8 月に入ってから、救命法の指導員界隈がざわついています。
原因は、厚生労働省からのこの通知。
オートショック AED、つまり全自動式の AED が、ついに日本でも認可されてしまったというのです。
市民が使用する上で混乱や危険が生じる可能性があるので、今後の救命講習の中では、旧来の AED と全自動式 AED を区別してきちんと教えて下さいね、という内容の通達になります。
この通達が、都道府県宛、ならびに総務省消防庁経由で、各消防本部に拡散されていき、その通達を見た現場の消防職員たちが「これ、なに?」と SNS でざわついているという次第です。
全自動式のオートショック AED とは
今までの AED は、実は半自動式
AED とは、Automated External Defibrillator、自動体外式除細動器と翻訳されています。
AED はもともと自動なのですが、これは 心電図解析から充電まで が自動というだけで、最後の電気ショックの実行は、人間がボタンを押す必要があります。つまり、自動と言いつつも、実は半自動だったのが、これまでの AED です。(フルオートではなくセミオート)
ショックボタンを押す必要がない
それが今回、日本でも認可・販売が開始されるオートショック AED は全自動で、最後の電気ショックを実行まで、自動で行われてしまうのです。
電源スイッチを入れて、音声指示に従って心停止状態の人に電極パッドを装着すると、心電図解析が始まります。電気ショックが必要と判断されると、離れるような指示とブザー音などの合図のあと、ドカンと電気ショックが実行されます。
一見便利なようですけど、「誰も触っていませんね」という、人間が目視で行う最終安全確認を待つことなく、AED の勝手な(?)タイミングで電気ショックがされてしまう、という点で、怖い、危険という側面があります。
なぜ、今になって全自動 AED が認可された?
実は全自動式の AED は、決して新しいものではなく、米国では昔からありました。AHA の BLS ヘルスケアプロバイダーコースのG2005年版の映像教材でも登場していたのを覚えている方もいるかもしれません。
今回、日本で販売認可が下りたのは、「サマリタンPAD 360P」で日本ストライカー社から発売されます。このモデルは米国では 2014 年から販売されているものになります。
なぜ、今このタイミングでオートショック AED が日本で認可されたのか、厚労省の通知を見ても書かれていませんが、上記のプレスリリースによると「処置が遅れるリスクを低減」というのが主たる理由であることがわかります。
ショックボタンが押されない、という事故事例
実際にこれまでも、ショックが必要なのにボタンが押されない、もしくは遅れるという事故がしばしば発生していました。(最悪内部放電されます)
例えば、有名な下記の AED 使用時の音声記録の映像をご覧ください。(3分23秒から再生される設定になっています)
AED が「ショックを実行します」とショックボタンを押すことを促しているにも関わらず、周りの声にかき消されて、直ちにショックがなされていない様子がわかります。
このような事態を防ぐ、ショックを遅らせないためにも、全自動式の AED の必要性が日本でも認められたということなのでしょう。
ショックを遅らせないことと安全性の天秤
しかし、しかし、です。
上記の動画の場面で、オートショック AED が使われていたらどうだったでしょうか?
詳細は不明ですが、周りの救助者や仲間が必死になって傷病者に呼びかけています。肩を揺すっていたり、手を握っていたりということはなかったでしょうか?
心電図の解析が正しくできていたということは、おそらく余計な電気ノイズが乗るような接触はなかったのだと考えられますが、ショックボタンを押すようにという音声メッセージを聞き逃しているくらいですから、着実な堅実に AED 指示が守れていたかというと疑問です。
AED 指導の原則を守れば、なんら変わらない。けど…
AED の使い方を教える上で必要なことは2つだけ。
2.音声指示に従う
これを守れば、全自動式の AED で怖いことはないし、今までと何らかわかることはありません。
これは事実。
しかし、実際の救命講習で指導員が上記を正しく伝えているかというと、残念ながら否です。
AED 操作練習の目的を履き違えて、講習会場にある練習機を固有の手順で使うことを教えてしまっていませんか?
聞いて従う、と言葉では教えつつも、指導員のデモンストレーションを覚えさせて真似させる、そんな形骸化した講習になっているケースが多くないでしょうか?
現場でどんな機種に遭遇するかわからないバイスタンダー向けの救命講習であればあるほど、汎用性を高めるために「聞いて従う」を強調しなければなりません。
ただ、それを言葉でいくら言っても、たぶん、実用レベルでは伝わりません。
指導法を抜本的に見直す
言われてわかった気になるのと、体験を通して納得するのは大違い。
そのために、BLS横浜では、事前練習なしに複数人のシミュレーションの中で、いきなりAED練習機を使う体験をしてもらう場合があります。
複数人が集まり、誰かが胸骨圧迫をしたり、人工呼吸の準備をしている中で AED を使ってもらうと、その雑然とした雰囲気で「聞く」ということがほとんどできません。
そのため、トンチンカンな結果に終わることがほとんど。(ショックボタンを押さずに内部放電されてしまう事態もよく起きます)
これだけだと、失敗体験で終わってしまいますので、この先からが本番。
実際に対応した皆さんで振り返り(デブリーフィング)をしてもらうのです。
事前に知識として知っていて簡単だと思っていた、
2.音声指示に従う
ということが、ちっともできなかった現実。
なぜか? どうしたらいいのかをみんなで振り返ってもらい、次に向けた作戦会議をしてもらうのです。
その上で、もう1回同じことをやってもらいます。
そうすると、完璧ではないにしてもどうにか形になります。
ある意味、失敗から学んでもらう、わけです。
聞いて従う、という簡単なことが、現場では難しい。
そのことをまず理解してもらう必要があり、そのレディネスが整わない中で言語情報として「聞いて従う」を連呼したところで、まったく響かないのは当然のこと。
形だけ教えるのと、ちゃんと教えるの違いはこういうことで、どうしても手間と時間は必要です。この教育・学習手法が 経験学習 です。
まとめ
2021年8月から、日本でも全自動式AED(オートショックAED)の発売が開始され、AED 機種ごとの多様性の説明と、原則通りの「聞いて従う」という実践的な指導が求められます。
救命法の指導員は、安全上の責任として「聞いて従う」ことを身に着けさせる実践トレーニングを行う必要があり、恐らくそれは教育手法として【経験学習モデル】を採用しない限りは難しいでしょう。
経験学習の手法については、過去にもブログで解説していますので、ぜひそちらもご覧ください。
救命講習を受けても「できる」ようにはならない その理由
https://blog.bls.yokohama/archives/6934.html経験学習 デブリーフィングのコツ
https://blog.bls.yokohama/archives/7772.html
生きている人に電気ショックされてしまうリスクの増大
これはフルオート式に限った話ではありませんが、AED 講習の不適切な指導で、必要のない人にAEDを装着して、誤って電気ショックがされてしまう懸念は日本でも現実のものになってきています。
今回、全自動式のオートショック AED の導入で、不要な電気ショックをされてしまう事故が増えるのではないかとの懸念も聞かれています。
これについては、また今度、別項で取り上げようと思います。