指導員養成と教育工学一覧

「窒息解除に掃除機はNG」を文脈学習で納得してもらう

救命講習を開催していると、うんざりするくらいに聞かれるのが「掃除機で吸引するのはどうなんですか?」という質問。

これは市民向け救命講習だけではなく、医療従事者向けのBLS講習でもよく尋ねられる定番の質問です。

とある精神科病棟勤務の方からは、実際に病棟で窒息解除用として掃除機を用意しています! という話を聞いたこともあります。

結論から言えば、「窒息解除に掃除機吸引は推奨しない」なのですが、TVで医師が掃除機を勧める発言をしていた事実もありますし、それで助かったという事例があることも事実。

なかなか受講者に理解してもらうのが難しいテーマでもあります。

救命法指導員の皆さんは、どのように説明していますか?

 

「ガイドラインに載っていません。つまり推奨されていません」

 

と事実を述べても、TVで医師が推奨しているのを聞いたことがある、と言われてしまったときには説得力は厳しいです。

そこで、これを教育工学でいうところの「文脈学習」的に対応したらどうなるか? という例をお示しします。
 
 

「掃除機で吸引するっていうのはどうなんですか?」
「良い質問ですね。みなさん、疑問に思うようです。じゃ、一緒に考えてみましょう。今、講習会場のここで私が喉につまらせたら、皆さん、どう行動しますか? 掃除機をどこに取りに行きます?」 
「1階の受付? でも1階の受付には掃除機はおいてないですよね。そこから掃除用具置き場に職員と一緒に取りに行って、エレベーターで7階のここに戻ってきて…」
「この部屋のコンセントはどこにありますか? 掃除機のノズルは私の口の中に入りそうですか?」
「さて、ここまでやるのに何分かかりそうですか? 5分?」
「皆さん、5分間息を止めて我慢できますか?」
「不確かな掃除機を探しに行くより、背中を叩くとか腹部突き上げ法とか、自分の身ひとつでできる処置をサクッとやった方がいい気がしませんか?」

 
本当はシミュレーションで体験してもらうと、確実に痛感してもらえるのですが、対話形式でも十分伝わります。

理屈をあれこれこねるより、実際にやったらどうか? を具体的にイメージするサポートをし、自分自身の判断で「現実的ではない」と理解してもらう方法です。

一般論で話を勧めると、言葉遊び的にあちこち飛んでしまう話題であっても、現実問題として真正面から向き合ってみれば、すっきりと帰着することがよくあります。

文脈学習、これは蘇生法教育と生存の関係性を語る上でも欠かせないポイントです。

ここではあまり詳しく説明することはできませんが、文脈学習の意義について、なんとなくイメージできたでしょうか?


救命講習を受けても「できる」ようにはならない その理由

学校教職員に救命処置トレーニングの話をすると、「毎年救命講習を受けているので大丈夫です」と自信満々に言われることがあります。

救命講習を受ければ、心肺蘇生ができるようになるのか?

残念ながら、答えは否です。

これは教材設計の観点で説明ができます。

BLS・救命講習の場面:AED装着のためにマネキンの服を切る

救命講習のゴール設定は?

研修プログラムを企画するときには、まずゴールを設定します。

そのゴールに到達するように中身を組み立てていくわけです。

そしてそのゴールに到達したかを評価・判定する試験を実施し、必要ならゴールに達するまで練習を追加したり矯正を行います。

さて、世の中の一般的な心肺蘇生法研修のゴールはどこに設定されているでしょうか?

実際の講習風景を思い出してもらえばわかると思いますが、
 
「床に仰向けに置かれたマネキン相手に、決められた手順で所作をこなせること」
 
です。

最近は実技試験は実施しない研修が増えています。仮に試験を行ったとしても、そこで指導員が確認できたことは、

 

反応なし・呼吸なしであることがわかっている人形に対して、肩をたたき呼びかけて、5−10秒間胸を見たあと、胸骨を押して、呼気を吹き込んだ。

その結果、マネキンの胸部が5cm沈んで、呼気吹き込みにより胸が上がった。

 

ということに過ぎません。

このことをもって、「心肺蘇生法ができる」ようになった、と言っていいのでしょうか?

同じことを、生きているか死んでいるかわからない人間相手に現場でできるかのでしょうか?

講習会場と現場のギャップを埋める

研修でできることと、現場で実際にできることは違う。

そんなことを言ったら身も蓋もないと言われるかもしれません。

指導に当たる人はそんなことはわかった上で教えているのかも知れませんが、当の受講者はどう感じているでしょうか?

 

「救命講習を受けているから大丈夫です!」

冒頭のような学校の先生とのやり取りを考えると、決して看過はできません。

研修目標の段階・階層

教育工学の世界では、研修プログラムの目標設定とその評価方法は4段階にわけられると言われています。

カークパトリックの4段階評価モデル

研修の良し悪しの判断を受講者の満足度(つまり主観)で判断するのがレベル1。この場合、その研修が効果があったのかどうかはわかりません。

受講者がゴールに達成したかどうかを筆記試験や実技試験できちんと図りましょうというのが、レベル2。

次のレベル3というのが実践として「現場で出来る」ことまで保証しましょうという段階です。

どんな救命講習も、このレベル3を目指しているはずなのですが、その教育内容を見る限りはレベル2止まりであるという点を自覚する必要があります。

このレベル2とレベル3のギャップは大きく、歴然とした溝として深く横たわっているのです。

このギャップをどう埋めるか?

ときどき報道で目にする「研修を受けていたけど出来なかった」というニュースを見ると、講習の限界とか、仕方ない、で諦めるのではなく真剣に考えなくてはいけないところではないでしょうか。

 

安全な講習会場 VS. 状況が予測できない実際の現場


必ず心停止しているマネキン VS. 状態がわからない生身の人間

 

講習と現場は違うわけですから、いくら講習でできるようになっても、それだけでは決定的に足りないものがあるのです。

通常の心肺蘇生講習に足りないもの ー事故報告書の提言

そこで何が必要かというと、例えば、2018年に「給食中倒れ生徒死亡、元校長ら書類送検 業過致死の疑い」という報道がありました。

 

給食中倒れ生徒死亡、元校長ら書類送検 業過致死の疑い:朝日新聞記事

 

床に倒れて頭から血を流していた意識不明の生徒に対して、駆けつけた養護教諭らが的確な応急措置をせずに死亡させた、という事故です。

給食中に喉にものを詰まらせて意識を失って倒れて、その際に頭部から出血したという経緯だったのですが、後から到着した養護教諭は出血に気を取られて、意識がなかったのに応急処置の基本である呼吸確認をしませんでした。そこで窒息に気づかず助けることができなかったというケースです。

大分県教育委員会:南石垣支援学校事故報告書

本ケースからは、学べる点が多々あるので、ぜひ大分県教育委員会が出している 大分県立南石垣支援学校における事故調査報告書(令和元年7月)をご覧頂きたいのですが、今回特に取り上げたいのは【7 提言 [PDFファイル/3.02MB]】の p.77 にある下記の記載です。

 

事故を教訓として、今後なすべきこと

(中略)
これまでは傷病者が仰向けの体勢であることを前提として研修を実施しているが、うつ伏せに倒れている場合、出血をしていた場合など、傷病者の様々な体勢にに対応できるような内容も必要である。

 

つまり、「理想的な条件下で規定の所作を繰り返す練習」だけでは、現場対応するには不十分である、と指摘されているのです。

また、この記述の前には、119番通報が現場からではなく事務所経由で行われたため、消防側でも状況把握ができずに、的確な口頭指導ができなかったことも問題視されています。

119番は救命の連鎖の中でももっとも効果が高いと言われている部分です。一般的な救命講習では、「あなた119番!」の一言で終わってしまうところも、現実の対応を考えたらトレーニング内容も見直さなければいけない部分です。

さらには、学校などの救急対応はたった一人で行うことはありません。いかに他の職員や消防などと連携するか、役割分担を明確にし、判断するリーダーの存在があり、意思決定と共同を前提に行動するトレーニングが必要で、これこそが現場で動けないことの大きな要因となります。

一般的な心肺蘇生法研修は基本は1人法BLSしか扱いません。強いて言えば、AEDを持ってきてくれる人、ということで二人法までは扱いますが、それ以上の連携こそがもっとも難しく、訓練が必要な部分と言えます。

心肺蘇生法トレーニングは、避難訓練と同じです。

現場を想定し、実際の動きをシミュレートしなければ、実践では使えないのはあたりまえの話というのは、すこし考えてみればわかるはずです。

パニックに対応するトレーニング

蘇生ガイドライン2010の時代に指摘されていた点ですが、救命処置に関してうまく対応できなかった要因として最大のものが「パニックになった」というものでした。

そこで当時のガイドラインでは、パニックに対応するためのトレーニングを追加することが必要であるという提言がされていました。

これはシミュレーションの中で、それまでの練習とは違うシチュエーションを少しでも盛り込めば簡単にトレーニングできます。
 

  • マネキンがたくさん服を着せておく
  • AEDが「ショックは不要です」という
  • 人工呼吸の空気が入らない(マネキンに細工をしておく)
  • AEDの解析のタイミングで第三救助者を投入して音声に集中できない状況を作る、など

 
傷病者発見から胸骨圧迫開始判断までを、マネキンではなく人間の演技でやってみるだけでも、ずいぶん違います。

うつ伏せである、意識はないけど呼吸はしている、など。

非医療者にそこまで求めるのは酷じゃないか、という意見

こういう提言をすると、「そこまで一般市民に求めるのは酷だ、非現実的だ」という指摘をよくいただきます。こういった声は医療の専門家である医師や救急救命士などからも聞かれます。

しかし、研修というものは、できないことをできるようにするためにあるものであることを忘れてはいけません。

現場で実践できるようになるために研修を行うわけです。現場ありきであり、マネキン相手に決められた動作をすることが目的ではありません。

研修はゴールから逆算して設計していきます。

おそらく現状の形骸化した心肺蘇生法講習を基準に考えるから、難易度が高すぎるという見方になると思うのですが、そもそも現在の救命講習の設計自体が適切だったのか、ということに立ち返って考えてみる必要があるでしょう。

これは、現状の講習を否定するものではありません。

テニスや剣道のトレーニングと同じで、最初は素振りも必要でしょう。しかし素振りだけで試合に出られるわけではありません。いくつかのステップを経て、対戦練習、そして試合へと大成されていくわけです。

現状の救命講習は、おそらく素振り+α程度の位置づけになっています。

その先のトレーニングが必要ということです。

基礎中の基礎だけで終わっていいのですか? その先、現場実践までのギャップはどこでどう埋めたら良いのですか?

そのサジェスチョンを持って終わらないと、冒頭のような「救命講習を毎年受けているから大丈夫です」という危険な勘違いを生んでしまいます。

ここは救命法指導員の責任でしょう。

現場でできるようになるために必要なもの、それは学校事故の検証報告書や教育工学を紐解けば、見えてきます。

ここを正しく理解し、受講者に勘違いさせないような教育スタンスを持ちたいものです。


服をはだけずにAEDパッドを貼れるか?

京都大学の研究結果で、女性へのAED使用率が低いとの報道されたせいか、今年はAED装着時のプライバシー保護に関する話題が多かったように思います。

この点は、救命法の指導員の間では昔から変わらず出てくる鉄板ネタのような話題で、服は完全に脱がさずに、襟元や裾からパッドを差し入れて貼ればいいという意見は昔からありました。

救命法の指導員の中には、実際にやってみてちゃんとできたとおっしゃる方もいますが、BLS横浜としては、このやり方は懐疑的に捉えています。

なぜかといえば、下の写真をご覧ください。

服の隙間からAEDのパッドを装着できるか?

練習パッドと本物のパッドの違い

本物のAEDパッドは粘着成分層が厚く重量感がありますから、手に取るとこのようにたわみます。

この質感は、パリッとした水平性を保つ練習用パッドとは違うと思いませんか?

そして、練習パットと違って、粘着度はかなり強力です。以前は胸毛を粘着でむしり取ると言われていたくらいです。(実際はそんなきれいには抜けませんのであまり実用的な方法ではありませんが)

質感のイメージは、湿布薬に近いかもしれません。

服を来たまま襟元から湿布を自分の肩に貼ろうとして、失敗したことありませんか?

湿布のシートが折れ曲がって粘着面同士がくっついてしまったり、服に貼り付いてうまく伸ばせなかったりしますよね。

あそこまでペラペラではありませんが、それに近いような難しさがあります。

ダブダブのゆったりとした服ならうまくできるかもしれませんが、うまく行ったらラッキーくらいに思ったほうがいい不確実な方法です。

貼り損じたらどうなるか?

もし、失敗して服に貼り付いてしまったらどうなるか?

剥がして貼り直せばいいかもしれません。しかし粘着面には衣類の毛羽立った繊維がたくさん貼り付きます。これらは電気抵抗になりますし、繊維や毛玉などで微細な隙間ができてしまうと、その間に火花が飛んだり、発熱の要因となります。

もしパッドの粘着面同士が貼り付いてしまったら?

強力な粘着面、剥がすのは困難ですし、粘着成分にムラができることで、効率低下の懸念があります。

なにより、パッドが使えなくなってしまったら、予備パッドが入っているとは限りませんし、最近は最初からコネクタが接続されている機種が増えていますから、付け替えというイレギュラーなアクションがスムーズにできるかという問題があります。

生きるか死ぬかの瀬戸際であることを忘れてはいけない

AEDパッド装着時に女性の胸元をはだけてしまっていいのか? という羞恥心やプライバシーといった人権への配慮は大切なこと、前向きな議論に見えますが、はたしてそうでしょうか?

そもそもAEDを装着するのは「心停止」が前提です。

つまりAEDを装着する場面は、命の瀬戸際で生きるか死ぬかの問題に直面しているわけです。

そんなときに、死にかけている意識がない人の羞恥心への配慮と、着実・確実に救命処置を行うことを、天秤にかけるような問題でしょうか? 

意識がない死にかけている当事者は何を望んでいるのでしょうか?

そう考えると、AED装着時に羞恥心に配慮するというべきか? という命題自体が、あまりに他人目線で空想的なバカバカしいものに思えてきます。

不慣れだからこそ、確実性を

襟や裾の隙間からAEDパッドを貼るように教えるのであれば、実際に練習してもらう必要があると考えます。それも練習用パッドではなくホンモノを使って。

ただのAED講習でさえ、慌ててうまくできない人がいる中、襟元から貼るようにと難易度が高いやり方を指導するのであれば、説明だけではなく練習をさせなければ指導員としては無責任でしょう。

実際のところ、受講者からはよく質問されます。女性でも服を切って完全に胸を露出させてしまっていいんですか? と。

そんなとき、指導員は、「いいんです。そうしてください。」と自信を持って答えるべきです。

しかし指導員自身が、そこを不安に思っているから、服の隙間から貼ればいい、などと無責任なことを言ってお茶を濁している部分はないでしょうか?

医療従事者向けの教育ならいざしらず、不慣れな一般の方に教えるのであれば、確実堅実なやり方、つまり服ははだけるか、引きちぎるか、ハサミで切るなどして、確実に貼付部を露出させて貼るという原則通りのことを自信を持って指導するべきでしょう。

 
 

先日、「AED 対女性使用率向上を 体覆う特製シート考案」というニュースが流れました。(大阪日日新聞2019年10月17日)

AEDをためらわずに使ってほしい、という前向きな取り組みに見えますが、逆を言えば、救命処置よりもプライバシー保護が優先であるという世論の形成をさせることにもなり、救命法の普及という点でいえば全体的にはマイナスに働く懸念もあります。

傷病者の人権への配慮もあってしかるべきですが、業務対応する医療従事者ならいざしらず、それらを一般市民に求める風潮は好ましいとは考えません。

むしろ、緊急事態なんだから羞恥心なんて言ってる場合じゃない! というコンセンサスを形成するほうが健全なのではないでしょうか?


履修主義と習得主義の違いーAHA講習は習得主義です。

ちゃんとしたACLSコースは2日

1日コースはインチキ

 

というような意見をインターネット上で拝見しました。

BLS横浜では1日コースが基本なので、苦笑してしまいました。

1日とか2日とか、日数にこだわるのは極めて日本的だなと感じます。

端的にいうと、履修主義なのか、習得主義なのか、という違いなのでしょう。

日本社会は基本的に履修主義で動いています。

小学校・中学校では飛び級がありませんし、総務省消防庁の普通救命講習は3時間、応急手当普及員講習は24時間と、規定された時間をこなすことが絶対条件となります。

一方、習得主義は、ゴールに達することが目的なので、時間には拘泥しません。米国の飛び級というのはそういうことです。要はできればいいのです。

アメリカ心臓協会AHAの講習は、とうぜん後者、習得主義に立脚しています。

ですから、ACLSが1日で終わるなんてインチキだとか言われると、実に日本的な発想だなと思う次第です。

このあたりの教育背景は、教授システム学を勉強していただくとわかると思いますが、究極に言えば、「できる」人であれば、講習カリキュラムを受ける必要もなく、試験に合格すれば、資格を発行できる、というのがAHAの基本的な教育の考え方です。


服を切るトレーニング【AEDパッド装着】

今日は病院からの依頼でBLSプロバイダーコースを開催しています。

10分間のチーム蘇生では、いつもマネキンの服を3重くらいに着せて、いちばん内側は前開きにできないTシャツにしています。

いつもだと、皆さんは、なんとかシャツの裾をたくし上げてAEDパッドを貼ることが多いのですが、今日は、とまどっているのAED担当を見た胸骨圧迫役の方が「ハサミを探して!」と建設的な介入。AEDのケースの中にあったハサミを見つけて、サクッと服をカット。

襟元から少し切れ目を入れた後は、手で引き裂くという時短ワザ、すばらしかったです。

AEDトレーニングに必要な服を切るという練習

実際の現場を想定した練習、大切ですね。

胸骨圧迫中断の時間を短くし、CCF(胸骨圧迫比)を上げようと思ったら、着衣の人に対して服をはだけるか、ハサミで切るかの判断をさせて、実際にやってもらうトレーニングをしておかないと、実際の現場でハサミで服を切るという発想、ふつうの人にはありませんし、無理です。

今日のケースでは、ハサミを使うという判断はたいへんすばらしかったのですが、服の正中を切ったため圧迫の中断が生じてしまいました。

胸骨圧迫を続けながら、服を着るならどこにハサミをいれたらいいか?

この部分は、シミュレーション後のデブリーフィングで皆さんで考えていただきました。

こういう体験をすると、忘れませんし、次回は実際に「できる」可能性も高まります。


血液感染&教育工学セミナー in 日本医療教授システム学会

先日、埼玉の越谷ラーニングスタジオで日本医療教授システム学会セミナーを2本立てで開催させていただきました。セミナーの全内容をお伝えすることはできませんが、概要をご紹介します。

救命法インストラクターのための教育工学ワークショップ&AHA血液媒介病原体講習

1.救命法インストラクターのための教育工学セミナー

教育工学セミナーは、今はなき AHAコア・インストラクターコース の内容をベースとしたワークショップとして企画しました。

今となっては古典的な印象もありますが、成人学習の基本を再確認する内容です。

日本医療教授システム学会の最近の話題はAI(人工知能)ですが、コースインストラクターの場合は、教材設計というよりは、それ以前の末端の指導スキルの方に関心があるだろうということで、学習意欲の促進や、デブリーフィングとフィードバック、現場への転用といった話題を、日頃の指導を振り返りながら考えていただきました。

また、ガイドライン改定の変遷を歴史的に追うことで、現行のガイドライン2015講習の本質を理解しようという話題も盛り込みました。

AHAガイドライン2015の教育の章を見てもらうとわかりますが、AHA講習はインストラクショナル・デザインに基づいて教材設計されています。

  • 認知スキル
  • 態度スキル
  • 運動スキル

この3つの統合が重要で、そのためには現実味のあるシミュレーションと、その振り返り(デブリーフィング)が欠かせません。

G2015 の BLS からは、10分間のチーム蘇生とデブリーフィングという革新的な新しいコンテンツが盛り込まれました。

これは、単に CCF(胸骨圧迫比)を高くするのが目的ではありません。CCF はチーム蘇生の有効性評価ファクターのひとつであって、シミュレーションは、認知スキル・態度スキル・運動スキルの統合を体験する場であり、講習会場での真似事を現実社会に転移させるための重要な教育手法なのです。

ガイドライン2015 での重要な変更点といえば、筆記試験でテキスト持込可能になったり、昔は禁止されていた一人法 BLS でもバッグマスクを使うことを解禁したり、かなり劇的な教材設計の変更がありました。

これらの変更には1本の筋が通っており、それが Life is why に象徴されているわけですが、そんな謎解きの4時間を過ごしていただきました。

近々控えた G2020 の教材改定にスムースに対応するためにも、ガイドライン改定の歴史を理解しておくことは重要です。

そんなインストラクショナル・デザインを専門分野とする日本医療教授システム学会AHA国際トレーニングセンターのインストラクターのための勉強会でした。

2.血液媒介病原体講習

ハートセイバー血液媒介病原体(Heartsaver Bloodborne Pathogens)コースは、AHAインストラクターなら誰でも開催できるプログラムですが、日本ではほとんど開かれていないのが現状です。

しかし、この4月から市民向けに、止血帯(ターニケット)までも含めた出血コントロールを教える教育がスタートしました。

AEDと並べて軍用ターニケットを語る論調が出てきているため、救命法の指導員としては血液感染対策についても正しく教えられるアビリティが必要になってきます。

そこで、改めてAHA公式の血液感染対策講習を体験してもらう機会を作らせていただきました。

 
 

医療従事者であれば感染対策は常識的に知っていると思いますが、それを市民向けに伝えようと思ったときには、文化背景がまったく違いますので、医療者教育とは別のアプローチが必要です。

市民向け血液感染対策講習は日本には存在しないため、医療者向けの教育方法との違いなどを感じていただけたことと思います。

併せて、軍用ターニケットの適応とその市民教育上の課題についても、触れさせていただきました。ハートセイバー・ファーストエイド講習では G2010 から軍用ターニケットの使用について言及されるようになりました。

今、日本では、既成品のターニケットは医療機器承認がされており、緊縛止血法は医行為とみなされています。

AEDやエピペンと同様、医行為を市民に教えるという図式となり、その指導員の責任は重いものと言えます。

現実、ファーストエイド指導を行っているBLSインストラクターは多くはない印象ですが、BLS、ACLS、PALSインストラクターの中で、いちばん指導範囲が広いのがBLSインストラクターです。

医療者向けBLSプロバイダーだけではなく、応召義務のある市民救助者向けの ハートセイバーCPR AEDコースハートセイバー・ファーストエイドコースHS血液媒介病原体コース小児ファーストエイドなど、実に幅広い指導が可能な資格です。

BLSインストラクターの皆様には、ぜひその資格を余すところなく活用して、施設や地域の安全に寄与していただけたらと思っております。


BLSプロバイダーコースのARCS 学習の動機づけ

アメリカ心臓協会AHAのプログラムは、米国の蘇生ガイドラインを教える講習にも関わらず、日本で圧倒的に支持されている理由のひとつに、その教育手法の秀逸さがあります。

2003年頃だったでしょうか?

日本に AHA-BLS と ACLS が入ってきたとき、「褒める」指導法に日本の医療界に激震が走りました。

それゆえに、しばらくは、とにかくポジティブ・フィードバック、褒めちぎればいいんだ、という勘違いが横行したくらい。(言いすぎでしょうか、、、)

 
アメリカ心臓協会のECCプログラムは、DVDやテキスト、インストラクターマニュアルなどがインストラクショナル・デザインに基づいて教材設計されています。

そのベースとなるのが、教授システム学とか教育工学、成人学習理論と呼ばれる教育サイエンスです。

動機づけのARCSモデル

今日は成人学習理論の観点から、BLSプロバイダーコース を司会進行する上でのコツについて取り上げてみようと思います。

 
大人のための学習と、子どものための学習は違う、というのが成人学習理論の入り口です。

「大人は自ら学ぶ存在」なので、学習意欲に火を付ける形で進めていくと効果的です。

 
成人学習の基本概念:大人は自ら学ぶ存在である
 

つまり、学習者本人が、学習の必要性を自覚し、学びたい、できるようになりたい、という思いをもって主体的に学習に取り組むというのが前提です。それを外から支援するのがインストラクター、という構図になります。

学習意欲を高めるために、AHA-BLS講習では、リアリティのあるドラマ仕立ての映像を使い、興味を引き、学ぶ必然性を感じるような工夫がされています。

学習意欲を高めるためポイントは、ケラーが ARCS モデルという形で提唱しています。

成人学習動機づけのARCS(アークス)モデル

この中でも特に大切なのは R、Relevance:関連性 でしょう。

この学びは自分にとってどんな意味があるのか? なんの役に立つのか?

それを明確化することで学習効率が上がります。逆に言うと学習の意図や目的、自分にとっての意義がないままコンテンツを提供しても、それはなんの学習にもならず、時間の浪費に終わるかもしれません。

そう考えたときに、DVDを流して、練習させるだけでは、受講者にとって意味不明な部分がBLSプロバイダーコースにあるように思います。

いくつか例を挙げてみましょう。

1.成人の二人法BLS

ふたりでバッグマスクを持って歩いていたら人が倒れていた、というあのやや不自然な映像を見ながら練習する二人法BLS。

あの練習の目的はなんなのか?

胸骨圧迫とバッグマスクの練習はすでに終わっていますので、ここではバッグマスクが使えるとか胸骨圧迫ができるようになることが学習目標ではありません。

二人法ですから、「お互いの手技を観察し、質を高めるための声掛けを行う」のが練習の目的です。

このことはDVDを見るだけでは受講者にはほとんど伝わりませんので、インストラクターがきちんと練習の意図を確認する必要があるでしょう。

しかし、当のインストラクターも勘違いしているケースがよく見られます。

例えば、圧迫が浅いようであれば、インストラクターは胸骨圧迫役の人に声をかけるのではなく、換気役の人に声をかけるべきです。「圧迫が浅いことを認識し、強く押すように声をかける」ように介入する、のが本来の指導です。

もし、DVDに合わせての練習が終わった後に、振り返りの時間を設けるとしたら、「いかがでしたか? お互いの手技を確認して、声をかけることができましたか?」であるはずです。

これを単なるバッグマスクと胸骨圧迫の練習パートにしてしまわないように注意が必要です。

2.小児の二人法BLS

小児の二人法BLSも先ほどの成人と同じで、お互いの手技を確認して声をかけ合うというのがポイントではありますが、15:2という圧迫換気比を体験して、成人BLSとの違いを印象に残すという意味もあります。

また小児については、ここ以前には胸の厚みの1/3というという圧迫の強さは練習していませんし、体格によって人工呼吸の送気量も全く異なりますので、成人以上に「過剰な換気を避ける」という点を注意しなければなりません。

こうした学習目標も、DVDを見るだけでは受講者には、ほぼ伝わらないでしょう。

ですから、インストラクターは、学習の目的を伝える、もしくはPWW中の指導に関してもこれらを意識した声掛けを行っていく必要があります。

AHAの基準では、この場面は小児マネキンは使わず成人マネキンで代用してもよいことになっています。成人マネキンで練習をさせる場合、15:2という点以外は成人二人法となにも変わらないため、それこそ本当にまったく無意味な練習になってしまいます。

3.補助呼吸

成人の補助呼吸もPWWで、DVDを見ながら練習させる場面がありますが、これもただのバッグマスクの使い方の練習になりがちなので注意が必要なところです。

そもそも「補助呼吸」とはなんなのか? あの早口のDVDを見るだけではついて来れない受講者が多い印象です。

「反応がなく、呼吸をしていないけど、脈がある成人傷病者には5-6秒に1回の人工呼吸を行う」

それがわかったとしても、それが自分とどう関連があるのか? というところまでは、なかなかイメージが追いつきません。

つまり、どんなときに補助呼吸が必要なシチュエーションに遭遇しうるのか? です。

そこでBLS横浜の講習の中では、練習前に受講者に尋ねています。

 

「補助呼吸が必要な場面に遭遇したことがある人、いますか?」

「例えば、どんなときに『呼吸なし+脈アリ』という状況が起こりえますか?」

 

ここがイメージできていないと、補助呼吸という項目を学習し、練習しても、あまり意味がないのでは? というのがARCSの視点で気づくポイントです。

AHAインストラクターの責務

その他、AHA講習は米国人のために作られていますから、日本人にとっては馴染みがない点や不親切な点が多々あり、学習意欲を促進するという点では日本人インストラクターが積極的にサポートしなければいけない点が多々あります。

例えば、オピオイド過量に対するナロキソン投与とか、日本の臨床では使われることがない ポケットマスクの位置づけ とか。

特にオピオイドの映像を黙ってみせても、日本にはまったくと言っていいほど関係ないところなので、受講者のあたまにはクェスチョンマークが飛ぶだけで、教育者の学習者に対する態度としては不誠実とも言えるかもしれません。

アメリカ心臓協会講習は、成人学習理論に基づいて設計されているわけですから、文化の違い等で受講者にマッチしていないと思ったら、その間をつなげてあげるのが、成人学習理論に基づいて教育を受けたAHAインストラクターの責務です。


心停止|生存のための方程式

防ぎうる死から命を救うにはどうしたらいいか?

アメリカ心臓協会AHAは、2018年にこんな方程式を発表しました。

 

蘇生科学 × 教育効率 × 現場での実践 = 生存

 
科学と教育と実践が掛け算になって、生存につながるというのです。

これらは乗算ですから、どれか一つでも1以下になると生存という効果にマイナスに働いてしまいます。

教育の果たす役割

図のバランスを見てもらえば分かる通り、中でも大きなウェイトを占めているのが教育効率です。

いかに効果的な教育・トレーニングを実施するか? という点。

さらにはその教育トレーニングが医学的にも教育学的にも科学に基づいたものであること。

そしてその教育実践者を育てること。

この教育は教育現場で終わる話ではなく、学んだことを実際の現場に応用して実施することが目標です。

そこまでカバーするのが、教員・指導員の役割です。

この図からわかることは、指導員はクラスルーム内だけではなく、現場実践の部分までをフォローすることが見て取れます。

教えたら助けられるようになるのか?

私たちは救命スキルの指導員としていつも自問するのは、トレーニングを実施すれば人が助かるのか? という永遠の命題です。

私たちは、受講者がCPRをできるようにトレーニングします。そしてその評価は、例えば実技試験合格といった形で評価され、受講者を送り出していきます。

やもすると、実技試験に合格することがゴールと錯覚してしまうことがありますが、実技試験の先には、現場での実践があり、その先には生存があるわけです。

果たして、講習会場内で実施するCPR実技試験に合格したら、現場でCPRができるようになるのでしょうか? そしてそれで助けられるのでしょうか?

実行性重視の波はG2010から始まった

教育団体としても定評のあるアメリカ心臓協会は、長年蘇生教育に関しても研究を続けてきました。

その中で大きなターニングポイントとなったのが2010年の蘇生ガイドライン改定でした。ここで医学的妥当性よりも現場での実行性を優先するという方向で大きく舵を切りました。

それが、例えば「見て聞いて感じて」の廃止や、A-B-C から C-A-B への変更だったわけです。

そして2015年のガイドライン改定では、Life is Why.というキャッチコピーを打ち出し、マネキン相手の絵空事の練習から抜け出すべく、リアルな日常生活という現実性を想起せよ、という強いメッセージを盛り込むようになってきました。

そうした流れを学術的にまとめて発表されたのが、2018年にCirculation誌に掲載された、

Resuscitation Education Science:
Educational Strategies to Improve Outcomes From Cardiac Arrest: A Scientific Statement From the American Heart Association

でした。

約30ページの論文で、PDFで無料配信 されています。冒頭の図はこちらからの引用になります。(日本語はBLS横浜オリジナル訳です)

今まで、救命は医科学で考えられてきましたが、そこに教育工学という武器をもって切り込んでいったのがAHAです。

そこで教育を変えれば生存確率が上がるのではないか? そのための方策は? ということで、

  • フィードバックとデブリーフィングの使い分け
  • 完全習得学習と計画的な練習
  • 反復学習
  • 革新的な教育方略
  • 文脈に即した学習
  • 評価
  • 実行性までも意識した指導員養成

などの具体的な項目が方略として挙げられています。

なんと全文が日本語訳されています

膨大な量なので、ここでは細かく説明できませんが、幸いなことに論文を有志の方が日本語訳してくれたものが、AHAホームページからダウンロードできるようになっています。

AHA公式ウェブの Education Statement Highlights のページの中から【日本語 論文全訳 (Japanese)】としてPDFでダウンロードできます。

ダウンロードページを見てもらえばわかるとおり、ハイライトと称するダイジェスト版は各国語に翻訳されていますが、論文そのものを母国語で読めるのは英語以外は日本語だけです。

翻訳くださった先生には感謝してやみません。

ぜひこちらを読んでいただきたいのですが、それでも用語が難しかったり、教育工学の理解がないと難しい部分もあるかもしれません。

「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」シンポジウム in 名古屋

そこでさらに朗報。

この翻訳をされた方が発起人となって、6月15日(土)に名古屋で「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」と題したシンポジウムが無料で開催されることが決まっています。

まさにこのAHA教育ステートメントを読み解くための1日セミナーです。

演者・シンポジストの中には、AHA幹部が来日して開催されたG2005-AHAインストラクターアップデートの中で日本人としては唯一登壇した池上敬一先生や松本尚浩先生の他、教授システム学の権威、鈴木克明先生など、インストラクショナル・デザインの日本の中枢とも言うべき方たちが話が無料で聞けます。

会場は名古屋で横浜からは少し遠いですが、新幹線に乗ってでも行く価値あり、です。

 

シンポジウム
「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」

 
6月15日(土) 10:00-16:00 名古屋
 
参加登録ページ

 

イベント参加は無料ですが、それとは別にクラウドファウンディングの形で寄付も受付中です。

長大な論文の日本語翻訳に加えて、大規模な無料イベントを企画は、日本の蘇生教育をより良くして、救命率を向上を目指す熱意ゆえ。これに共感いただける方は、ぜひ資金面でのサポートもよろしくお願いいたします。

 

シンポジウム
「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」
 
クラウドファウンディングページ

 

BLS横浜も、本企画に協賛として関わらせて頂いています。


BLSの質を測るフィードバック装置の活用法

成人BLS/ACLS講習用に「フィードバック装置」を導入しました。

マネキンに対してCPRをすると、その深さや戻り(リコイル)、人工呼吸の胸郭挙上の有無と、胸骨圧迫の中断時間を計測し、画面表示してくれるという装置です。

外付けキットで旧タイプのリトルアンにも対応

もともと所有していたレールダル社の旧タイプのリトルアンに、オプションとして QCPR Upgrade kit を取り付けることで実現できました。

マネキンの肋骨部分と顎のパーツを交換するだけの簡単作業で、最新のQCPR対応マネキンに早変わり。

写真のように視覚的にCPRの質を確認しながらの練習ができるようになります。

仕組みとすると、おそらくBluetooth接続なのでしょうか? マネキンから無線で信号を飛ばし、Android や iPad / iPhone のアプリ で表示できます。冒頭の写真はiPadの画面をスクリーン投影している様子です。

AHA-BLS/ACLS講習では2019年2月以降、フィードバック装置の使用が義務化


アメリカ心臓協会のBLSプロバイダーコースでは、ビデオを見ながらのPWW手法で練習しますので、あまりこれを使う場面はないのですが、実技試験前の自由練習の場面では、スクリーン表示して、受講者が自分で技術を確認できるようにしています。

10分間のチーム蘇生の場面でも提示したことがありましたが、CPRの質の評価をする人が、眼の前の手技ではなく、画面ばかり見るようになるので、あまり臨床的ではないかなと思い、今は画面表示はせず、インストラクターの確認用だけに留めています。

2018年2月以降のアメリカ心臓協会AHA講習では、成人のBLSについては全例においてこうしたフィードバック装置の導入が求められています。

正直なところ、こうした器具に頼りすぎる傾向を作り出すことには抵抗があります。

臨床現場でもフィードバック装置を使用している環境であればいいのですが、今の日本の現状はそうではないので、あくまでも自分の運動感覚として強さや速さをコントロールするように訓練していきたいという思いがあります。

そこで、講習の最初から最後まで、このフィードバック装置を受講者に表示するのではなく、講習の中盤あたりで中間評価的に試してもらうという程度にしています。

インストラクターの皆さんはどのように活用されているでしょうか?

医療施設内の自主練習用には最適

このフィードバック装置ですが、インストラクターがいない環境下での自主練習としてはその存在と効果は絶大だと思います。

例えば病院に1台、フィードバック装置付きのBLSマネキンを用意しておけば、職員は気が向いたときに気軽にCPR自己練習ができます。

ただマネキンをおいてあるだけだと、ちゃんとできているのかどうかわからないという点で手応えがないのが問題でした。しかし、こういったフィードバック装置が、指導してくれる人がいなくても、意味のあるトレーニングになり得ます。(これを発展させたのが米国やドバイの病院で普及しつつある RQI(Resuscitation Quality Improvement Program)システム ですね。)

ということで、この装置の病院施設での導入は諸手を挙げておすすめです。常にどこかにマネキンを置いといて、職員が気軽に立ち寄って、数分間でも練習できる環境を整えることは意味があると思います。


デブリーフィングとフィードバック、指導法の違い

BLSやACLSなど、救命法指導のための技法として、フィードバックとデブリーフィングという手法がよく知られています。

どちらも、受講者の行動を修正するという点では同じですが、中身を考えると、まったく違うロジックで成り立っています。

人が考え、行動し、結果を出すプロセス

まず、人の行動【Action:アクション】に着目した場合、なぜそのように行動するに至ったかという考え方【Frame:フレーム】があります。このフレームつまり考え方の枠組みはその人個人の頭の中にあるものですから、他の人からは見えません。

そして、アクションによって 【Results:結果】 が目に見える形で現れます。


例えば胸骨圧迫で考えてみましょう。

胸を押すという【アクション】によって「胸郭が少なくとも5cm沈み、それが1分間に100~120回のテンポで繰り返され、その都度、胸壁が完全にもとの高さまで戻る」という【結果】が得られる、ということです。

私たちは、インストラクターとして指導するときは、胸の沈み具合、戻り具合、テンポといった【結果】を見て、それで受講者の【アクション】の良し悪しを判断していると言えます。

フィードバック技法

このとき、結果として「圧迫が浅い」ことを観察した場合、インストラクターはどうするでしょうか?

受講者のアクションに対して「もっと強く」と指示をします。そして、適切な強さになったら、「OK、その力をキープして」と現状維持の指示を送ります。

こうして、【結果】を見ながら、その原因となっている【アクション】に対して直接働きかけ、調整していくわけですね。

これが、フィードバックです。なぜうまくできなかったか、など理由はどうでもよく、とにかく結果を伴うようなアクションに変われば良いという考え方。

きわめてシンプルです。言い方を変えると、ある意味、短絡的な、即物的な指導法ともいえます。

デブリーフィング技法

それに対して、デブリーフィングという指導技法では、【アクション】ではなく、【フレーム】に働きかけます。行動を決定する思考過程を問題とするのです。

具体的にはどうするかというと、例えば、胸骨圧迫が浅いという【結果】を観察したなら、受講者に問いかけます。

「圧迫の深さはどれくらいでしたっけ?」
「今、5cm押せていると思いますか? そう、浅いですね。」
「それじゃ、どうしますか?」

など。まず「胸の沈みが浅い」という問題点に気づかせるような働きかけをします。そのためには、正しい知識を持っている必要があり、それと目の前で沈むマネキンの胸郭の動きを比較して、「浅い」という認識を保つ必要があります。

ついで、浅いという問題を解決するにはどうしたらいいかを考えてもらいます。浅い、だからもっと強く押せばいいんだ、というのが解決です。

受講者の頭の中にある知識を探り、受講者は動作をしながら何を観察していたか、そしてその情報をどう処理して、今の動作につながっているのか? そんな自分の行動のプロセスを手繰っていく作業がデブリーフィングです。

その結果、受講者は自分の持っている知識と行動のつながりについて内省し、自ら考え、行動を正していくのです。

これは、【結果】に対して、頭の中の情報処理の仕方、つまり【フレーム】に働きかけていると言えるのです。

フィードバック vs デブリーフィング

さて、胸骨圧迫の深さを修正するためには、フィードバックでもデブリーフィングでも、どちらでも目的は達成できることはわかりました。

しかし、胸骨圧迫の指導には、どちらが適しているのでしょうか?

おそらくそれは、フィードバックです。

場面を想像してみてください。フィードバックなら、「もっと強く!」と一声かければ、練習している最中に手を停めさせることなく、あっという間に修正できます。

それに対して対話で進めるデブリーフィングでは、正直、上記を読んでいて、めんどくさいなと感じませんでしたか? そうなんです。受講者の動作は止まってしまいますし、もうちょっと深く押せばいいという単純なのことを、いくつもステップも経て回りくどく教えるのは、時間の無駄、かもしれません。

つまり、単純な運動スキルで構成されるテクニカル・スキルについては、フィードバック技法のほうが効率がよく実用的と言えるでしょう。

デブリーフィングが適する場面


しかし、もっと複雑な動作を伴う一連の流れや、状況判断によって対応が違ってくるような行動については、フィードバックは不適切です。

例えば、BLSの中の呼吸確認。

この場合、インストラクターから見える受講者のアクションは「5秒以上10秒以内という時間枠の中で、マネキンの胸を見ている」という動作です。そしてその結果として、胸骨圧迫を開始すれば、呼吸確認をちゃんとしていた解釈します。

しかし、受講者が本当に呼吸の有無をチェックしていたかどうかは、その動作だけではわかりません。インストラクターに言われるがままに、操り人形のように約10秒間マネキンの胸元に顔を向けて、その10秒後に胸を押すという動作に移っただけ、かもしれないからです。(これを「文脈理解による行動」ともいいます。後日、これをテーマに書きたいと思います)

この行動だけでは、「胸の動きがなかったから、呼吸なしと解釈して、胸骨圧迫が必要性だと判断してCPRを始める」という受講者の思考(フレーム)は読み取れません。

BLS講習の中で、呼吸確認が短すぎる受講者は多いですが、それを「少なくとも5秒は胸を見て!」とフィードバックで返して反復練習させても、呼吸確認というスキルの本質的なものごとはなにも伝えられていない、というのはおわかりいただけると思います。【アクション】にしか働きかけていないからです。

このような場合は、デブリーフィングの技法で、思考回路つまり【フレーム】に働きかける指導が望ましいというのはご理解いただけるでしょうか?

胸を10秒見るという行動よりも、

「生きている人間は呼吸をしているはずだ。胸の動きを見れば、それがわかる。でも呼吸は正常でも4-5秒に1回なのだから、5秒から10秒は見なくて判断できない。さて、いま9秒胸を見たけど、明らかな呼吸運動はなかった。つまり、この人は呼吸をしていない。さっき反応がないことは確認した。反応なし+呼吸なし、だから、胸骨圧迫を始めるんだ」

という頭の中のフレームを作り上げることが、この場合の学習目標なのです。

そして、そのフレームに基づいたアクションができること。

デブリーフィングとフィードバックの使い分け


胸骨圧迫と呼吸確認というのは、ひとつの例ですが、このようにBLS講習の中でも、動作に分けて、その特性に合わせて指導方法を変えていく必要があります。

単純化して言うなら、シンプルな運動スキルはフィードバック。そしてそれらを組み合わせる複合的な動作や、認知スキルや態度スキルに関しては、デブリーフィング、というのがざっくりとした使い分けです。

それとあとは講習時間内での配分でしょうか。

フィードバックに比べてデブリーフィングは時間がかかるため、講習時間内にすべてを収めるためには、本来はデブリーフィングで進めるべき指導を、やむをえずフィードバックに置き換えざるを得ない場合もあるかしれません。

救命法の指導員/インストラクターとして目指すところは、規定の講習をこなす、ことではなく、受講者ができるようになることです。ここに異論はないはず。

で、あれば、受講者の行動、さらには、実行性という現実的なアウトカムに向けて、講習自体や指導法を見直し、チューンナップしていきたいものです。