸原性心停止を前提としたファーストレスポンダーにとって人工呼吸の実施は欠かせず、自分の身を守るためには、確実な感染防護具を使用するのは当然のことです。

認可された感染防護具は2つ

日本で正式に認可された人工呼吸感染防護具は2つだけです。

・ポケットマスク
・バッグバルブマスク(BVM)

通称、フェイスシールドと呼ばれるビニールシート状のものは、人工呼吸補助具であって感染防護具として認可されたものでありません。

ポケットマスクとバッグバルブマスクBVM

唾液などの体液からの接触感染だけを考えれば、ポケットマスクでも十分かもしれませんが、新型コロナウイルス感染症の呼気からの飛沫感染が問題になってくると、一方向弁がついているとはいえ、傷病者の顔に接近するポケットマスクでは心もとない部分もあります。

そうなると業務対応としての人工呼吸はバッグバルブマスク(BVM)の一択になります。

BVMであっても感染確率を下げるためには HEPA フィルターをつけるとか、両手法で確実に密着させる等の注意はありますが、ポケットマスクよりは安全と言えます。

特に子どもの救命においては、コロナの真っ最中であっても、厚労省・総務省は人工呼吸を実施するように、と勧告していました。

厚生労働省・総務省消防庁通達:コロナ禍における市民救命法の指針:子どもの蘇生では人工呼吸が必要

新型コロナウイルス感染症の流行を踏まえた市民による救急蘇生法について(指針)
(総務省消防庁)
https://www.fdma.go.jp/laws/tutatsu/items/20200522_kyukyukikaku.pdf

家族間であればダイレクトな口対口人工呼吸が妥当ですが、学校教職員や保育士など生徒・児童に人工呼吸をするのであれば、リスクを最小限にできるバッグバルブマスクを使うのが自然な流れと言えます。

 

さて、このように医療従事者以外であってもバッグバルブマスクのトレーニングをして使えるようにしておくことは必要と考えているのですが、この話をすると必ず出てくるのが、

医療従事者以外がバッグバルブマスクを使っていいの?

という疑問です。

 

非医療者がBVMを使ってはいけないと言われがちな理由

結論から言いますと、非医療従事者がバッグバルブマスクを使ってはいけない、という風説には根拠がありません。その点、ひとつひとつ解説します。

1.医療器具だから市民は使ってはいけない

バッグバルブマスクは医療器具だから医療者以外は使っちゃダメ。

そう言われたら、確かにそんな気もします。しかし、思い出してください。AED もれっきとした医療器具です。しかも高度管理医療機器。でも、市民の方も使ってますよね?

エピペン® 注射もそうですけど、医行為は「反復継続の意図」がなければ非医療者が行っても医師法には抵触しないとされています。

医師法が制限しているのは「医業」であり、医業は医行為を反復継続の意図を持って行うことです。つまり繰返し性が問題となるわけです。

しかし、そもそも救急蘇生としての胸骨圧迫と人工呼吸は医行為ではないというのは現代では定説となっています。(かつては胸骨圧迫ですら医行為であり、医師以外はやってはいけないと思われていた時代がありました。)

そのため、救急蘇生としての人工呼吸は AED でいうところの一定頻度者という概念が存在せず、繰返し性を考慮せずとも違法性は問題にならないと考えられます。

またポケットマスクも承認を受けた医療器具ですが、羽田空港のように町中の AED と一緒に配備されていることもありますし、東京消防庁の応急手当普及員講習では教材として購入させられて、使用も練習しています。この点でも医療器具を使った人工呼吸は医行為でNGというものでもなさそうです。

2.一般人には使い方が難しい

バッグマスクは練習をしなければ使えません。それを持って難しいと言われれば、確かに難しいです。

しかし、口対口人工呼吸は練習しなくてもできるのでしょうか? フェースシールド人工呼吸、ポケットマスク人工呼吸は?

練習しなければできない、という点ではバッグマスクだろうとフェイスシールド口対口人工呼吸であろと大差はありません。

難しければ、それだけの練習時間をかければいいだけの話。

難しいからダメといってしまったら、そもそも市民向けの蘇生法訓練そのものを否定する話にもなりかねません。

ちなみに医療従事者であっても、基礎教育の中でバッグバルブマスクの使い方を徹底的に練習する、なんてことはやっていません。練習する前のスタート地点は、医療従事者も一般人も違いはないように思います。

3.空気を入れすぎる弊害があるから危険だ

過剰な送気は危険です。

胃に空気が溜まって吐いてしまうリスクや、肺の過膨張により胸腔内圧が上がり静脈還流が下がることでの循環を妨げるリスク、さらには子どもの場合には肺損傷の危険性はあります。

しかし、それはバッグバルブマスク特有の危険性なのでしょうか?

コロナ以前は消防・赤十字等の市民向け講習でも呼気吹き込み人工呼吸を練習していました。その時代を経験している方ならご存知と思いますが、深呼吸して思いっきり息を吹き込む人が多く、過換気ばかり。

適正な少なめの量で吹き込みができている人はあまりいません。

つまり、過換気のリスクは練習次第であって、デバイス固有の問題ではありません。

練習次第、ということであれば、今の時代、コロナの影響で消防等の講習では、人工呼吸練習は「やる振り」だけで、実際の呼気吹き込みは実施していないところがほとんどだと思います。

つまり送気量がどれくらいか、という部分はまったく体験・練習できていないのが現状です。

それに対して、バッグバルブマスクの練習であれば、実際にマネキンの胸が上がって見えますから、「過剰な換気を避ける」という空気量調整の練習も実施できます。

であれば、送気量練習なしでぶっつけ本番の呼気吹き込み式人工呼吸よりも、きちんと練習ができるバッグバルブマスク人工呼吸の方が安全性が高いとは言えないでしょうか?

結論:市民救助者がバッグバルブマスクを使ってはいけない、とする根拠はない

このように医療者以外は BVM を使えないという話は、個人の見解であって明確な根拠はない、と言えそうです。

ライフガードは組織的にBVMを使っている

実際のところ、ライフセーバーはコロナ前の2019年2月に、海での救護で BVM を使っていくことを宣言しています。

公益社団法人日本ライフセービング協会のバッグバルブマスク使用の方針

バッグバルブマスクの使用について(公益財団法人日本ライフセービング協会)
https://jla-lifesaving.or.jp/wp/images/about/for-lifesaver/10-bvm.pdf

海辺のライフセーバーの構成員の多くはアルバイトの大学生。医療従事者ではありませんが、訓練を受けてバッグマスクを扱っています。

小学校教員や保育士が学ぶ蘇生は医療従事者と同じもの〜JRC蘇生ガイドラインの指針

また、医療者はOK、市民はダメと言っても、例えば小学校の先生や保育士は、蘇生ガイドライン上では、一般市民ではなく医療従事者と同じ区分になっている点を指摘しておきます。

JRC蘇生ガイドライン2010│保育士、学校教職員は医療従事者と同じ小児蘇生法PBLSを学ぶ

2010年のJRC蘇生ガイドラインは大きな転換点でした。

市民の場合は子どもの救命であっても大人の蘇生法と同じで良い、という大胆な方針が打ち出されたからです。

しかし、ここで学校教職員や保育ら士は市民とは別枠とされ、これら子どもと関わる立場の人は医療従事者向けの小児BLSを学ぶように勧告されています。(参考:総務省消防庁文書PDF 救命講習の留意点 p.3

つまり、子どもの救助という点では、学校教職員等は一般市民ではなく、医療者に準拠していることになります。

このことからしても、学校教職員がバッグバルブマスクを積極的に使っていくことは、決してJRC蘇生ガイドラインから大きく逸脱したことではないと言えます。

救急蘇生法の指針は制限・規制していない

JRC蘇生ガイドラインを、市民向けの具体策として落とし込んだのが「救急蘇生法の指針(市民用)」です。

その基本方針の中に示されているのは、市民向けの指針は行動制限をするものではなく、市民であっても、遭遇率や習熟度によっては医療従事者と同レベルの行動が期待されていることが明示されています。

蘇生を行う人の立場や熟練度に応じて、もっとも適した手順をすすめています。市民によっても、心停止に遭遇する確率は異なり、その医学的知識量や技術も非常に異なります。そのため、ライフセーバーなどの熟練救助者や心停止に遭遇する可能性が高い市民には、医療従事者と同等の内容の心肺蘇生を実施してもらうのが理想的です。また、小さな子どもに接する機会の多い職種(保育士、幼稚園・学校教諭)や保護者については、子どもに最適化した心肺蘇生法を習得することが望まれます。( 救急蘇生法の指針 2010(市民用・解説編)p.2│PDF)

まとめ 現状と課題

これらのことから、水難救助要員や子どもの安全管理に責任を負う市民が、救急蘇生法としてバッグバルブマスクで人工呼吸を実施することに不自然さはないと考えます。

しかし、これまでの口対口人工呼吸があたりまえというイメージからすると感覚的なギャップから、感情的に受け入れ難い、というのが現状なのだと考えます。

コロナ禍で呼気吹き込み人工呼吸が実質上制限を受けることになった以上、バッグバルブマスクが実用可能な方法として浮上、定着していくというのは自然の流れと思っています。

ただ、下記の問題点からこの流れは限定的となっています。

1.施設管理者がBVM使用の決断ができない
2.BVM使用法の訓練を受ける機会がない(教える人がいない)

市民救助者がBVMを使うことをNGとする確固たる理由はないと考えていますが、逆にバッグマスクを積極的に使っていきましょう、というような政府筋からの勧告がないことも事実です。

それゆえに「使っていい」と判断できる管理職者がいない。となると事なかれ主義で有耶無耶のままになっている現状。

 
BVM自体はディスポーザブル製品は3,000円程度で買えますので、コスト的にはほとんど問題になりません。しかし、その使い方を練習したくても教えてくれるところがない。

これが最大の問題だと考えています。

救命講習を開催している消防職員は、業務でBVMは使っていますから、資機材もあるし教えることもできるはず。ただ、それは法律で規定された業務ではないため、なかなかいい返事をできないものと思われます。特に官公庁ですから、責任者の決裁が難しい。

また全国展開しているAHAトレーニングサイト。

こちらは日頃はBLSプロバイダーコース等でバッグマスクの使い方を教えている人材で構成されていますから、技量的にはバッグバルブマスク講習を開催することはできます。

しかし、これもAHAプログラムではないため、相談しても受け入れてもらえることは難しいのかもしれません。

 
 

バッグバルブマスクを安全に使うために必要なのは練習あるのみ。

バッグマスクとマネキン、講習会場を持っている全国のAHA活動拠点が、AHA公式コース以外に小児BLS講習やバッグマスク講習を積極的に開催していっていただくことを切に願っています。

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