昨日、韓国ソウルの繁華街で発生した大規模な雑踏死亡事故、今年の7月には奈良で安倍元首相が銃撃されて亡くなる事件がありました。
どちらも現場の救命の様子が動画で拡散され、今までは見ることがなかった心肺蘇生法の現場とその実態について一般の方が知ることとなり、また別の意味で救命法への関心が高まっていることを感じます。
この2つの救命シーンで共通しているのは、どちらも外傷性心停止に対する蘇生であるという点です。
実は、これ、心臓突然死を前提とするふつうの心肺蘇生法講習からすると想定外のイレギュラーな事態です。
それゆえに救命講習で教わったこととの齟齬が発生しており、混乱を生んだり、間違った認識・見解が流布される結果となっています。
この2事例を通して、外傷性心停止とその救命について解説します。特に誤解の多いAEDについても詳説します。
今日は、まずは韓国での雑踏多発圧迫死事故について。
韓国ハロウィーン雑踏群衆雪崩事故
昨日、10月29日に起きた事故でまだ詳細はわかっていないので、現在の報道レベルで考えられることの考察です。
人がひしめき合った坂道で起きた大規模転倒事故で群衆雪崩がおき、下敷きになった人たちが数十人規模で心肺停止に。
SNSでは何人もの人が胸骨圧迫(心臓マッサージ)を受けている動画が拡散されていました。
このケースではAEDを装着されている人はひとりもいません。この点を問題視しているSNSコメントが目立った気がします。
さて、人波に押しつぶされて心肺停止になるとしたら、原因はなんでしょうか? AEDさえあれば助かったのでしょうか?
圧迫死とは
全身に強い圧力を受けて死に至ったものを圧迫死といいますが、圧迫死にはいくつかの機序(メカニズム)があります。
圧迫により循環が傷害される【圧死】
あまりに強い力で潰されて一気にぺちゃんこになってしまうような状況であれば、臓器損傷による出血や、心臓や大血管が潰されることで血流が途絶える循環不全が考えられます。
これらは圧迫死の中でも特に「圧死」と呼ばれます。
息ができなくなる【窒息死】
もうひとつの原因は、比較的長い時間、胸部が強く圧迫され続けることで、息ができなくなって低酸素状態で起きる心停止。
これは窒息死に分類されます。窒息というと喉が詰まるイメージがつよいですが、胸がつぶされて呼吸運動ができない、という点で、これも窒息死になります。外傷性窒息といいますが、生理学的に言ったら水に溺れた状態と同じイメージで考えてもらってもいいと思います。
圧迫死の多くは窒息が原因
家屋倒壊による圧迫死が目立った事例として、阪神・淡路大震災でのデータによると、圧迫死のうち、出血など循環が原因の圧死が 8% 、窒息死が 61% だったそうです。(参考Web)
今回の韓国のハロウィーン雑踏でのケースは、まだ分析はされていませんが、状況から推察するに、やはり圧死よりは窒息死が多かったのではないでしょうか?
圧迫死 ≒ 窒息からの救命 必要なのはAED?
低酸素から死にいたる流れ
圧迫にしろ、溺水にしろ、息ができなくて命を落とすとしたら、どんな機序をたどるでしょうか?
息ができない状態が数分以上続くと、組織細胞に酸素が足りなくなり、臓器の働きは弱ってきます。例えば、脳の働きでは、意識状態が低下していき、最後は意識不明・反応なしの状態に。
この時点では、心臓はまだ動いています。脳に比べて単純な働きなので、意外と心拍は続きます。しかし、心臓も酸素不足で弱っていくため心拍数は落ちていきます。
徐々に心拍数が下がっていき、例えば通常は80回/分くらい心拍数が、15回/分まで下がったとしたら、血圧はどうなっているでしょうか?
ゼロではないにしても、ほぼ血圧がない状態。少なくともふつうの血圧計では測れませんし、脈を触ってみても拍動は触れないレベル。
これが窒息(低酸素)による心停止のはじまりです。
低酸素で弱った心臓に元気さを取り戻してもらうためには
この時点で血圧が低すぎるという点で、胸骨圧迫は必要ですが、血圧が低い原因は、心拍数が遅すぎるからで、その原因は心筋細胞の酸素不足。
ですから、血液循環を促す胸骨圧迫だけでは救命はできません。血液中の酸素を使い切ってしまっている状態だからです。
そこで必要なのが人工呼吸。
人工呼吸で血液に酸素を溶け込ませてあげて、血流がほぼないから、胸骨圧迫で血液を巡らすことで、心臓の細胞に酸素を供給する。心臓に酸素が届けば、元気さを取り戻して心拍数が上がっていき、血圧が上がって、助かる可能性がでてくる。
ですから、あの韓国の雑踏事故で、何がなんでも助けたい! と思う人がいたのであれば、やるべきことは 胸骨圧迫+人工呼吸 だったと言えます。
低酸素からの心停止にAEDを装着すると
韓国の事故では同時に数十人が心停止が発生したと言われています。AEDがあったとしてもとても追いつく数ではなかったものと推察されます。
原因はなんであれ心停止で心肺蘇生をしているのであれば、AEDを装着すべきです。これは間違いありません。
ただ、圧迫による窒息死に対してAEDを装着したら、AEDは電気ショックをするのかというと、、、、おそらくですが、「ショックは不要です」と言われます。
AEDがショックをするのは心臓がケイレンしているときだけ
AEDの電気ショックを医学的に「除細動」といいますが、除細動はその漢字の通り、細かく震えていて血液拍出機能がなくなってしまった心臓に対して「だけ」電気ショックをして、不要な震えを取り除く装置です。
不整脈が原因で発生する心臓突然死(心室細動)には有効なものですが、心臓の組織細胞の酸素不足で起きた心拍数の低下による心停止だとしたら、心臓はゆっくりなだけで「細動」ではありませんから、AEDは「ショックは不要」と判断します。
AEDは心停止を判断する道具ではない。心停止のタイプを判定するだけ
AEDがショック不要というと、生きているんじゃないか、蘇生したんじゃないかと考える方が多いですが、胸骨圧迫されていても反応がなく顔色がひどく悪い場合は、心停止が続いています。AEDは心停止を判断する道具ではない、という点、注意が必要です。
心肺蘇生されている人で、AEDがショック不要というときは、心室細動以外の心停止、ということになります。
繰り返します。心停止の原因はなにか、ということは、AEDを装着してみないとわかりませんから、心停止でその場にAEDがあるのなら全例でAEDを装着するべきです。
しかし、状況判断としてAEDが遠方で人手が足りない場合など、無理に取りに行くほどではない、と考えても良いかもしれません。
まとめ
心停止ときたら、胸骨圧迫とAEDで、人工呼吸はしなくていいと市民レベルでは教わっていますが、これは社会全体として発生頻度が高い心臓突然死(心室細動)を前提として「普及啓発」のために言われているものです。
愛する人を救いたいと思ったら、AEDよりも積極的に人工呼吸をした方がいいシチュエーションもあるのです。例えば、海で溺れた、というのは人工呼吸が必要な典型的なパターンです。
人工呼吸はしなくていい、のではなく、立場・状況によっては開始が遅れるのは仕方ない場合があるというだけ。【人が生きるために呼吸は欠かせない】
今回の雑踏事故も、冷静になって考えれば、遠くのAEDを取りに行って蘇生開始が遅れるよりは、まずは胸骨圧迫を始めて、相手が家族や友人、絶対に助かってほしいと思える存在であるのなら、口対口人工呼吸を行うという選択肢もあったのです。
この手の報道が出る度にAEDのことばかり言及されて、人工呼吸についてまったく触れられず、逆にあまり正しくない見識が流れることが多いため、この記事を書かせていただきました。
医療者や救護責務がある方、本気で愛する人を助けたい人は、型通りの救命講習の内容から一歩踏み込んで、人が生きるしくみと死ぬしくみを理解した上で、最善を尽くす方法を考えていただけるとうれしいです。