ご存知、5年に1回改定される心肺蘇生法のガイドライン。
BLSの章に目を通した方は多いと思いますが、何気に最終章、「教育と実施、普及の方策」のページもすごく重要です。
AHA版ガイドライン2010の最終章では、こんな記載があります。
最近日本でもはやりのミニアンをイメージしてみてください。
風船型の家庭用簡易マネキン。付属のDVDを使って家庭で心肺蘇生法の自己練習。
こんなやり方でも、講習会にいってインストラクターに教えてもらうやり方と同じだけの教育効果があった。むしろインストラクター主導型以上に効果的だった、というのです。
なにを戯言を! と感じる方もいるかもしれませんが、ご存知の通り蘇生ガイドラインは、科学的根拠に基いて勧告されているわけで、推奨レベルは最高位のクラスI、根拠性を示すエビデンスレベルもAと最高の信用度なのです。
ガイドラインの中でもクラスⅠの勧告がされているものは、それほど多くはありません。
ということで、BLS講習においてインストラクター不要論、という話が浮上してきます。
現実問題、救命法普及のネックになるのがインストラクターの確保だったりします。人材育成の話もそうですし、人件費の問題もあります。
救命講習はボランティアで教えられるというイメージが強いですが、見えない部分ではお金が発生しています。無料で開催されることが多い消防の講習も、通常は公務員の給料の中でやっているわけですし。
心肺蘇生法の普及を社会問題として考えた時に、問題は開催数と受入れ人数の少なさにあります。
その打開策として、インストラクターの頭数を揃えなくても、会場にプロジェクターとマネキン(含む簡易マネキン)をおいておき、ビデオを流しっぱなしにて、受講者は思い思いにビデオを見ながら自主練習をする。
そんな機会の提供というやり方も見えてきます。
実はこの概念で作られたのがAHAガイドライン2010版のファミリー&フレンズCPRコースです。
ファミリー&フレンズCPR講習の開催にAHA-BLSインストラクター資格が不要となったのは、ガイドライン2010のこの勧告が根拠となっています。
誰でもいいので、会場に機材を準備してビデオ操作だけをしてくれれば、中身は実質自主練習の救命講習が成り立つのです。そしてそれはインストラクターが教えるよりも効果的かもしれないという科学的根拠がある。
インストラクターが教えるのではなく、ビデオ教材と参加者の中に個々に学習が成り立つのです。その場を設定するのが主催者の役割。ここではファシリテーターと呼びますが、ファシリテーターは心肺蘇生法を知らない人でも構わないとファシリテーターガイドに書かれています。
こんなふうにガイドラインを読み込んでみると、ガイドライン2010時代になって新たな展開がいろいろ見えてきて面白いです。
さて、最後に一点、本当にインストラクターは要らないのか、という点を再考してみようと思います。
結論から言いますと、アメリカ心臓協会AHAが求めている心肺蘇生法習得のゴールを達成するという意味においてはインストラクターは必ずしも必要ない、と思います。
しかし、そのゴール設定が、そもそも本当にゴールなのか、というところが問題。
このゴールというのは、日本の救命法であってもAHAであっても基本的には同じです。
講習会場の中で、インストラクターの介在なしに、自分の力でBLSプロトコルどおりに心肺蘇生法を実施するというのが合格ラインです。
悪い言い方をするとアルゴリズム通りのお作法がこなせれば合格となるのが、世界中ほとんどの心肺蘇生法講習です。
このレベルならはっきりいってインストラクターは不要です。
しかし、人々が救命講習を受けるのは、講習会場内でパフォーマンスをするのが目的ではありません。
実際の現場で、生身の人間に対して救命処置を行うことです。
このギャップをインストラクターがどう認識するか、が問題です。
つまり、技術面というテクニカル・スキルを習得するのはビデオ教材の自習で十分。その技術を現場に応用するための調整をはかり、問題解決思考を鍛えるのは、生身のインストラクターが受講者との対話の中でインタラクティブに導いていく必要がある部分です。
そういった意味ではインストラクターは絶対に必要です。
回りくどくなってしまいましたが、結論です。
・お作法教育だけならインストラクターは要らない
・お作法教育と現実のギャップを埋められるのはインストラクター
・受講者の様子/反応をみながらインタラクティブな働きかけが重要
・生身のインストラクターにしかできないことはなにか?
このあたりを現在指導にあたっている方は考えてみてください。
ビデオに任せればいいこと、自分にしかできないこと。その認識をしっかり持てば、きっとより効果的な指導につなげることができるでしょう。