日本で混在する2つの蘇生ガイドライン(JRC/AHA)の謎

先日、2月18日に実施された第108回看護師国家試験のBLSに関する出題を巡って話題になっているようですね。

呼びかけに反応のない人に対するBLSはとして医療従事者として優先度の高いものはどれか?、ということで、気道確保、胸骨圧迫、人工呼吸、除細動が選択肢として挙げられています。

これを心停止ケースと仮定するか、現段階は意識障害と捉えるかで意見が別れているようです。

正解は開示されていないので予想の域を超えませんが、AHAガイドラインとJRCガイドラインの違いをついた絶妙な出題だったとの見方もあるようです。

出題者の意図はわかりかねますが、この件で、2つの蘇生ガイドラインの混在、という日本国内に潜んでいた問題が浮き彫りになったのは間違いないようです。

そこで今日は蘇生ガイドラインの成り立ちについて解説します。

「国際ガイドライン」というものは存在しない

蘇生ガイドラインは国際的なものと思われている節がありますが、実はそうではありません。蘇生ガイドラインは国ごとに違います。

日本の蘇生ガイドラインはJRCガイドラインと呼ばれています。日本蘇生協議会(Japan Resuscitation Council)のホームページ から PDF で無料閲覧できるほか、JRC蘇生ガイドライン2015 として書籍 でも出版されています。

一方、BLS横浜でも開催しているAHA講習は、American Heart Association が作ったアメリカ合衆国の蘇生ガイドラインに準拠した講習プログラムです。

アメリカ心臓協会AHA救急心血管治療とCPRのためのガイドライン2015アップデート   日本蘇生協議会JRC蘇生ガイドライン2015

日本の医療者の大半はアメリカの蘇生ガイドラインで学んでいる

現実問題として、日本国内で公募講習として開催されている医療従事者向けの救急対応トレーニングのほとんどは、アメリカ心臓協会 AHA の BLS と ACLS です。

つまり、日本の医療者の多くが、自国のJRCガイドラインではなく、外国のAHAガイドラインで学んでいるというのが現状です。

日本国内では、自国と他国の2つのガイドラインが共存しているという不思議な現象がおきています。

国際コンセンサスと各国ガイドラインの成り立ち

国際ガイドラインなるものは存在しないと書きましたが、国際コンセンサス CoSTR と呼ばれるものはあります。

これは、国際蘇生連絡協議会という、各国の蘇生委員会が集まる国際会議で決められる合意事項、ガイドラインの骨子となるエビデンスに基づいた勧告です。

この国際会議で5年毎に国際コンセンサスが改定され、それに基づいて各国が自国用の蘇生ガイドラインを作るのです。

日本のJRCの場合、国際コンセンサスとガイドラインがほとんど同じ部分もあったりするのですが、基本的には国際コンセンサスとガイドラインは別ものです。

コンセンサスはエビデンスに基づいた国際合意ですので、基本的にはエビデンスがないことに関しては記載がありません。

しかし、エビデンスがないといっても対応ルールは作らないと臨床では動けない。

そこでエビデンスがない、もしくは弱い、などでコンセンサスにない部分は各国が自国の事情に合わせて穴埋めする必要があります。

そうしてできたのが国ごとの事情が加味された各国ガイドラインです。

ですから、エビデンスが強い部分については、国が違っても大きく変わることがない場合が多いのですが、エビデンスが低い部分ほど差異ができやすいともいえます。

日本においては、JRC蘇生ガイドラインとAHAガイドラインが共存しており、内容は大筋では変わらないのですが、例えば呼吸確認の方法のようなエビデンスデータがないことに関しては、ちょっとした違いが出ています。

こうした違いがあると、どっちが正しいの? という議論になりがちですが、医学的な視点で言えばどっちでもいいというのが答えでしょうし、国の基準という点で考えれば、日本国内ではJRCガイドラインを優先すべきなのは言うまでもありません。

医療従事者国家試験においてはJRCガイドライン

医学的にはどっちでもいいところなので、治療方針に関して裁量権を持った立場である医師は自由に判断します。

その他の医療スタッフに関しては、ガイドラインの更に先にある病院内の対応マニュアルや方針に従った行動を取るべきでしょう。病院としてAHAガイドラインを採用しているであればAHAでいけばいいし、JRC準拠ならJRCといった具合です。

さて、今回の話の発端は看護師国家試験でした。

日本国の国家試験ですが、この場合、JRCガイドライン準拠で考えるべきでしょう。いくら巷でAHAガイドラインが優勢であったとしても日本がアメリカのガイドラインに従ういわれはこれぽっちもないわけですから、頭をJRCに切り替えないといけません。

今回の国家試験問題で医療関係者がざわついているのは、AHAガイドラインで考える故に迷路にはまり込んでいたり、そもそもガイドラインが複数あって自分が知っているものと国試で求めているものが違っていたという衝撃のようです。

ここは後で論じますが、日本の蘇生教育を考える上では、大きな落とし穴であり、学校教員や救命法のインストラクターの指導姿勢にも課題があることが露呈したのではないでしょうか?

臨床的には、つまり医学的にはどちらでもいいわけですが、医療系学生の国家試験対策としては、JRCとAHAの違いを認識して、学校の授業などはJRC準拠でいかないといけない、というなのでしょう。

なぜ日本では2つの蘇生ガイドラインが混在しているのか?

さて、今回の看護師国家試験で露呈した日本における蘇生ガイドライン混在の問題ですが、なぜこんなことになってしまったのでしょうか?

歴史的な推移を見ると仕方ない部分はあるのかもしれませんが、現状として、日本の蘇生ガイドライン準拠の講習が展開されていない、というのが問題の根源です。

日本には日本独自のガイドラインがあるのに、それに基づいた医療者向け講習会となると極めて限定的なのが現状です。

日本救急医学界のICLSが、JRCガイドライン準拠の医療従事者向け救命処置研修ですが、公開講座としてはあまり開講されず、ディレクター資格を持ったドクターが院内研修としてやっていることが多く、つてのない一般医療者が救命処置を学ぼうと思ったら、地域でオープンコースを開催しているAHAトレーニングサイトに頼るしかないのが現状です。

本稿ではこれ以上は言及しませんが、ガイドラインだけがあっても、それを普及するための媒体や手段がセットで用意されていないと、現実的な運用は難しいようです。

一方、市民向けの救命法教育で言えば、消防も日本赤十字社といった組織だった普及団体があるため、ほぼ完全にJRCガイドライン準拠で固まっているわけで、組織立った教育普及の重要性は明らかです。

せっかく立派なガイドラインがあるのに、それが広まらず、国家試験にも影響している現実、大きな課題です。

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