BLSプロバイダーコースのARCS 学習の動機づけ

アメリカ心臓協会AHAのプログラムは、米国の蘇生ガイドラインを教える講習にも関わらず、日本で圧倒的に支持されている理由のひとつに、その教育手法の秀逸さがあります。

2003年頃だったでしょうか?

日本に AHA-BLS と ACLS が入ってきたとき、「褒める」指導法に日本の医療界に激震が走りました。

それゆえに、しばらくは、とにかくポジティブ・フィードバック、褒めちぎればいいんだ、という勘違いが横行したくらい。(言いすぎでしょうか、、、)

 
アメリカ心臓協会のECCプログラムは、DVDやテキスト、インストラクターマニュアルなどがインストラクショナル・デザインに基づいて教材設計されています。

そのベースとなるのが、教授システム学とか教育工学、成人学習理論と呼ばれる教育サイエンスです。

動機づけのARCSモデル

今日は成人学習理論の観点から、BLSプロバイダーコース を司会進行する上でのコツについて取り上げてみようと思います。

 
大人のための学習と、子どものための学習は違う、というのが成人学習理論の入り口です。

「大人は自ら学ぶ存在」なので、学習意欲に火を付ける形で進めていくと効果的です。

 
成人学習の基本概念:大人は自ら学ぶ存在である
 

つまり、学習者本人が、学習の必要性を自覚し、学びたい、できるようになりたい、という思いをもって主体的に学習に取り組むというのが前提です。それを外から支援するのがインストラクター、という構図になります。

学習意欲を高めるために、AHA-BLS講習では、リアリティのあるドラマ仕立ての映像を使い、興味を引き、学ぶ必然性を感じるような工夫がされています。

学習意欲を高めるためポイントは、ケラーが ARCS モデルという形で提唱しています。

成人学習動機づけのARCS(アークス)モデル

この中でも特に大切なのは R、Relevance:関連性 でしょう。

この学びは自分にとってどんな意味があるのか? なんの役に立つのか?

それを明確化することで学習効率が上がります。逆に言うと学習の意図や目的、自分にとっての意義がないままコンテンツを提供しても、それはなんの学習にもならず、時間の浪費に終わるかもしれません。

そう考えたときに、DVDを流して、練習させるだけでは、受講者にとって意味不明な部分がBLSプロバイダーコースにあるように思います。

いくつか例を挙げてみましょう。

1.成人の二人法BLS

ふたりでバッグマスクを持って歩いていたら人が倒れていた、というあのやや不自然な映像を見ながら練習する二人法BLS。

あの練習の目的はなんなのか?

胸骨圧迫とバッグマスクの練習はすでに終わっていますので、ここではバッグマスクが使えるとか胸骨圧迫ができるようになることが学習目標ではありません。

二人法ですから、「お互いの手技を観察し、質を高めるための声掛けを行う」のが練習の目的です。

このことはDVDを見るだけでは受講者にはほとんど伝わりませんので、インストラクターがきちんと練習の意図を確認する必要があるでしょう。

しかし、当のインストラクターも勘違いしているケースがよく見られます。

例えば、圧迫が浅いようであれば、インストラクターは胸骨圧迫役の人に声をかけるのではなく、換気役の人に声をかけるべきです。「圧迫が浅いことを認識し、強く押すように声をかける」ように介入する、のが本来の指導です。

もし、DVDに合わせての練習が終わった後に、振り返りの時間を設けるとしたら、「いかがでしたか? お互いの手技を確認して、声をかけることができましたか?」であるはずです。

これを単なるバッグマスクと胸骨圧迫の練習パートにしてしまわないように注意が必要です。

2.小児の二人法BLS

小児の二人法BLSも先ほどの成人と同じで、お互いの手技を確認して声をかけ合うというのがポイントではありますが、15:2という圧迫換気比を体験して、成人BLSとの違いを印象に残すという意味もあります。

また小児については、ここ以前には胸の厚みの1/3というという圧迫の強さは練習していませんし、体格によって人工呼吸の送気量も全く異なりますので、成人以上に「過剰な換気を避ける」という点を注意しなければなりません。

こうした学習目標も、DVDを見るだけでは受講者には、ほぼ伝わらないでしょう。

ですから、インストラクターは、学習の目的を伝える、もしくはPWW中の指導に関してもこれらを意識した声掛けを行っていく必要があります。

AHAの基準では、この場面は小児マネキンは使わず成人マネキンで代用してもよいことになっています。成人マネキンで練習をさせる場合、15:2という点以外は成人二人法となにも変わらないため、それこそ本当にまったく無意味な練習になってしまいます。

3.補助呼吸

成人の補助呼吸もPWWで、DVDを見ながら練習させる場面がありますが、これもただのバッグマスクの使い方の練習になりがちなので注意が必要なところです。

そもそも「補助呼吸」とはなんなのか? あの早口のDVDを見るだけではついて来れない受講者が多い印象です。

「反応がなく、呼吸をしていないけど、脈がある成人傷病者には5-6秒に1回の人工呼吸を行う」

それがわかったとしても、それが自分とどう関連があるのか? というところまでは、なかなかイメージが追いつきません。

つまり、どんなときに補助呼吸が必要なシチュエーションに遭遇しうるのか? です。

そこでBLS横浜の講習の中では、練習前に受講者に尋ねています。

 

「補助呼吸が必要な場面に遭遇したことがある人、いますか?」

「例えば、どんなときに『呼吸なし+脈アリ』という状況が起こりえますか?」

 

ここがイメージできていないと、補助呼吸という項目を学習し、練習しても、あまり意味がないのでは? というのがARCSの視点で気づくポイントです。

AHAインストラクターの責務

その他、AHA講習は米国人のために作られていますから、日本人にとっては馴染みがない点や不親切な点が多々あり、学習意欲を促進するという点では日本人インストラクターが積極的にサポートしなければいけない点が多々あります。

例えば、オピオイド過量に対するナロキソン投与とか、日本の臨床では使われることがない ポケットマスクの位置づけ とか。

特にオピオイドの映像を黙ってみせても、日本にはまったくと言っていいほど関係ないところなので、受講者のあたまにはクェスチョンマークが飛ぶだけで、教育者の学習者に対する態度としては不誠実とも言えるかもしれません。

アメリカ心臓協会講習は、成人学習理論に基づいて設計されているわけですから、文化の違い等で受講者にマッチしていないと思ったら、その間をつなげてあげるのが、成人学習理論に基づいて教育を受けたAHAインストラクターの責務です。

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