BLS横浜は、一般市民向けから医師向けまで、幅広いレンジで心肺蘇生法の研修・講習を行っていますが、特に力を入れているのが「業務用の市民向け救命講習」です。
医療従事者以外の方ということで市民と表現していますが、市民の中でも「一般市民」と「業務対応として救命を行う市民」を明確に区別しています。
この違いは、バイスタンダー(通りすがりの立場)なのか、レスポンダー(呼ばれて駆けつける立場)なのか、という区別でもあります。
例えば、呼ばれていって救護対応の責務を追う立場である学校や保育園、福祉施設などでの救命講習の冒頭には次のようなスライドを提示しています。
この項目に従って、どんな説明をし、どんな講習展開しているのかを、紹介します。きっと一般市民向けとの違いが重要である点、ご理解いただけると思います、
複数人でのチーム対応と連携
一般的な市民向け救命講習は「一人法CPR」を前提にしています。
AEDを持ってきた人が応援要員として2名になることはありますが、どんな状況でも対応できるように、ということで一人でできる自己完結型の練習が基本となっています。
それに対して、学校施設などの事故対応は1人だけということはなく、複数の職員が集まってくるので、「役割分担」という重要な判断が出てきます。
複数人で対応できるというのは、本来は頼もしい心強い状況なのですが、役割分担や連携がうまく行かずに、かえって混乱を生じることが多いのが現状です。
そこで学校等の施設でのトレーニングには連携の練習を盛り込むことが重要です。
役割分担と連携のトレーニング方法
やり方は簡単で、3−5人くらいの人数で、傷病者発見から通報、心停止認識、CPR開始、AED装着、人工呼吸、胸骨圧迫の交代、救急隊員への引き継ぎまでをやや長めの時間設定でやってもらうのです。
できればAEDの解析を2回するくらいの時間は取りたいですね。
やってみると、AEDが届いてもなかなか使われなかったり、AED準備で服をはだけるとかパッドを間に胸骨圧迫が止まってしまったり、胸骨圧迫と人工呼吸の30:2ができていなかったり、交代のときに必要以上に圧迫中断が生じてしまったりと、いろいろな不具合が発生します。
終わった後、やった皆さんで振り返りをしてもらいます。
するといろいろな問題点や改善策が見えてきます。
で、それを踏まえてもう1回やってもらう。そうすると格段にスムーズにできるようになります。
チーム連携のコツについては事前にレクチャーはしますが、わかっていてもできない、ということを体感してもらって、危機意識を持って自分たちで課題に取り組む体制を作り、経験から学ぶ機会を提供する、そんな教育手法で鍛えていくことができます。
消防との連携
職員同士の連携以外に、消防(救急隊)との連携も重要です。
そこで上記のチームトレーニングのときは、119番通報を頼まれた人は実際に声に出して通報をしてもらいます。インストラクターが消防の指令員役になって対応をします。
これをやってみると、
・施設の住所が言えない
・現場以外の固定電話(例えば職員室など)から通報すると状況が答えられない
・通報しに行った人はなかなか現場に戻ってこれない
ということに気づきます。
また想定練習(シミュレーション)の最後は、救急隊が到着して引き継ぐところで終わりにします。
そこで救急隊員に聞かれます。
「AEDでショックをしましたか? 何時何分ですか?」
「その後、AEDは解析をしましたか? 何回ですか?」
「人工呼吸でちゃんと空気は入りましたか?」
「家族や親御さんには連絡はついていますか?」 など
これらは、最後に説明する記録の大切さに繋がっていきます。
責任
一般市民向けの救命講習では「責任は問われません」と教えられます。
しかし、学校や福祉施設での救命処置は業務対応ですから、顧客の安全管理という点で責任が発生します。
学校で起きた死亡事故というのはある意味災害で、災害といえば防災訓練、避難訓練。子どもたちを安全に誘導する責任があるから、定期的に訓練をしているわけです。それと同じです。
バイスタンダーが行う救命処置は善意で任意のものですから、うまい/下手は問われません。なんでもいいから、やってくれたら「ありがとう」という水準のものです。
しかし学校・福祉施設での事故では、傷病者の人になにがなんでも助かってほしい、という強い期待感が伴います。
つまり、医療者ほどではないにしても、ある程度、ちゃんとした効果的な蘇生技術を提供したいということなのです。
ですから、練習量が一般市民向けと同じであってはおかしいし、その指導の上でもゴール設定がやや高くなります。
質の高い蘇生を目指すためには
具体的に言うと、施設職員やレスポンダー向けの心肺蘇生法では「質」が求められます。英語でいうところの High Quality CPR を目指したいのです。
High Quality CPR 質の高い心肺蘇生
・強く(成人:少なくとも5cm / 小児乳児:胸の高さの少なくとも1/3)
・速く(100〜120回/分)
・胸壁を完全に元の高さに戻す(もたれかからない)
・中断を最小限に(1秒未満)
人工呼吸
・空気を入れすぎない(胸が上がる程度、1回1秒)
この質を維持した手技を完璧にマスターするというのは医療者でもなかなかたいへんなもの。
そこでチーム連携を活用するのです。つまり、蘇生現場にいる人たちが、CPRの様子を見て評価・修正を行っていくように指導します。
子どもの場合、胸骨圧迫の深さは「胸郭が少なくとも1/3沈む深さ(≒半分近く)」と言われていますが、やっている当人はそんなことは判断できません。しかし外から見てみると明らかに浅いというのがわかったりもします。そんなときは、「もっと深く押して!」と声をかけるわけです。
その結果、良さげな深さになったら「その深さで良いと思う」ということを伝えて継続してもらいます。
マネキン相手ですが、こんな練習をしてもらうことで、できるかぎり質の高いCPRが実現できるような訓練を行っていきます。
記録
道端で起きた事故に通りすがりの立場で対応したのであれば、傷病者が救急車で運ばれていったら、そこで終わりです。
しかし、保育園や学校で起きた事故なら、子どもが救急車で運ばれていったあとには、保護者への説明が残っています。また事故報告書の作成もありますし、場合によっては警察の事情聴取、さらには裁判での証言が求められるかもしれません。
そんなとき、記憶を頼りに説明しようとすると、あとからあとからいろんな記憶が蘇ってきたりして、話が二転三転してしまうことがままあります。
一生懸命思い出そうとした結果であっても、聞いている方からすると「なにかを隠そうとしているのではないか?」と疑惑を持たれてしまうかもしれません。
そうして話がこじれていき、「真実を明らかにしたい」といって裁判にもつれ込むケースが少なくありません。
こうしたことを防ぐためには、なるべく早いうちに、できればその最中に記録を残しておきたいものです。
時系列が大事です。
何時何分、何が起きた、何をした、という記録。
そこを意識してもらうために、チーム連携のところで書いたように「救急隊員が時間を尋ねる」という場面を作っているわけです。
記録の大切さは講習の最中にも言葉では説明するのですが、やってみると手が空いている人がいても、記録をつけるという行動にはなかなか繋がりません。
やってみて、振り返りをすることで、記録の必要性が行動として落とし込まれていくように工夫しています。
振り返りのなかでは、記録をつけるのは誰がいいでしょうか? と問いかけて、考えてもらっています。
いちばん状況がわかっているのは、第一発見者でしょうか? であれば、人が集まってきて3人、4人となった時点で、「記録して!」と第一発見者をCPR要員から外してあげる配慮も大事かもしれません。
まとめ
冒頭のスライドは、幼稚園や福祉施設、学校での講習の最初に提示しているものです。
最初に要点をお伝えし、これらの要素を講習の終盤のチームシミュレーションの中に散りばめることによって、最初に言われたことはこういうことだったのか、と納得してもらい、実行動につながるような「からくり」を仕込んで講習を組み立てています。
一般市民向けの心肺蘇生法講習は、テニスで言えば素振り練習みたいなものです。最低限やってほしい決まった所作を身につける練習。
業務用の救命講習は、現場で実戦対応することを目指すものですから、状況に合わせての応用力が必要で、それを鍛えるのが想定練習、シミュレーションです。
シミュレーションもただ闇雲に複雑な設定をするのではなく、学んでほしいことが体験できるようにシナリオやシチュエーションを設定し、振り返りのポイントを絞り込んでおくことで、現場実践への橋渡しとなるのです。