胸骨圧迫(心臓マッサージ)だけの心肺蘇生法

最近、新聞やテレビ報道などでも、人工呼吸を行わない心臓マッサージ(今は胸骨圧迫といいます)だけの心肺蘇生法の話題を耳にすることがあります。
 
実はこれはアメリカ心臓協会AHAが2008年3月末に発表した ハンズ・オンリーCPR Hands only CPR が大もとになっています。
 
成人(大人)が目の前で卒倒するのを目撃したら、119番通報(アメリカでは911ですが)をして、すぐに胸を押すように、というもの。
 
アメリカではテレビCMなどで盛んにこの簡略化された心肺蘇生法をPRしています。
 


 
人工呼吸を行わないこの新しい心肺蘇生法は、成人(大人)が突然に倒れた場合に行う場合に限って、人工呼吸を伴う蘇生法と遜色がないとされています。
 
他人の口に自分の口を当てて呼気を吹き込むという口対口人工呼吸は、気持ち的に抵抗があるのと、また手技的にも難しいということで、心肺蘇生法を実践する上での大きな障壁となっていました。
 
そこで人工呼吸をしなくても、蘇生率に大きな違いがないのであれば、最初から人工呼吸を省略した方がリーズナブルでは? というのが、このハンズ・オンリーCPRです。
 
実はこの人工呼吸を省略しても蘇生率は変わらないという根拠となる医学論文は、主要なものが2本あっていずれも日本人が書いたものです。
 
日本医大の長尾先生と京都大学の石見先生という心肺蘇生法普及に尽力されている先生の論文が国際的に評価されて、先進的なアメリカが世界に先駆けてこのHands only CPRを発表しました。
 
 
 
この人工呼吸をしなくてもいいという理由を、すこし掘り下げて説明しようと思います。
 
人工呼吸を省略してもいいという前提条件として、実は次の2点があります。
 
 1.大人であること
 2.目の前で倒れた

 
大人が突然卒倒した場合、いちばん可能性が高いのは心室細動と呼ばれる心臓のリズムの異常です。これは生活習慣病なども関係していて、大人によく見られる状態です。
 
簡単にいうと心臓が細かく痙攣して血液を送り出せなくなりますので、事実上、心停止。そうなると血液に溶け込んだ酸素が脳に行かなくなりますので10秒程度で意識を失い倒れます。
 
これは突然起きますから、血液の中にはまだ十分酸素が溶け込んでいます。問題は心臓が機能停止して血液が巡らないために、その酸素を重要臓器(脳と心臓)に供給できないということ。
 
特に脳組織は数分間でも酸素供給が途絶えると細胞が死んでいってしまいますから、どうしようと考えるよりまえに胸を押して、あなたの手で心臓の代わりをしてあげることが大切です。
 
心停止中は体の臓器は機能停止しています。酸素が必要なのは重要臓器である脳と心臓だけですから、必要な酸素量は普段より少なくて大丈夫です。
 
ですから、目の前で倒れた場合に限って、人工呼吸は行わなくても胸骨圧迫だけである程度の時間は酸素供給が行えるのです。
 
 
こうした蘇生の仕組みを考えると、人工呼吸省略がすべての場合に当てはまるわけではなく、大人が目の前で倒れた場合のみ、という理由が納得いただけるのではないでしょうか?

胸骨圧迫だけの蘇生法、日本国内での位置づけ


通常、心肺蘇生法はILCORと呼ばれる蘇生法の国際会議を経て5年毎にやり方が更新されています。しかしこのハンズオンリーCPRは、ILCORの国際的な合意に基づいたものではありません。
 
日本からの論文を元に、American Heart Associationというアメリカ心臓病学会(世界的に影響力を持った学会です)がアメリカ国内基準として独自に発表したものです。
 
そのため、日本をはじめ、ヨーロッパ諸国などは、この胸骨圧迫のみの心肺蘇生法を正式には採用していません。というのは、このやり方が間違っているとかそういうことではなく、もう少し時間をかけて国際会議の場での検討を重ねた方がいいのではないかという慎重な考え方からです。
 
Hands only CPRが発表されたのは2008年。
 
ILCORのコンセンサス2010の発表予定は、2010年10月。
 
きっと、今回の国際コンセンサスでは、この人工呼吸省略の話が正式に盛り込まれてくるのでは? と予想されています。(国際会議には日本からも参加していますが、発表までは内容を極秘にするよう誓約書を書いているため、情報の先行リークはありません)
 
 
このような事情がありますので、赤十字社消防など、公的な機関が教える心肺蘇生法では、原則的にHands only CPRは指導されていません。
 
しかし、蘇生法普及団体としてはおそらく日本最大であろう大阪ライフサポート協会はPUSHプロジェクトを展開していますし、厚生労働科学研究として行われたJ-PULSEプロジェクトでは、かなり以前から胸骨圧迫だけの蘇生法を提唱してきました。(動画が見られます
 
 
もちろん、現行のガイドライン2005でも、人工呼吸はフェイスマスクやバッグバルブマスクなど、感染防護具がなければ、省略可となっていますから、他人に対して行う蘇生は胸骨圧迫だけでも構わないとなっています。
 
何もしないよりは、胸骨圧迫だけでも行うだけでも大きな違いです。
 
ただ、それは「目の前で倒れた大人」に対する蘇生法として行えば、通常の蘇生法と遜色がありませんが、例えばいつ倒れたかわからない、とか、水難事故の場合、子どもの場合などは、無意味ではないけど効果に関しては科学的な裏付けはない、というのが現段階での位置づけです。
 
 
さて、次回は、Hands only CPRがあまり奨められていない子どもの心停止の原因について考えてみたいと思います。

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