看護師の急変対応研修のアウトカムは報告にありーSBAR

この表は、PEARSプロバイダーコースのシミュレーションでホワイトボードに書かれた内容を再現したものです。

PEARS は、心停止前の危険な徴候(生命危機状態)を見分けるアセスメント能力を高めるアメリカ心臓協会のトレーニングプログラムです。

まずは観察して、この表のような情報を整理して、命を落とす原因となる6つ生命危機の中からタイプを判定し、さらに重症度を判定しましょうというのが、PEARSのアセスメントです。

結論から言えば、これは循環障害のうち、「循環血液量減少性ショック」というタイプの生命危機状態で、重症度は「低血圧性ショック」というのが答えです。

やもするとPEARSでは、この判定にたどり着くことがゴールと思いがちな節がありますが、なにもお医者さんごっこや病名当てクイズでやっているわけではありません。

看護師として、このステップのあと、どんなアクションを起こすのか、こそが重要です。

 

評価 → 判定 → 介入

このアクションのことをPEARSでは、「介入」と呼んでいます。

ショックが起きていると判定できれば、それに対する介入は「20ml/kgの等張性晶質液のボーラス投与」が正解です。

 

じゃ、その正解にたどり着いたとして、看護師のあなたは、独断でVラインを取って生理食塩水の輸液を始めますか?

 

と、考えると、ナースがショックという病態を認識して必要や薬剤(等張性晶質液)と投与量が分かったとして、じゃ、どうするの? というところが問題になってきます。

もしかしたら、ここが米国のナースと日本のナースの違うところかもしれません。

日本の看護師は、原則的に医師の指示がない限り、輸液も含めた薬剤投与はできません。となると、PEARSで安定化のための治療法が見えたとしても、最終的な業務としてのアウトカムは輸液の実施ではなく、もっと別のことになるかもしれないのです。

 

それでは、日本で看護師がPEARSコースから学べることはなんなのか?

ヒントはPEARSプロバイダーマニュアルG2010日本語版の20ページにあります。

「臨床状態の判定に基づいて、適切な処置により介入する。処置内容はプロバイダーの業務範囲と施設のプロトコールによって決定される。PEARSプロバイダーの介入には以下のものが含まれる。

応援を呼び、救急医療チームや迅速対応チームの出動を要請する
・CPRを開始する
・(中略)

最善の行動は応援を呼ぶことである。応援が到着するまでの緊急の処置を行う」

PEARSでいう介入(intervene)の第一義は、応援要請・報告なのです。

医師が不在の場で緊急事態に遭遇したのであれば、医師に状況を報告し、医師が来るまでの間の緊急の処置を行うのが日本のナースにおけるPEARSのアウトカムです。

そして忘れてはいけないのが、日本の看護師は、医師の指示があれば、かなりの範囲の医療行為を行えるということです。

この中には、PEARSプロバイダーコースに出てくる酸素投与や生理食塩水の輸液は含まれますし、ネブライザーによる薬剤の噴霧投与や、状況によってはアドレナリンの筋注もあり得るかもしれません。

そう考えると、日本のPEARSプロバイダー看護師に求められるPEARS学習のゴールは、医師に的確に報告し、迅速な治療に繋げること。そして、緊急度が高い場合は、処置に関する指示を受ければ、それを実施することも含まれます。

 

 

そこで考えたいのが冒頭の症例です。

もしこのような患者にナースだけで対応している場面があって、医師に電話連絡がつく状況だったら、どう報告するでしょうか?

 

こんなことをPEARSのシミュレーションで体験してもらっています。

インストラクターが医師役を演じ、受講者さんに報告をしてもらうのです。そうすると多いのは、一次評価の内容を最初から読み上げていって、「で、先生、どうしましょう?」という報告の仕方です。

冒頭の表を見てもらうと分かる通り、この症例では、呼吸に関しては回数が多めという以外は目立っておかしなところはありません。このあたりの報告を聞いている限りは、「だからなんなの? さっさとしてよ」という医師の心持ちは想像できます。で、肝心なところは中盤以降から登場します。

つまり、報告の仕方の善し悪しによって、伝わり方や緊急度が違ってきてしまう懸念があります。

 

SBARという報告ツール

そこで役に立つのが、最近流行りのSBARという報告の様式です。これはAHA講習の中で言及されているものではありませんが、日本の看護業界ではそこそこ広まっている印象があります。このSBARを意識するだけで、報告がぜんぜん違ったものになってきます。

例えば、こんな感じです。

「ショックと思われる患者さんがいます。HR136で頻呼吸、抹消も中枢も脈の触れが弱く、CRT延びてます。手は冷たいです。血圧も84/68と下がっており、意識レベルも低下していて重症度は高いと考えられます。すぐ来ていただけますか?」

これはあくまでも例ですが、SBARという論理構造がわかるでしょうか?

 

    S:Situation「状況:なにが起きてるのかをざっくりと」
    B:Background「背景:アセスメントの根拠となる情報」
    A:Assessment「評価:アセスメント、考えたこと」
    R:Recommendation「提言:どうしてほしいか?」

 

逆から考えていきます。報告をする目的はなにかといったら、Recommendation 提言のためです。医師に何かをしてほしいとか提案をしたい、それが報告の目的です。

そこにフォーカスしている点をまず認識して下さい。

忙しい医師にとにかくすぐ来てほしい! そのためには理由を伝える必要がありますが、死んじゃいそうだからとにかく来てよ、という結論めいたことだけを言っても、なぜ??という疑問が発生し、先方も迅速な行動には繋がりにくいです。

なぜ緊急度が高いと思ったのか、またそもそもなぜショックを疑ったのか、根拠となるデータを客観的に手短に示します。それがバックグラウンドです。

さらには、結論を最初に、ということも大事。まずは要件の全体像を伝えたほうが話が速いということで、Situation「状況」から話し始めます。今回は例としては、ショックというキーワードを入れましたが、そこまで絞り込めていなければ、「急変です!」の一言でもいいと思います。

報告の目的は、「死にそうだから速く来てよ」なわけですから、その部分とは直結しない呼吸に関する情報などはあえて言及しないことで、問題をクローズアップできます。余計なことをダラダラ言わない! ということです。

看護職の方の報告の傾向を見ていると、状況を伝えるだけで、なんのための報告かという、目的意識が弱い印象があります。

「先生、○○なんですけど…」という語尾をはっきりさせない感じで、現状報告だけを行い、判断やその先のアクションは完全に丸投げしている傾向がないでしょうか?

医学的判断は医師が行うという医療界の構造を考えれば自然なことなのかもしれませんが、体系的アプローチやアルゴリズムによって医師以外でもある程度、先行きが見通せるような状況が広まりつつあります。

そして、まさにそこを学ぶのがPEARSですから、判定により問題点がある程度見えるし、その安定化のための手立ても先読みできれば、それをぜひ積極的に報告に取り入れることで、医師が来てから診断をつけて処置の準備を始めるのではなく、先読みした準備が奏功すれば処置までの時間を短縮して、救命の可能性を高めることができるかもしれません。

 

「先生! すぐ来てください」のもう一歩先へ

そう考えると、SBARの最後のRecommendation「提言」が極めて重要で、単に「すぐ来てください」にもう一言、「何分で来れますか? 到着までの指示をください」などが入るといいですね。

さらにいえば、この先の処置や展開が予想できていれば、「ラインとっておきましょうか?」とか「生食1リットルつなげておきます」とか「ネブライザを準備しておきます」など、具体的な提言もできるかもしれません。

指示を受ければ薬剤投与も含めてある程度の処置ができるのが看護師免許の強みです。

それを活かすも殺すも、ナースからの報告次第といっても過言ではありません。


雨の中の野外救急法トレーニング

この前の日曜日、横浜は数日降り続いている雨の真っ只中でしたが、市内の山林でウィルダネス・ファーストエイド講習を実施しました。

雨の中、レインウェアを身に着けて、雨に打たれながらのレクチャー&即時の実践体験&シミュレーション。

蚊に刺されながら、泥だらけになりながらの1日講習でした。

BLS横浜では、ファーストエイド系のレギュラープログラムがいくつかありますが、その最終型とも言えるのが、このウィルダネス・ファーストエイドです。

BLSやACLSと違って、明確な答えがないのがファーストエイドの世界。

だからこそ、シミュレーションによって、観察、評価、判断、実践をしてもらい、「振り返り」を行う中で、「考え方」を固めていきます。

ファーストエイド訓練は、救急対応の「答え」を学ぶのではなく、「考え方」を学ぶの目的です。

だからこそ、机上のディスカッションだけではなく、体験をしてもらう必要があるのです。

通常の講習会場の中で行うシミュレーションでも、座学だけに比べると相当な気づきや学びがあるのですが、しかしそこはやっぱり講習会場。スライドで風景写真を流したりと工夫をしていますが、安全確認や搬送の必要性判断などの環境要因の現実性がどうしても乏しくなってしまうという限界があります。

その点、この部分で強烈に効くのが、実際の屋外フィールドで開催するファーストエイド・シミュレーショントレーニングです。

今回は肌寒い時期の雨の中でしたので、応援を待つ間、傷病者の安静を保つにはどうするかという課題が突きつけられました。

寒さと雨を凌ぐにはどうするか? 本来なら動かさないほうがいい傷病者ですが、救助がくるまでの時間と、日没までの時間を考えた場合、少しでも安全などこかに移動させるのか、それともその場で夜明かしする準備を始めるのか、など切迫して考えなければならない状況になります。

ウィルダネス・ファーストエイドでは、脈拍数、呼吸数、意識レベルといったバイタルサインの評価も含めていますが、雨に濡れた寒い環境の中、傷病者は健常者の演技にも関わらず、毛細血管再充満時間は3~4秒に伸び、本当に唇も青くなったりして、このあたりも今回、雨天の中、決行したからこそのリアルな学びだったと思います。

講習会というイベントを企画する側としては、安全上の問題から中止を決断することもありますが、テーマが野外救急法ですから、危険がない程度の悪天候であれば、むしろ学びの場としては好条件ともいえます。

今回、悪天候ゆえのデメリットといえば、「記録」が取りづらいという点はありました。

野外救急法においては、傷病者の状態と行った処置、そして時刻などの記録が重要となります。この点、雨だと書けないという、リアルな現場でもありうる問題点に直面しました。

また、参照資料を取り出すことができないため、学習者の持っているもともとのファーストエイドの引き出しが重要という点も、ふだんの好条件の講習より際立ったように思います。

やはりウィルダネス・ファーストエイドのシミュレーションに参加するには、ハートセイバー・ファーストエイド コース程度の疾病やケガの基礎知識はほしいところです。

 

 

さて、そんなウィルダネス・ファーストエイド講習ですが、今回はNPO法人日本災害救護推進協議会との共催でしたが、次回は春前くらいにBLS横浜主催として開催していきたいと思っています。

興味がある方は、年明けくらい過ぎくらいから BLS横浜講習スケジュール をチェックしてみて下さい。


PEARSのシミュレーションってどんなもの?

今日は、横浜で PEARSプロバイダーコース with シミュレーション でした。

PEARSプロバイダーコースのシミュレーション風景

気づけば、いつの間にか日本国内のPEARSプロバイダーコースは、シミュレーションを「省略」するやり方が一般化してしまったので、PEARSのシミュレーションと言ってもなんのことかわからないPEARSプロバイダーさんが多いのが現状かもしれません。

G2010版のPEARSコースのシナリオ進行は、「ラージグループ・ディスカッション」と「スモールグループ・シミュレーション」の2つのやり方から選べることになっています。(参考まで、今後移行していくはずのG2015版ではシミュレーション省略のオプションは撤廃されました)

教育工学を学ぶ立場である、私たち日本医療教授システム学会ITCメンバーとしては、シミュレーション抜きの「ラージグループ・ディスカッション」だけで終わらせることはありえないという考えから、旧来のG2005-PEARSのやり方を踏襲して、シミュレーションありの選択をしています。

PEARSのシミュレーションとはどんなものかを紹介しますと、、、



PEARSシミュレーションの例


PEARSのシミュレーションというのは、BLSを2人ないしは複数人で行うことではありません。PEARSの体系的アプローチ(アセスメント)をマネキンの前で展開し、障害のタイプを判定し、介入し、再評価を行うことを言います。


まずは、症例DVDの映像をちらっと見てもらいます。第一印象はパッと見の評価ですから、そう長々とは映像は流しません。数秒間、患児の様子を見てもらった後、第一発見者の受講者さんはマネキンの前に立ってもらいます。

先ほど見た映像の子が目の前にいますよ、どうしますか? という設定で、シミュレーションを始めていきます。

第一印象の評価で、自分1人の手に負える状態じゃないと思えば、他の医療スタッフ(受講者)たちに応援要請し、3人程度のチームでアセスメントを進めていきます。

第一発見者の指示で、チームメンバーが心電図モニターを装着すれば、手元のモニター画面に心電図波形と心拍数が表示され、パルスオキシメーターを装着すれば酸素飽和度が表示されます。(BLS横浜では iPadのシミュレーター を使っています)

それらのモニターの値や、映像で見た児の呼吸の様子から、呼吸数や努力呼吸の有無などをアセスメントしていき、判定をしつつ、必要な介入を行っていきます。

例えば、小児は舌が大きく、気道閉塞が起きやすいという解剖学的特徴があります。その為、体位を整えるという気道確保が極めて有用です。肩枕を入れたり、抱っこをしたり、ということを実際に試していきます。

酸素投与という話になれば、実際に手元にあるデバイス(経鼻カニューラ、マスク、リザーバー付きマスク、BVM)を選択肢、酸素流量を具体的に指示し、マネキンに装着してもらいます。そうするとリアルタイムにモニターの酸素飽和度が変化していきますので、それを見ながら流量や投与経路を調整します。

吸引も大切な気道確保の手技ですが、小さな子ども相手の吸引は難しく、泣いてしまったらより状態は悪化してしまうかもしれません。また酸素マスクを当てようとしても子どもは嫌がるかもしれません。机上のディスカッションではなかなか考えが及ばない部分です。

講習の前半で知識として学んだことを、マネキン相手ではありますが、アクションとして実施し、結果や反応を見ながら、考え、悩むのがシミュレーションです。

シミュレーションのゴールは?


障害の「タイプ」と「重症度」を判定するのがPEARSコースのゴールと思われがちですが、臨床で使うスキルとしては、判定結果をもとに自分がどう行動するか? が重要です。

判定だけで終わってしまったら、ただの診断ごっこです。

特に、BLS横浜では、看護師向けにPEARSを展開しています。

看護師としては、例えば患児の呼吸障害のタイプが「下気道閉塞」で重症度は「重症」と判断して、すぐに酸素投与と気管支拡張剤のネブライザー投与が必要だとわかっても、ナースの判断で勝手に薬剤を使用することはできません。

となると、臨床的な実行動としては、状況を医師に報告し、必要な医行為の指示を取り付けるというのが看護師の実務です。

そこでPEARSのシミュレーションでは、医師へ電話で報告する、という介入をしてもらっています。

インストラクターが医師役となり、報告を受けるのですが、実際にやってみると、要領のよい報告はなかなか難しいものです。

そんなときは、AHAコンテンツには含まれていませんが、SBARという報告様式を提案してみると、これがしっくりと収まるということに皆さん気づいてくれます。


看護師は、独断や単独で医療処置を行うことはできませんが、医師の指示があれば薬剤投与を含めた大概の医療処置は合法的に行えます。医師がその場にいなくても、医師の目となるような観察をして報告をし、指示を取り付ければ、救命処置を行えるのが看護師です。

そして、体系的アプローチの視点や考え方は、医師も含めた医療界で標準的なもの。

それに則れば、診断は行わない看護師であっても、状況の先読みはある程度できます。しかしそれを診断として行えない立場だからこそ、主観ではなく、客観的な事実の情報を含めて医師に報告して、科学的な推論をアセスメントとして述べて、必要な処置を提案し、具体的な指示を取り付けること。これがSBAR報告です。

そんな風に、指示を待つのではなく、提案(recommend)するという一歩踏み込んだ思考で考え、行動し、実際に声に出して行動してみるというのが看護師にとってのPEARSシミュレーションの主要なゴールと考えています。

そんな医師への報告までの間は、チームメンバーで情報共有し、意見交換し、記録や処置などの役割を分担しながら、評価を進めていくというチームダイナミクスも体験し、「できる医療者が1人」いるだけでは、物事はうまく進んでいかないという大事なポイントも実感していくのです。

PEARSプロバイダーコースの教育的意義

PEARSコースの画期的なところは、嘘偽りのないホンモノの生命危機状態患者の映像を使って観察・評価の練習ができるところにあります。

これは、AHA-PALSやAHA以外の標準化教育プログラムをもってみても類を見ない、PEARSの唯一無二な部分です。

これにより認知スキルが鍛えられます。

例えば、PALSプロバイダーコースでも、陥没呼吸や呻吟といった異常な呼吸様式は出てきますが、主に言葉として出てくるだけで、「見て判断する」という部分は「できてあたりまえ」として扱われており、教育フォーカスは症状の認知ではなく、その先の診断(二次アセスメントと診断的検査)に向けて重きが置かれています。

PEARSをアセスメントのための認知スキルトレーニングと位置づけるなら、映像を見て、受講者同士でディスカッションしながら理解を深めるという学習方法で十分かもしれません。

しかし、それはアセスメント訓練で終わってしまいます。

生命危機状態に陥っている患者をアセスメントする目的は何か?

もちろんそれは命を救うため。状態が悪化して目の前で命を落とすことがないようにするためです。

安定化のための救命処置という「介入」を行うための方向性を定めるツールとしてアセスメントを行うのです。

アセスメントはゴールではなく、過程です。

アセスメントを現場で使えるツールに格上げさせるのがシミュレーション

BLS横浜でPEARSコースを受講した方たちは例外なくシミュレーションの効用を口にします。


  • 座ってアセスメントするのとマネキンの前で立ってやるのではまったく別物みたいで驚いた
  • さっきはわかった気になったけど、いざやってみると意外とできない、わかっていないのを痛感した
  • やったことの反応がちゃんと返ってくるので再評価の大切さを感じた
  • アセスメントを進めるばかりじゃなくて介入のタイミングが重要
  • アセスメントができても、報告につながらないと意味がないとわかった


「わかる」と「できる」の間には大きな隔たりがあります。
そのギャップに気付けるのが模擬体験であるシミュレーションです。模擬体験と実体験もまたギャップがあるものですが、知と行動の溝を認識して隔たりを軽減できる働きが期待できます。

シミュレーションであっても、慌てますし、冷汗びっしょりになることもあります。軽いパニックになることも。

こうした心の揺さぶりを少しでも体験しておくとは、いざというときのためのパニック対策にもなります。

BLSにしてもACLSにしてもPEARSにしても、受講することが目的になってはいけません。

自分はどうなりたいのか、なにができるようになりたいのか?

その最終的なアウトカムに向けての階段のひとつが標準化教育です。

その研修で得たものは、実臨床で実践するためのどのステップに相当しているのか? そこでカバーできていないのはどの部分か?

そんな学びの構造解析をしてみると、学ぶ意義が違ってくるように思います。


10月15日(日)横浜ウィルダネス・ファーストエイド受講者募集中

次の日曜日、横浜市内で野外救命法、ウィルダネス・ファーストエイド講習を開催します。

 

AHAハートセイバー・ファーストエイドコースと違って、講習会場は山林。屋外で開催します。

ザックを背負い、野山を歩きながらシミュレーションを繰り返して練り歩く、そんなスタイルの講習会です。

シミュレーションも、野山の地形を利用して行いますので、シチュエーションとしては、まさにリアルです。

BLS横浜のハートセイバー・ファーストエイドや、PEARSプロバイダーコースで、シミュレーションで学べることの意義を感じられた方、次回はぜひ、山で本格的なシミュレーションを体験してみませんか?

NPO法人JAEA(日本災害救護推進協議会)との共催です。

申し込みや、詳細は JAEAのホームページ からどうぞ。


「パニックで人工呼吸できず」・・・業務上過失致死容疑送検|指導側の対策は?

読売新聞2017年10月6日付でこんなニュースがありました。

無痛分娩死で院長「パニックで人工呼吸できず」 読売新聞

無痛分娩死で院長「パニックで人工呼吸できず」
大阪府和泉市の産婦人科医院「老木(おいき)レディスクリニック」で1月、麻酔で出産の痛みを和らげる無痛分娩(ぶんべん)をした女性が死亡した事故で、担当した男性院長(59)が府警の調べに、「人工呼吸をしようとしたが、パニックになりできなかった」と供述していることが、捜査関係者への取材でわかった。

府警は、救命に必要な処置を怠ったとして、6日に院長を業務上過失致死容疑で書類送検する。

無痛分娩を巡り、医師が書類送検されるのは異例。院長は容疑を認めている。

捜査関係者によると、女性は同府枚方市の長村千恵さん(当時31歳)。院長は1月10日、長村さんに局所麻酔を実施。長村さんが呼吸困難を訴えたのに、経過観察を怠って容体急変の兆候を見逃したうえ、急変後も人工呼吸を行わず、同20日、搬送先の病院で、低酸素脳症で死亡させた疑いが持たれている。

(2017年10月6日(金) 7:05配信 読売新聞

先日、耳鼻科クリニックで小児の心停止で、(胸骨圧迫のみで)人工呼吸をしなかったことが「過失あり」と認定された ケースを紹介 しましたが、医療機関内における救急対応でも、その中身や質が問われる時代になってきています。

いざという時は慌ててしまって、準備していたものが100%発揮できないというのは、人間としてありえることですが、それを押してでも対策を考えておかないといけないのかもしれません。

AHA蘇生ガイドライン2010で書かれていた点ですが、いざという時に対応できなかった理由の第一位は「パニックになった」(37.5%)でした。

そのため、次のように勧告しています。

「CPR訓練によってパニックの可能性に対処し、パニックの克服方法を考えるよう受講者に促すことは効果的である」 (クラスIIb LOE C)

救護義務と訴訟を考えたときに、まず問題とされるのは「体制」です。

つまり、きちんと訓練・準備されていたかどうか、です。

学校などでも、しばしば対応マニュアルがあったかどうかが問題とされるのはこの部分になります。

そして訓練をしていたかどうか?

先の耳鼻科クリニックの例に関して言えば、判決の中で医師はBLS訓練をしていなかったことも俎上に上がっていました。

そして仮に訓練がなされていたとしても、その中身が問われる時代になりつつあります。

この産科クリニックの例のようにパニックになってできないというのは、ある意味想定内のことです。

だったら、訓練の中でパニックに対応するようなトレーニングをしていたか、が問題となってもおかしくありません。

ここから、CPR訓練提供者であるインストラクター側の問題として考えていきますが、私たちは蘇生ガイドラインが勧告しているような「パニックの克服方法を考えるよう受講者に促す」ようなトレーニングを提供しているでしょうか?

ありきたりの技術練習に終わるのではなく、受講者が慌ててパニックに陥るようなシチューションを提示し、対応してもらう機会を作ることが重要だと言えます。

この点、AHA-BLSプロバイダーコースでは、2015年のコース改定で「パニックの克服方法を考えるよう受講者に促す」ための訓練とも言うべきものが導入されました。

それが、「ハイパフォーマンス・チームアクティビティ」と呼ばれる10分間のチーム蘇生を行う場面です。

受講者4~6名程度で、どう行動するかが試されるこの場面、シナリオ提示の仕方によっては、効果的なパニックガード訓練にすることができます。

これに限らず、リアルな状況を設定して、そこに予想外の展開を仕込むことによって、パニックを疑似体験させて、その後の振り返り(リフレクション/デブリーフィング)によって「パニックの克服方法を考えるよう受講者に促す」ことができます。

これは、時間が許す限り、どんなCPR講習の中でも、取り入れたい内容ですね。

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ABCDEアプローチの順番-酸素の流れを追う

PEARS/PALS、ACLSでもおなじみのABCDEアプローチ。
 
これは救急医療で標準の考え方でもあります。
 
D(神経学的評価)とE(全身観察)の評価内容と介入の中身については、外傷系や神経系では若干の方言がありますが、根本的な考え方は変わりません。
 

ABCDEアプローチ【体系的アプローチ】

 
生命危機というゼネラルな考え方の中で特に重要なのは、大気中の酸素が体の中の細胞に届くまでの過程を追っているという点です。
 
その上ではABCDという順番を無視することができません。
 
傷病者がパット見で「意識障害あり」と判断された場合、ついつい神経系の観察を優先してしまいがちですが、その意識障害がショックや呼吸不全による脳細胞の酸素供給不足だとしたら、どうでしょうか?
 
ですから、どんな場合でも、気道が開通していることと、呼吸機能が保てていること、循環機能が保てていることを、この順番で確認していくことが大切です。
 
 

 

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Kiss of life

口対口人工呼吸のことをイギリス英語で、Kiss of life ということがあります。
give the kiss of life to ○○ といった感じで使うようです。

いまや救命法といったら、人工呼吸を省略する胸骨圧迫のみの蘇生法が主流なイメージですが、これはアメリカ文化に強い影響を受けています。

食生活が影響しているのか、米国では虚血性心疾患や心臓突然死が大きな問題となり、心臓病とともに蘇生法が発展してきた経緯があります。だから、心原性心停止(心室細動)が主要なテーマとなっています。

しかし、ヨーロッパは別で、蘇生練習用マネキンで有名なレールダル社のレサシアン誕生の逸話もあるように、蘇生法は水難事故との関連で発展してきました。つまり、呼吸原性心停止が基本にあります。


ヨーロッパ蘇生協議会のガイドライン2015ダウンロードページ

横にしたビア樽で体をくくりつけて伸ばすとか、馬の乗せて走らせるといったような胸郭運動を補助するような蘇生法が模索されていたCPRの歴史を聞いたことがある人もいるかもしれません。

2008年にアメリカ心臓協会が、国際コンセンサスとは別にHands only CPRを発表したときに、懸念の意を真っ先に示したのもヨーロッパ蘇生協議会でした。

そんなヨーロッパでは、最新のガイドライン2015でも人工呼吸の重要性が色濃く表現されています。
例えば、ヨーロッパでは、子どもへのCPR手順は、

 

気道確保

呼吸確認(正常な呼吸がない)

人工呼吸5回

胸骨圧迫15回

人工呼吸2回+胸骨圧迫15回

緊急通報

 

となっており、胸骨圧迫や通報より、人工呼吸が優先されるアルゴリズムになっています。米国事情を当たり前と思っていると、意外に感じる人もいるのではないでしょうか?

 

ヨーロッパ蘇生協議会ガイドライン2015の小児BLSアルゴリズム

 

Kiss of Lifeで発展してきたヨーロッパの救命法。

文化によって考え方がずいぶん違うものですね。

胸骨圧迫とAEDが全盛の今の時代、蘇生法の仕組みや歴史的背景を勉強してみるとおもしろいですよ。


ウィルダネスファーストエイドの医行為、法的懸念への声明

おそらく日本国内でもっともアクティブに活動しているウィルダネス・ファーストエイド教育プロバイダーのWMA JAPANが、ウィルダネス・ファーストエイドに含まれる医行為に関する声明を発表しました。

WMAは以前から、厚労省への照会や顧問弁護士を付ける等の法的な取り組みをしていることを広報に取り入れており、法的問題には積極的に取り組んできた団体と認識しています。

今回の声明も、業界としては非常に画期的な出来事であろうと思います。

中身はというと、法律の話なので、読み手によっては理解しづらいところもあるように感じますので、すこし解説を加えようと思います。

この公式見解は、一般社団法人 ウィルダネス メディカル アソシエイツ ジャパンのFacebookページで公開されています。まずはこちらをご覧ください。

WMA 野外・災害救急法への法的な懸念

論旨をまとめますと、まず、結論は下記のとおりです。

「したがって、WMA野外災害救急法を躊躇せずに、参加者の命を救うべきである。」

命題は、3つです。

・医師法違反への懸念
・傷害罪(刑法)への懸念
・緊急時無管理(民事責任)への懸念

この3点に関する懸念に対して検討した結果ということで、上記のように述べているという論理構造になっています。

1.医師法違反への懸念

これはこのブログでも何度も取り上げているとおり、WMA JAPANの声明の通り、医師法違反を問われる可能性は低いと考えられます。反復継続の意志の有無が問題となるわけですが、厚生労働省見解として、学校教職員がエピペン注射をするにあたって反復継続の意志がないという考えるという前例ともいうべき定説があります。

学校教職員としては、必要とあれば2度目でも3度目でもエピペン注射をする心づもりがあり、訓練を受けているわけですが、それであっても「反復継続の意志はない」と判断されている以上、ウィルダネス・ファーストエイドにおいても、同様の判断がされるだろうと考えられます。

2.傷害罪(刑法)への懸念

これについての、WMA声明での論拠部分を引用します。

「刑法上、違法性を阻却する緊急避難は、要件が厳しく、参加者の生命・身体を守るために処置した行為が救助しようとした結果を実現しない限り、要件を満たさない危険をはらむ。そこで、より広く違法性阻却の道を確保するために、刑法35条の正当行為としての違法性阻却を認めるべきであると考える。」

この文章だけをみると、結論である「したがって、WMA野外災害救急法を躊躇せずに、参加者の命を救うべきである」という文章とはつながりません。

ゆえに間に下記のような一文があります。

「WMA野外災害救急法により結果的に危害を生じさせてしまった場合、弁護士により処置の必要性・相当性
等が証明できれば緊急避難や正当行為として傷害罪等の刑事上の責任を問われない可能性は十分にある。」

つまり、傷害罪を問われないためには、弁護士により処置の必要性・相当性を証明してもらう必要がある、というように読み取れます。

これをもって躊躇せずに、と結論付けられると、なるほど、と納得できる人はあまり多くないのではないでしょうか?

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判例ー人工呼吸をしなかったことが過失に

少々古い話になりますが、2016年に出た心肺蘇生に関する判決についてクリップしておきます。
 

女児救命措置に過失 診療所に6100万円賠償命令

 

女児救命措置に過失 診療所に6100万円賠償命令
 仙台市泉区の診療所を受診後に死亡した宮城県内の小学5年の女児=当時(11)=の遺族が、診療所を運営する同区の医療法人に約6800万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、仙台地裁は診療所の過失を認め、約6100万円の支払いを命じた。判決は26日付。
 大嶋洋志裁判長は「診療所は、救急蘇生のガイドラインで義務付けられた人工呼吸をしなかった。適切に蘇生措置をしていれば助かった可能性が高い」と述べた。
 判決によると、女児は2011年8月、診療所で中耳炎の治療中に意識を失った。看護師は心臓マッサージはしたが、人工呼吸はしなかった。救急隊が人工呼吸を始めたが、女児は重い低酸素脳症を経て約3週間後に死亡した。医療法人の担当者は「弁護士に任せており、答えられない」と話した。
 
河北新報
2016年12月28日水曜日
http://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201612/20161228_13014.html

 
 
 
診療所での救命処置の中で人工呼吸を行わなかったことが、過失と判断されたという事案です。
 
この報道から考えたことを書き留めておきます。
 
 
皆さんは、この報道を目にして、どのように感じたでしょうか?
 
 
・人工呼吸はしなくてもいいと教わったけど?
・そこまで求めるのは酷だ
・こんな判決が出たら誰も手出しをしなくなってしまう
 
 
この報道が流れたのは2016年の年末。残念ながら、リアルタイムで目にしたわけではないのですが、当時、このような論調が多かったのではないかと想像します。
 
本件を考える上で、勘違いしてはいけない重要なポイントは次の2点です。
 
・傷病者は子ども
・診療中の出来事であり、医療従事者の対応であった
 
 
まずは、これが「子ども」の蘇生であったという点。これが世間の認識とは少し異なる判決となった要因です。昨今、「人工呼吸はしなくてもよい」という論調が多勢となっていますが、これは成人傷病者を前提とした市民啓蒙のための簡略化であり、医学的に人工呼吸が不要となったわけではありません。
 
そして次に、本件は医療機関内で免許を持った医療従事者に対する「業務上の過失認定」であるという点を正しく理解する必要があります。プロが行う仕事としての救命処置である、ということです。ですから、この判決が出たからと言って、通りすがりの立場で救護にあたる市民救助者が萎縮するような話ではありません。
 
 
この2点を、もう少し詳しく解説していきます。
 
 
 

1.子どもの蘇生法は大人とは違う

蘇生科学の世界では、一般的に子どもと大人では心停止になる要因が違うため、対応の優先順位が異なるとしています。
 
大人の心停止は心原性心停止が多く、心室細動に代表される心臓のトラブルによって、心臓が停まり、それとほぼ同時に意識消失ならびに呼吸が停まると考えられます。この場合、心肺が突然にほぼ同時に停まるため、倒れる直前までは普通に呼吸をしています。
 
そのため、血液中には酸素が十分に残っていますので、胸を押して血流を作り出すだけで、脳細胞や心筋細胞に酸素供給を続けることができます。
 
だからこそ、胸を押すことが優先され、倒れた直後であれば人工呼吸は必ずしも行わなくても良いと言われているわけです。
 
 
 
しかし、子どもの場合は、一般論として呼吸原性心停止が多く、呼吸のトラブルから、まず呼吸が停まり、その後、遅れて心臓が停まる、というケースが想定されます。
 
つまり、心臓が停まる原因は、呼吸停止により、血液中の酸素を使い切ったことによる酸素不足です。そんな状態で胸骨圧迫のみの蘇生をしたらどうでしょうか?
 
胸骨圧迫により、血液は巡りますが、血液中の酸素は使い切った状態ですので、心筋細胞と脳細胞に酸素を供給するというCPRの目的を達することはできません。
 
この場合、人工呼吸によって、大気中の21%の酸素(呼気にも17%の酸素が含まれます)を血液に溶け込ませるというステップが欠かせないというのは理解いただけると思います。
 
 
そのため、蘇生のガイドラインでは、子どもの蘇生に関しては、人工呼吸は重要で欠かせないものと位置づけています。感染防護等の準備ができ次第、ただちに人工呼吸を行うことを求めているのです。
 
さらには、可能であれば胸骨圧迫より、人工呼吸を先に開始することさえ提唱されています。
 
 

参考過去記事 → 「溺水の救命のポイントは人工呼吸

 
 

2.業務対応としての救命処置と、善意の救急蘇生は違う

子どもの蘇生では、人工呼吸が欠かせないという医学的な理由はご理解いただけたと思います。
 
人工呼吸は必須というと、体液・血液感染のリスクを負ってまでやらなくてはいけないのか、と疑問に思うかもしれませんが、このあたりは業務としての救命処置なのか、責任がない立場での偶発的な対応なのかが分かれ道です。
 
通りすがりでたまたま遭遇した子どもの急変に第三者的に関わるのであれば、胸骨圧迫だけでも119番通報するだけでも、自分の安全(感染の問題も含めて)を優先して、できる範囲のことを無理せず行えば十分です。
 
しかし、今回の事案は、診療所での診療中に起きています。
 
ですから、感染防護具が準備できずに人工呼吸ができなかった、という言い訳は成り立ちません。
 
そして、当事者は小児も扱う耳鼻科クリニックの医師と看護師であり、子どもの蘇生には人工呼吸が必要であるという判断ができる立場の人たちです。
 
ここが、人工呼吸をしなかったことが過失と判断されたポイントと思われます。
 
医療業務として、やるべきことをしなかった。
 
もしくは、救急対応ができてしかるべき診療所であるにも関わらず、人工呼吸のデバイスを準備していなかった、もしくは人工呼吸のトレーニングをしていなかったことが、システムの不備、注意義務違反と解釈されます。(参考まで、原告の訴えとしては静脈路確保とアドレナリン投与【二次救命処置】をするべきであったと主張してますが、それは却下されています。)
 
蘇生ガイドラインは5年ごとに改定されていますが、事案が発生した2011年当時の心肺蘇生法ガイドラインでも、そのひとつ前の2005年ガイドラインでも、子どもの心肺蘇生法では人工呼吸が必要であるという点はずっと変わらず言われている点です。
 
 

3.考察

昨今の心肺蘇生法に関する世の中の認識を見ていて感じるのは、市民向け、かつ心原性心停止前提の蘇生法の知識(胸骨圧迫+AEDこそがすべて、みたいな)が広がりすぎて、医療従事者をはじめたとした責任のある立場の人たちが心肺蘇生法について誤解しているのではないかという気がしてなりません。
 
今回の仙台の事案でも、被告側は、人工呼吸をしなかった正当性の理由のひとつとして「救急医療の専門家が行うものではない段階におけるCPRにあっては,胸骨圧迫のみによる蘇生が推奨された時期もある」という理由を挙げています。
 
いわゆるHand Only CPRが世界に公表されたのは2008年で、当時は、人工呼吸の省略が許されるのは、「病院外で成人が目の前で卒倒した場合」に限定されており、さらに、子どもや溺水、薬物過量などが疑われるケース(つまり呼吸原性心停止疑い)には適応されず、人工呼吸も行うべきである点が強く強調されていました。
 
つまり、当時から医療従事者が業務中に行う蘇生に対してはHands only CPRは適応外であり、CPRといったら、人工呼吸+胸骨圧迫である点は、2017年の今に至るまで変わっていません。
 
医療従事者であっても、人工呼吸準備に時間をかけるなら、まずは胸骨圧迫を始めるというのは正しい判断ですが、その後、スタッフが集まってきて準備ができ次第、人工呼吸を開始するのは、大人であっても子どもあっても同じです。決して人工呼吸をしなくていいと言っているわけではないのです。
 
心肺蘇生法は、社会啓蒙としての蘇生と、業務としての蘇生では別の流れがあるのですが、この点を医療従事者が把握していないのは残念なことです。市民向けの情報番組を鵜呑みにするのではなく、きちんと医学的に学んでほしいところです。
 
口対口人工呼吸をしろと言っているわけではありません。
 
医療機関では然るべき人工呼吸のバリアデバイスを準備して、その使用方法は訓練しておく、というシステムの問題と捉える必要があります。
 
人工呼吸を試みたがうまくできなかったということが問われているのではなく、準備対策をしていなかったことが問題になっている点には注目すべきです。
 
 
 
この判例について、「厳しい」と感じる医療者の方もいるかもしれません。免許取得過程で小児の救命法を教わっていないというのも事実かもしれません。
 
しかし、市民の目からみたら、病院勤務の医療従事者であれば、然るべき対応ができると期待しているのは紛れもない事実です。
 
それに対して、自分の時代は教わっていないからできなくても仕方ない、と遺族に対して面と向かって言えるでしょうか?
 
然るべき対応とはなにかの判断基準が、判決でも取り上げられているように日本蘇生協議会のJRC蘇生ガイドラインです。今回は、そこに書かれているエビデンスレベルや推奨度も検討され、クリニックにおけるアドレナリン投与までは求めないものの、人工呼吸は行うべきであったと司法は判断しました。
 
 
 
このニュースを聞いて、少しでも心を揺さぶられるのを感じたのであれば、市民啓蒙のための簡略化された救命法ではなく、医療従事者向けの、そして小児BLSを学ぶことをおすすめします。
 
日本蘇生協議会のJRC蘇生ガイドラインはPDFで全文公開されています。
 
ぜひ、第1章 一次救命処置(BLS)と 第3章 小児の蘇生(PLS)だけでも目を通して見てください。
 
https://goo.gl/pjJrUa
 
そして、ご自身が勤務する施設に置いてある人工呼吸のためのデバイスを確認してください。
 
どこになにが置いてありますか?
 
そして、それを使うことはできますか?
 
もし、備品としてないのであれば、AEDと合わせて換気器具を配備することと、その訓練を提案してはどうでしょうか? AEDのように高価なものではありません。ポケットマスクなら3,000円程度、バッグバルブマスクでも、ディスポーザブルのものが1万円以下で買えます。
 
 
裁判官の判決にあった「適切に蘇生措置をしていれば助かった可能性が高い」という判断や、蘇生ガイドラインが義務であるという表現に引っかかりを感じる部分もあります。しかし、事例から私たちは未来をより良くする改善に目を向けたいと思います。
 

 
 
 

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AEDが「ショックは不要です」というとき

心停止は大きく分けて2種類あります。
 
AEDの電気ショックが必要な心停止と、電気ショックが不要(有効でない)な心停止です。
 
これを判断してくれるのがAEDですから、心停止と認識したら、可能であればすべての症例でAEDは装着するべきです。
 
つまり、市民向けプロトコルでは、「反応なし+10秒以内に正常な呼吸であると確信できない場合」ですし、医療者向けで言ったら、「反応なし+呼吸なしor死戦期呼吸+脈なし」であれば、CPRを開始しつつ、AEDがあれば直ちに装着します。
 
 
AEDの電気ショックのことを専門用語では「除細動」といいます。文字通り、心臓の細かい動き(震え)を取り除くのがAEDです。
 
心臓が細かく震えている心室細動や(無脈性)心室頻拍を検出した場合に限り、「ショックが必要です。充電します」と言って、電気ショックが実行されるようになっています。
 
もう一方のタイプの心停止、つまり心停止の中でも心静止(心電図がピーッと一直線の場合)や、なんらかの原因で血圧が低すぎて有効な血流がない状態などの無脈性電気活動(PEA)と呼ばれるタイプの場合は、心停止の原因が心臓の震えではありませんから、当然、AEDは「ショック不要」と判断します。しかしこれも心停止なのです。
 
ショック不要=心停止じゃない(生きている)というわけではない点、注意して下さい。
 
AEDは心電図の解析しかできませんから、生きているか心停止かの判断は人間が行わなければならない「仕様」になっています。
 
そのためAEDを装着する条件が規定されているわけです。
 
 
※市民向け: 「反応なし+呼吸なし」
※医療者向け: 「反応なし+呼吸なし+脈なし」
 
 
この点は、AEDの取扱説明書(添付文書)で規定されていますし、救命講習でもきちんと教える必要がある部分です。
 

 
 
 
「反応なし+呼吸なし」ということで、心停止と判断して、AEDを装着して解析させた結果、「ショックは不要です」と言われたのであれば、それは電気ショックが有効ではないタイプの心停止だということです。
 
この場合、除細動(AED)では救えないということですから、できることと言えば、救急車が到着するまでの間、できるだけ「質の高い」心肺蘇生法を継続することです。
 
目の前で卒倒した突然の心停止(心原性心停止疑い)の場合以外は、体の中の酸素が枯渇している状態ですから、もし人工呼吸をまだ開始していないのであれば、なんとか感染防護具を手に入れる努力をして、人工呼吸を始めるべき、といえるでしょう。
 
 
 

 
 

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