救命法普及と実行の方略一覧

愛と勇気? いいえ、練習と自信です。

 
人命救助、ときたら「愛と勇気」。
 

誰もが違和感を感じない言葉の組み合わせだと思います。

実際、救命講習を受講するとたいてい耳にします。

 

しかし、この背後にあるのは次のような前提です。

・救助の原動力は隣人愛

・不測の事態

こう考えると、「愛と勇気」は同じ救護でも「業務対応」には当てはらまない、という点にお気づきでしょうか?

 

例えば、救急隊員。

彼らにとって救助行動の原動力に隣人愛もあるのかもしれませんが、それよりはむしろ責務・使命です。

あらゆる事態を想定して備えていますから、勇気というよりは、冷静な判断です。

 

救急隊員が勇気を主たる原動力として行動しているとすれば、非常に危険です。

もちろんリスクと対峙するときにはいくばくかの勇気は必要ですが、勇気を前提とするとき、その鏡像にあるのは自信のなさ です。

訓練し、自信を高めることで、勇気に依存する割合は減っていきます。

つまり見方を変えれば、勇気に依存した行動というのは、訓練が足りていないのです。

 
 

心肺蘇生法講習で、「愛と勇気」と言ったときに違和感を感じない私たちですが、これを救急隊員のトレーニング、医療従事者のトレーニングに持ってくると少しおかしな話になってきます。

愛に基づいた行動というのであれば、そもそも手出ししないという選択肢を秘めています。

しかし業務対応の医療者は、心停止者を目の前にして何もしないという選択肢はないのです。そこにあるのは愛云々ではなく使命だけ。

足がすくんで動けなかった。現実そういうこともあるとは思いますが、それは言い訳になりません。いくら勇気がなくてもやらなくてはいけないのです。そのためには、自信を持てるまでの訓練あるのみ。

 

世の中、いろんなタイプの救命講習がありますが、講習プログラムの組み立てそのものが、市民向けとプロ向けではまったく違う、という点、少しはご理解いただけたでしょうか?

愛と勇気で受講者を送り出す救命講習は、自信という粋にまで達することを前提としていないわけです。

この違いは、市民と医療者というくくりだけではありません。

医療資格を持っていない市民の立場であっても、学校教職員や保育士、ライフガード、プールの監視員、福祉施設職員などは、「愛と勇気」の人ではないはず。

それは仕事なのですから。

 

愛と勇気が許されるのは、責任を伴わない人、つまり素人だけです。


応急救護、免責されるのは「法的に義務のない第三者」

救命講習を開催していて、よく聞かれます。

間違えたり、うまくいかないと責任が問われませんか?

同じ疑問は誰もが感じるようで、SNS 上でも似たやり取りはよくされています。

定番の答えは、「大丈夫です。そういった裁判が起きた事例もありません」というもの。

根拠としては、

 民法 第698条 緊急事務管理
 刑法 第 37条 緊急避難

がよく挙げられています。

日本の蘇生ガイドラインによると

市民が行う救命処置の法的責任ついて、本邦の蘇生ガイドラインである 日本蘇生協議会JRC蘇生ガイドライン でも解説されています。

第8章 普及教育のための方策(EIT)の p.65 です。

JRC蘇生ガイドライン2015普及教育のための方策p.65

確かに「悪意または重過失がなければ、実施者である市民が傷病者等から責任を問われることはない」と書かれています。

しかし気をつけたいのが、その前提条件です。

ここで取り上げている「市民による救命処置」とは、「法的に義務のない第三者」によるものであるという点です。

すなわち、業界用語でいうところの バイスタンダー、たまたまその場に居合わせた通りすがりの人を前提としているのです。

業務上の救護は別枠

学校教職員や警備員、福祉施設職員などは、いわゆる市民であっても、この免責には該当しないと考えられます。

業務中の安全管理下で起きた事案として事故対応にあたる責務があるからです。そして、なにより第三者ではなく、当事者です。

「法的に義務のない第三者」という表現は少しわかりにくいですが、「見て見ぬ振りできる立場の人」というとイメージしやすいかもしれません。

責任のない善意の救護と、注意義務が問われる職務上の救護

つまり、世間一般で言われる「市民は応急救護で責任を問われることはない」というのは、医療従事者に対しての一般市民という意味ではありません。

偶発的に善意から任意で行う救護は免責されるということであり、医療資格を持たない人であっても業務対応の場合はこの限りではない、ということに注意が必要です。

参考まで、「【弁護士に聞いてみた】AEDを使ってもし人が亡くなったら罪になりますか?」という Web 記事中でも、弁護士の見解として「引率者や医療従事者である医師、看護師、教師、保護者、イベントの主催者やプールサイドの監視員など」は別枠で考えられる可能性が示されています。

実際問題、応急救護を巡っては、スポーツ指導者や警察官、学校教職員が訴追されたり、書類送検されたというニュースは珍しくはありません。

最近の大きな事例だと、2018年に大分県の養護教諭や校長が書類送検された事案 がありました。窒息に対して適切な応急措置を取らなかったなどで業務上過失致死で書類送検されています。

適切な救命講習を選ぶ

救命講習では、とかく「訴えられません。大丈夫。自信がなくてもいいから勇気を持って」と教えられがちですが、受講対象が市民であっても業務対応する立場の人であったら、話はまったく違ってきてしまいます。

責任がない一般市民向けの救命講習は、救命の連鎖をスタートさせるスイッチになってほしいというのが最大のポイントで、その中身や質はあまり重視されません。

対して、注意義務が発生する業務対応下の市民の場合は、ある程度、その実施内容と質は問われますし、間違いなく説明責任は出てきます。

つまり、同じ市民であっても両者の救命講習のゴールは違いますし、ここを掛け違えてしまうと、助けられる側も助ける側も、また教えた側にとっても残念な結果になりかねません。

まとめ:

市民であっても職務上行う救護活動は責任を問われます。

一般市民向けではなく、業務レベルのトレーニングを受けましょう。

難しいからやらなくていいですよ、というのは責任の発生しない素人向け。

難しいのであれば、時間をかけてでもきちんと習得するまで練習する。

それが命に関わる業務トレーニングというものです。


ついに日本でも認可された全自動「オートショックAED」とその指導法

8 月に入ってから、救命法の指導員界隈がざわついています。

原因は、厚生労働省からのこの通知。

厚生労働省通知:ショックボタンを有さない自動体外式除細動器(オートショックAED)使用時の注意点に関する情報提供等の徹底について

オートショック AED、つまり全自動式の AED が、ついに日本でも認可されてしまったというのです。

市民が使用する上で混乱や危険が生じる可能性があるので、今後の救命講習の中では、旧来の AED と全自動式 AED を区別してきちんと教えて下さいね、という内容の通達になります。

この通達が、都道府県宛、ならびに総務省消防庁経由で、各消防本部に拡散されていき、その通達を見た現場の消防職員たちが「これ、なに?」と SNS でざわついているという次第です。

全自動式のオートショック AED とは

今までの AED は、実は半自動式

AED とは、Automated External Defibrillator、自動体外式除細動器と翻訳されています。

AED はもともと自動なのですが、これは 心電図解析から充電まで が自動というだけで、最後の電気ショックの実行は、人間がボタンを押す必要があります。つまり、自動と言いつつも、実は半自動だったのが、これまでの AED です。(フルオートではなくセミオート)

ショックボタンを押す必要がない

それが今回、日本でも認可・販売が開始されるオートショック AED は全自動で、最後の電気ショックを実行まで、自動で行われてしまうのです。

電源スイッチを入れて、音声指示に従って心停止状態の人に電極パッドを装着すると、心電図解析が始まります。電気ショックが必要と判断されると、離れるような指示とブザー音などの合図のあと、ドカンと電気ショックが実行されます。

一見便利なようですけど、「誰も触っていませんね」という、人間が目視で行う最終安全確認を待つことなく、AED の勝手な(?)タイミングで電気ショックがされてしまう、という点で、怖い、危険という側面があります。

なぜ、今になって全自動 AED が認可された?

実は全自動式の AED は、決して新しいものではなく、米国では昔からありました。AHA の BLS ヘルスケアプロバイダーコースのG2005年版の映像教材でも登場していたのを覚えている方もいるかもしれません。

今回、日本で販売認可が下りたのは、「サマリタンPAD 360P」で日本ストライカー社から発売されます。このモデルは米国では 2014 年から販売されているものになります。

なぜ、今このタイミングでオートショック AED が日本で認可されたのか、厚労省の通知を見ても書かれていませんが、上記のプレスリリースによると「処置が遅れるリスクを低減」というのが主たる理由であることがわかります。

ショックボタンが押されない、という事故事例

実際にこれまでも、ショックが必要なのにボタンが押されない、もしくは遅れるという事故がしばしば発生していました。(最悪内部放電されます)

例えば、有名な下記の AED 使用時の音声記録の映像をご覧ください。(3分23秒から再生される設定になっています)


AED が「ショックを実行します」とショックボタンを押すことを促しているにも関わらず、周りの声にかき消されて、直ちにショックがなされていない様子がわかります。

このような事態を防ぐ、ショックを遅らせないためにも、全自動式の AED の必要性が日本でも認められたということなのでしょう。

ショックを遅らせないことと安全性の天秤

しかし、しかし、です。

上記の動画の場面で、オートショック AED が使われていたらどうだったでしょうか?

詳細は不明ですが、周りの救助者や仲間が必死になって傷病者に呼びかけています。肩を揺すっていたり、手を握っていたりということはなかったでしょうか?

心電図の解析が正しくできていたということは、おそらく余計な電気ノイズが乗るような接触はなかったのだと考えられますが、ショックボタンを押すようにという音声メッセージを聞き逃しているくらいですから、着実な堅実に AED 指示が守れていたかというと疑問です。

AED 指導の原則を守れば、なんら変わらない。けど…

AED の使い方を教える上で必要なことは2つだけ。

1.電源を入れる
2.音声指示に従う

これを守れば、全自動式の AED で怖いことはないし、今までと何らかわかることはありません。

これは事実。

しかし、実際の救命講習で指導員が上記を正しく伝えているかというと、残念ながら否です。

AED 操作練習の目的を履き違えて、講習会場にある練習機を固有の手順で使うことを教えてしまっていませんか?

聞いて従う、と言葉では教えつつも、指導員のデモンストレーションを覚えさせて真似させる、そんな形骸化した講習になっているケースが多くないでしょうか?

現場でどんな機種に遭遇するかわからないバイスタンダー向けの救命講習であればあるほど、汎用性を高めるために「聞いて従う」を強調しなければなりません。

ただ、それを言葉でいくら言っても、たぶん、実用レベルでは伝わりません。

指導法を抜本的に見直す

言われてわかった気になるのと、体験を通して納得するのは大違い。

そのために、BLS横浜では、事前練習なしに複数人のシミュレーションの中で、いきなりAED練習機を使う体験をしてもらう場合があります。

複数人が集まり、誰かが胸骨圧迫をしたり、人工呼吸の準備をしている中で AED を使ってもらうと、その雑然とした雰囲気で「聞く」ということがほとんどできません。

そのため、トンチンカンな結果に終わることがほとんど。(ショックボタンを押さずに内部放電されてしまう事態もよく起きます)

これだけだと、失敗体験で終わってしまいますので、この先からが本番。

実際に対応した皆さんで振り返り(デブリーフィング)をしてもらうのです。

事前に知識として知っていて簡単だと思っていた、

1.電源を入れる
2.音声指示に従う

ということが、ちっともできなかった現実。

なぜか? どうしたらいいのかをみんなで振り返ってもらい、次に向けた作戦会議をしてもらうのです。

その上で、もう1回同じことをやってもらいます。

そうすると、完璧ではないにしてもどうにか形になります。

ある意味、失敗から学んでもらう、わけです。

聞いて従う、という簡単なことが、現場では難しい。

そのことをまず理解してもらう必要があり、そのレディネスが整わない中で言語情報として「聞いて従う」を連呼したところで、まったく響かないのは当然のこと。

形だけ教えるのと、ちゃんと教えるの違いはこういうことで、どうしても手間と時間は必要です。この教育・学習手法が 経験学習 です。

まとめ

2021年8月から、日本でも全自動式AED(オートショックAED)の発売が開始され、AED 機種ごとの多様性の説明と、原則通りの「聞いて従う」という実践的な指導が求められます。

救命法の指導員は、安全上の責任として「聞いて従う」ことを身に着けさせる実践トレーニングを行う必要があり、恐らくそれは教育手法として【経験学習モデル】を採用しない限りは難しいでしょう。

経験学習の手法については、過去にもブログで解説していますので、ぜひそちらもご覧ください。

救命講習を受けても「できる」ようにはならない その理由
https://blog.bls.yokohama/archives/6934.html

経験学習 デブリーフィングのコツ
https://blog.bls.yokohama/archives/7772.html

生きている人に電気ショックされてしまうリスクの増大

これはフルオート式に限った話ではありませんが、AED 講習の不適切な指導で、必要のない人にAEDを装着して、誤って電気ショックがされてしまう懸念は日本でも現実のものになってきています。

今回、全自動式のオートショック AED の導入で、不要な電気ショックをされてしまう事故が増えるのではないかとの懸念も聞かれています。

これについては、また今度、別項で取り上げようと思います。


「窒息解除に掃除機はNG」を文脈学習で納得してもらう

救命講習を開催していると、うんざりするくらいに聞かれるのが「掃除機で吸引するのはどうなんですか?」という質問。

これは市民向け救命講習だけではなく、医療従事者向けのBLS講習でもよく尋ねられる定番の質問です。

とある精神科病棟勤務の方からは、実際に病棟で窒息解除用として掃除機を用意しています! という話を聞いたこともあります。

結論から言えば、「窒息解除に掃除機吸引は推奨しない」なのですが、TVで医師が掃除機を勧める発言をしていた事実もありますし、それで助かったという事例があることも事実。

なかなか受講者に理解してもらうのが難しいテーマでもあります。

救命法指導員の皆さんは、どのように説明していますか?

 

「ガイドラインに載っていません。つまり推奨されていません」

 

と事実を述べても、TVで医師が推奨しているのを聞いたことがある、と言われてしまったときには説得力は厳しいです。

そこで、これを教育工学でいうところの「文脈学習」的に対応したらどうなるか? という例をお示しします。
 
 

「掃除機で吸引するっていうのはどうなんですか?」
「良い質問ですね。みなさん、疑問に思うようです。じゃ、一緒に考えてみましょう。今、講習会場のここで私が喉につまらせたら、皆さん、どう行動しますか? 掃除機をどこに取りに行きます?」 
「1階の受付? でも1階の受付には掃除機はおいてないですよね。そこから掃除用具置き場に職員と一緒に取りに行って、エレベーターで7階のここに戻ってきて…」
「この部屋のコンセントはどこにありますか? 掃除機のノズルは私の口の中に入りそうですか?」
「さて、ここまでやるのに何分かかりそうですか? 5分?」
「皆さん、5分間息を止めて我慢できますか?」
「不確かな掃除機を探しに行くより、背中を叩くとか腹部突き上げ法とか、自分の身ひとつでできる処置をサクッとやった方がいい気がしませんか?」

 
本当はシミュレーションで体験してもらうと、確実に痛感してもらえるのですが、対話形式でも十分伝わります。

理屈をあれこれこねるより、実際にやったらどうか? を具体的にイメージするサポートをし、自分自身の判断で「現実的ではない」と理解してもらう方法です。

一般論で話を勧めると、言葉遊び的にあちこち飛んでしまう話題であっても、現実問題として真正面から向き合ってみれば、すっきりと帰着することがよくあります。

文脈学習、これは蘇生法教育と生存の関係性を語る上でも欠かせないポイントです。

ここではあまり詳しく説明することはできませんが、文脈学習の意義について、なんとなくイメージできたでしょうか?


救命講習|マネキンの洗浄・消毒法

新型コロナウィルスの関係で、日本の救命講習の多くが開催見合わせとなっているようですね。

1体のマネキンに対して、複数人が呼気吹き込み練習を行う心肺蘇生法トレーニング。ふつうに考えてリスクが高いといえると思います。

だからこそ、救命講習の指導員や指導母体は日頃から感染対策には敏感であったはずです。

コロナウィルスに限らず、冬場はインフルエンザにノロウィルスなど、感染症は毎年の問題であり、日頃から適切に対応していれば、新型コロナウィルだからと言って慌てることはないはず。

指導員の皆さんは、インストラクターコースでマネキンの肺の交換やフェイスの洗浄消毒法など教わっていると思いますが、この度、BLSマネキン製造メーカーとして有名なレールダル社が、ホームページのトップからマネキンメンテナンス法ページへのリンクを貼って、改めて衛生管理についてアナウンスをしてくれています。

ぜひ、下記をご覧いただきたいのですが、この正しい洗浄法の「なぜ?」をいくつか解説したいと思います。

レールダル社ホームページ
https://www.laerdal.com/jp/support/helpdesk-web/hygiene-and-cleaning-procedures-for-cpr-manikins/

マネキンフェイスは洗剤で洗ってから消毒する

病院内のAHAトレーニングサイトでも、たまに間違った洗い方をしているケースが散見されますが、マネキンフェイスやレンタル・ポケットマスクをいきなり次亜塩素酸ナトリウムのバケツに漬けるのはNGです。

これらは脂汚れが付着していると考えてください。手の脂や唾液、唇からの汚れ付着など。

これらの汚れを落とすのに界面活性剤、つまり洗剤による洗浄が必要です。

汚れを落とさないまま消毒液に漬けると、消毒剤は蛋白成分を固める働きがありますから、汚れがこびりついて落ちなくなります。しかもその汚れの内側には菌がいっぱい。

なので、消毒の前には温水と洗剤による洗浄が必要なのです。なぜお湯かという点は、冬場の食器洗いを考えてもらえばわかりますよね?

マネキンの顔の洗浄・消毒

マネキンのボディも洗剤で拭く

講習中はマネキンの胸部をウェットティッシュで拭くことが多いと思いますが、これも使用後のきちんとした洗浄としては洗剤を使うべきです。

ウェットティッシュの多くはアルコールが含まれています。汗や手の脂がついたマネキン胸部をアルコールで処理すると、、、、もうわかりますよね? 汚れがこびりつきます。

使い込んだマネキンの胸部は黒ずんでいることが多いですが、これはアルコール清拭だけで洗剤を使わないと起きやすいです。

この機会に講習の衛生管理の再考を

救命講習を介して病気がうつったという事態は避けたいものです。だからこそ、いわゆる救命法指導員養成の中にはマネキンメンテナンスが重要事項として扱われているわけです。

救命講習に関しては、マネキンメンテナンスだけではなく、受講者の行動まで完璧にコントロールすることは不可能で、感染リスクをゼロにすることはできませんが、闇雲に恐れる必要もないかと思います。

救命講習の開催見合わせをした場合、その再開時期の見極めはなかなか難しい気がします。

日頃、マネキンメンテナスにあまり注意していなかったところでも、これを機にマネキン整備と衛生対策を再考して再開の日に備えてはどうでしょうか?

AHA講習ではフェイスシールドの使用が禁止に

参考まで、世界の救命講習のフラグシップ団体であるアメリカ心臓協会が先日リリースした指針では、受講者毎にマネキンフェイスを交換する方法を推奨しており、フェイスシールドや直接の口対口人工呼吸は禁止となりました。

人工呼吸練習を行う場合は、ポケットマスクかバッグマスクのみが推奨されています。


依頼講習なのに「定形コース」で終わらすのはもったいない

ここ連日、ご依頼を頂いての市民向け救命講習が続いていました。

BLS横浜では、出張講習のご相談をいただくと、受講対象や想定される緊急事態、人数、時間などをお聞きして、その都度内容を企画させていただいています。

アメリカ心臓協会講習のような資格を発行する講習のアレンジは難しいこともありますが、それでもオプションとして対象に合わせたシミュレーションを追加して、極力、現場を意識した講習を行っています。

助ける対象の違い 子どもか大人か?

今回はいずれも市民向けの救命法研修でしたが、ひとつは小学生の親御さんたちのグループ、もうひとつは建築会社からの依頼でした。

どちらも2時間で、心肺蘇生法と応急手当ということでしたが、内容はかなり違ったものになりました。

心肺蘇生法の練習に使うマネキンが小児マネキンか成人マネキンかという違い以外にも、人工呼吸とAEDの扱いがまったく異なるのが小児BLSと成人BLSの違いです。

極端に書くと、こんな感じでしょうか?

 

子どもの救命法・・・・人工呼吸講習

大人の救命法・・・・・AED講習

 

子どもの救命法では、時間の関係でAED操作は割愛し、人工呼吸練習に重きを置きました。

子どもの心停止であってもAEDが届けばすぐに装着するのは大人と同じ。ただ、AEDは「ショックは不要です」という可能性が高いため、ショック不要となったら、まだ開始できていなければ感染防護具を用意して、すぐに人工呼吸を始めることが救命につながるという点でお伝えしています。

ホテルの宴会場でのBLS/CPRトレーニング

一方、建築現場を想定した大人の救命処置としては、心臓突然死について説明した後、胸骨圧迫とAED装着を優先した練習としました。

後述する高所からの転落や外傷性のショックを考えた場合は、人工呼吸も必要となる可能性も示唆しつつも、技術練習としては、絶え間ない胸骨圧迫と迅速な除細動を重点的に練習していただきました。

専門家としてニーズを探って、講習展開を提案する

ファーストエイド部分は、基礎となる「人が生きるしくみと命を落とすメカニズム」は成人でも小児でも共通ですが、そこを理解した上で、ご依頼者様のニーズに合わせた項目をピックアップし、原理原則と照らした対応法をお伝えしています。

建築会社からの依頼内容は、血が出た場合の処置を教えてほしいでした。

出血対応というと止血法を教えておしまいとなりがちですが、聞いてみると、建築現場だと高所からの転落などシビアな事故がありうるということでした。

そこで、外出血だけではなく内出血、また頭をぶつけた場合の生命危機の考え方をお伝えしておくことが必要かと判断し、講話の内容を、止血法、ショック、また頭部外傷による呼吸不全、とさせてもらいました。

現場への転用に踏み込めるのが依頼講習の醍醐味

特定の団体・集団から救命講習の依頼を受ける場合は、定型化された一般講習を行うだけでは、もったいないと考えています。

一般公募であれば、ゼネラルな一般的な内容にせざるを得ません。やや恣意的な言い方をすると、ほんわかとした浅い内容で妥協せざるを得ないということ。

しかし、受講者が実際に行動できるようになる、ということを考えると、依頼講習であれば、その母集団のニーズと特性に合わせてチューニングをした講習展開をすることができます。

これはインストラクターとして願ってもないチャンスだと思いませんか?

決められたことを決められたとおりに教えるだけなら、ビデオ教材を見せてマネさせるだけで十分かもしれません。

講習アレンジを提案し、実行できるのが、救命法インストラクターだと思うのです。

e-Learning 全盛のこの時代に、あえて対面で講習を展開する意義というのを強く感じた数日間でした。


服を切るトレーニング【AEDパッド装着】

今日は病院からの依頼でBLSプロバイダーコースを開催しています。

10分間のチーム蘇生では、いつもマネキンの服を3重くらいに着せて、いちばん内側は前開きにできないTシャツにしています。

いつもだと、皆さんは、なんとかシャツの裾をたくし上げてAEDパッドを貼ることが多いのですが、今日は、とまどっているのAED担当を見た胸骨圧迫役の方が「ハサミを探して!」と建設的な介入。AEDのケースの中にあったハサミを見つけて、サクッと服をカット。

襟元から少し切れ目を入れた後は、手で引き裂くという時短ワザ、すばらしかったです。

AEDトレーニングに必要な服を切るという練習

実際の現場を想定した練習、大切ですね。

胸骨圧迫中断の時間を短くし、CCF(胸骨圧迫比)を上げようと思ったら、着衣の人に対して服をはだけるか、ハサミで切るかの判断をさせて、実際にやってもらうトレーニングをしておかないと、実際の現場でハサミで服を切るという発想、ふつうの人にはありませんし、無理です。

今日のケースでは、ハサミを使うという判断はたいへんすばらしかったのですが、服の正中を切ったため圧迫の中断が生じてしまいました。

胸骨圧迫を続けながら、服を着るならどこにハサミをいれたらいいか?

この部分は、シミュレーション後のデブリーフィングで皆さんで考えていただきました。

こういう体験をすると、忘れませんし、次回は実際に「できる」可能性も高まります。


市民が行う応急的に行う医行為ーそのリスクの比較

もともと市民向けの救急法の中には、医療行為は含まれない、というのが原則でした。

しかし、気づけば今はがっつりと医行為が入り込んできています。

  • 除細動(AED)
  • アドレナリン筋肉注射(エピペン®
  • 緊縛止血(ターニケット)

止血帯(ターニケット)とAED、エピペン注射。どれも市民が行う医行為ですが、リスクと危険性は違います

 
いずれも救急車を待つのでは間に合わない緊急を要する処置であるため、特例的に「医師法違反」を問わないという行政見解が出されることで市民向けにも教育がされるようになったものです。

もともと医療行為を医師以外が行うことについては、極めて慎重な姿勢があったのがこの国の特徴でした。

例えば、救急救命士制度が導入されるときの喧々諤々を医療関係者なら覚えているかもしれません。

最近で言えば、看護師に特定行為として医療処置に関する業務拡大についても紆余曲折がありました。

救急救命士や看護師と言った医学教育を受けた専門職が前提であっても、自身の判断で医療行為を行うことはまかりならない、というのが本来の医行為の「重さ」だったわけです。

この本来のスタンスを医療従事者や救命法の指導員は忘れてはいけません。

AEDによる不要な除細動実施のリスク

一般市民がAEDを使えるようになったのは、「反復継続の意図がない」という行政による合議により、医師法違反は問わないという解釈が成り立ったからですが、その背景には、AEDは自動解析機能により、不要な除細動を排除できるという「安全機構の存在」がありました。

必要のない人に除細動を実施してしまうリスクは低いという点が、機械的に保証されていたことが大きいです。(ただし脈ありVTに対して不要な除細動をしてしまうリスクが無いわけではないため、救助者は心停止確認をしてからAEDを装着する必要があります)

エピペン®誤注射のリスク

時系列でみたときに次に市民による医行為として上ってきたのがエピペン®によるアドレナリン自動注射です。

こちらは自動解析機能のようなものはありませんので、注射をする、しないの判断は注射する当事者である一市民が行うことになります。

判断をAEDのコンピューターに丸投げできる市民による除細動と比べたときには、格段にリスクが大きいと言えます。

ただし、現時点、行政文書で言及されているエピペン®注射を行える一般人は学校教職員と保育所職員だけというのがミソです。どちらも施設で預かっている児童・幼児を想定しており、見ず知らずの誰かに対して注射するわけではありません。

注射判断は、当該児の保護者だったらいつ打つか、ということを綿密に確認した上で行われるはずです。

また当該児は、アナフィラキシー発症リスクが診断されているからエピペン®を持っているのであって、その子がこういう症状が出たら打つようにという保護者が医師から受けた指示に従うだけです。症状の理解等の医学的な判断が求められているわけではありません。

ある意味、条件反射的に使えるのが、学校教職員と保育所職員のエピペン®注射です。

つまり、「エピペン®を預かる」というプロセスが、安全機構のシステムにもなっており、誤注射の可能性低く担保されていると言えます。

ターニケット誤使用のリスク

市民が行う医行為として3番目に上ってきたのが、止血帯(ターニケット)による緊縛止血法です。

こちらは、2019年4月から市民普及が始まるところなので、実際のところどのように運用されるのかは、今は未知数のところがありますが、使用するかどうかの判断は機械任せではなく、現場にいる人間が行うという点ではAEDと違ってリスクがあります。

またエピペンと違うのは、使う相手が不特定多数であり、エピペン®のような使用すべき個別判断というものはありません。

救助者が、現場とケガの状況を見て、持っている知識や経験の中から判断し、決断しなければなりません。
 
 
止血帯(ターニケット)とAEDの危険性の違い

参考まで、こちらはBLS横浜のターニケット講習の際に示している表です。AEDと同じように止血帯の普及を! という意見を見聞きすることもありますが、AEDとターニケットを同列で語るには無理がある という点がおわかりいただけるかと思います。

拍動性の動脈出血=止血帯適応ではない

一般の人にとっては衝撃的な動脈からの拍動性の出血。見たことがない出血の様子に、止血帯適応と早合点するかもしれませんが、圧迫可能な創面であれば単純な圧迫止血で対応できる場合が多く、止血帯までは必要ない症例が多いでしょう。

例えば、大腿部の切断や、爆創や大型機械への巻込みなどで創面が複雑な場合など、客観的に止血帯が必要な状況というのをリストアップして、機械的な判断ができるようなガイドラインが作成されれば、また別かもしれません。

しかし、現時点では、ターニケットを使うためには、下記の項目を理解して、医学的な根拠をもって、現場でアセスメントして止血帯使用の有無を判断するようにということになっています。

  • 出血に関連する解剖、生理及び病態生理について
  • 止血法の種類と止血の理論について
  • ターニケットの使用方法及び起こりうる合併症について

医学的な理解を持って判断して、医療行為を行うように。

つまり「診断」が求められているという点が、これまでのAEDやエピペンとは決定的に異なる部分です。

市民に診断を求めるというターニングポイント【ターニケット】

「診断」という言葉の重み、医療従事者や福祉専門職にとっては身に染みて感じるところでしょう。

市民が行う医行為について、時系列で考えてきましたが、ターニケット緊縛止血が今までと決定的に違うのは、診断をした上で使うという、これまで市民救急法ではありえなかったことを市民に求めるようになってことにあります。

AEDもエピペンも診断は必要なかったので、そのトレーニング(AED講習やエピペン講習)は、テクニカルな手技をトレーニングするだけでも成り立ちましたが、止血帯は、その適応判断という診断をも教えなければいけないのです。

 
医学の素養のない市民に診断を教える
 

ターニケット講習は、極めてハードルが高いものです。

問題としたいのは、そのカリキュラムだけではなく、指導員の知識と理解、認識です。

本稿を読んでくださっている方は、この先、ターニケットを市民に教えなければいけない立場の方が多いと思いますが、本稿を読み、どのように感じたでしょうか?

教えるだけの知識や理解を持ち合わせていますか?

もしくは指導員のための教育カリキュラムで、これらのことがきちんと伝えられていますか?

現時点、指導員のための伝達講習が進行形で、実際の市民向け教育はこれからかと思います。だからこそ、この時期にターニケット教育に関する情報を集中的に提供させていただいています。


心停止|生存のための方程式

防ぎうる死から命を救うにはどうしたらいいか?

アメリカ心臓協会AHAは、2018年にこんな方程式を発表しました。

 

蘇生科学 × 教育効率 × 現場での実践 = 生存

 
科学と教育と実践が掛け算になって、生存につながるというのです。

これらは乗算ですから、どれか一つでも1以下になると生存という効果にマイナスに働いてしまいます。

教育の果たす役割

図のバランスを見てもらえば分かる通り、中でも大きなウェイトを占めているのが教育効率です。

いかに効果的な教育・トレーニングを実施するか? という点。

さらにはその教育トレーニングが医学的にも教育学的にも科学に基づいたものであること。

そしてその教育実践者を育てること。

この教育は教育現場で終わる話ではなく、学んだことを実際の現場に応用して実施することが目標です。

そこまでカバーするのが、教員・指導員の役割です。

この図からわかることは、指導員はクラスルーム内だけではなく、現場実践の部分までをフォローすることが見て取れます。

教えたら助けられるようになるのか?

私たちは救命スキルの指導員としていつも自問するのは、トレーニングを実施すれば人が助かるのか? という永遠の命題です。

私たちは、受講者がCPRをできるようにトレーニングします。そしてその評価は、例えば実技試験合格といった形で評価され、受講者を送り出していきます。

やもすると、実技試験に合格することがゴールと錯覚してしまうことがありますが、実技試験の先には、現場での実践があり、その先には生存があるわけです。

果たして、講習会場内で実施するCPR実技試験に合格したら、現場でCPRができるようになるのでしょうか? そしてそれで助けられるのでしょうか?

実行性重視の波はG2010から始まった

教育団体としても定評のあるアメリカ心臓協会は、長年蘇生教育に関しても研究を続けてきました。

その中で大きなターニングポイントとなったのが2010年の蘇生ガイドライン改定でした。ここで医学的妥当性よりも現場での実行性を優先するという方向で大きく舵を切りました。

それが、例えば「見て聞いて感じて」の廃止や、A-B-C から C-A-B への変更だったわけです。

そして2015年のガイドライン改定では、Life is Why.というキャッチコピーを打ち出し、マネキン相手の絵空事の練習から抜け出すべく、リアルな日常生活という現実性を想起せよ、という強いメッセージを盛り込むようになってきました。

そうした流れを学術的にまとめて発表されたのが、2018年にCirculation誌に掲載された、

Resuscitation Education Science:
Educational Strategies to Improve Outcomes From Cardiac Arrest: A Scientific Statement From the American Heart Association

でした。

約30ページの論文で、PDFで無料配信 されています。冒頭の図はこちらからの引用になります。(日本語はBLS横浜オリジナル訳です)

今まで、救命は医科学で考えられてきましたが、そこに教育工学という武器をもって切り込んでいったのがAHAです。

そこで教育を変えれば生存確率が上がるのではないか? そのための方策は? ということで、

  • フィードバックとデブリーフィングの使い分け
  • 完全習得学習と計画的な練習
  • 反復学習
  • 革新的な教育方略
  • 文脈に即した学習
  • 評価
  • 実行性までも意識した指導員養成

などの具体的な項目が方略として挙げられています。

なんと全文が日本語訳されています

膨大な量なので、ここでは細かく説明できませんが、幸いなことに論文を有志の方が日本語訳してくれたものが、AHAホームページからダウンロードできるようになっています。

AHA公式ウェブの Education Statement Highlights のページの中から【日本語 論文全訳 (Japanese)】としてPDFでダウンロードできます。

ダウンロードページを見てもらえばわかるとおり、ハイライトと称するダイジェスト版は各国語に翻訳されていますが、論文そのものを母国語で読めるのは英語以外は日本語だけです。

翻訳くださった先生には感謝してやみません。

ぜひこちらを読んでいただきたいのですが、それでも用語が難しかったり、教育工学の理解がないと難しい部分もあるかもしれません。

「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」シンポジウム in 名古屋

そこでさらに朗報。

この翻訳をされた方が発起人となって、6月15日(土)に名古屋で「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」と題したシンポジウムが無料で開催されることが決まっています。

まさにこのAHA教育ステートメントを読み解くための1日セミナーです。

演者・シンポジストの中には、AHA幹部が来日して開催されたG2005-AHAインストラクターアップデートの中で日本人としては唯一登壇した池上敬一先生や松本尚浩先生の他、教授システム学の権威、鈴木克明先生など、インストラクショナル・デザインの日本の中枢とも言うべき方たちが話が無料で聞けます。

会場は名古屋で横浜からは少し遠いですが、新幹線に乗ってでも行く価値あり、です。

 

シンポジウム
「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」

 
6月15日(土) 10:00-16:00 名古屋
 
参加登録ページ

 

イベント参加は無料ですが、それとは別にクラウドファウンディングの形で寄付も受付中です。

長大な論文の日本語翻訳に加えて、大規模な無料イベントを企画は、日本の蘇生教育をより良くして、救命率を向上を目指す熱意ゆえ。これに共感いただける方は、ぜひ資金面でのサポートもよろしくお願いいたします。

 

シンポジウム
「心肺蘇生教育AHA提言を読み解く」
 
クラウドファウンディングページ

 

BLS横浜も、本企画に協賛として関わらせて頂いています。


日本で混在する2つの蘇生ガイドライン(JRC/AHA)の謎

先日、2月18日に実施された第108回看護師国家試験のBLSに関する出題を巡って話題になっているようですね。

呼びかけに反応のない人に対するBLSはとして医療従事者として優先度の高いものはどれか?、ということで、気道確保、胸骨圧迫、人工呼吸、除細動が選択肢として挙げられています。
 
これを心停止ケースと仮定するか、現段階は意識障害と捉えるかで意見が別れているようです。
 
正解は開示されていないので予想の域を超えませんが、AHAガイドラインとJRCガイドラインの違いをついた絶妙な出題だったとの見方もあるようです。

出題者の意図はわかりかねますが、この件で、2つの蘇生ガイドラインの混在、という日本国内に潜んでいた問題が浮き彫りになったのは間違いないようです。

そこで今日は蘇生ガイドラインの成り立ちについて解説します。

「国際ガイドライン」というものは存在しない

蘇生ガイドラインは国際的なものと思われている節がありますが、実はそうではありません。蘇生ガイドラインは国ごとに違います。

日本の蘇生ガイドラインはJRCガイドラインと呼ばれています。日本蘇生協議会(Japan Resuscitation Council)のホームページ から PDF で無料閲覧できるほか、JRC蘇生ガイドライン2015 として書籍 でも出版されています。

一方、BLS横浜でも開催しているAHA講習は、American Heart Association が作ったアメリカ合衆国の蘇生ガイドラインに準拠した講習プログラムです。

アメリカ心臓協会AHA救急心血管治療とCPRのためのガイドライン2015アップデート   日本蘇生協議会JRC蘇生ガイドライン2015

日本の医療者の大半はアメリカの蘇生ガイドラインで学んでいる

現実問題として、日本国内で公募講習として開催されている医療従事者向けの救急対応トレーニングのほとんどは、アメリカ心臓協会 AHA の BLS と ACLS です。

つまり、日本の医療者の多くが、自国のJRCガイドラインではなく、外国のAHAガイドラインで学んでいるというのが現状です。

日本国内では、自国と他国の2つのガイドラインが共存しているという不思議な現象がおきています。

国際コンセンサスと各国ガイドラインの成り立ち

国際ガイドラインなるものは存在しないと書きましたが、国際コンセンサス CoSTR と呼ばれるものはあります。

これは、国際蘇生連絡協議会という、各国の蘇生委員会が集まる国際会議で決められる合意事項、ガイドラインの骨子となるエビデンスに基づいた勧告です。

この国際会議で5年毎に国際コンセンサスが改定され、それに基づいて各国が自国用の蘇生ガイドラインを作るのです。

日本のJRCの場合、国際コンセンサスとガイドラインがほとんど同じ部分もあったりするのですが、基本的には国際コンセンサスとガイドラインは別ものです。

コンセンサスはエビデンスに基づいた国際合意ですので、基本的にはエビデンスがないことに関しては記載がありません。

しかし、エビデンスがないといっても対応ルールは作らないと臨床では動けない。

そこでエビデンスがない、もしくは弱い、などでコンセンサスにない部分は各国が自国の事情に合わせて穴埋めする必要があります。

そうしてできたのが国ごとの事情が加味された各国ガイドラインです。

ですから、エビデンスが強い部分については、国が違っても大きく変わることがない場合が多いのですが、エビデンスが低い部分ほど差異ができやすいともいえます。

日本においては、JRC蘇生ガイドラインとAHAガイドラインが共存しており、内容は大筋では変わらないのですが、例えば呼吸確認の方法のようなエビデンスデータがないことに関しては、ちょっとした違いが出ています。

こうした違いがあると、どっちが正しいの? という議論になりがちですが、医学的な視点で言えばどっちでもいいというのが答えでしょうし、国の基準という点で考えれば、日本国内ではJRCガイドラインを優先すべきなのは言うまでもありません。

医療従事者国家試験においてはJRCガイドライン

医学的にはどっちでもいいところなので、治療方針に関して裁量権を持った立場である医師は自由に判断します。

その他の医療スタッフに関しては、ガイドラインの更に先にある病院内の対応マニュアルや方針に従った行動を取るべきでしょう。病院としてAHAガイドラインを採用しているであればAHAでいけばいいし、JRC準拠ならJRCといった具合です。

 

さて、今回の話の発端は看護師国家試験でした。

日本国の国家試験ですが、この場合、JRCガイドライン準拠で考えるべきでしょう。いくら巷でAHAガイドラインが優勢であったとしても日本がアメリカのガイドラインに従ういわれはこれぽっちもないわけですから、頭をJRCに切り替えないといけません。

今回の国家試験問題で医療関係者がざわついているのは、AHAガイドラインで考える故に迷路にはまり込んでいたり、そもそもガイドラインが複数あって自分が知っているものと国試で求めているものが違っていたという衝撃のようです。

ここは後で論じますが、日本の蘇生教育を考える上では、大きな落とし穴であり、学校教員や救命法のインストラクターの指導姿勢にも課題があることが露呈したのではないでしょうか?

臨床的には、つまり医学的にはどちらでもいいわけですが、医療系学生の国家試験対策としては、JRCとAHAの違いを認識して、学校の授業などはJRC準拠でいかないといけない、というなのでしょう。

なぜ日本では2つの蘇生ガイドラインが混在しているのか?

さて、今回の看護師国家試験で露呈した日本における蘇生ガイドライン混在の問題ですが、なぜこんなことになってしまったのでしょうか?

歴史的な推移を見ると仕方ない部分はあるのかもしれませんが、現状として、日本の蘇生ガイドライン準拠の講習が展開されていない、というのが問題の根源です。

日本には日本独自のガイドラインがあるのに、それに基づいた医療者向け講習会となると極めて限定的なのが現状です。

日本救急医学界のICLSが、JRCガイドライン準拠の医療従事者向け救命処置研修ですが、公開講座としてはあまり開講されず、ディレクター資格を持ったドクターが院内研修としてやっていることが多く、つてのない一般医療者が救命処置を学ぼうと思ったら、地域でオープンコースを開催しているAHAトレーニングサイトに頼るしかないのが現状です。

本稿ではこれ以上は言及しませんが、ガイドラインだけがあっても、それを普及するための媒体や手段がセットで用意されていないと、現実的な運用は難しいようです。

一方、市民向けの救命法教育で言えば、消防も日本赤十字社といった組織だった普及団体があるため、ほぼ完全にJRCガイドライン準拠で固まっているわけで、組織立った教育普及の重要性は明らかです。

せっかく立派なガイドラインがあるのに、それが広まらず、国家試験にも影響している現実、大きな課題です。