消防の救命講習はタダではない! 救命講習の公費負担を考える。

救命講習は無料。

日本ではそんなイメージがありませんか?

普通に考えて、安くはない講習機材の購入費や会場費、人件費がかかるのは当然ですから、タダでできるわけないのですが、消防機関が市民向けに無料で開催している印象からそう思っている方が少なくないのが現状。

小学校や幼稚園から救命講習の依頼をいただきて、見積もりを提示すると「えっ、お金かかるんですか? ならいいです」というやり取りも以前はよくありました。

さて、それでは消防機関が企画開催する救命講習にどれくらいの経費がかかっているのか、実例から紹介しようと思います。

救命講習を民間委託している札幌市消防局 その落札金額は?

救命講習を民間委託している珍しい消防本部が、北海道の札幌市消防局。

令和7年度の入札が終わり、落札額が公開されています。

令和7年度
応急手当普及啓発業務
落札金額 1,1484,000円

 
契約担当部署:札幌市消防局総務部施設管理課
(https://www.city.sapporo.jp/shobo/shokai/keiyaku/keiyaku299.html より)

入札仕様書(PDF)をみると、普通救命講習I~III、そして応急手当普及員講習までを1年間で、121回のべ3,580人が受講する場合の運営予算のようです。

そう単純なものではありませんが、入札額を受講人数で割ってみると、受講者一人あたり3,200円ほどとなります。

仕様書から経費の内訳をざっと見てみると、会場は消防署を使うので無料、ただしマネキン等の機材は事業者が準備するようです。テキスト代や個人で使う消耗品(人工呼吸用のフェイスシールド等)代は受講者に負担してもらうようです。

指導員の選定(募集)や事前教育は事業者が行うことになっています。

受注したのは株式会社ですから、当然、労働者である指導員に賃金を支払います。この点、本年度落札した事業者のWeb を見ると「応急手当講習会における講師業務」として救急救命士を募っており、時給は「1,200円以上」となっていました。

消防の救命法指導員は仕事として有給で指導している

なにか事業を行うとき、もっとも経費がかさむのが人件費。おそらく上記の入札額の中でもっともウェイトを占めるのが講習指導員の人件費。

初期投資としてはマネキンやAED練習機と言った機材費が発生しますが、入札している企業はもともと救命講習を事業としてやっているところなので、この点は大きな問題にならないものと思います。

この経費に関する構図は札幌にかぎらず、どの消防本部でもだいたい同じでしょう。

大きな自治体消防では、防災協会のような外郭団体を作ってそこに委託しているケースが多く、上記のような予算が市町村予算(つまり税金)から外郭団体へ流れ、そこで従業員や指導員雇用の給与となっているはずです。

小さな消防本部では、消防職員が救命法指導を行っており、それは業務内で行うのであれば、当然公務員が給与をもらいながら市民指導をしていることになります。(非番の消防吏員が無給業務させられている非合法的なケースもあるようですが、ここではとりあげません)

ということで、一見無料に見える救命講習も、多額の税金によって賄われて運営されているという点、ご理解いただきたいところです。

救命講習の経費が可視化された経緯

さて、消防の救命講習でも人件費を中心にかなりの経費(税金)が使われているという話をしましたが、この金額が表に出るようになったのは、市場入札が行われるようになったからですが、この経緯を少し解説します。

札幌市も、もともとは市の出資で外郭団体を作って救命講習を委託していたのですが、この外郭団体と消防による不正が発覚し、同団体が救命講習事業を受託できなかったことから民間入札が始まっています。

札幌市消防局が委託費3572万円過大支出 応急手当講習、防災協会に
 

 札幌市消防局は28日、市の出資団体の公益財団法人札幌市防災協会に、2017、18年度の2年間、市民対象の応急手当て講習の委託費計約3572万円を過大に支払っていたと発表した。18年度分は市消防局と市防災協会の担当者が実施回数を水増しする不正もしていた。同協会は市消防局に全額を返還する。

 市消防局は市防災協会に対し、応急手当ての普及を目指す講習会の開催費用として17、18年度に、年671回分として年約4千万円を支払った。だが、小中高向けの講習が授業数の確保などの問題で低迷し、17年度は434回、18年度は339回と、契約回数を大幅に下回った。契約上は未実施分は委託料から減額できるが、返還を怠っていた。

 また、18年度分については、当時の市消防局と市防災協会の担当職員が、一部の講習の回数を、実際に行った回数ではなく、「4時間の講習なら4回」など時間数で算定する方法に変更。適正な手続きを踏まずに口頭のみでやりとりし、年486回に水増ししていた。

 今年4月の市消防局職員の担当替えで、過大支払いや水増しが発覚。市消防局の山本暢宏・救急担当部長は同日の会見で「職員の契約に対する知識が著しく欠けていた」と謝罪。

北海道テレビのニュースが Youtube に残ってました。

新聞報道では「講習会の開催費用として約4千万円」とありますが、ニュース報道だと「委託料は1億7千3万円」と言っていて、受講者数による歩合の部分と法人運営費を含めた総額の切り分けがはっきりしませんが、救命講習にはそれなりの費用がかかっているのはよくわかります。

救命講習経費可視化からわかること

年ごとの講習開催数が違いますので一概には言えませんが、いわゆる天下り団体が独占的に請け負っていたときには、少なくとも4千万円が税金から拠出されていて、入札制になってからは1千万ちょっとに下がったという事実。

自由競争原理が働くようになったことに加えて、行政や官にありがちなさまざまなムダが削ぎ落とされた部分もあるんだろうなと想像します。

年間予算1,150万円は安すぎる

ただ、1年間で、121回のべ3,580人への講習費用が1,150万円というのは、決して潤沢な予算とは思えません。少なくとも株式会社がこれをだけで企業を維持していくことはできませんので、あくまでも他の事業があってゆえのこと。

消防のオフィシャルな研修を受託している企業ということで、他の事業への宣伝効果を考えればあり得るかなというくらいの金額と考えます。

参考まで、2年間札幌市の救命講習を請け負っていて、今回は入札で負けてしまった企業は1450万円でした。また新規参入したと思われる別の企業2つの入札額は2400万円、5200万円でした。

自由競争で税金の無駄が減るというメリットがある一方、講習展開の仕方や質が1年毎におおきく変わっていくという点、これは微妙な部分ですが、メリットとなる場合もあればデメリットとなる場合もあるように思います。

行政が作った外郭団体による救命講習は、消防OBが中心で昔取った杵柄な部分が多い印象があります。

それよりは医師や看護師、救命士などさまざまなバッググラウンドで編成される民間企業の指導陣はシナジー効果で質が上がることを期待したい反面、必要以上に経費を切り詰められると質の低下の懸念も。

ただ札幌市内では、検索してもらうわかると思いますが、消防の普通救命講習I,II,III相当のオリジナル講習を手掛ける団体がたくさんあります。

消防で無料でやっている講習とほぼ同じものを有料で展開している団体なんて、横浜周辺では聞いたことがありません。

競争が生まれ、切磋琢磨が生じている、と考えると、これは業界の底上げとしては良い流れなのではないかと考えます。

稼げる資格(?)としての応急手当普及員

最後に、この札幌市の事例から取り上げたいのが、全国で心肺蘇生法普及に尽力している応急手当普及員(各自治体消防長が認定する資格)さんの処遇についてです。

救命講習ボランティアのための資格と考えている方が多いんじゃないかと思いますが、札幌市では「仕事」として応急手当普及員の求人がありました。

同じような事例は、沖縄県下でもあることを確認しています。

応急手当普及員という立場は、ライフワークとしてボランティアで救命法を教える(アマチュア)、というだけではなく、生活のために仕事として救命法を教える(プロフェッショナル)、という側面があると言えます。

仮に対価や報酬を受け取っていないとしても、人の生死に関わることを「先生」として人に教えるわけですから、その意識としては常にプロでありたいものです。

無料奉仕の場合、提供側も受ける側もタダだから、という意識から、なあなあになりがち、遠慮しがちという不均衡が生じがちです。

地域によっては応急手当普及員資格で生活することも可能であるという事実、ぜひ、全国の応急手当普及員の方は心して救命法指導にあたっていただきたいところです。

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