救急対応における記録の重要性

一般市民向けの救命講習と、救護責任がある人向けの救命講習が一緒ではいけないポイントは多々ありますが、今日は「記録」について取り上げます。

BLS横浜の業務プロバイダー向け講習、例えばBLSプロバイダーコースや、ハートセイバーCPR AEDコース、またはエピペン&小児BLS講習などに参加したことがある方は、時間という点が強く印象に残っているのではないでしょうか?

シミュレーションで実感する記録の重要性

これらの講習ではシミュレーション訓練を入れており、最終的には現場に到着した救急隊員に情報を報告して引き継ぐまでを行ってもらっています。

そこで救急隊員役に聞かれることが、時間です。

CPRを始めた時間、エピペン注射をした時間、AEDで除細動をした時間など。

救急隊員役に聞かれて、初めて誰も時間を気にしていなかったことに気づきます。またAEDを解析した回数、実際にショックした回数なども、ほんの10分程度の間の話なのに誰も覚えていないことに皆さん愕然とします。

シミュレーションの前には、業務対応としては記録を残すことが大切、という点を聞いて頭でわかっていても、記憶に頼るのは限界があることに気づく瞬間です。

一般市民と違って、対応は現場で終わるわけではない

通りすがりの一般市民であれば、足を止めて救護に手を貸してくれた、胸を押してくれた、AEDを使ってくれたというだけで、たいへんありがたい話で、時間の正確な記録がないということは問題にはなりません。(できれば除細動の時間と回数の情報はほしいですが)

しかし、学校現場や福祉施設など、注意義務と説明責任が問われる場においては、記録は極めて重要です。

・いつ、何が起きたのか?
・いつ、何を行ったのか?(その判断の根拠)
・その結果、どうなったのか?

事態は刻一刻と変化していきます。その変化は自然の流れかもしれませんし、場合によっては救助者が何かを行った結果かもしれません。

それが時系列で記録されていることが重要で、時系列がはっきりしないと、因果関係が逆になってしまったり、「謎」が生まれます。

暴言を覚悟で単純化して言うと、謎が多く、はっきりしないと、真実を明らかにしたいということで裁判にもつれ込むリスクが上がります。

記憶はあてにならない

人間の記憶は怪しいもので、隠すつもりはまったくなくても、時間が経つにつれて、自信が無くなってきたり、周りの話を聞く中で別の事実が合成されてしまうことは珍しくありません。良くない例ですが、冤罪事件のように記憶が捏造されてしまう例もあります。

だからこそ、学校や福祉施設での救急対応では記録が重要なのです。

エピペン注射や除細動の時間のように、救急隊や病院での処置に直結するような情報もありますが、事後のトラブル回避や、適切に対応したことの証拠としての側面を見過ごせません。

何を、誰が、どう書くか?

何をしたのかという点はその場にいた人の記憶に比較的残りやすいので事後でも記録に起こせますが、大事なことは前後関係と時間です。

施設内の対応であれば、ある程度の救護者人数はいることでしょう。3人目、もしくは4人目がいたら何をしたらいいか、という点で記録係を設定する妥当性をシミュレーションの振り返りで検討してもらっています。

また、記録して何を書いたらいいかという点も実は問題で、結論からすれば、定形書式としての記録用紙を職員間で検討してAEDやファーストエイドキットに入れておきましょう、という結論にたどり着くようなファシリテーションを仕込んでいます。

記録をつけることは非現実的? 不要?

無我夢中でもいいから、目の前の人にCPRをしてくれたら御の字という「一般市民向け救命講習」と違って、施設職員向け、特に学校や福祉施設での救命講習は、救命処置を練習させるだけでは不十分で、その中身は危機管理・安全講習です。

やったこともない不慣れな心肺蘇生法だけで手一杯で記録まで教えるなんて非現実的という指摘も耳にしますが、現実問題、この記録の不備によって対応した職員たちは後々まで尾を引いてしまっているわけです。

ファーストエイド教育では普通に記録の仕方を教えている

市民向け救命講習では、記録をつけると概念はないかもしれませんが、それはおそらく一般市民向けのバイスタンダーCPRに話を限定しているからで、ファーストレスポンダー向けのファーストエイドでは記録を取ることを教えるのは普通ですし、その書式も医療機関と同じSOAP形式を取り入れていることも珍しくありません。

事故対応ガイドライン、事故検証報告書の提言

また、事故対応ガイドラインや危機管理に関するマニュアルに目を向ければ、正確な記録を、というのは極めて常識的な話です。

例えば、保育業界に大きなインパクトを与えた平成28年の葉山町での保育園死亡事故の事故検証委員会報告書でも、記録の必要性については随所に取り上げられています。

現状のマニュアルには、医療機関の受診に至る具体的な手順や目安が、明確に記載されていない。また、症状の判断として、時間経過の項目がない。(P.16)

4.事故報告と事後分析
(1)記録本事故では、記録の不備が目立った。記録の方法や引継ぎについて大きな課題があることがうかがわれた。
 1.紙面による記録の在り方
 ●課題事故については、具体的な内容や時間経過を残すことになっているが、(中略)
 ▲改善策小さい事故でも、必ず事故としての記録を残す。傷病連絡票(見守り記録)の作成を徹底する必要がある。また、時間経過を軸として、何をしたか手当や観察記録を書く。(p.18-19)

(6)記録の在り方
 1.どのような傷病でも、必ず記録を残す。
 2.記録用紙には傷病発生時の記録のみではなく、時間の経過を追った症状を記録する。
 3.記録により収集した情報を精査し、職場内で共有する。
 4.事故報告の内容には、保護者の思いや訴えも記録する。(p.26)

通りすがりの善意の救命では、その瞬間に目前のできることを精一杯やれば表彰されるくらいの話になりますが、施設内での事故となれば、その後の事後処理というやっかいな問題が待っています。

特に事後処理においては、時間を含めたなるべく正確な記録の有無がその後の事態の展開を運命づけるものにもなることをきちんと認識しておくことは重要です。

危機管理・事故対応という大枠の中で、救命処置の部分だけを、簡便だからと言って一般市民向け救命講習をはめ込んでしまうことの問題性を考える必要があります。

その端的な部分が、例えば「記録」の概念の有無だと思うのです。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする