止血帯(ターニケット)使用トレーニング考

ガイドライン2015準拠日本語DVDが発売開始になって、ようやく本格稼働が始まった AHAハートセイバー・ファーストエイドコース 。米国のファーストエイド講習では、G2010に引き続いて止血帯の使用が解説されています。

ということで、今日は、止血帯(ターニケット)の話題を少々。

ターニケット・止血帯各種

圧迫止血でコントロールできない四肢からの大出血の場合には、上腕部や大腿部をきつく締め上げることで、動脈を遮断して出血を停める止血帯法が米国では推奨されています。

日本でも以前は折り畳んだ三角巾と棒きれを使った止血練習が救急法講習で取り入れられていましたが、2005年の「救急蘇生法の指針」の改定で止血帯は非推奨となり、そのままJRCガイドライン2015までは救急法教育からは封印されてきました。

しかし、ここ最近の日本国内事情を見てみると、東京オリンピックのテロ対策として、東京消防庁が救急隊に軍用ターニケットを配備するなど、日本においても止血帯への注目が高まってきています。

聞くところによると、日本国内の応急手当普及団体の中でも講習プログラムの中に再び止血帯使用を盛り込んでいくことも検討されているとか、、、、

BLS横浜では、ハートセイバー・ファーストエイドコースの中で、軍用ターニケットの使用を皆さんに体験してもらっていますが、基本的なスタンスとしては、市民救護にターニケットは不要であり、むしろ危険である、という立場を取っています。

この点を解説していきます。

1.止血帯が非推奨から推奨に転じた背景

米国においても、2005年版のAHA/ARCファーストエイドガイドラインで推奨されなくなった止血帯ですが、5年後の2010年には、再び推奨に転じました。

急展開に見えましたが、その背後にあったのはアフガニスタンなど戦線激化による米軍兵士による使用実績増加でした。

米軍兵士への軍用ターニケットの標準装備が進み、軍事衝突の機会が増えたので使用実績があがり、その有用性が確立されたというわけです。

つまり、ガイドライン改訂に至った止血帯が有効であるという根拠は、「戦時下において訓練を受けた兵士が既製品を使った場合」という条件付きのものであったという点を理解しておく必要があります。

・既製品としての止血帯
・軍人としての訓練を受けている
・救護が受けにくい戦闘状況での使用

こうした条件は、極めて特殊なものと言わざるを得ません。

このことを持って、市民の応急救護においても有用であると言えるのか? という点は熟考する必要があります。

2.止血帯使用のリスクと教育

応急救護、ファーストエイドの基本ですが、何かの介入をする、すなわち処置や手当を行う以上、それには必ず潜在的なリスクが伴います。

BLS/CPRは例外で、この場合は心停止という究極の条件下になりますから、それ以上、悪化することは論理的にあり得ません。メリットとデメリットのうち、デメリットは無視できるのです。だから、何もしないよりは、多少間違ってもいい、なんでもいいからやりましょう、と言われているわけです。

しかし、出血対応も含めてファーストエイド介入は生きている人間に対して行うことですから、それによって状態が悪化させてしまう、別の傷害を与えてしまうというデメリットを考慮しなければなりません。

つまり、止血法の場合は、止血帯使用の弊害やそれによって引き起こされる有害事象について知らない、判断できない人が使うべきではないということです。

ここでは詳説はしませんが、止血帯の使用に際しては下記のような有害事象が考えられます。

・締め付けによる疼痛(兵士にとっても耐えられないほどの痛み)
・神経損傷
・中途半端な加圧による出血量増加(静脈閉塞、動脈開存)
・末梢虚血による組織壊死(切断のリスク)
・圧迫解除によるクラッシュ症候群(高カリウム血症による心停止)

これらのデメリットを理解した上で、止血帯を使用するメリットの方が勝るという判断があって、はじめて止血帯が適応となります。

大出血を見たら止血帯! というものではないということです。

この判断のためには出血という事象に対する理解も不可欠です。

そもそもどれくらいの出血だったら止血帯が適応となるのか?
それをどうやって判断するのか?

そのためには、人体にある血液がどれくらいあるのか? そして命に関わる出血があった場合の身体症状といった基礎的な理解も欠かせません。

これらが止血帯を使う上での必要な基礎教育に含まれているべきでしょう。

これがターニケット使用訓練を受けている、ということの意味です。

単に器具としての止血帯の操作方法がわかるというだけでは不十分です。それだけしか知らない人が使うとしたら、それはかえって危険であると言わざるを得ません。

これは今後広がっていくであろう止血帯講習の質のバロメーターにもなるかもしれません。受講後の感想として「簡単だった」と言われるような止血帯講習は、止血帯を正しく伝えていないと言えるはずです。

3.軍隊におけるターニケット使用教育

今、日本国内の救護情勢の中で止血帯といったら、既成の軍用ターニケットのことを指します。軍用品で、戦地での実績から来たものなので、その使用方法は軍での教育が参考にされているものと思われます。

そこで軍隊におけるターニケット教育はどのようなものなのかということで、某陸軍の新兵向け教育を知る機会がありましたが、そこではっきり感じたのは、日本の市街地で医療従事者以外が使うことを前提としたファーストエイド訓練としては適さない、という点でした。

最大の問題と感じたのは、軍隊教育では、止血帯が適応となる出血とそうでない出血を判断する評価という視点がなかったことです。

戦地においては四肢を打たれたら、打たれた人は条件反射的に自分自身にターニケットを巻ように教育されています。

傷の大きさとか出血量とか、そんな判断はせずに、とにかく打たれて血が出たらターニケットを1秒でも早く巻く。

弾丸が飛び交っている戦場を想定したターニケット使用教育は、いかにすばやく確実に巻くかであって、理屈抜きの条件反射、単なるセルフレスキューのためのテクニカルスキルのトレーニングなのです。

4.日本の市民向けファーストエイドで止血帯が必要か?

このような背景を考えると、軍需から生じた止血帯のニーズを、日本の市民向けファーストエイド教育にそのまま入れ込むことは不適切と考えます。

戦場において、安全確保ができない状況下でのセルフレスキューとしてターニケットが発展してきました。

日本国内において、他者を救護する立場としては、直接圧迫止血法を試みるのが第一義なのは変わりません。他者が直接圧迫を続けることができれば、完全止血までは行かないとしても、ある程度は出血をコントロールできます。

出血をしながらも自力で、離脱しなければいけない状況ではないからです。

救急車が来れないような野外環境下などにおいては、ターニケットが適応となる場面もあるかもしれません。

しかし、そのための教育としては、軍隊式の「ターニケットありき」の教育をしたのでは、必要ないのにターニケットを使用して二次的な障害を負わせるという事故が多発するでしょう。

軍隊式の教育とは別に、市民向けに根本から再設計されたターニケット使用研修が必要です。

5.まとめ

日本では、米軍にならってかなり前から自衛隊員にもターニケットが配備されています。

そして去年になって、オリンピックのテロ対策という名目で東京消防庁の救急隊員にも軍用ターニケットが配備されるようになりました。

昨今ではコンバット・メディスン(戦闘救護)の官向け、民間向け研修も広がりを見せており、医療資格を持たない人に向けた止血帯使用トレーニングの機会も増えていくことが予想されます。

この点で、これまで当ブログで取り上げてきた ウィルダネス・ファーストエイドにおける医行為の問題 や、打ち方だけの練習で形骸化したエピペン講習と同じような、命と医療と救護の狭間のグレーゾーンな懸念材料が増えていくことを危惧しています。

使わなければ死んじゃうんでしょ?

そんな安直な考えに立脚した誤った正義感が、出血コントロールの問題にも広がっていかないように願っています。


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