withコロナ時代の救命講習(市民小児編)-人工呼吸をどうするか?

afterコロナ、postコロナではなく、with コロナ(新型コロナウイルスとの共生)。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)出現以前の世の中にはもう戻らないとも言われています。

今後は新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がいることを前提とした新しい生活をしていかないとするなら、業務上必要な救命講習の在り方も根本から考え直さなければいけません。

withコロナ時代の救命講習の在り方を、子どもの蘇生と大人の蘇生に分けて考えました。

今回は、その小児編をお届けします。

COVID-19リスクが拭えないこの先、心肺蘇生法のやり方も再考する必要があります。

1.心肺蘇生法(トレーニングを含む)の感染リスク

少なくとも1mの距離をあける、飛沫を浴びないように真正面で話さない、など、人との接触や距離感が問題となるコロナ時代。

これまでの救命講習の実際を思い浮かべてもらえば、救命講習は人同士の濃厚接触や、飛沫・接触感染リスクが極めて高い危険な状況であることは想像に難くありません。

特に問題となるのは人工呼吸練習でしょう。

日本で一般的な救命講習ではフェイスシールドと呼ばれるビニールと不織布でできたシートを介してマネキンに呼気を吹き込み、そのマネキンを受講者5-6人で交代しながら、練習を繰り返します。

不織布は水蒸気や唾液を透過させますので、ウイルスや細菌に対するバリア機能は期待できません。汚染されたマネキン・フェイスを介した感染拡大が想定されます。

受講者が交代するたびにマネキンのフェイスをアルコール清拭するなどの対策はできるかもしれませんが、フェイスシートを持つ手に唾液・飛沫が付着し、その手でマネキンの頭部や胸部にふれることでの接触感染の拡大も想像できます。

現在の形の心肺蘇生法が確立してから60年弱。これまで人工呼吸を通して疾病に感染したという報告は数えるくらいしかなく、リスクは低いとガイドラインに記載されていましたが、それが新型コロナウイルス時代には根底から覆された形になっています。

2.withコロナ時代の子ども救命法

子どもの心停止の原因で、まっさきに考えなくてはいけないのが、呼吸のトラブルから心停止に至るというケースです。

医学的に言えば、低酸素血症による心停止(無脈性電気活動→心静止)です。

大人の主要な心停止原因とは異なり、子どもの救命のためには一般に人工呼吸が欠かせません。胸骨圧迫とAEDだけではダメというのが蘇生ガイドラインのスタンスです。

これはwithコロナの時代でも揺らいでいないというのが悩ましいところです。

世界の蘇生シーンをリードするアメリカ心臓協会AHAは、いち早くCOVID-19が懸念される傷病者への蘇生法の変更点を市民向けと医療従事者向けに分けて公開しましたが、大人の場合とちがって子どもの救命処置では「人工呼吸はしなくてよい」と言い切ることはしていません。

この部分の詳細はブログ別記事をご参照ください。
→ 子どもの心肺蘇生法 – 新型コロナウイルス感染疑いの場合

アメリカ心臓協会が発表した COVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染対策を盛り込んだ心肺蘇生法のうち、今日は市民向けの小児CPRについて解説します。 こちらは、AHA...

リスクがあれば人工呼吸はしなくてもよい。でも児童施設職員は?

救命にあたっては救助者の安全が優先されますので、リスクがあれば人工呼吸はしない、という選択肢も出てきますが、問題は救護義務がある施設職員や教職員などです。

児童施設職員にとっては、子どもの心肺蘇生は予期せぬインシデントではなく、注意義務・安全管理上、最悪の事態として普通に想定されているものですから、リスクに備えていなければいけない立場になります。

つまり、新型コロナ禍に関係なく、従前から感染リスクは想定内で準備ができていることが期待されるわけですから、準備がないから人工呼吸をできなかった、という言い訳は通用しづらいのが現実です。(実際にそういう趣旨の訴訟は起きています。)

となると、感染リスクを前提とした人工呼吸トレーニングが必要という話になります。

withコロナ時代の感染防護具の選択・再考

BLS横浜としては、救護義務がある医療者以外のチャイルドケア・プロフェッショナルには、フェイスシールド(一般雑貨扱い)ではなく、医療機器承認を受けたポケットマスクを前提としてトレーニングを展開してきました。

実務としては、with コロナ時代でもポケットマスクで構わないと考えていますが、集団でのトレーニングの状況を考えると、受講者同士の交差感染リスクでは厳しいものを感じます。

日頃の保育園集合研修などでは、ポケットマスクの消毒済みマウスピース部分を受講者ひとり1つ貸し出して、マスクとマネキンは4人程度で共有というスタイルを取っています。

他者の吐息(つまり飛沫)がかかった器具(マスクやマネキンのフェイス)に触れるリスクを考えると、ポケットマスクとはいえ、呼気吹き込み法練習は感染リスクとしては万全とは言えないのが苦しいところです。

  • 受講者の交差感染リスクを考えたら、呼気吹き込み式の人工呼吸練習はしたくない
  • 救命の原理を考えれば、子どもの蘇生には人工呼吸は着実に実施したい

となると、このふたつを両立させるためには、医療従事者が使うようなバッグバルブマスクを使うしかないのかな、という発想になります。

バッグマスク換気はフェイスシールド人工呼吸より簡単

BLS横浜では、日頃、一般市民から医療従事者まで幅広いレンジで救命法を指導しています。

人工呼吸法は立場に合わせて、ダイレクトな口対口から、フェイスシールド法、ポケットマスク法、バッグマスク、気管挿管まで指導していますが、実際のところ、イメージとは裏腹に バッグマスク人工呼吸はかなり簡単 です。

たぶん、気管挿管を除けば、いちばんむずかしいのが、フェイスシールド人工呼吸じゃないでしょうか?

技術的な難易度:
口対口 < ポケットマスク < バッグマスク < フェイスシールド

バッグマスクは医療者向けというイメージが強いかとは思いますが、技術としてはフェイスシールドより簡単ですし、感染面での安全性と実用性でいえば絶大です。

こんな話をすると、バッグマスクは医療器具だから医療者免許がないとダメだという意見も出てきます。

しかし、冷静に考えてもらえば、空気を人体に送り込むという行為で言えば、口対口でもバッグマスクでもなんら変わりません。人工呼吸によって有害事象が起きるとしたら、胃膨満 → 嘔吐とか、静脈還流低下の可能性ですが、そのリスクは口対口でもバッグマスクでも同じです。

日本国内状況:医療者以外もバッグマスクを使っている

日本社会の慣例から言えば、今は医療資格を持たないボランティアのライフセイバーでも、バッグマスクを使って救命を行っている現状があります。

平成31年から、日本ライフセービング協会は、ライフセーバーに対して、バッグマスク使用を推奨する方向に転じました。

一般財団法人とはいえ、社会的立場のある巨大組織の公式通達を考えれば、バッグマスクは「非医療者だからダメ」という単純否定されるものではない点はご理解いただけるのではないでしょうか。

参考:バッグバルブマスクの使用について(PDF 90kb)
(一般財団法人日本ライフセービング協会 会員通達)

救助者 → 傷病者への感染リスク

救助者の安全だけで考えたら、感染防護具を着用した上で、一方向弁になっているポケットマスクを使えば自分を守る対策はできていると言えますが、仮に救助者が不顕性の感染者だった場合、自分の持っているウイルスを傷病者に移してしまうというリスクも否定できません。

そう考えると、救助者と傷病者 双方 の安全を守った人工呼吸法としては、バッグマスク人工呼吸しかありえない、というのが論理的な答えになります。(だから平時であっても病院内の救命処置では呼気吹き込みではなくBVMしかありえないわけです)

3.小学校・保育園・幼稚園 withコロナ時代の救護体制

withコロナの時代では、これまでは軽んじられ気味だった「感染リスク」ほプライオリティが上位にあがりますので、2019年までに見られたような「学校教職員が人工呼吸をしなかった」ことを過失とするような裁判は減るかもしれません。

しかし、医学的に考えたら、救うためには人工呼吸をするべき、というサイエンスは変わりませんので、現場の保育士や学校教職員はどうしたらいいか? と言ったら、安全に人工呼吸をするためにバッグマスク人工呼吸を標準にしましょう、というシステム改革が見えてきます。

保育園やバッグマスクを学校に配備して、職員(全員でなくてもいいかもしれません)にバッグマスク人工呼吸をトレーニングして、安全にフルサイズの救命処置ができるように備えるのです。

そこまでしなくても、救急隊が来てから人工呼吸を始めるのでもいいのでは? という意見もあるかと思います。

しかし、救急車が着くまでの全国平均が8分程度。あなたは8分間呼吸を停められますか? と言ったら、これは絶望的というのは感覚的にもわかるでしょう。

助けたいと思ったら、人工呼吸は欠かせない。となれば、今までは医療者以外がバッグマスクを使うなんて、という先入観をはずして、その妥当性をきちんと議論すべきだと思います。

研修再開までの対策と準備、情勢の見極め

バッグマスクのトレーニングであれば、飛沫を介した交差感染リスクは低いので、手袋を装着する、前後の手指衛生などの配慮をすれば、保育園スタッフ全員に練習してもらうことも現実的にできます。

そのためには保育園にバッグマスクを常備しておくという形になりますが、今はディスポーザブルのバッグマスクがネット上で数百円という驚きの値段で売られていたりもするので、あながち非現実的な話ではありません。

過密を避けるために、マネキンと受講者比率、一回あたりの受講者人数、会場の広さ、練習交代間のマネキンの消毒作業など、研修を開催すること自体への課題は残りますが、ここは現実的にやり方は見えています。

講習1回あたりの「効率」を落とす。参加人数を減らす、中間消毒などで時間が伸びるなどの、効率さえ妥協すれば、研修の実施自体はそう遠い話ではありません。

その時までに、施設内の救急対応体制を抜本から見直しておくべきでしょう。もとに戻るとは考えずに、新しいやり方を考えていくことが必要な時期になっています。

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