水難事故、命を救うのはAEDではなく人工呼吸

毎年、プール開きのこのシーズンになると、子どもたちをプールに引率する親御さんたちのグループからAED講習の依頼を受けます。

プールに特化した救命講習なのに「AED講習」という名目で依頼されると、私たちとしては少し複雑な気持ちになります。

というのは、恐らくプールサイドで不慮の事故が発生し、心肺蘇生を行なう場面があったとすれば、AEDを装着しても「ショックは不要です」というメッセージが流れることが少なくないだろうと想像されるからです。

心停止には大きく3つの種類があります。

・心室細動/無脈性心室頻拍(VF/pulseless VT)
・無脈性電気活動(PEA)
・心静止(asystole)

溺水、つまり水に溺れた場合は、低酸素という状態が引き起こす無脈性電気活動(PEA)という状態になっている可能性が高いと考えられます。それはやがて心静止という最悪の状態に移行します。

3つの心停止のうち、AEDの電気ショック(除細動)が有効なのは、心室細動/無脈性心室頻拍の場合だけで、無脈性電気活動と心静止の場合は除細動は適応ではありません。

無脈性電気活動という心停止の状態から命を救うために必要なのは、原因を調べてその原因に対する処置を行なうこと、です。

溺水であれば、低酸素(酸素不足)の可能性が高いわけですから、酸素を体内に送り込むことが救命の鍵となります。つまり人工呼吸を行うことです。

胸骨圧迫も大切ですが、それは血液に酸素が溶け込んでいることが前提です。水に溺れた場合、血液中の酸素を使い果たしてしまった結果として心停止になるわけですから、人工呼吸をしないで胸骨圧迫だけを続けても低酸素という心停止の原因の解消にはなりません。

ということで、プールサイドで起きる心停止から命を救うのは「AED+胸骨圧迫」ではなく、むしろ「人工呼吸+胸骨圧迫」なのです。(AEDが無駄と言っているわけではありません)

依頼主からはAED講習と言われているので、AEDも含めて「人工呼吸+胸骨圧迫」の講習を行なうのですが、状況に特化した講習を行なうのがいいのか、それともどんな場面でも使える一般的性を残した講習がいいのか、私たちはいつも悩みます。

せっかくAEDが脚光を浴び、関心を持ってくれる人が増えたのに便乗したい気持ちがある反面、AEDがどんな場面でも使えるわけではないことを、日本社会の中でもそろそろ伝えていってもいい段階に入っているいるような気もしています。

どんな場合でもAEDを装着するという指導は間違ってはいないと思っています。しかし、心停止の仕組みを考えたときに、水難事故で、街中の突然の心停止と同じほどにAEDに執着させる必要があるかと、その重さ付けの判断に揺らぎを隠せません。

そんな悩みを残しつつ、やはり水難事故のフォーカスさせて、今年も講習を行なってきます。

少なくとも人工呼吸の大切さは強調していかなければならないでしょう。

難しい、気持ち的に実施に抵抗がある。だからこそ、それを払拭するためのトレーニングと、適切な感染防護具の準備の必要性を認識してもらうのです。

それが、プール授業前の教職員向け救命講習だと思っています。

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