この表は、PEARSプロバイダーコースのシミュレーションでホワイトボードに書かれた内容を再現したものです。
PEARS は、心停止前の危険な徴候(生命危機状態)を見分けるアセスメント能力を高めるアメリカ心臓協会のトレーニングプログラムです。
まずは観察して、この表のような情報を整理して、命を落とす原因となる6つ生命危機の中からタイプを判定し、さらに重症度を判定しましょうというのが、PEARSのアセスメントです。
結論から言えば、これは循環障害のうち、「循環血液量減少性ショック」というタイプの生命危機状態で、重症度は「低血圧性ショック」というのが答えです。
やもするとPEARSでは、この判定にたどり着くことがゴールと思いがちな節がありますが、なにもお医者さんごっこや病名当てクイズでやっているわけではありません。
看護師として、このステップのあと、どんなアクションを起こすのか、こそが重要です。
評価 → 判定 → 介入
このアクションのことをPEARSでは、「介入」と呼んでいます。
ショックが起きていると判定できれば、それに対する介入は「20ml/kgの等張性晶質液のボーラス投与」が正解です。
じゃ、その正解にたどり着いたとして、看護師のあなたは、独断でVラインを取って生理食塩水の輸液を始めますか?
と、考えると、ナースがショックという病態を認識して必要や薬剤(等張性晶質液)と投与量が分かったとして、じゃ、どうするの? というところが問題になってきます。
もしかしたら、ここが米国のナースと日本のナースの違うところかもしれません。
日本の看護師は、原則的に医師の指示がない限り、輸液も含めた薬剤投与はできません。となると、PEARSで安定化のための治療法が見えたとしても、最終的な業務としてのアウトカムは輸液の実施ではなく、もっと別のことになるかもしれないのです。
それでは、日本で看護師がPEARSコースから学べることはなんなのか?
ヒントはPEARSプロバイダーマニュアルG2010日本語版の20ページにあります。
「臨床状態の判定に基づいて、適切な処置により介入する。処置内容はプロバイダーの業務範囲と施設のプロトコールによって決定される。PEARSプロバイダーの介入には以下のものが含まれる。
・応援を呼び、救急医療チームや迅速対応チームの出動を要請する
・CPRを開始する
・(中略)最善の行動は応援を呼ぶことである。応援が到着するまでの緊急の処置を行う」
PEARSでいう介入(intervene)の第一義は、応援要請・報告なのです。
医師が不在の場で緊急事態に遭遇したのであれば、医師に状況を報告し、医師が来るまでの間の緊急の処置を行うのが日本のナースにおけるPEARSのアウトカムです。
そして忘れてはいけないのが、日本の看護師は、医師の指示があれば、かなりの範囲の医療行為を行えるということです。
この中には、PEARSプロバイダーコースに出てくる酸素投与や生理食塩水の輸液は含まれますし、ネブライザーによる薬剤の噴霧投与や、状況によってはアドレナリンの筋注もあり得るかもしれません。
そう考えると、日本のPEARSプロバイダー看護師に求められるPEARS学習のゴールは、医師に的確に報告し、迅速な治療に繋げること。そして、緊急度が高い場合は、処置に関する指示を受ければ、それを実施することも含まれます。
そこで考えたいのが冒頭の症例です。
もしこのような患者にナースだけで対応している場面があって、医師に電話連絡がつく状況だったら、どう報告するでしょうか?
こんなことをPEARSのシミュレーションで体験してもらっています。
インストラクターが医師役を演じ、受講者さんに報告をしてもらうのです。そうすると多いのは、一次評価の内容を最初から読み上げていって、「で、先生、どうしましょう?」という報告の仕方です。
冒頭の表を見てもらうと分かる通り、この症例では、呼吸に関しては回数が多めという以外は目立っておかしなところはありません。このあたりの報告を聞いている限りは、「だからなんなの? さっさとしてよ」という医師の心持ちは想像できます。で、肝心なところは中盤以降から登場します。
つまり、報告の仕方の善し悪しによって、伝わり方や緊急度が違ってきてしまう懸念があります。
SBARという報告ツール
そこで役に立つのが、最近流行りのSBARという報告の様式です。これはAHA講習の中で言及されているものではありませんが、日本の看護業界ではそこそこ広まっている印象があります。このSBARを意識するだけで、報告がぜんぜん違ったものになってきます。
例えば、こんな感じです。
「ショックと思われる患者さんがいます。HR136で頻呼吸、抹消も中枢も脈の触れが弱く、CRT延びてます。手は冷たいです。血圧も84/68と下がっており、意識レベルも低下していて重症度は高いと考えられます。すぐ来ていただけますか?」
これはあくまでも例ですが、SBARという論理構造がわかるでしょうか?
S:Situation「状況:なにが起きてるのかをざっくりと」
B:Background「背景:アセスメントの根拠となる情報」
A:Assessment「評価:アセスメント、考えたこと」
R:Recommendation「提言:どうしてほしいか?」
逆から考えていきます。報告をする目的はなにかといったら、Recommendation 提言のためです。医師に何かをしてほしいとか提案をしたい、それが報告の目的です。
そこにフォーカスしている点をまず認識して下さい。
忙しい医師にとにかくすぐ来てほしい! そのためには理由を伝える必要がありますが、死んじゃいそうだからとにかく来てよ、という結論めいたことだけを言っても、なぜ??という疑問が発生し、先方も迅速な行動には繋がりにくいです。
なぜ緊急度が高いと思ったのか、またそもそもなぜショックを疑ったのか、根拠となるデータを客観的に手短に示します。それがバックグラウンドです。
さらには、結論を最初に、ということも大事。まずは要件の全体像を伝えたほうが話が速いということで、Situation「状況」から話し始めます。今回は例としては、ショックというキーワードを入れましたが、そこまで絞り込めていなければ、「急変です!」の一言でもいいと思います。
報告の目的は、「死にそうだから速く来てよ」なわけですから、その部分とは直結しない呼吸に関する情報などはあえて言及しないことで、問題をクローズアップできます。余計なことをダラダラ言わない! ということです。
看護職の方の報告の傾向を見ていると、状況を伝えるだけで、なんのための報告かという、目的意識が弱い印象があります。
「先生、○○なんですけど…」という語尾をはっきりさせない感じで、現状報告だけを行い、判断やその先のアクションは完全に丸投げしている傾向がないでしょうか?
医学的判断は医師が行うという医療界の構造を考えれば自然なことなのかもしれませんが、体系的アプローチやアルゴリズムによって医師以外でもある程度、先行きが見通せるような状況が広まりつつあります。
そして、まさにそこを学ぶのがPEARSですから、判定により問題点がある程度見えるし、その安定化のための手立ても先読みできれば、それをぜひ積極的に報告に取り入れることで、医師が来てから診断をつけて処置の準備を始めるのではなく、先読みした準備が奏功すれば処置までの時間を短縮して、救命の可能性を高めることができるかもしれません。
「先生! すぐ来てください」のもう一歩先へ
そう考えると、SBARの最後のRecommendation「提言」が極めて重要で、単に「すぐ来てください」にもう一言、「何分で来れますか? 到着までの指示をください」などが入るといいですね。
さらにいえば、この先の処置や展開が予想できていれば、「ラインとっておきましょうか?」とか「生食1リットルつなげておきます」とか「ネブライザを準備しておきます」など、具体的な提言もできるかもしれません。
指示を受ければ薬剤投与も含めてある程度の処置ができるのが看護師免許の強みです。
それを活かすも殺すも、ナースからの報告次第といっても過言ではありません。