昨今、なにかと軽視されがちな人工呼吸ですが、子どもの救命や、水辺での救急対応には欠かせないという点は、皆様、ご理解いただけていると思います。
そこで、今日は、一歩踏み込んで 人工呼吸の質 という話をしたいと思います。
吹き込んで胸が上がればいい!?
人工呼吸は、胸骨圧迫に比べると動作がやや複雑で、うまくできた / 失敗した、がはっきりわかる手技です。
そのため、吹き込んでマネキンの胸が上がればとりあえず「よし」としがちですが、それは一般市民向け講習での話。
医療従事者や、救護責務がある市民救助者向けの研修では、人工呼吸にも「質」が求められます。
High Quality CPR
High Quality CPR(質の高い心肺蘇生法)のポイントといえば、
・強く
・速く
・胸壁を元の高さに戻す
・中断を最小限に
ですが、これらは胸骨圧迫の話。人工呼吸に関しては、
・過剰な換気を避ける
ということが謳われています。
人工呼吸の空気は入れすぎないほうがいい
過剰な換気を避けるためのポイントは2つ。
・目で見て胸が上がる程度の量
・1回の吹込みは1秒かけて
目で見て胸が上がる程度の量
息を吹き込むと胸部が挙上して見えます。それが見える程度のギリギリの少ない量でいいですよ、という意味です。
イメージからすると、空気をたくさん吹き込んだほうが助かるような気がしますが、実は逆です。
空気を吹き込みすぎるとかえって蘇生率は下がります。
理由は2つ。
- 胃膨満 → 嘔吐 → 人工呼吸継続困難
- 胸腔内圧上昇 → 静脈還流低下 → 心拍出量低下
胃膨満の弊害
空気をたくさん吹き込みすぎて、肺から溢れ出た空気はどこにいくかを考えれば簡単です。
気管ではなく、食道の方に空気が流れ込んで「胃」に溜まっていくわけですね。
胃が最大限まで膨らんだらどうなりますか? 吐き出す、嘔吐をしそうな気がしませんか?
胃の内容物を吐かれてしまったら、人工呼吸はもちろん蘇生処置そのものが中断してしまいます。結果、助かる可能性が格段に下がるのは想像できるでしょう。
胸腔内圧上昇の弊害
こちらは直感的にはすこしわかりにくいかもしれません。
ざっくりとしたイメージですが、空気を入れすぎて肺がパンパンに膨らんだ状態を想像してください。肺が目一杯膨らむと、肺の間に挟まれた心臓がギュッと圧縮される気がしませんか?
心臓が押しつぶされた状態になっていると、静脈から戻ってくる血液が心臓に溜まる量が減ります。そうなると、胸骨圧迫によって駆出できる血液量も減るのは想像できるでしょうか?
心肺蘇生法の目的は、酸素化された血液を全身に巡らせることによって、脳や心臓などの重要臓器の細胞に酸素供給をすることにあります。
肺まで空気がたくさん入っても、その先の酸素の運搬媒体である血液の流れが滞ったら、終着点である細胞が受け取る酸素量は少なくなってしまいます。
つまり、空気を入れすぎると血液循環が悪くなって蘇生効率が下がる、というわけです。
(実際のところは、心臓が潰されるというよりは、静脈系の血管の影響なのですが、今回は大まかなイメージということで詳細は割愛します。)
1秒かけて吹き込む
これは、意味がわかりにくいと思いますが、ざっくりいうと、勢いをつけて吹き込むなという意味です。
勢いよく素早く送気してしまうと、口腔内の内圧があがって、ふだんは閉じている食道に隙間ができて空気が胃の方に流れ込んでしまうリスクが増えます。
だから、優しく1秒くらいかけて、ややじんわりと送気してくださいね、という意味です。
参考まで、ガイドライン2005までは、1回の送気に2秒かけるように指導していた時期があります。これは内圧を上げないための配慮だったのですが、その結果、胸骨圧迫の中断時間が伸びることが問題となり、2秒から1秒に改められた経緯があります。
また「1秒かけて」と翻訳された原語は over 1 second です。ときどきこれを1秒以上かけて吹き込むと誤訳しているケースもありますので注意してください。この場合の over は、1秒間に渡って送気を続ける、という意味です。
ですから、1秒かけて吹き込むと訳すのが正しいです。
胸骨圧迫で得られる循環血液量はふだんの1/3
人工呼吸の吹き込み量は思いのほか少ない量で十分なのですが、直感的にはなかなか納得しづらいかもしれません。
そこで、心停止中に胸骨圧迫で得られる循環血液量は、正常時の1/3〜1/4しかないということを知っておいてください。
血流が普段の1/3しかないところに普段の肺活量の空気を送り込んだところで、運びきれません。細胞に届く酸素量は限られます。
だから、あんなに少ない量であっても十分なのです。
まとめ
私達の直感とは裏腹に、人工呼吸で勢いよく多くの空気を入れてしまうと、嘔吐するリスクが上がり、血液循環が低下することで蘇生率は低下します。
人工呼吸で肺に空気が入ることは重要ですが、業務対応として人工呼吸を行う人は、入れ過ぎは良くないということを理解して、傷病者の体格に合わせて吹き込み量を調整できるような練習をしておきましょう。
以上、BLS横浜の ハートセイバーCPR AEDコース や、BLSプロバイダーコース に参加したことがある方はすでにご存知の内容かと思いますが、質の高い人工呼吸について解説しました。