理屈なきCPRでいいのか!?

先日開催した「CPR/ファーストエイド講習のあり方を考える」ワークショップでお話しした内容を少しご紹介しようと思います。
 
まず最初の単元のテーマは、
 
理屈なきCPRでいいのか!?
 
です。
 
蘇生ガイドラインは5年ごとに改定され、その度に心肺蘇生法講習の在り方も変わってきています。特に顕著なのが内容のシンプル化。手順が単純化されるのと同時にテキストもどんどんシェイプアップされて、薄くなってきました。
 
それは市民向け講習でもそうですし、医療従事者向けのBLSにおいても同じです。
 
気づけば、心肺蘇生法のテキストは、蘇生のやり方、技術しか書かれておらず、心停止やCPRの仕組みや背景については、ほとんど説明がなくなってしまいました。
 
西暦2000年頃までは、とかく小難しく教えていたことの反省と、CPRは運動スキルなので理屈より練習を! ということなのですが、果たして、本当にそれでいいのでしょうか? というのが第一講のテーマです。
 
 
まずは、参加者の皆さんに今となってはほとんど教えられない心停止と心肺蘇生法の仕組みを説明しました。
 
心停止には4つの種類があること、そして電気ショック(AED)が必要な場合とそうでない場合があること。自己心拍再開のためには強く速く胸を押すだけではなく、しっかり胸壁を元の高さまで戻すことが重要である点、人工呼吸で息を入れすぎるとかえって蘇生率が下がる仕組み、など。
 
そうした蘇生の理屈を知っているのと知らないのとでは、実施するCPRになにか違いがあるだろうか? というのがみんなで考えるディスカッションテーマ。
 
がむしゃらに胸を押すのではなく、強く速く押したときに脳に血を送っていて、手を緩めて胸壁を元の位置にまで戻したときに心臓に血を送っているという意識を持って胸骨圧迫することの意義。
 
ショックは不要です、とAEDがアナウンスしたときの次の行動は、理屈を知っているのと知らないのとではなにか違うだろうか?
 
また指導の任に当たる人として知っていたほうがいい背景。
 
詳しい蘇生原理を知らなくても蘇生はできます。また理屈を教えることでの時間の浪費、難しい印象を与えてしまうというデメリット。
 
理屈なしに手技だけを教えてひたすら練習していただく方がいい場合もあるでしょうし、理解して考えながら行動してもらうことが必要な立場もあるかもしれません。
 
講習会場と同じような理想的な環境で傷病者を発見し、評価、通報、CPR開始と、練習どおりにスムーズに着手ができれば理屈は要りません。しかし応用ともいうべき判断を迫られたときに、理屈を知っているのと知っていないのとでは雲泥の差、になるやもしれません。
 
理論とスキルのバランス。
 
そんなことを考えていただきました。
 
正解はありません。
 
ただ、今の蘇生教育は医療従事者向けのAHA-BLS講習にしても、「理屈なき蘇生」になっているのが現状です。
 
蘇生科学の基本原理はどうしたら学べるか? その場所がない、というのが問題です。
 
学びたい人や指導員相当の人はどうやって研鑽をしていったらいいのか? そんな課題を残して講を終了しました。
 
難しい説明をクドクドしない! それが昨今の蘇生教育の流れですが、そうではない部分の受け皿としてBLS横浜は機能していけたらと考えています。
 
 
 

 
 
 


 

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