「胸を露出させなてくもAEDは使える!」
最近、よくそういう声を聞きます。特に女性にAEDを使う場合の配慮ということで、声高に叫ぶ方もいらっしゃいます。
はい、じゃ、やってみました! というのがこの写真です。
襟元からAEDパッドを差し入れて貼った結果です。
この写真は「やらせ」で作成したのではなく、実際の救命講習のシミュレーションで受講者さんたちがやったのを事後検証として撮った写真です。
特別なにか指示や指導をしたわけではなく、いきなりのシミュレーションで参加者さんたちが現場判断としてやってみたことの結果です。
本物のAEDパッドの粘着力と重量感
上の写真は救命講習でよく見かける「練習用」のAEDパッドを使っていますが、本物のAEDパッドはずっしり重くて、粘着力も強く、質感は練習用とはまったく異なります。
本物のAEDパッドは自重があって垂れ下がる
実物のAEDパッドは、貼ろうとして台紙から剥がして持つと、自重でたわみます。湿布薬みたいな感じです。
襟元から自分の背中に湿布薬を貼ろうとして失敗した経験、ありません? あんなイメージを持っていただければと思います。
マネキン相手に服の隙間から貼ってみて、「うまくできた。できる!」と力説する心肺蘇生法インストラクターもいますが、おそらくコシのあって軽い練習用のパッドでの経験だけで言っているんだ思います。
本物のAEDパッドの粘着力は強い
この写真は、本物のAEDパッドをマネキンに貼って、剥がすときの様子です。
粘着の強さ、イメージできるでしょうか? 練習用パッドとはまったく違いますよね。
さらにこの場面、動画でご覧ください。メシメシと剥がれるときの音が聞こえるでしょうか?
最後の完全に剥がれるときの「勢い」を見ていただければ、粘着の強さはより一層分かるかと思います。
服をはだけず/脱がさず/切らずにAEDパッドを貼るのは難しい
救命講習の練習用パッドしか知らない人は「服の隙間から貼れる!」と豪語しがちですが、日頃、業務で本物のパッドを使っている立場からすると、あり得ない!、という感覚がふつうじゃないでしょうか。
一分一秒を争う命に関わる緊急事態、町中のAEDパッドは予備が入っていない場合も多いですから、失敗しないように確実を期したい。
そう考えれば、前胸部を完全に露出した状態でAEDパッドを貼る、という選択になります。
失敗率が高いことは推奨しない
ただでさえ不慣れな一般の方がAEDを使うわけですから、救急隊員がやっても難しい(というか、やらない)服の隙間からパッドを貼るなんていう芸当を求めるのは成功率を下げるだけ、と考えます。
AEDにハサミが入っておらず、被りの服を何枚も着ていて胸部露出が無理、となれば、苦肉の策として襟元や裾から手を差し入れて貼付を試みるのもありかもしれませんが、少なくとも積極的に推奨するものではありえません。
前胸部の素肌を露出させるのが原則 メーカーもガイドラインも「服の隙間」からは推奨していない
最近は、AEDを使うのに素肌を晒す必要はないという論調が強くなってきているようです。
昔からそのような「持論」を展開する救命法指導員はいましたが、とある財団法人がこの点を大々的に喧伝するようになり、一部行政がこれに乗っかって図解公式リーフレットを作ったことが決定打になったものと思われます。
しかし、AEDメーカーも、蘇生科学の国際コンセンサスも日本のJRC蘇生ガイドラインでも、服の隙間からパッドを貼るというやり方は推奨も是認もしていません。
日本のすべての市民向けの救命法の具体的な指針となる「救急蘇生法の指針2020【市民編】」では、こう書かれています。
傷病者の胸をはだけます。胸をはだけるのが難しければ、ためらわずに衣服を切ります。(p.32)
女性の胸を露出させることはためらいがちですが、電極パッドを正しく貼りつけることを優先します。(p.33)
服をハサミ切る練習も必要も
現実問題として、倒れている人の服をはだけて胸部を露出させることはほぼ不可能です。Tシャツのような被りの服を着ていることが多く、背中部分がひっかかって鎖骨の下あたりまではまくりあがりません。
なので、現実的にはハサミで切るというのがほぼ一択になります。
ですから、本気でAEDを使うことを期待する救命講習なら、服を切る体験・練習までしておいたほうがいいでしょう。
ハサミをどこから入れてどういうラインで切っていくか、とか、切っている最中やパッドを貼っている最終に胸骨圧迫をどうするか、など、実際にやってみると見えてくる大事なポイントに気づきます。
参考:米国の救命教育では、、、
こちらは世界の蘇生教育をリードしているアメリカ心臓協会 AHA が2022年8月に公開した動画です。
女性であっても、服をハサミで切り、完全に前胸部を露出させてからAEDパッドを装着していますよね。
プライバシーを配慮しなくていいとは言いませんが、AEDを使うというのは超緊急事態でそういうことを言っている場合ではない、というメッセージ性を強く感じます。
優先すべきは救命 プライバシーへの配慮を考えている余裕はない
BLS横浜が主催する救命講習でも、「女性の場合、どうしたらいいですか?」という質問は昔も今もよくあります。
弊会としての答えは「命に関わる超緊急事態で生きるか死ぬかの状態です。男女関係なくやることは同じです」というもの。
なにか特別な配慮を、という点は、医療従事者向け研修ではディスカッションすることはありますが、市民向けには「そこまで考えての行動はプロでも難しいので、確実性を優先してください」とお伝えしています。
コメント
[…] 引用元:BLS横浜の記事 […]